第10話 情報集めはモンスター狩りの常識その1
今日は休みにしよう――
そうミーシャが言ったので、その日、俺は宿屋にいた。
……うーん、宿屋と言っていいのだろうか。実は少しいい宿だったりする。下級冒険者では泊まれないような。ピプタットで金が貯まったので、少しくらい贅沢するかと奮発したのだ。
そもそも1人用の小さな部屋ではない。
どーん! と大きな居間があり、どーん! どーん! とわりと広い個室が2部屋ある。
俺はここをミーシャと一緒に借りて、それぞれ個室を自分たちの部屋として使っている。
「同じ場所だったらニャンコロモチをいつでもモフれるじゃん!」
というミーシャ理論のためだ。
そのミーシャは朝早く出かけていって今はいない。
俺は一緒に留守番しているニャンコロモチに声を掛けた。
「ニャンコロモチ、ご飯食べるか?」
「にゃあん」
俺はニャンコロモチを連れだって居間へと出た。
炊事場にある冷蔵庫に近づく。
ここはお高い宿だけあって冷蔵庫が存在する。名前の通り、物を冷やして保存するための箱だ。
モンスターを倒して手に入る魔石、それを動力として機能を実現している。魔石は消耗品で、力を失ってきたら新しい魔石を放り込む必要がある。
俺たち冒険者が集める魔石は、こういう感じで世間の役に立っているのだ。
冷蔵庫から鶏肉を取り出した。
「ちょっと待ってろよ」
鶏肉をフライパンで焼き、一口サイズにカットしたものを皿に盛ってニャンコロモチの前に置く。
「にゃあ!」
興奮気味な声を上げてニャンコロモチがガツガツと食べ始めた。
冷蔵庫の恩恵を受けているのは俺たちよりニャンコロモチだろう。肉類がストックできるので食生活が豊かになった。
ちなみに、この鶏肉も最高級品である。
ニャンコロモチには世話になっているからな……。
「ありがとな、ニャンコロモチ」
俺はニャンコロモチの頭を撫でたが、ニャンコロモチは我関せずという感じで肉を食べ続けた。
そんな感じで俺たちがぐだぐだと過ごしていると――
「ただいまー」
とミーシャが帰ってくる。
「おかえり。どこに行ってたの?」
「うふふふ、ちょっと調べごとね」
「調べごと?」
「ラルゴリンと、それを倒すための炎の短剣ね」
「おおー」
さすがはミーシャ。ふわっと言うだけで調べてきてくれる。ありがたい限りだ……。
「はいはい、座って座って!」
俺は居間のテーブルにミーシャと向かい合って座った。
「じゃあ、ラルゴリンについてね」
「ああ」
あの山に出てくるという情報以外、まだ何も知らない。
ミーシャがメモを見ながら話し始める。
「氷の衛士ラルゴリン――外見は氷でできた動くプレートメイル。左手に大きなヘヴィ・シールドと右手にウォーハンマーを持つ」
「氷なんだな」
「でも、普通の氷とは違ってね、半端じゃない硬さなんだよね。とりあえず、スペックはこう」
----------------------------------------
名前 :氷の衛士ラルゴリン/ネームドB
攻撃力:1400
防御力:1600
特殊能力:降雪の結界
----------------------------------------
「防御力が高すぎる……!?」
普通、防御力は攻撃力よりも低いものだが。
戦士の俺がスキル剣聖と闘志Lv3で攻撃力『1172』。
剣魂無双やウォークライを組み込んでの限界が『1683』。
一応、最大火力を叩き込めば防御力を突破できるが――
剣魂無双は『自分の防御力を犠牲にして攻撃力を押し上げる』スキルで『対象となる攻撃回数も俺の場合は4回のみ』だ。
とてもではないが仕留めきれない――
「こりゃ勝ち目がないな……」
俺は首をひねった。
「この強さでBランクなのか? ランク付けおかしくないか?」
「……ネームドは強めの設定になってはいるんだけど、一応、バランスは取られていて、ラルゴリンは背中が弱いんだよね」
----------------------------------------
名前 :氷の衛士ラルゴリン(後背)/ネームドB
攻撃力:1400
防御力:400
特殊能力:降雪の結界
----------------------------------------
「……下がったな」
だから背後を取ってバックスタブ一撃で殺せるのか。
「ラルゴリンも背後が弱点なのは知っているから、そう簡単には取らせてくれないらしいけどね」
それから、ミーシャが唄うようにこう続けた。
「氷の王と王妃に仕える衛士ラルゴリン、その槌は無双、その盾は鉄壁、その鎧は金剛。王と王妃を守るため、100の敵を支えるが、彼を守る仲間は果て、後背からの刃に倒れる」
「……なにそれ?」
「ラルゴリンの設定」
「設定?」
「ネームドには設定があるんだよね。背景みたいな。その背景に沿った能力設定がなされているわけ」
「へえ」
……なるほど、だから後ろが弱いわけか。
俺は話題を変えた。
「で、この『特殊能力:降雪の結界』はなに?」
「ラルゴリンの持つ特殊能力でね――降雪の結界は、ラルゴリンの覚醒とともに雪が降る。それも積もるほどのね」
「ほうほう」
そして、ラルゴリンの説明をミーシャはこう締めくくった。
「で、ラルゴリンの登場は8月下旬頃の一週間――つまり、これから2ヶ月後ね」
「……夏だな……ん? ラルゴリンが覚醒したら雪が降るとか言っていなかったか?」
にやりとミーシャが笑った。
「そう、夏に雪が降ったとき、それがラルゴリン覚醒の合図」
夏の雪か……。
実にこじゃれた演出だな。
「ありがとう、ミーシャ……わかったことは、正面からぶつかったら俺に勝ち目はないってことだな」
「そうだねー、でもさ――」
「ああ。やりようはなくもないな。やっぱり氷に強い火の短剣でバックスタブを打ち込めば――!」
俺にだってワンチャンくらいあるかもしれない。
「にししし! そうだね! でもさ、それで倒せなかったら?」
「……全力で逃走!」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
恥ずべきことではない。一発かまして無理なら逃げる――それが冒険者のありようというものだ。
「予定どおり、俺はバックスタブの習得に全力ってところか」
「あとは炎の短剣だねー」
ミーシャがメモ帳のページをめくった。
「この辺だと、やっぱり炎虎ブレンネン・ティーゲルかな」
----------------------------------------
名前 :ブレンネン・ティーゲル/B
攻撃力:1200
防御力:900
----------------------------------------
俺の戦士時の攻撃力はスキル込みで1172、防御力は756。
……格上の相手だが、俺と同じくらい強い(らしい)ニャンコロモチとミーシャのサポートがあれば――
「勝てるよな?」
「にししし! ミーシャさんも勝てると思うよ!」
「よし……もう少し斥候でレベルアップしたら戦士に戻して狩りにいってみるか」
「いいね!」
方針は決まった。
あとは――強くなるだけだ。