あなたは彼女を見捨てることができますか?
俺たちは山羊頭を相手に優勢に立ち回った。
俺やニャンコロモチの与える貧弱なダメージでは山羊頭を押さえ込むのは難しいが――
「えーい!」
ミーシャの一撃は無視できない。
白い矢を胸に喰らった山羊頭は悲鳴を上げ、盛大によろめいた。
その瞬間を狙って俺たちは攻め込み、
「強打!」
「にゃん!」
少しずつダメージを蓄積していく。
ミーシャという攻めの軸ができたおかげで俺たちの立ち回りに余裕が生まれたのだ。
だが、やはり――
そう簡単に事は運ばない。
「イーオーーーーース!」
ミーシャが精一杯の声で俺の名を呼ぶ。
「4大の制御、あんまり時間がない! ごめん、わたしの力じゃ――もう限界……!」
ミーシャの言葉の端々に荒い息づかいがこぼれていた。
ちらりと後ろを見ると、肩で息をしていて顔色も悪い。足下の魔術陣も明滅している。
ミーシャの顔が申し訳なさそうに歪んでいた。辛そうで。もう戦力になれない自分を責めるような目で――
ああ、そんな顔をしないでくれ、ミーシャ。
お前の力があったからこそ俺たちは今まで戦えていたんだから。
お前がいなければ狼を蹴散らすことすらできなかった。
ミーシャにそんな顔をさせてはいけない。
だから、俺は何でもないことのように言った。
「大丈夫だ! 後は俺たちに任せろ!」
少しでもミーシャの心が軽くなるようにと祈りながら。
「にししし! 頼んだからね!」
すぐに声を引き締めてミーシャが続ける。
「最後にありったけを叩き込みたいから! なんとかしてよ!」
「わかった!」
俺とニャンコロモチが山羊頭を押し込む。体勢が崩れた瞬間、俺たちは左右に飛んだ。
「頼んだぞ、ミーシャ!」
ミーシャが全魔力を放出する勢いで白い矢を連続で放つ。
「グオオオオオガアアアアアアアアア!?」
山羊頭は抵抗する間もなく次々と被弾。押して押して押しまくられて壁に叩きつけられる。
炸裂する衝撃に空気が揺れて俺と頬を流れていった。
やがて――
音がやんだ。
「……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
ただ、ミーシャの息だけが聞こえる。精も根も尽きたのだろう、ミーシャは背中を丸めて荒い息を吐いている。
続いて、光を失った魔術陣が完全に消え去った。杖にまとわりついていた白い輝きもほどけて散る。
もう自分の身体を支えることもできないのだろう。
ミーシャはすとんとしゃがみ込んだ。
もう――ミーシャからの援護は望めない。俺たちの視線は山羊頭へと向けられる。
山羊頭はまるで壁に縫い付けられたかのように動かない。
動くな、動くな、動くな。
そのまま死んでしまえ――
そんな俺たちの暗い祈りは悲しいことに届かなかった。山羊頭が動き出す。だが、今までの比べてその動きは緩慢だった。少なくともミーシャの猛攻撃でかなりのダメージを受けている。
もう少しだ!
あともう少し詰め切ることができれば――!
俺とニャンコロモチは猛然と山羊頭へと襲いかかった。だが、それよりも早く――
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
山羊頭が吠えた。足下の魔術陣が浮かび上がる。
ま、まずい!
今、新手の狼を召喚されたら――
すでに俺もニャンコロモチも満身創痍だ。新手のモンスターをさばいている余裕などない。
しかし、距離の壁は残酷で。
くそ!
そう思ったとき、
ぎぱぁん!
まるでガラスが砕けるような音ともに山羊頭の足下の魔術陣が割れ砕ける。山羊頭が体勢を崩した。
……余裕がないのはあちらも一緒か!
もう増援はない!
「行くぞ、ニャンコロモチ!」
「にゃん!」
俺とニャンコロモチは山羊頭に怒濤の攻勢をしかけた。
ここが最後の攻め時だ。
全力を賭して攻め込むのみ!
しかし、山羊頭も押されてばかりではない。怒りの声とともに俺の腹めがけてこぶしを叩き込んでくる。
とんでもない激痛。だけど――
「まだ終われないんだよ!」
俺は強打Lv3を発動して斬りつける。
ここで俺が倒れるわけには行かない。俺とニャンコロモチ、2枚でぎりぎり支えている前線なのだ。
どちらかが倒れれば終わってしまう。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
再び山羊頭が吠える。
召喚しようってのか?
もうできないのはわかっているだろ!
俺とニャンコロモチが襲いかかろうとした瞬間――
まさに同時だった。
部屋につながる通路から1体の黒い影が出現した。
……え?
それはノーマークだった俺たちの横を駆け抜けて、一直線に俺たちの後方――ミーシャに向かって矢のように飛んでいく。
黒い狼だった。
もう呼べない、はずなのに?
違う!
呼んではいないのだ。あの大量に召喚していた狼の1匹を道の向こう側に隠していたのだ。
こういうときのために!
