イィィィィィオオオオオオス! 久しぶりだなあああ!
謎の山羊頭を目覚めさせた後――
失神したグレイルは冒険者ギルドの休憩室で目を覚ました。
「……んだよ、何が起こったんだよ!」
頭ががんがん痛む。気分も悪い。最悪の目覚めだった。
グレイルは思い出そうとした。
あのとき自分に何が起こったのか。
剣術スキルの火力で殴っても通らない防御力――たった一撃でグレイルをはね飛ばす攻撃力――地面を這いずって逃げるグレイル――追いかけてくる山羊頭――
そして、右腕をつかまれるグレイル。
記憶はそこまでだった。そこから急速に映像が薄まっていく。何か山羊頭から言われた気がするが、その言葉は思い出せなかった。
(……くそ! 気持ち悪い体験だぜ!)
グレイルはいらいらした。
そんなグレイルをさらにいらいらする事実が追い打ちをかける。
宿に帰ったグレイルは風呂に入って己の右腕についたあざに気がついた。
「なんじゃこりゃあああああああ!?」
グレイルは思わず叫ぶ。
右の前腕、手首と肘の中間あたりに入れ墨のような黒いあざができていた。入れ墨など記憶にないグレイルは何度もタオルでこすったが消えない。
右腕――
山羊頭につかまれた部分――
そのあざは手のように見えた。まるでグレイルの右腕を握りしめた山羊頭の手が焼き付いたかのような。
「おい、なんだってんだよ!」
グレイルは感情的になって右腕を壁に叩きつけた。
「いってえな!」
グレイルは他にもいらだちを感じていた。
冒険者たちの嘲笑だ。
すでに優男たちにこっぴどくやられた件は広まっているらしい。パーティーを組もうとしても誰も話を聞かない。ギルドにいるだけで軽蔑の視線が向けられる。
(くそがああああ! くそが! くそが!)
グレイルの心は憤怒に染まっていた。
(どいつもこいつも!)
ままならない現実に悪態をつく。
頭にきたグレイルはグレイゴースト狩りをすることにした。錬金の石をゲットする奇跡とザコを狩る憂さ晴らし。どっちも楽しめるのがポイントだ。
そう簡単に錬金の石はでないのだが。
そうやって何日か過ごしていたある日のこと――
グレイルは狩り場に先客がいることに気がついた。
それは戦士風の男だった。
それ自体はたいしたことではなかったが、問題はその後ろ姿。似ているのだ。
彼が追放した幼馴染みに。
腰に差した何の変哲もないブロードソードも、あちこち汚れが見れる冴えないチェインメイルも。
髪型から立ち姿まで完璧に見覚えがある。
その冴えない後ろ姿は間違いなく――
(イオス! お前なのか!?)
情けない有様だ。どこにでもいる量産型戦士。あの青火鳥チェインメイルを身につけた戦士とは似ても似つかない。立ち上る雰囲気からして格が違う!
ひとりぼっちで弱っちいイオスは経験値稼ぎのために雑魚グレイゴーストを倒している――
その事実がグレイルの心を喜ばせる。
グレイルの嗜虐心がむくむくと起き上がった。
口元が緩む。
(くっくっくっくっく! ここで会うとは奇遇だなあああ! だめだめのイオスくぅぅぅん! ちょうどストレスが溜まっていたところだあああああ! 俺のサンドバッグになってもらおうかああああ!)
グレイルは声を掛けた。
「イィィィィィオオオオオオス! 久しぶりだなあああ!」
びくりとイオスの身体が震える。
そして、まるで操り人形のような動きで振り返った。その目は肉食獣を見た草食獣のように揺れている。
「グレイル……!」
その口が茫然自失とした声をこぼした。
(……ああ、その反応だよ、その反応!)
グレイルは興奮する。
下の人間がいるからこそ上の人間が輝く。イオスという明確な下――救いようのないゴミスキル持ちがいるからこそグレイルという光が輝くのだ。
「イィィィィィオオオオオオス……。まさか、お前もピプタットに来ていたとはなああ……」
「まあ、な」
短く答えてイオスは目をそらした。
その態度がまたしてもグレイルの心を熱くした。
(……ははははは! みすぼらしい姿を俺に見られて恥ずかしいのかな、イオスちゃんはよおおおお!?)
