第14話 天才ミーシャは熟考する
俺はリトリーバーをブレンネン・ティーゲルの死体に近づけた。
だが――
残念ながら、反応はない。
たぶん、そうだろう、とは思っていたけど。
……やっぱり悔しいな……。
「あははは! 残念ねぇ、坊や?」
女がリトリーバーを近づけると、ブレンネン・ティーゲルはあっさりと魔石に変わった。
女は転がった魔石を見て大きな舌打ちをする。
「はぁー、また魔石ぃ? さ・い・あ・く! あなたにあげるわ。じゃあね」
すたすたと去っていく女――
「待て」
その背中に俺は声を掛けた。
「……獲物の横取りをしないのが冒険者のマナーだろ!」
少し言葉が荒くなってしまったが、仕方がない。俺たちが必死に積み上げたものを横からかっさらってくれたのだから。
女は振り返ると、馬鹿にしたような笑みを浮かべてこう言った。
「はっ! マナー? ちんたらやってるのが悪いんじゃないかしら? 邪魔なんだけど?」
そして、こう続ける。
「あと、わたしは冒険者じゃないから。そちらのマナーを押しつけるのはやめてくれないかな?」
……冒険者じゃ、ない?
なら、何者なんだろう?
確かに冒険者としては異質だ。20代に見えるが、A級以上の力の持ち主にしては若すぎる。普通ではない。
「悪いけど、ここのブレンネン・ティーゲルは全部こちらが予約済みだから。さっさとおうちに帰って寝てるのが賢明よ」
女がひらりと手を振った。
「じゃあね、ザコい冒険者さんたち。ラルゴリンが片付く頃には予約も終わっているから。そこからゆっくりちんたら狩りなさいな」
あっさり言い捨てると、女は俺たちに興味を失った様子でダンジョンの奥へと消えていった。
しばらくして――
「ちっくしょ~~~~~!」
口を開いたのはミーシャだ。かつかつかつかつ、と音を立てて杖で地面を叩いている。
「なぁにが、予約済みよ! そんな話、知らないっての!」
そして、ぎろりとミーシャが俺をにらんだ。
「イオス! 絶対に1匹は狩るからね!」
「は、はい!」
むっちゃ怖かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺たちは冒険者ギルドに戻って、今日のことを報告した。
獲物の横取りは重大なマナー違反。報告案件なのだ。
俺たちの話を聞いて、ギルドの女性担当官はうんざりした口調でこう言った。
「ああ、双剣使いの美女ですね……」
「知ってるんですか?」
俺の問いに担当官がうなずく。
「……ここしばらくブレンネン・ティーゲルを横取りしまくりで何度か冒険者からクレームが出ていますからね……」
そう言って、担当官は盛大にため息をついた。
「双剣使いの美女と――大剣使いの美男子です」
「美男子? 美女だけでしたけど?」
「交代でダンジョンに入っているみたいですよ。今日は美女の番なんでしょうね」
交代か……確かにそれは効率的だ。
モンスターが発生する場所は瘴気が立ちこめている。狩りをすると瘴気に汚染されてしまうため、身体から抜く期間が必要になる。
つまり、瘴気の濃い高レベル帯で連日の狩りは不可能なのだ。
女が男と別の日に動いているのはこの制限を回避するためだ。
その美男子とやらも美女と同じくらい強いのなら、1人で軽くブレンネン・ティーゲルを狩れるのだろう。ならば一緒に狩りをする必要はなく、別の日に動けば2倍の量を狩れる。
「運が悪かったですね、おふたりとも」
「え?」
「男のほうは黙って横取りするだけなんですけど、女のほうは暴言吐きまくりでして。女のクレームをつけにくる冒険者たちは、みんな鬼みたいな顔して怒ってますよ。おふたりみたいに」
くすくすと担当官が笑う。
俺は慌てて自分の顔を触った。……まあ、いらいらしているのは事実だが。あと、ミーシャは確かに鬼みたいな顔している。
そのミーシャが口を開いた。
「あのですね! あいつらなんとかできないんですか!?」
「うーん……難しいですね……」
担当官は首を傾げてこう続けた。
「あの2人、冒険者じゃないんですよ」
……そう言えば、あの女もそんなことを言っていたな……。
冒険者でない以上、冒険者ギルドに打てる手はない。道理である。
それでもミーシャが食い下がった。
「冒険者じゃないって! 本当なんですか? むちゃくちゃ強かったですよ!?」
「ええ、おまけに若くて――」
やがて、ぽつりと担当官が言う。
「おそらく『商会』かな……」
「商会?」
ミーシャの声に、担当官がはっとした。
「……なんでもありません。知らないなら、忘れて」
そう言って、ごまかすようにほほ笑んだ。
「むー」
納得がいかない感じのミーシャに担当官はこう言った。
「悪いことは言わないから、あの2人には絡まないこと。普通じゃない人たちだから、危険ですよ」
ギルドにも打つ手はないらしい。
俺たちはギルドを出た。
黙々と宿に向かう。こんな気分で街を歩くのは実に久しぶりだ。
「ヤバそうだし、今回はやめておくか」
「うううううううん……」
ミーシャは唸りながら黙々と歩いている。その目はぼうっと地面を見ていた。
考え事をし出すと、他がおろそかになるのがミーシャの欠点だ。
「ミーシャ、こっち」
「うー……」
曲がらずに直進しようとするミーシャのローブのすそをつかんで誘導する。ミーシャは俺になされるがまま、ぶつぶつつぶやきながら街を歩いた。
「ミーシャ、こっち」
「うううううー……」
宿に着いた。
「ほら、部屋についたぞ」
俺はミーシャを個室に放り込む。最後までミーシャは完全介護モードだった。
「ううううううううううう……うーん……」
そんなことを言いつつミーシャは部屋の奥に消えた。
……ふー……。
なんだか今日は疲れた。少しゆっくりしよう。
俺は部屋に備え付けのシャワールームへと移動した。
土木技術と魔術の高度な組み合わせによって上下水道は完備されている。こうやってシャワーを浴びることもできるし、蛇口から水を飲むこともできる。
便利なものだ。
服を脱いでシャワーを浴びる。ダンジョン内は地味に暑かったからな……汗が流れて気持ちがいい。
脱衣所で身体を拭く。下着をはこうとしたとき――
どたどたどたどたどたどた!
無遠慮な足音がすごい音を立ててドアの向こう側から聞こえる。
ばん!
誰かがドアをすごい勢いで押し開けた。
くりくり天然パーマのミーシャだ。
「イオス! やったよ! 見つけたよ! あの女を出し抜く方法! 一杯食わせてや――!」
裸の俺とミーシャの目があった。
裸の俺と。
急に口をつぐんだミーシャの目線が、そっと下に下がる。
「いやあああああああああああああ!」
「わああああああああああああああ!」
……。
あとで顔を真っ赤に染めたミーシャが言うには、よく見えていなかったらしい。