検証『シュレディンガーの猫』Lv2
宿に着くなり、俺はシュレディンガーの猫に起こった異変をミーシャに教えた。
「『ドロップ状態にあるアイテムの存在を曖昧にする』って説明文が追加になったんだよ」
「ドロップ……アイテム?」
ミーシャはあごに手をあてて、うーんと唸った後――
「モンスターを倒した後に手に入るアイテムのことだよね?」
「そうだ」
「存在を曖昧か……そう言えば追加されたって言ってたよね? てことは、元の説明文にはなんて書いてあるの?」
「『閉鎖空間にある猫1匹の存在を曖昧にする』だ」
「そっちも存在を曖昧にするか~……。効果から察するに出したり消したりするってことだろうね」
しばらくじっと考えてからミーシャはこう結論づけた。
「仮説は立つけどさ――百聞は一見にしかずだ。明日の朝、いの一番にダンジョンに行って検証しよう!」
翌朝、俺たちはダンジョンに降り立った。
はじめて降り立つピプタットのダンジョン――冒険者の本場。だけど、あまり感慨に浸ることもなかった。
早く試したい。
昨日の夜も眠れなかったくらいだ。
ミーシャが言う。
「……じゃあ、とりあえずザコっぽいのを探しますか」
俺たちはダンジョンを探索し、ふらふら歩いている1匹のゴブリンを見つけた。
「第1モンスター発見。マジックアロー! マジックアロー!」
ミーシャがマジックアローを2連発する。
「ギイッ!?」
ゴブリンがよろめく。俺は瀕死のゴブリンを一撃で斬り倒した。
俺は腰のベルトに取り付けていた小さな器具を取り外す。それは手のひらサイズの矩形のデバイスで、冒険者ギルドに登録するともらえるアイテムのひとつだ。
名前をリトリーバーと呼ぶ。
俺はそれをゴブリンの死骸へと近づけた。
ゴブリンの死骸が光を放って消える。倒れていた場所に小さな黒い石――魔石だけを残して。
魔石。
それはモンスターを倒したときに採取できるアイテムで、俺たちの社会に必要不可欠な燃料でもある。例えば冷蔵庫でものを冷やし続けるには、この魔石を供給する必要がある。
よって、魔石は『売る』ことができる。
冒険者たちの生計を立てる重要な資金源なのだ。
魔石を回収する俺にミーシャが話しかける。
「……シュレディンガーの猫は使えた?」
「いや、何も反応はないな……」
ドロップアイテムは常に出るわけではないが、出るならモンスターを魔石に変換したタイミングで一緒に出てくる。
「ドロップアイテムが出たときに反応するのかな……?」
俺の言葉に、ミーシャが首を傾げる。
「それもあるかもしれないけど……ひょっとすると、わたしがダメージを与えたからかな?」
「ダメージ?」
「うん。マジックアロー2発の時点でイオスよりわたしのほうが与ダメージ多いでしょ? てことは、あなたの獲物だと判定されなかったのかもしれない」
「なるほど……」
「次は手を出さないから、ひとりで頑張ってみてよ」
再び俺たちは1匹だけのゴブリンを見つけて襲いかかった。
前の戦いではグレイルにバカにされたが、別に俺はゴブリンごときに負けたりはしない。単に処理速度でグレイルに勝てないだけだ。
俺は危なげなくゴブリンを倒した。
「ふぅ」
一息つく。
そして、腰から引き抜いたリトリーバーをゴブリンへと近づける。
ゴブリンは光となって魔石へと変わり――
俺は『何か』を感じた。
慌ててシュレディンガーの猫を開く。すると、以下の選択肢が脳内に現れた。
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ゴブリンのドロップアイテム 23:59
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E:骨くず
E:石ころ
E:5ゴールド
D:さびたナイフ
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……なんだこれは?
よくわからないので、5ゴールドを選んでみた。
すると――
ちゃりん。
魔石の横に5ゴールドが現れた。
……え?