「しまっ――!」
俺は後ろへと視線をやる。
聡いミーシャはすべてを理解していた。そして、にっこりと笑う。そして、俺から視線を外して走り寄る狼を見た。
その手に杖を持って。
俺にはミーシャの考えていることが手に取るようにわかった。
ミーシャはこう伝えているのだ。
わたしは何とか頑張るから、あなたとニャンコロモチであいつを倒してね――
確かにそれしかない。
俺たち2枚のどちらかがミーシャを助けにいく選択肢はない。今の俺たちにミーシャを守って戦えるほどの余力はない。
足手まといのミーシャの役割は?
捨て駒になって時間を稼ぐだけ。
今、俺たちの前に選択肢は突きつけられた。
彼女を救いますか? 救いませんか?
見捨てれば少しだけ生存確率が上がります! 少しだけ、少しだけ、少しだけ。奇跡を信じられるくらいには。
なら、見捨てなければ?
みんな仲よく死にます。
なんて単純で簡単な選択肢だろう。悩む必要すらない選択だ。
答えは決まっている。
3人で死ぬより1人だけが死ぬほうがいい。
頭のいいミーシャは瞬間的にそれを理解した。だから、己の命を引き算した。
そうだ。
それが当たり前なんだ。
生きるか死ぬかの瀬戸際。戦力にならない人間など捨ててしまえ。
ああ、ありがとう、ミーシャ。俺たちのために死んでくれて――
「なんて、言えるはずがないだろうが!」
俺は山羊頭に背を向けてかけ出した。
ミーシャを見捨てる!?
バカを言え!
そんな選択肢などあるか!
――はっはっは! グレイルのところを抜けてきたんだよ! イオス、あなたについていこうと思ってね!
追放された俺を見捨てずに追いかけてきてくれたのはミーシャじゃないか!
――君はわたしがモンスターに襲われたらいつも一番に駆けつけてくれるよね? わたしは一緒に組むなら、そんな優しさを持っている仲間がいいんだ!
役立たずでしかなかった俺の価値を認めてくれたのはミーシャじゃないか!
――一緒に旅をするならお世話になっている君だ! 追い出された君を見捨てないのがわたしの流儀だよ!
どん底で俺を信じてくれたのはミーシャじゃないか!
そのミーシャを見捨てるなんてできるか! 返しきれない恩と優しさをくれた仲間を、捨てることなんてできるか!
あのとき打ちのめされた俺を拾ってくれたのはミーシャだ!
ミーシャが死ぬのは――
俺より後って決まってるんだ!
ミーシャは狼にのしかかられて、今にもその巨体に押し潰されそうだった。唾液にまみれた牙と爪を杖1本で何とか拒絶している。
「どけっ! 邪魔だっ!」
俺の強打が閃き、一撃で狼を遠くへと弾き飛ばす。
「ミーシャ、無事か!」
そんな俺を驚いた顔でミーシャが見上げる。
「ど、どうして――イオス!?」
「勝手に死ぬなんて決めるな! 俺はそんな考え認めない!」
「で、でも――!」
「無理なんだよ。お前を見捨てるなんて――」
言いつのるミーシャを俺は引っ張り起こした。
「お前、言ってただろ。俺についてくるとき、お前がモンスターに襲われたらいつも助けに来てくれるからついてくるって」
俺はにやりと笑ってこう続ける。
「だから諦めろ。お前はそういうやつと一緒にいるんだ。俺はいつだって駆けつける。ピンチのお前を見捨てて逃げる人間じゃあない!」
「イ、イオスゥゥゥゥ!」
ミーシャの瞳から涙がこぼれた。
覚悟は決まった。
もう後には引けない。
俺は視線を山羊頭に戻す。
「――!?」
視界に映ったのは山羊頭に殴り倒されるニャンコロモチだった。
「にゃう!?」
悲鳴を上げてニャンコロモチの小さな身体がぽーんと飛んで地面に転がる。ぴくりとも動かない。
「ニャンコロモチ!」
駆けつけようとしたが、それより先に影が襲いかかってきた。
俺の強打で吹き飛んだ狼だ。
「なめるな!」
ばさりと狼を両断する。
そのとき――
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
山羊頭が咆哮とともに右腕を振った。距離はかなりある。だが、嫌な予感がした俺はミーシャを抱きかかえて山羊頭に背を向けた。
直後、衝撃波が俺とミーシャを襲う。
「ぐああああああああああああああああああ!?」
俺たちは木っ葉のように弾け飛び、ごろごろと地面に転がった。
山羊頭が威圧の咆哮を上げながらこちらへと向かってくる。
状況は最悪だった。
ニャンコロモチは倒れ、ミーシャはガス欠。
唯一戦える俺ももう体力は限界に近い。1発でもいいのをもらえば根性で支えられるゾーンすら越えてしまうだろう。
だが――
俺は負ける気がしなかった。
理由は簡単だ。俺は己のレベルが上がったことを知ったからだ。レベル27へ。
おそらく狼を倒したことで経験値が入ったのだろう。
それはいい。
重要なのは――シュレディンガーの猫が映し出す光景だ。
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Lv27の選択可能スキル 23:59
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盾の名手Lv1
両手持ち+
剣聖
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