イオスvsグレイル
目の前にいるグレイルがこんなことを言った。
――俺のところに戻ってこい、イオス!
もう遅い!
そう言い返してやろうかと思ったが、その言葉はふさわしくないと思って言わなかった。
もう遅い、は前なら可能性があったという意味だ。
もともと可能性などない。
グレイルが俺を捨てた日から、俺がグレイルとともに並び立つ未来はなくなったのだ。
もともと俺にその気がない以上『もう遅い』は正しくない。
「結構だ」
俺は一切の感情を排してそう言った。
言った瞬間――グレイルが顔を真っ赤にした。俺にあっさり断られると思っていなかったのだろう。
「ざっけんなよ、クソスキル持ち! 俺が下手に出てりゃいい気になりやがって! お前に選択肢があると思っているのか!?」
「……用がすんだのなら、もういいか? 俺は帰るよ」
「待てよ!」
立ち去ろうとした俺の腕をグレイルが手を伸ばしてつかむ。
「ミーシャに捨てられたお前を俺が拾ってやろうって言ってるんだ! ひどい女だよな、あいつも! お前の後を追ったくせに!」
その言葉は――
正確に俺の逆鱗に触れた。
よりにもよってミーシャを悪く言いやがって……!
「離せ」
俺はグレイルの手をふりほどく。
「勘違いするな。ミーシャは俺と一緒だよ。今日は俺ひとりで来ているだけだ」
じろっとグレイルをにらんで俺は続けた。
「お前こそどうなんだ。あの2人はどこにいる?」
「あ、あの2人は――」
言いよどんだ後、グレイルはこう言葉を発した。
「つつ、追放してやったんだよ! 足手まといだったからなあ!」
「……そうか……」
追放という言葉の定義がよくわからなくなってきた。2人を追放して1人だけ残って――それは追放したと言えるのだろうか。
ただのケンカ別れのような気もするが……。
ま、どうでもいいことだ。
「さよなら、グレイル。俺は今に不満はない。幸せなんだよ。もう構わないでくれ。お前はお前でうまくやっていってくれ。達者でな」
「口答えしてるんじゃねえぞ! クソイオス!」
真っ赤に燃えた炎のような瞳でグレイルが俺をにらむ。
俺は冷めた声で答えた。
「……そんなことを言うやつと一緒にやれるはずがないだろう」
「んなこたあ、もうどうでもいい! 捨て犬のてめえを拾ってやろうって俺の温情を踏みにじりやがって! 許さん! 俺と勝負しやがれ!」
鞘がついたままのブロードソードをグレイルが手に持つ。
「どっちが上か教えてやろうじゃねえか!」
「やめておけ」
B級装備を身にまとって短期間でかなりのレベリングをした。スキル剣聖を手にして大幅にパワーアップした。
グレイルの状況は不明だが――負けるはずがない。
「俺とお前じゃ勝負にならないよ」
「イィィィオオオオオオス! はっはっはっはっは! わかってるじゃないか! そうだ! そうだよ! 俺とお前じゃ勝負にならない! わかってるじゃないか! そう、それが俺とお前の力の差だ! スキルの差だ! なあ、クソスキル持ちのイオスくん!? 怖くてぶるっちまったかあ? 俺の剣術スキルが怖いかあ? 怖いだろうなあ? ごめんなさいするかあ? したら許してやってもいいぞ? ごめんなちゃいいいい、グレイルしゃまあああ、って言ってみろよおお!」
……安い挑発だ。わかっている。
だけど、そこまで言われて黙っていられるほど俺もできた人間ではない。
俺も鞘つきのブロードソードを手に持った。
「……いいだろう。そこまで言うのなら受けてやるよ」
「くっくっくっく! 少なくとも男気は上がったか? 前はおろおろぶるぶるしていたイオスくんよおおおお?」
俺とグレイルはリトリーバーを近づけて決闘の宣誓をした。
もう――俺たちの戦いを止めることはできない。
決着をつけようか、グレイル。
俺とお前の、子供時代から続く因縁に。
「いつでもかかってこい、グレイル」
「ははははは! なに大物風吹かせてるんだよ、剣聖にでもなったつもりか、お前は!」
言うなり、グレイルは俺に襲いかかってくる。
剣をぶんぶんと振り回した。
俺はそれを最小限の足さばきだけでこともなげにかわす。
グレイルが笑った。
「んだよ、ちょっとくらいは腕を上げたのかあ?」
己の優位を信じている声だった。
「それくらいのほうが戦いがいがあるってもんよ!」
俺は少しばかり悲しい気持ちでその剣筋を見ていた。
あまりにも遅かった。あまりにもつたなかった。あまりにも弱々しかった。
これがグレイルの剣なのか?
半年ほど前に袂をわかつまで俺はグレイルの剣に憧憬を抱いていた。あるいは恐れを。まるで雷鳴のように轟く斬撃。あらゆるものを斬り捨てる威力。永遠に届かない強さを感じていた。
それなのに――
なんだこれは。
あれほど迫力のあった、空気すら断ち切る剛剣はどこに消えてしまったのだろう。
悲しくなってしまった。
閃光のような輝きも、すべてを打ち砕く強さも。
その剣にはかけらも宿っていなかった。
みじめだな。
キィィィン!
すんだ音が響いた。俺の剣がグレイルの剣を払ったのだ。開きすぎた攻撃力の差にグレイルが大きくよろめく。
「とととととと!」
「やめろ、グレイル……もう充分だ」
俺は首を振った。
「そんなお前を見たくはない。やめよう」
「くっはっはっはっは! 言うようになったじゃねえか、イオス! だけどよお、まぐれで俺の剣を払ったくらいでいい気になるもんじゃねえなあ! お前の一発勝ち逃げ作戦はお見通しだあ!」
グレイルは剣を構える。
「身体も温まってきた! もう一段階ギアを上げてやるぜ! お前に耐えられるかなあ、イィィィィオオオオオオオス!」
言うなり、グレイルが俺に向かってくる。
「思い知らせてやるぜええ! 永久にお前は俺の下だって事実をよおおお!」
……そうか。わかった。
お前には何を言っても無駄だろう。
ならば見せてやろう、剣聖の力の片鱗を。
「縮地」
小さくつぶやき、たん、と地面を蹴った。
一瞬にしてグレイルとの間合いを詰める。俺の急接近にまるで気づかないグレイルの腹めがけて剣を一閃。
ごっ!
鈍い音がした。木っ葉のごとくグレイルの身体が舞う。空中でくるくると回転した後、頭から地面に激突した。
「へぶぅ!?」
グレイルは身体をびくりと震わせるとそのまま気を失った。
「……終わりだ、グレイル。さっきも言ったけどな、今、俺は幸せなんだよ。お前は苦労しているかもしれないが――どうでもいいことだ。お前はお前で頑張ってくれ。じゃあな」
そう言うと俺はダンジョンを後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「う、うう……」
グレイルは目を覚ました。周りを見渡してもイオスの姿はすでにない。
「何が起こったんだ……?」
確かイオスと戦っていたはずだが――
いきなりイオスが消えたと思ったら、次の瞬間には自分の身体が宙に舞っていた。
何が起こったのかグレイルにはまったく理解できていなかった。
だから、グレイルは考えた。
自分に起こったことの可能性をひとつ残らず。
やがて――グレイルは結論に達する。
「くそが!」
ふつふつとした怒りとともに地面を叩いて、グレイルは怨念のこもった声で叫んだ。
「なんてこった! 足を滑らしちまった!」
その隙を突かれてしまうなんて!