毎日10万ゴールド稼げるようになりました
俺たちはグレイゴーストを倒した後、ダンジョンから出て冒険者ギルドに向かった。
気分が現実離れしている。
10万ゴールド?
このしょーもない石が?
10万ゴールドと言えば、店員のアルバイトをすれば1ヶ月で稼げる給料だ。
そんな大金が、この短時間で?
「……本当なのか、ミーシャ?」
「本当だって。早く冒険者ギルドに行こう!」
冒険者ギルドの売買カウンターで俺は獲得した魔石に加えて錬金の石を置いた。
「買い取って欲しいんだけど」
「はい、承りました!」
カウンターの女性が手持ちの機材をアイテムにかざしている。ぴっぴっぴっとリズミカルな音が響く。機材の背中には黒い切り抜きがあって、そこに鑑定結果が表示されているようだ。
「魔石、このサイズだと800ゴールドですね。こちらも800ゴールド、こっちは1150ゴールド……おや、これは――え、えええ、ええええええええええ!?」
カウンターの女性は機材ボタンを押してから、機材を再び錬金の石へと向ける。
そして――
「えええええええええ!? 本当に錬金の石!?」
カウンターの女性が俺に話しかけてきた。
「あの、これは……どこで!?」
「ええと、ダンジョンでグレイゴーストを倒して――」
「うはー、お兄さん、ラッキーですね!」
そう言うと、女性は売買金額を告げた。
「こちらは10万ゴールドでの買い付けとなります!」
……本当に10万ゴールドになるなんて。
俺が稼いだのは10万と2750ゴールド。ゴブリンとオークのへそくりを入れると+12ゴールドだ。
一度の稼ぎでは今までで群を抜く結果だ。
現実感がない。
だが、冒険者ギルドに預けている俺の金は確かに27万から32万へと跳ね上がっていた。10万の半分だが、残り半分はミーシャのぶんだ。買い取り金額はギルドによってパーティーメンバーの口座に等分に割り振られて入金される。
冒険者ギルドを出た後、俺たちはこの華やかな門出を祝して、ややお高いレストランへと足を向けた。
ビールを掲げてお互いに叫んだ。
「乾杯!」
ちなみに、飲酒は16歳以上で非学生だと許されている。
2人で1万ゴールドほどかかるが――今日くらいはいいだろう。
「いいねいいね!」
ミーシャが機嫌良さそうにビールをあおった。かなりの勢いで飲み干して店員に叫ぶ。
「おかわり!」
出てきた料理に舌鼓を打ちながら、俺はミーシャに訊いた。
「錬金の石ってなんなんだ?」
「……あれはね、研究機関で使うアイテムなんだよ。それほど需要はないけど供給が激々々々々少なくてね……値段が高騰しているわけ」
「なるほど」
「わたしはたまたま学院時代に錬金の石の話を知っていてね。それで今日ぴんと来たわけだよ!」
「こんなことなら前からグレイゴーストをもっと狩っておけばよかったな……」
前のパーティー時代、グレイゴーストは倒しても収入がマズいので襲ってこない限りは無視していた。
そのときはシュレディンガーの猫が覚醒していなかったのでただの運次第にはなるが、出れば大きな収入になったのに。
「ミーシャ、前から教えていてくれれば良かったのに」
「……うーん……基本的に出ないものだからね」
「そんなに出ないの?」
「うん。だってグレイゴーストがぼろぼろ落とすなら、倒しやすさから考えて、もっと出回っていてもおかしくないでしょ?」
「そうだね」
「もぉぉぉぉぉのすごく出現率が低いのよ。正直、出ると期待するのがバカらしくなるくらい。宝くじに当たるみたいなものよ」
その話を聞いたとき、俺はぴんとくるものがあった。
「……ん? でにくい? 確か、錬金の石の横にSって文字があったような……」
「あー、DとかEとか言っていたやつ?」
「そう。錬金の石はSだったんだよ」
「……それさ、出現率じゃないの?」
「出現率?」
「つまり、錬金の石はS級レアアイテムってこと」
「……そういうことか……」
「マジでぶっ壊れてるね、それ」
「え?」
「シュレディンガーの猫。とんでもないよ」
「ドロップアイテムを選べるだけだろ?」
「ほとんど出ないS級レアアイテムをデイリーで出現させられるのはやばいよ」
「そうなの?」
俺の素朴な疑問に、ミーシャがうなずいた。
「あのさ、錬金の石を毎日手に入れたら年収いくらだと思う?」
「え、年収?」
「1年は365日。毎日10万ゴールド。いくら?」
365日かける10万ゴールドは?
……。
「3650万ゴールド!?」
思わず叫んでしまった俺。
ミーシャがうなずく。
「イオスが定期的に納入するなら値段は下がると思うけど、それでも2000万くらいは堅いんじゃないかな」
「ミーシャと割っても1000万以上か……」
「1000万ってさ、大手商会の管理職くらいの年収だよ?」
……!
とんでもない金額に俺はめまいを覚えそうだった。
「……ていうかさ、別にわたしはいなくてもいいから、解散して1人で総取りにしてもいいしね」
「いや……それはないよ。ミーシャがいてくれなかったら、この稼ぎには気づけなかったし」
「ありがとう。ま、あんまり気張らないでね」
ふふふ、とミーシャは笑ってから続けた。
「でさ、訊きたいことがあるんだけど」
ナイフとフォークをことりと置いて、じっとミーシャが俺を真剣な表情で見つめる。
「イオスは冒険者を続けたいの?」
「……え?」
意表を突く質問に俺は驚いた。
ミーシャが続ける。
「だって、この能力があればさ、1人でやれば年収2000万。正直、ずいぶんとリッチな生活が送れる。冒険者なんてやらなくてもいいんじゃないの?」
ミーシャがにやりと笑った。
「やるじゃん? 勝ち組ぃ!」
勝ち組、か……。
まさか、少し前までパーティーを追放されて路頭に迷っていた俺がそんな風に言われる日が来ようとは。
何があるかわからないな、人生……。
ダンジョンの1層に潜って毎日グレイゴーストを1体狩るだけの簡単なお仕事か……。
悪くはない。
悪くはないが――
「俺はやっぱり、冒険者でありたい」
俺はそう言った。
生活の基盤が確立できたのは間違いない。日々の暮らしに悩む必要はない。
だが、そこで立ち止まりたいとは思わなかった。
悩まなくてすむようになったら、さらに先へ。一歩前へ。俺は夢のために歩いていきたい。
まだ夢を諦めるには、俺は若すぎる。
「……子供の頃からの憧れだったんだ。世界に名を知られた冒険者になるのが。今日のこれは、それに近付いたと考えたい」
遠ざかるなんてまっぴらだ!
その言葉を聞いたミーシャは――
「偉い!」
アルコールで上気した顔で俺の選択をただ一言で認めた。
「それだよ、それ! わたしはね、君となら楽しい夢が見れると思って一緒にきたんだよ! よかった! 君がここで満足する男じゃなくてさ! 行こう行こう、はるか先へ! わたしたちの人生はまだまだ長くて輝きに満ちているんだからさ!」
俺たちは熱に浮かされたように、夜遅くまでこれからのことを話しあった。
熱狂。
昂揚。
興奮。
ただその3つの言葉が俺たちの感情と言葉を彩った。
これから始まるのだ。何もかもが。