4大を統べしもの――第一門、開放(下)
無機質な女の声が終わると同時、ミーシャの口から圧縮された言葉の束が高速で吐き出された。ささやき声なので何を言っているのか理解できなかったが。
言葉の合間に一定のリズムで、まるでピリオドを打つかのようにミーシャが杖の先端で地面を叩く。それに反応するかのように魔術陣の輝きが脈動した。
また、女の声が聞こえる。
『起動シーケンスの完了まで99%』
……なるほど。どうやら0%が目標か。
わかりやすくていいな。
「いくぞ、ニャンコロモチ。絶対死守だ!」
「にゃん!」
……さっきから勢いで指示しているけど、わかってるのかな……?
俺たちは4匹の狼たちとぶつかった。
前衛2枚でモンスター4匹は正直きついが――
弱音など吐いていられない。
決してミーシャの邪魔をさせてはならない。
スキル『4大を統べしもの』がどんなものなのか俺は知らない。
だがきっとそれには、この状況を好転するだけの力があるのだろう。でなければ思慮深いミーシャが俺に無理をしろなんて言わないから。
ミーシャがそれを言うのなら――
それにはそれだけの価値があるのだ。
『起動シーケンスの完了まで80%』
カウントダウンが進んでいく。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺とニャンコロモチは前線を支えた。
斬!
1匹を斬り倒す――残り3匹!
だが、そこで――
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
さらに山羊頭が吠える。
4組目の狼たちだ。
「ははは……こりゃ、大変だな……!」
残りは5匹。
動揺した俺たちの脇をすり抜けて1匹がミーシャへと襲いかかる。
「勝手なことをするなよ!」
俺は振り返りざまに強打Lv3で狼を攻撃する。
「ゴガァ!?」
さすがに死にはしなかったが、横合いからの攻撃で体勢を崩し狼はミーシャへの突撃を断たれた。
『起動シーケンスの完了まで50%』
さらに踏み込み、俺は狼に剣を振り下ろしてとどめを刺す。
残り4匹!
だが、そこでまたしても山羊頭が新しい狼を召喚する。
これで6匹か――
心が折れそうになるが俺は首を振った。諦めてはいけない。きっとミーシャがすべての形勢を逆転してくれる。
ミーシャを信じて戦うのだ。
ミーシャが俺を信じてくれたように。
俺とニャンコロモチは3倍の戦力に挑みかかっていく。召喚中のせいか山羊頭が動けないのが救いか。
『起動シーケンスの完了まで25%』
刻一刻とパーセンテージが減っていく。
それでも思わずにはいられない。
まだかまだかまだかまだかまだかまだかまだか――!
すでに身体中のあちこちに傷が刻まれている。3倍の手数で牙や爪、体当たりが飛んでくる。積み重なるダメージ。
「させるか!」
俺の斬撃が1匹の狼を斬り倒す。
だけどそれはせめてもの抵抗で。
もう限界だった。
もちろん、俺の心はくじけていない。諦めていない。たぶんニャンコロモチも。
絶対に後ろへと通さない。そんな気概なら充分だ。
だけど、それでも無理なものは無理なのだ。
わずか前衛2枚で押さえ込める量ではない。気合いだけで戦況を覆せるのなら世界に敗者はいない。
そんな根性論で覆るほど――
数の差は軽くない。
俺たちのか細い堤防が決壊する。狼どもが俺の後ろへと走り抜けようとする。そこにいるひ弱な魔術師を狙って。
『起動シーケンスの完了まで5%』
それでも――
「行かせるか!」
俺は吠えた。
もう剣の間合いなど保っていられない。身体だ。身体で食い止めるしかない!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
狼に身体をぶち当てる。別の狼につかみかかって動きを止める。乱戦だ。噛まれようとも引っかかれようともかまうものか!
俺で我慢してろ、お前ら!
ニャンコロモチも必死に2匹の狼を食い止めている。
まだだ。
まだ俺たちは踏ん張っている。もう本当の本当のぎりぎりだけど、俺たちはまだミーシャの盾でいられる。
まるでそんな俺たちの努力を打ち砕くかのような怒号が響いた。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
山羊頭の声だ。
すぐさま2匹の狼が追加される。
合計7匹。
それはもう――最後のダメ押しだ。
だけど、俺は諦めない。
「ははは……やるっきゃないな……」
折れてやるものか。
そのときだった。
「ありがとう、イオス、ニャンコロモチ。もう大丈夫だから」
ミーシャの声の末尾にかぶるように――
まるで福音のような、救いの声が俺たちの耳に届く。
『起動シーケンス、完了しました――4大を統べしものLv1の解除を承認します』
同時、ばぎん! とガラスが割れ砕けるかのような音がして、足下で輝いている魔術陣の外周1/5がひび割れた。
砕けた光の粒子がふわりと空へと浮かび――
流れてミーシャの杖にまとわりつく。杖が光に包まれて――まるでそれは細く長い砲台のように俺には見えた。
ミーシャは両手でそれを持ち、腰のあたりで水平に構える。
「天の宝錫――ブラスターモード!」
キィィィィィィィン――
という耳障りな音が俺の耳に届く。光の粒子がミーシャの杖の先端に収束していく。
「イオス、動かないでね」
そして、ミーシャは続けた。
「いけえ!」
ごうん!
光の矢が放たれた。
悲鳴すら上げる間もなく、俺にのしかかっていた狼がすごい勢いで後方へとかっ飛んでいった。狼は壁に激突した後ぴくりとも動かなくなり塵となって消える。
あまりの威力に驚いたのか他の狼たちが慌てて後ずさる。
「ははーん。そりゃ悪手ですにゃー」
ミーシャの杖が次々と光の矢を吐き出して狼たちを吹き飛ばしていく。1発で死ぬか――死ななくてもよろよろになっている。
なんて威力だ。
一瞬で形勢が逆転した。
「ミーシャ、それが『4大を統べしもの』なのか!?」
「そうだよ! だけど――ごめん、わたしの実力じゃ長くは維持できない! 今のうちに!」
「もちろんだ! 行くぞ、ニャンコロモチ!」
「にゃん!」
俺たちは山羊頭へと駆けていく。
その途上に――
さっきミーシャに吹っ飛ばされた狼の1匹が立ち塞がる。さっき俺をさんざん噛んでくれたやつだ。
狼が俺に向かって襲いかかってくる。
俺はすれ違いざまに――
強打Lv3!
一撃で狼を真っ二つに切り裂く。
「悪いな! まともにやればお前は俺の敵じゃない!」
そんな俺の言葉が終わるよりも早く――
ぎゃうん!
ミーシャの放った光の矢が空気を圧して飛んでいく。それは奥にいる山羊頭へと一直線にかっ飛んでいった。
そして、その筋肉質の胸板に炸裂する。
たまらなかったのだろう――
その巨体が悲鳴を上げて、ぐらりと揺れた。
効いている!
「へっへーん! 今まで好き勝手にやってくれちゃってさ!」
ミーシャが叫んだ後、こう続けた。
「やっちゃえ、イオス! ここから逆転だよ!」
「おうさ!」
雄叫びとともに俺は山羊頭へと斬りかかる!
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