表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

57/99

第16話 解・炎虎ブレンネン・ティーゲル狩り

「あなたたち! 何をしたの!?」


 金髪の美女が激高している。

 俺よりもはるかにレベルが高い相手を手玉にとるのは少しばかり気持ちがよかった――さんざん暴言を吐かれたのだから、これくらい思ってもバチは当たらないだろう。

 女は不愉快げな目で周囲を見回したが、結局は何もわからず、捨て台詞を吐いて出ていった。


「ふぅ……」


 緊張感が身体から抜けていく。

 本気になれば俺たちなど瞬殺できる高レベルを相手にしているのだ。精神の疲労度が高い。

 だが、もう少しの辛抱だ。


「じゃあ、壁を造るからね」


 ミーシャが『アースウォール』の魔術を使う。

 少し時間がかかるのが難点だが、それなりの大きさの壁を造る魔術だ。

 やがて壁ができて――


 俺とニャンコロモチは閉じ込められた。

 閉鎖空間に。


 俺は剣を構えると、そっとつぶやいた。


「シュレディンガーの猫」


 その瞬間、

「グガアアアアアアアアアアアアアアア!」


 咆哮とともにブレンネン・ティーゲルが現れた。

 タネを明かせば簡単だ。


 ミーシャが造る壁には2つの狙いがある。


 1つ目は女が考えていたように、視界を遮ることで俺たちを隠すため。

 だけど、それはフェイク。

 本命は2つ目。

 壁によって、ここを閉鎖空間に変えるため。俺の『シュレディンガーの猫』にはこんな効果がある。


--------------------------------------------------

シュレディンガーの猫

--------------------------------------------------

閉鎖空間にある猫1匹の存在を曖昧あいまいにする。

--------------------------------------------------


 普段はニャンコロモチを袋に入れて持ち運ぶために使っているが。

 ブレンネン・ティーゲルは虎――

 虎も猫。

 つまり、ブレンネン・ティーゲルも対象にできるのだ。

 オペレーションはこうだ。


 1.付近にいるブレンネン・ティーゲルをこの空間へと誘い込む。

 2.ミーシャがアースウォールで壁を造る。

 3.俺とニャンコロモチでブレンネン・ティーゲルと戦う。

 4.双剣の女が来た場合、ミーシャが俺の名前を呼ぶ。

 5.壁が破られる前にシュレディンガーの猫を発動、虎を隠す。

 6.女が消えたら、再び2に戻る。


 これを繰り返すだけ。

 それがミーシャが考え出した作戦だった。まさか俺が虎を消せるなんて思わないから効果は絶大だ。

 俺たちはブレンネン・ティーゲルと交戦した。

 かなり削っているから、ゴールは近いはずだ。


 そうやって戦いを繰り広げていると――

 また外が騒がしくなってきた。

 女とミーシャの話し声が聞こえる。


『イオス!』


 壁の向こう側から、ミーシャが俺の名前を呼ぶ声がした。

 いつもならここでシュレディンガーの猫を発動するのだが、今回は違った。


 縮地!


 超高速で俺はブレンネン・ティーゲルへと突っ込む。

 続いてスキルを発動した。


 剣魂無双!


 俺の防御力が攻撃力へと転化する。4発の斬撃に剣を極めしものの魂が宿る。


 ――この瞬間に、すべてを決する!


 すれ違いざまの4連撃が決まるのと、壁が粉砕されたのは同時だった。

 ブレンネン・ティーゲルは――

 健在!

