第4話 グレイル、氷の衛士ラルゴリンにご執心
「休憩所に到着しました! 三〇分後に出ますので定刻通りにお集まりください!」
馬車の車掌が大声で言った。
Cランク馬車のスペースはとても狭いので座りっぱなしの旅は身体に悪い。こうやって休憩を挟みながら進むのだ。
グレイルは他の乗客たちとともに馬車から降りた。
「くっくっくっく……やっぱり新天地ってのはいいものだなあ!」
青空を見上げながらグレイルは心からそう思う。
くそったれのピプタットで過ごした時間はグレイルにとって暗黒そのものだった。
だが、外に出ただけで――
くさくさとした感情は霧散していった。
ここから新生グレイルの新たなる人生が始まるのだ!
(イィィィィィィオオオオオス! 俺は新たなる一歩を踏み出してしまったぞ!? お前はまだピプタットの暗い穴蔵でグレイゴーストを倒す日々を送っているのか!? いい加減、錬金の石ひとつでも手に入れたか!? まあ、無理だろうがな!)
グレイルはダメな幼馴染みを思い出して悦に浸っていた。
そのとき――
「氷の衛士ラルゴリンが出る山ってあれだよな」
「ああ、そうだよ」
二人の男がそんな話をしているのが耳に入った。風体からして旅人だろうか。
(ラルゴリン?)
その妙な響きにグレイルは片眉を跳ね上げた。
興味を持ったグレイルは男たちに話しかける。
「おい、ラルゴリンとはなんだ?」
「ん?」
旅人風の男が振り返った。
そして、親切にも説明してくれた。それが一定周期で出現する珍しいネームドモンスターであることを。
(ネームド!)
思わずグレイルは興奮してしまう。
さらに興奮することを旅人の男が口にした。
「お、やる気になったか? でもお兄さんがどれほど強いかは知らないけどさ、宵闇の光刃が狙っているからノーチャンスじゃない?」
宵闇の光刃。
30の若さでA級にたどり着いた優秀な冒険者たち。その名前は多くの冒険者にとって憧れだ。
もちろん、グレイルも例外ではない。
グレイルは男たちに礼を言って場所を離れる。
(くっくっくっく! ネームドに宵闇の光刃か!)
かなり上機嫌だった。
(イィィィィィィオオオオオス! 旅はするもんだなあ! ネームドに宵闇の光刃だ! ピプタットにこもったままのお前には縁のない話だ! 俺は今そんな場所に立っているんだぞ!)
ゆえにグレイルは決めた。
しばらくこの場所で腰を据えようと。
もともと通っていた冒険者学校へと向かうつもりだったが、そんなものは別に期限などない。
ネームドに宵闇の光刃。
おそらくは騒がしくなるだろう、この場所に身を置くことこそが今の自分には必要だと思った。
もちろん、グレイルに端役で甘んじる気持ちなど毛頭ない。
(俺にだって場の中心になるチャンスはあるはずだ!)
世界の主人公グレイルなのだ。栄光が転がり込んでくるのを待ってどうする? 栄光とは己の手でつかみにいくものだ。
「はっはっはっはっは! 運が巡ってきたかもなあ!」
グレイルは上機嫌に大笑いした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
グレイルはフラストの街で拠点となる宿をとると、さっそくモンスター狩りへと向かった。
F級のモンスターをさくっと狩って金を稼ごう。
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名前 :グレイル
レベル:16(戦士)
攻撃力:260(+150)高品質なブロードソード
防御力:212(+115)へこんだ高品質なラージシールド/チェインメイル
魔力 :180
スキル:剣術
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グレイルの防御力は327。
たいていのF級モンスターの攻撃は無効にできる。適当に剣を振っているだけの楽な作業だった。
経験値的には微妙だが、日銭を稼がなければならない。
(くそ……こんなことをしている暇はないってのによ!)
グレイルは内心で吐き捨てた。
本当ならE級モンスターを狩りたいところなのだが……。さすがにグレイルだけでは無理だ。同レベル帯のメンバーとパーティーを組む必要がある。
一応、冒険者ギルドでパーティー参加希望の登録はしておいた。
(反応があればいいんだがな……)
反応は意外と早く訪れた。
数日後、狩りから帰ってきたグレイルにギルドの受付嬢がこう告げた。
「あ、グレイルさん。会いたい人が現れましたよ」
「ほう、そうか」
表面上は冷静に受け流したグレイルだが、内心ではガッツポーズをきめていた。
(くっくっくっく! やっぱなー、さすがは剣術スキル持ちの俺だよ! すぐに話が舞い込んでくる。できる男は違うな。イィィィィオオオオオス! クソスキル持ちのお前とは違うんだよ!)
感じていた心細い心配など吹き飛ばしてグレイルは高笑いした。
翌日、グレイルは冒険者ギルドで相手パーティーのリーダーと会うことになった。
「オソンだ。よろしく」
現れた男はグレイルと同じ年くらいの爽やかな男だ。風体からして戦士だろうか。
オソンは自分たちがレベル16のEランクパーティーだと自己紹介した。ひとり欠員が出たので新しいメンバーを探しているらしい。
「スキル剣術って優良スキルじゃないか。すごいね」
オソンは前向きだった。
その目はぜひともグレイルを仲間に引き入れたいという強い輝きがあった。
すでに合格は決まっている。立場はグレイルのほうが上。
グレイルは気分がよくなった。
(そうだろうな! まあ、剣術スキル持ちだもんな!)
お前たちは得したなあ……俺のような優秀な人間を仲間にできてよお? 手伝ってやってもいいぜえ……?
と思わず口走りそうになったがグレイルは自重した。
ピプタットで優男に言われたではないか。
――生まれ変わった気持ちで『きれいなグレイル』としてやり直せばいい。
(そうだ! 俺はきれいなグレイルにならなければならない!)
反省できる男グレイルはそこに気がついた。
こほん、と咳をする。
そして、可能な限り爽やかな笑顔を浮かべてこう言った。
「そんなそんな。スキル剣術なんて、それほどでも」
グレイルが己のスキル剣術を卑下した初めての瞬間だった。もしイオスがここにいたらびっくりして腰を抜かしているかもしれない。
「微力でも仲間の役に立てればいいと思っている。よろしく」
グレイルが差し出した手をオソンはためらいなく握った。
「グレイル、君はスキルどころか性格まですばらしいんだな! こちらこそ頼むよ!」
こうして『きれいなグレイル』は新生活を開始した。