第7話 検証、シュレディンガーの猫レベル4
「あのさ、ミーシャ」
「う~ん?」
ミーシャはニャンコロモチと遊びながら振り返りもせずに生返事を返してきたが――
「シュレディンガーの猫、レベルが上がったみたい」
「マジで!?」
すごい勢いで立ち上がってこっちを見た。
「どんな内容!?」
「『バックパック内にあるアイテムの存在を曖昧にする』」
「バックパック?」
ミーシャが自分の背中を見る。俺も俺の背中を見る。
そこには冒険者ならおなじみの荷物入れがあった。こいつが通称『バックパック』である。
ミーシャが口を開き、
「うーん……猫を隠すレベル1『閉鎖空間にある猫1匹の存在を曖昧にする』から考えると――」
こう続ける。
「バックパック内のアイテムを出したり消したりできる?」
そうつぶやいてから、ミーシャは、ううん!? とうなった。
「え、それって……」
「どうしたの?」
「バックパック内のアイテムが消えちゃうんだよね? てことは、いくらでもアイテムが入っちゃうんじゃない?」
俺はまた自分のバックパックに視線を戻す。
……つまり、俺だけ入れ放題!?
「おおおおおおおお……」
「おおおおおおおお……」
俺とミーシャは顔を見合わせて同じ言葉を吐いた後――
「「おおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」
思わず叫んでしまった。
興奮気味にミーシャが言う。
「実験! 実験しよう! にししし!」
シュレディンガーの猫レベル4の検証会が始まった。
俺たちはバックパックを下ろし、草地にしゃがみ込んで向かい合う。少し離れた場所でニャンコロモチが暇そうにひなたぼっこしていた。
「まずは普通に使ってみようか?」
「そうだな」
司会進行役はチームの頭脳ミーシャに任せて、俺は言われたとおりに試していこう。
俺は自分のバックパックに手を当てて――
「シュレディンガーの猫」
スキルを発動した。
その瞬間――
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アイテムボックス 6/32
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水筒:1
携帯食料:2
応急キット:1
寝袋:1
錬金の石:1
魔石:1
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「うわ!」
いきなり意識下に画面が浮かび上がった。
なんだこりゃ!?
情報量が多すぎる――俺はミーシャから受け取った紙に映像を書き写した。
ミーシャが返された紙をじっと見る。
「……イオス、それでバックパックの中はどうなったの?」
俺がバックパックの中を確認すると――
「からっぽだ」
何もそこにはなかった。
だけど、どこに消えたのかは見当が付いている。
「あのさ、その紙に書いている品目がさ――」
「うん……これがイオスの持ち物なんだよね」
ミーシャが紙をじっと見て応じる。
「……このタイトル欄に書いてある『アイテムボックス』――うん、アイテムボックスと呼ぼう、それに入っているってことなのかな?」
アイテムボックスねえ……。
なんなんだろうか、それは。
「ねえ、イオス。それって出せるの? 錬金の石を出してみてよ」
「わかった」
……どうやるんだろう?
とりあえず俺はバックパックを閉めて、さっきの意識下の画面で『錬金の石』を選んでみた。
はたしてバックパックを開けてみると――
「あった」
からっぽの空間に石がひとつ転がっていた。
ミーシャはそれを受け取り、しげしげと眺める。
「……それで画面はどう変わったの?」
俺は意識化の画面を確認した。
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アイテムボックス 5/32
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水筒:1
携帯食料:2
応急キット:1
寝袋:1
魔石:1
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「アイテムボックスから錬金の石が消えている。あと、上の数値が6から5になってるな」
「なるほどねえ……じゃあ、左の数値は今の品数で――右の数値は保持できる限界の数じゃないかな」
「32個だけアイテムが隠せるってことだな?」
「正しくは32種かな」
ミーシャが俺の言葉を訂正してきた。
「だって、携帯食料は2食ぶんあるでしょ? 個数で言うとアイテムは7個あるんだよ。なのでその6は種類を表している」
あ、ホントだ。
ミーシャが言葉を続ける。
「携帯食料の表記からしてスタックできるってことだね。逆にこっちは何個までいけるのか。それも調べないとね。魔石をたくさん買ってきて調べるか……」
ぶつぶつとミーシャが言っている。すごい……俺が考えなくても勝手に答えが近づいてくる……!
ぶつぶつと言いながらミーシャがふらりと立ち上がり、やおら着ている鎧を脱ぎだした。
「ちょ、ちょ、ちょ! ミーシャ!? いきなり何を!?」
「え? ああ……鎧はどういう扱いなのかなあ、と思ってさ」
がちゃっと外した手甲をミーシャが俺に差し出した。
「装備って持ち運びが大変じゃない?」
「そうだな」
「それさ、装備を持ち運ぶのにすごく便利だと思うんだよね。特にイオスは転職するからいろんな装備が増えるだろうし」
……確かに。持ち運びが簡単になれば、いつでも装備の切り替えができるのは便利だ。
俺はバックパックに手甲を入れてスキルを発動した。
「うーん、『高品質なプレートメイル(部品):1』ってのが追加されたな」
「へえ」
そう言いつつ、ミーシャが次々と脱いだプレートメイルの部品を俺に手渡してくる。受け取った先からバックパックに放り込んでいくと『高品質なプレートメイル(部品):4』のように最後の数値だけがカウントアップされていく。
「はい、これが最後」
渡された最後の部品を放り込むと――
「あ!」
『高品質なプレートメイル:1』に表示が変わった。
その変化をミーシャに伝える。
「にゃるほどねえ」
うんうんとミーシャがうなずいた。
「装備がそこに入るってのがわかってよかったじゃない?」
確かにその通りだ。
これで俺の転職ライフがはかどる。今はまだいいが装備が増えていったらどうしようとひそかに悩んでいたからな……。
まあ、これでスキルの特性がだいたいわかった。もう充分だろう。
さすがはミーシャだ、とてもありがたい。
というわけで、俺たちは素材狩りをして帰ることにした。
たっぷりと素材を回収したが、アイテムボックスに放り込んでいるので俺のバックパックもミーシャのバックパックもぺったんこのままだ。
軽くて楽だな……。
「いやあ、これすごくいいね! 楽! 楽!」
軽やかに歩きながらミーシャが上機嫌に言う。
「……でもさ、こういう意見もあるよね。たっぷり溜め込んだ素材の重みを感じながら歩くことに満足感があ――」
俺の言葉をさえぎり、ミーシャがげんなりした顔でこう言った。
「ないでしょ、そんなの」
ばっさりと否定された。
「重いものは重い! しんどいものはしんどい! 楽できるならする! そうやって人類は発展してきたの! 僕ちゃん苦労してましゅぅぅぅ素敵ぃぃぃとか発想は前世代で死すべし! わかった!?」
容赦なく否定された。
「はい……もうホントそう思います……」
別に俺の意見ではなく一般論を話題として振っただけなので、特に気にしてはいないが。
確かに楽なのがいいのは確かだ。
荷物の重さでどうしても後半は周回速度が下がるのだが、そんなこと気にしなくてもいいからな。
軽い方がいい! 最高!
このアイテムボックスのおかげで俺たちの冒険はまたしても便利になるようだ。
いったいシュレディンガーの猫はどこまで成長するんだろう。
それを思うだけで胸のわくわくが止まらない。