 俺の死力を尽くした4連撃を受けてもなお、その身体は地面に立っていた。


「見つけたァッ!」


 女の、歓喜に満ちた声が響き渡る。

 黒い外套が宙を駆けた。流星のごとき一撃がブレンネン・ティーゲルの首筋を叩っ切る。

 どうっとブレンネン・ティーゲルの巨体が地に沈んだ。

 だが――


「……くそっ!」


 女の口からこぼれたのは不満だった。

 俺は女を見た。


「……さて、どっちに権利があるのか試してみようか。先にどうぞ」


 俺はリトリーバーを引き抜いて問う。

 複数パーティーで敵を倒した場合、戦利品の優先権は与ダメージの多いほうだ。

 短剣をしまいながら女が答えた。


「はっ、まんまと手伝わされたわね。そちらからどうぞ」


 ……女も気づいているか。

 俺の剣魂無双は仕留めるためのものではなく、5割以上の合計ダメージを与えるための、最後のひと押しだ。

 女がトドメを刺してくれたわけだが――それは俺にとって、手間を減らしてくれただけ。

 俺はリトリーバーを近づける。思っていたとおり、ブレンネン・ティーゲルが戦利品に変わった。


--------------------------------------------------

ブレンネン・ティーゲルのドロップアイテム 23:58

--------------------------------------------------

C:ブレンネン・ティーゲルの大牙

B:ブレンネン・ティーゲルの毛皮

A:ブレンネン・ティーゲルの鉱石

--------------------------------------------------


 俺は迷うことなくブレンネン・ティーゲルの鉱石を選ぶ。

 乾いた音ともに、魔石と鉱石が転がった。


「くっ……!」


 女のいらだちの声。それを無視して俺は鉱石を回収する。


「悪かったな、今回は俺たちの勝ちだ。行くぞ、ニャンコロモチ」


「にゃん!」


 外に出た俺に、ミーシャが開いた右手を差し出す。

 俺はその手を左手で叩いた。

 ぱん! と祝福の音が響く。


「にししし! やったね!」


「ああ、少し気持ちいいな」


 前回は言われっぱなしだったからな……。他の冒険者たちがやり込められている中、こうやって一矢報いることができたのは悪くない。

 さあ、長居は無用だ。

 さっさと街に戻ろう――

 だが、そう楽に話は進まなかった。

 ダンジョンをだいぶ引き返したとき、気配が――濃厚な殺気をまとった気配が俺たちの後を追ってきた。


「……ねえ」


 振り返ると、さっきの金髪の女が立っていた。


「そのブレンネン・ティーゲルの鉱石、売ってくれないかな? 相場の2倍で買い取るけど?」


「……やーだよ! べーだ!」


 ミーシャがそう言ってそっぽを向く。

 ……前回、ミーシャは本気で怒っていたからな……。

 女はにこやかにほほ笑んだ。


「あら、そう? せっかく交渉ですませようと思ったんだけどな」


 言うと同時、女が腰から漆黒の短剣を引き抜いた。そのままの勢いで短剣をくるくると回し――

 やがて、ぴたりと止めた短剣の切っ先をミーシャに向ける。


「死んで」


 同時、殺気が爆発した。

 女がすさまじい勢いでミーシャへと襲いかかる。放たれた暗黒の一閃がミーシャの首筋を――


 がきぃん!

 金属音が響き渡る。


 俺が差しのばした魔狼ブロードソードがその一撃を弾いた。

 ……弾けたか!?

 俺は背中に冷たいものを感じながら、己の強運を内心で喜んだ。

 女の攻撃がまったく目で追えていない。やみくもに、ただ必死で突き出した剣が女の一撃を妨いだだけだ。


「きゃっ!?」


 ミーシャが叫ぶ。それた女の斬撃がミーシャの三角帽子を真っ二つに引き裂いて空に飛ばした。


「はぁん! やるじゃない、王子さま!?」


 女が俺の脇腹めがけて鞭のような蹴りを叩き込む。


 かはっ!


 直撃、身体を引きちぎるかのような衝撃が俺の身体を走った。ただの蹴りとは思えない一撃! 剣魂無双で俺自身の防御力がゼロなのもあるが――たとえ通常状態でも大ダメージは間違いない。


「ぐおっ!」


 体勢を崩した俺はごろごろと地面を転がる。

 そこへ女が飛びかかってきた。


「なら、お前から殺してやろうかね!?」


 風を巻き起こし、いや、風すら追い抜くような速度で女が俺へと襲いかかる。

 やばい!

 今の状況で攻撃を防ぐことなんてできない!


「イオスッ!」


 ミーシャの悲痛に満ちた声が響く。

 女が短剣を振り上げ――


「やめないか!」


 そのとき、雷鳴のような一喝がダンジョンに響き渡った。

 ぴたりと動きを止めた女が鋭い視線を声のほうに投げかける。

 その先には3人の男女が立っていた。

 彼らを見るなり、女が呪いのような声を絞り出す。


「宵闇の光刃――!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

シュレ猫3巻、発売します(3月30日)!

shoei2

コミック版シュレ猫、発売中です(2021/11/30)!

shoei
― 新着の感想 ―
[一言] 止める必要あった? 無条件で攻撃して殺しちゃえば良くない? 明らかに現行犯だし、片方は同じ冒険者、片方は冒険者ギルド員じゃない。 つまり、盗賊。
[一言] 最後の「やめないか」が「ヤらないか」に見えてしまった自分はもう遅いかも知れないにししし……
[良い点] シュレディンガーの猫の能力盲点でした.... 確かに「猫」とあり何もニャンコロモチしかダメと書いていませんでしたが盲点でした... 内心「盲点だったああぁぁぁ!!」と叫んでいました...…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