第6話 初陣、きれいなグレイル
グレイルは新しい仲間たちとともに狩りに出かけた。
F級モンスターの生息域をすり抜けて――目指すはE級モンスターの生息域。
グレイルは歩きながらメンバーを確認し――
(おいおい、意外といい構成じゃねえか)
内心でうきうきしていた。
グレイルを含めて『戦士3人、斥候、神官、魔術師』だ。とてもバランスがいい。おまけに装備も普通のものではなく、一部を高品質なものに買い換えている。
(E級相手でも効率よく稼げるんじゃねえか?)
やがてグレイルたちの前に一匹のモンスターが現れた。長い舌をしゅるしゅると出し入れしている巨大なトカゲだ。
「ハンターリザードか……」
隣に立つリーダーのオソンがそうつぶやきながら剣を引き抜く。
戦いが始まった。
グレイルの見立てどおり、なかなかのパーティーだった。
高品質の装備で身を固めているのでハンターリザードの攻撃にも耐えている。戦列を維持してじわじわとダメージを与えていく。
しゅっとハンターリザードの長い舌がグレイルへと伸びた。
「つあっ!?」
グレイルは持ち前の反射神経で反応、ラージシールドで弾く。
(……くくくく! 俺の盾も中古とはいえ高品質! あのとき無理して買ったかいがあったってもんだ!)
グレイルは踏み込んでハンターリザードへと斬りかかった。
「おらあッ!」
気合いの声とともに剣を振り下ろす。
ざくっ!
強力な斬撃がハンターリザードの背に深く食い込んだ。たまらずハンターリザードが悲鳴を上げる。
高品質なブロードソードにスキル剣術。
その攻撃力はオソンたちをはるかに凌駕する。
(やはり、俺だ! 俺こそがエースだ! 俺は強い!)
むくむくと起き上がる己への称賛にグレイルは酔――
わなかった。
グレイルは首を振った。
(違う、俺はきれいなグレイルになるんだ!)
己の役割を果たすだけ。パーティーに貢献する役割を。その役割に徹しようと無心でグレイルは戦った。
「ピギェ……!」
ハンターリザードが断末魔の悲鳴を上げて地面に倒れ伏す。
戦いが終わった。
「ふー」
グレイルは息を吐いた。結果は悪くなかった。ずいぶんと余力を残した勝利だった。これならまだまだ連戦できるだろう。
神官が仲間の回復をしている最中、オソンが口を開いた。
「さすがだ、グレイル! スキル剣術はすごいな!」
「まあな――」
と思わず答えてしまったが、グレイルは咳払いでごまかす。
「みんなの健闘のたまものだ。いいパーティーだな」
「そう言ってもらえると嬉しいよ!」
それからオソンは仲間の戦士に声を掛けた。
「やはりグレイルはすばらしい! 特に攻撃力はピカイチだ。そこで提案なんだが、俺たちは盾に徹してグレイルにアタッカーになってもらうってのはどうだろう?」
その言葉はグレイルを気持ちよくさせた。
特別扱い。
まさに未来の英雄グレイルにふさわしい――
(わかっているじゃないか! お前たち凡人と俺の違いを! そうだ、俺に頼りたくなるよなああ!)
そう思ったが、グレイルは首を振った。
「いや……盾役は辛いものだ。誰かに負担を押しつけるのはよくない。戦士3人で平等に受け持とう」
きれいなグレイルになる――その覚悟が言わせた言葉だった。
ピプタットで新入りの戦士に盾の負担を押しつけて逃げられた過去をグレイルは忘れていない。
「グレイル――本当にお前はいいやつだな……!」
オソンは感極まっているようだった。
それからしばらく狩りを続けた。
E級モンスターは気が抜ける相手ではなかったが、決して厳しい相手ではない。淡々と倒していく。
(おお! おお! おお! 経験値がうまいいい!)
グレイルは興奮してしまった。ここしばらく鳴かず飛ばずだったのでとても気分が高揚する。
それだけではない。
戦闘を重ねるたび、パーティーメンバーはグレイルへの信頼を厚くしていった。スキル剣術による火力が貢献しているからだ。
「さすがはグレイル!」
「いやー、入ってくれてありがとう!」
「頼もしい! 今までより格段に安定感が増した!」
次々と称賛を口にする。
ようやく居場所を見つけられた感覚はグレイルにとってたまらなく心地よかった。
「――さて、今日はこれくらいにするか」
素材狩りの手を止めてオソンがそう言う。
素材狩り。それは自然に生えている素材を採集することだ。もちろん、これも冒険者ギルドで売れるので金になる。ダンジョンにはないものなので、郊外でモンスター狩りをする場合の利点だ。
グレイルのバックパックはぱんぱんになるまで膨らんでいた。もちろん、大量の素材を獲得したからだ。
経験値もほっくほく。
素材を売れば財布もほっくほく。
歩き回った疲労感も――
背中にずしりとかかる重量感も――
ただの充実感でしかなかった。
おまけに――
「グレイル」
オソンが近づいてくる。
「今日、一緒にやってみて俺は君と一緒にやりたいと思った。どうだろう、このパーティーに加わってくれないか?」
今日はあくまでもお試し。
だから、オソンは一緒にやろうと言ってくれた。
グレイルはオソンが差し出した手を握り返した。
「ああ、俺もそう思っていたところだ。これからもよろしく」
パーティーメンバーたちがグレイルの参加を祝福してくれる。
その喝采を浴びながらグレイルはこう思った。
(イィィィィオオオオス! 剣術スキル持ちの俺はもう新しい居場所を見つけてしまったよ! ピプタットでひとり黙々とグレイゴーストを狩るお前にゃ体験できない喜びだ!)
さらにこう続ける。
(仲間とともに集めた素材でぱんぱんに膨らんだバックパックを運ぶ苦労なんて孤独なお前にゃ縁がないだろう! この重さすら愛おしいぜ! ふはははは! うらやましいか!)
きれいなグレイルモードの維持で少しストレスが溜まっていたのだろう。いつもより饒舌にグレイルは内心のイオスを叩く。
上機嫌のまま、グレイルは新しい仲間たちとともにフラストの街へと戻った。
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いつものごとくモンスターを叩っ切り、アイテムを選んだときだ。俺の頭にメッセージが届いた。
『シュレディンガーの猫のレベルが4になりました』
え?
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シュレディンガーの猫
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閉鎖空間にある猫1匹の存在を曖昧にする。
ドロップ状態にあるアイテムの存在を曖昧にする。
レベルアップ時に取得できるスキルの存在を曖昧にする。
バックパック内にあるアイテムの存在を曖昧にする。
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