第13話 炎虎ブレンネン・ティーゲル狩り
「縮地!」
剣聖が持つ特殊スキルだ。
一瞬で俺はブレンネン・ティーゲルまでの間合いを詰める。忍び足であれだけ時間をかけた距離が、文字通りの一瞬でゼロになった。
「させるかッ!」
俺の強打+速剣の一撃をブレンネン・ティーゲルへと叩き込む。
悲鳴を上げたブレンネン・ティーゲルが大きくよろめいた。ミーシャを呑み込もうとしていた炎があらぬ方向を向く。
ブレンネン・ティーゲルの戦意は衰えていない。
怒りの目で俺をにらんでいる。
俺はブレンネン・ティーゲルへの視線を切らさず、背後のミーシャに声を掛けた。
「大丈夫か!?」
「うん! ありがとう!」
俺の横にニャンコロモチが立つ。そして、しゃあああああ! と威嚇の声をあげた。
仕切り直しだ。……まあ、マイナスではなくゼロからのスタート。そう悪くはない。
俺とニャンコロモチはブレンネン・ティーゲルに挑んだ。
攻撃力、防御力。
B級モンスターだけあって確かに強力だが、決して強すぎるとは思わない。俺とニャンコロモチ、ミーシャの3人で少しずつダメージを与えていく。
いける――
勝てる!
そう思ったときだった。
「グオオオオオオオオオオオオオオオ!」
怒りの咆哮とともにいきなりブレンネン・ティーゲルの身体が燃え上がった。
……な、発火した!?
あまりの熱気に俺は思わず後ずさった。
炎をまとうか――これ、どうやって攻撃したらいいんだ? やけど覚悟で斬り込む……しかないか……。
なんて俺が迷っていると、
「にゃん!」
いきなりニャンコロモチがブレンネン・ティーゲルを殴った。
ニャンコロモチがまとっている謎の力場は炎を通さないようで、相手が燃えていようとお構いなくぶん殴れるようだ。
……便利でいいな……あれ。
そんなことを俺が考えていると、
「イオス! あわせて!」
ミーシャが数発のウォーターブラストを燃え上がる虎に叩き込む。
命中した場所の炎がかき消えた。
!?
少しのタイムラグの後、ぼっと炎が再び燃え上がる。
だが、確かにミーシャのウォーターブラストはほんの少しの間、炎を無効にした。
それなら、戦える!
「わかった、ミーシャ! もっと頼む!」
「うん!」
ミーシャがウォーターブラストを叩き込んだ場所へと俺は斬りかかる。俺の斬撃とニャンコロモチの攻撃がブレンネン・ティーゲルを追い詰めていく。
いける――いける!
勝利へのルートが見えた。
一撃一撃の積み重ねに、確かな達成感がある!
このまま押し込めば確実に俺たちは勝てる!
勝利を確信した俺たちだったが、状況の展開は俺たちの想像をはるかに超えてきた。
「はぁん? わたしの狩り場で何やってくれてるのかな?」
声が、俺たちが来た方角とは違う入り口から飛んできた。
俺たちが声のほうに目を向けたとき――
もうすでにそこには誰もいなかった。
何かが駆け抜けた。
それを知覚するのが精一杯だった。まるで突風が吹き抜けたかのような。
はっと気づいたとき、ブレンネン・ティーゲルを挟んだ逆側に声の主は移動していた。そこに黒い外套を羽織った女が立っている。左手に漆黒の短剣、右手に杖――いや、違う、先端が剣になっている仕込み杖を逆手に握って。
そして、中央のブレンネン・ティーゲルは――
ずたずただった。
なます斬り。その表現がぴったりとあうほどに。
ぞくっとした。
あの女がやったのか? あの一瞬で? 両手に持った2本の武器で?
なんという斬撃速度。
いったいどれほどのレベルがあるんだろう……。
ブレンネン・ティーゲルはぶはっと血を吐くと、その巨体をずんと地に沈めた。
女が振り返る。金髪が鮮やかな美女だ。間違いなく美しいが、その尊大な表情と口元に浮かぶ酷薄さが甘さよりも恐怖心を煽る。
「……もしかしてコツコツとブレンネン・ティーゲルと戦ってた感じ? 僕ちゃんたち頑張ってましたーって? 低火力は大変ね?」
あははははは! と女の哄笑がダンジョンに響く。
「さて、どっちに優先権があるのかしらね? お先にどうぞ。あなたたちの地道な努力が実ることを祈っているわ」
女が言っている意味は――リトリーバーのことだ。
モンスターを倒した後、誰でもリトリーバーで戦利品にできるわけではない。
最大ダメージを与えたパーティーのメンバーにその権利がある。
通常はパーティー単位でモンスターを倒すので気にならない条件だが、今回のように割り込みがあると話は別だ。
……獲物の横取りはマナー違反。その時点で俺はわりと頭にきていたのだが、女の俺たちを小馬鹿にしたような態度も不快だ。
とりたいな、この戦利品は――
俺はリトリーバーをブレンネン・ティーゲルの死体に近づけた。