それならば、己の華々しい戦果を教えてイオスをさらに地獄に叩き込んでやろうとグレイルは考える。
「なあ、イオス。グレイゴーストを狩っていたのか?」
「……日課なんだよ」
「日課!」
言った後、グレイルは爆笑した。日課! グレイゴーストを倒すのが日課! こいつは俺と別れてから何をしていたんだ! F層でずっとちまちまグレイゴーストを倒していたってのか!
「あっはっはっは! 悪いな、イオス! 笑っちまってよ!」
ぜんぜん悪びれない様子でグレイルは続ける。
「そうだ! グレイゴースト大好きなお前に耳寄りな情報があるんだよ! 知りたいか?」
「……別に」
「そう言うなよ! 俺とお前の仲じゃないか! 特別にな!」
グレイルは鼻の穴をふくらませて言う。
「いいか、グレイゴーストってのはな、錬金の石を落とすんだよ! こいつがギルドで10万で売れる! だがレアものでよ、なかなか手に入らない。ま、クソスキルつかんじまう運の悪いお前にゃ一生縁がない代物ってところだ!」
イオスは困ったように身体を揺すった。その手が伸びて己のポケットを撫でている。
そんな様子など気にせずグレイルは話を続けた。
「だけどな、俺は違う」
そして、こう言った。
「俺はな、錬金の石を見つけたんだよ!」
己の幸運を思い出して再び大笑いした。
一方、イオスは黙っていた。
その沈黙を、いまだに手に入れられていないことへの恥ずかしさだとグレイルは解釈した。
(くくくく! そうだ、それでいいぞ、イオス!)
グレイルは気分がよくなった。
「どうだ、俺の幸運はよ! お前とは持って生まれた運の量が違うんだよ、イオス!」
「……そうか……まあ、よかったんじゃないか……」
そっけないイオスの返事。
それがまたグレイルの気分をよくした。
(そうだなあ! 悔しいよなあ! そういう態度をとらないとやってられないよなあ!)
気持ちがよくなったグレイルは第2弾の暴露をすることにした。
イオスのたどり着けない到達点――
そこにいる事実があまりにも気持ちよかったから。
「なあ、イオスよお……お前のその装備はなんなんだ……? やる気はあるのか? 俺と別れたときから何も変わっちゃいねえ……普通の剣に普通の盾――」
ぷっと己の口元に手を当ててグレイルが笑う。
「あいかわらず止まったままだな、お前は! だが、俺は違う!」
ぱん、とグレイルは腰の剣を叩いた。
「高品質の剣に!」
そして、盾をイオスへと突きつける。
「高品質の盾だ!」
イオスの目が――じっと盾を見つめた。その目がいぶかしげに細められる。不思議そうに首を傾げていた。
(認められないか! 俺が高品質のラージシールドを持っている現実を! そうだろうな!)
グレイルは口元を緩めた。
困っているようなイオスの顔がおかしくてたまらなかった。
(はっひょー!)
グレイルは何度目かの興奮を覚えた。
イオスが屈辱に耐えている姿は滑稽だった。何も言い返せないサンドバッグを叩いている。その事実はグレイルを昂揚させた。
そして――
己の優秀さを噛みしめる。俺はやはりできる男なのだとグレイルは確信した。今まではたまたま星の巡りが悪かっただけ。本来なら俺はもっと光り輝く場所にいるべき男なのだ!
(……ああ、やっぱりイオス、お前は最高だ。お前のおかげで俺は元気を取り戻せたよ……!)
俺にはイオスが必要だ。
俺という存在を輝かせる踏み台になる男が。
だから、グレイルはこんな提案をすることにした。
「イィィィオオオオス……お前はあいかわらず憐れだなあああ」
「……」
「だからよお、幼馴染みの俺がお前を助けてやる! 優しい優しい俺だからよおお、ひとりぼっちのお前を見捨てるわけにはいかないんだよなあああ……!」
グレイルが右手を差し出してこう言った。
「俺のところに戻ってこい、イオス!」