ミーシャが俺に話しかけてきた。
「この5ゴールドは?」
「シュレディンガーの猫に反応があってさ……俺が選んだんだ」
説明がしにくかったので、俺はさっき見た映像をそのまま紙に書いてミーシャに見せた。
ミーシャはそれをじっと見つめる。
「これ、ひょっとしてゴブリンが落とす可能性のある全アイテムってこと?」
「……そうだと思う」
過去に何度かゴブリンのドロップアイテムを手に入れたことがある。いずれもここに書いてあるどれかだったはずだ。
「さすがゴブリン、しょぼい」
ふふっとミーシャが笑ってからミーシャが続けた。
「気になるのはアイテムの横にあるE、Dのアルファベットと、タイトルにある23:59ってのね……」
うーんと考えてからミーシャが俺に訊いた。
「ねえ、今もシュレディンガーの猫、確認できる?」
「ああ、大丈夫だが」
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ゴブリンのドロップアイテム 23:57
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確認してみると、こんな感じに変わっていた。
「……おや? 23:59から57に変わっている……」
「それさ、リキャスト時間じゃない?」
「リキャスト時間?」
「次にスキル発動ができるまでの時間ってこと」
「1日に1回しか選べないってことか?」
なんだか微妙だな。
ミーシャは首を振った。
「どうかな……1種族に対して1日1回かもしれない。つまり、ゴブリンだけは明日まで選べない、みたいなね」
「なるほど」
確かに、この書き方ならそうかもしれない。
ミーシャがうなずいた。
「よし、じゃあ、ゴブリンとオークを順番に狩ろう。そうすれば、その辺の設定がわかるはず」
俺はゴブリンを倒した。
……。
…………。
「シュレディンガーの猫、発動しないな」
「とりあえず、同種族では24時間縛りがあると」
続いてオークを倒した。オークというのは豚の顔をしたモンスターでゴブリンと強さは変わらない。
すると――
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オークのドロップアイテム 23:59
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E:石ころ
E:7ゴールド
D:豚の鼻
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再びシュレディンガーの猫が発動した。
俺は7ゴールドを選ぶ。
「シュレディンガーの猫、反応したよ」
「なるほど」
にやりと笑ってミーシャが続ける。
「どうやら、オークのほうがゴブリンよりお金持ちってのが証明できたみたいね」
「そうだな」
俺はふふっと笑って魔石と7ゴールドを回収する。
「ゴブリンの1回目と今回でシュレディンガーの猫は発動した。つまり、種族単位に24時間リチャージってことか?」
「わかってる範囲だとね」
ミーシャがじっと考える。
「自分がダメージの主体になる必要はあるけど、狙ったドロップアイテムを確実に手に入れることができる能力ってことね……」
そこではっとした顔になって、こう続けた。
「ねえ、ちょっと試しに倒して欲しいモンスターがいるんだけど」
俺が戦うことになったのは『グレイゴースト』だった。
灰色の外套を着た幽霊で目の部分が赤く輝いている。実体のない幽霊だが、両袖からは長いかぎ爪を持った生々しい手がのぞいていた。
「たぶん、わたしがダメージの主体にならなければ大丈夫かな」
そう言いつつ、タイミングを計ってミーシャが魔術で少しだけ援護してくれる。
倒すと同時、シュレディンガーの猫が発動した。
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グレイゴーストのドロップアイテム 23:59
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E:灰色のローブの切れ端
D:灰色のローブ
S:錬金の石
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……今までEとDしかなかったのに、Sが出てきた。
どうしようかと迷っていると、ミーシャが口を開く。
「錬金の石ってある?」
「あるな」
「やった! それを選んで!」
俺は言われたとおりにした。
かきん、と小さい音を立てて金色の石が転がる。
俺は魔石と一緒にそれを回収した。
「この、錬金の石ってのはなんだ?」
「それね――」
一拍の間を置いてからミーシャが続けた。
「10万ゴールドで売れるのよ」