穢(けが)れの王のひとかけら
攻撃でひるんだ瞬間に逃げ出そう――
そう考えていたグレイルだったが、作戦を早々に変更した。
(こんなやつ相手にしていられるか!)
さいわい相手はグレイルに興味がないのか棒立ちのまま。
横をすり抜ければ問題は――
いきなりグレイルの視界が後ろに流れた。
「はへ?」
間抜けな声がグレイルの口から漏れる。直後、がぁん! と激しい音ともにグレイルの背中が壁に激突した。
「ぶへあ!?」
衝撃――痛み。肺から空気がこぼれた。
「んだ……何が、起こった……?」
グレイルが前を向くと、腕を振り切った山羊頭が立っていた。横をすり抜けようとしたグレイルを腕で払ったのだ。
「くそ、が……!」
グレイルは立ち上がろうとしたが――
身体がぐらりと揺れた。
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおお!」
激痛にグレイルは悲鳴を上げる。
当然だ。
攻撃力1100の一撃を防御力337で受けたのだから。
山羊頭が軽く払っていなければ一撃で死んでいてもおかしくはないパラメタ差だ。
「が、あ、あ、あ……!」
痛みでのたうつグレイルに山羊頭が近付いてくる。
「ひ、ひいい、ひいいい……!」
グレイルは床を這いずりながら逃げた。怖かった。自分が逆立ちしても勝てない圧倒的な強者が近付いてくる。
山羊頭が出てきた箱は部屋の奧にある。グレイルは箱と壁の間の細い空間へと逃げ込んだ。
そんなもので助かるなんてグレイルも信じていない。
だけど、これしかなかった。
ここに逃げ込むことだけが、グレイルができる抵抗のすべてだ。
山羊頭が追いつく。
「あ、ああ、あああああ! 来るんじゃねえ!」
グレイルは剣を突き出した。
その行為に意味などない。
グレイルの剣は決して山羊頭を傷つけないのだから。
山羊頭の右手が剣を振り回すグレイルの手を握る。
軽く握っているだけなのに。
それだけでグレイルは腕を動かせなくなった。
続いて、ばきん! とチェインメイルの手甲があっさりと砕ける。
漆黒の指がグレイルの腕そのものを握った。
ひやりとした――まるで魂まで冷えるかのような酷寒がグレイルの肌を突き刺す。
その接点から、まるで無数の小さな虫がざわざわと入り込んでくるかのようなおぞましい感触が伝わってくる。
「くおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
グレイルは叫んだ。恐怖をごまかすかのように。
死ぬ――死んでしまう。その事実にグレイルは吐きそうだった。混乱と恐怖が脳内で沸騰しグレイルの意識をぐらつかせる。
そのとき。
そんなグレイルの脳裏に声が聞こえた。
――実に穢れた魂だ。お前は役に立つかもしれないから、印だけで許してやろう。
直後、身を焼くような痛みがグレイルを襲う。
「はぎええええええええええええええええええええええ!?」
それを最後にグレイルは完全に意識を失った。
山羊頭はグレイルから手を放すと、もうグレイルなど忘れてしまったような様子で部屋を出ていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
トロルたちを倒した後、俺たちは部屋でひと休みしていた。
ニャンコロモチを抱えながらミーシャが上機嫌に口を開く。
「もうトロル相手なら楽勝だねー」
「2ヶ月間ずっと倒しているからなあ……」
2ヶ月前でも問題はなかった。
その間に俺のレベルは22から26へと上がって強くなった。経験面でもパラメタ面でも負ける気がしない。
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名前 :イオス
レベル:26(戦士)
攻撃力:360(+510)魔狼ブロードソード
防御力:282(+440)大緑鱗スケイルシールド/青火鳥チェインメイル
魔力 :230
スキル:シュレディンガーの猫、ウォークライ、強打Lv3、闘志Lv3
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「闘志Lv3はどう?」
「そうだな」
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闘志Lv3
効果時間 :24時間
リキャスト:24時間
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・発動中、攻撃力+10%
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このスキルで攻撃力が常時10%の上昇となる。
俺の攻撃力は870なので上昇は87。
合計は957。
「なかなか使えるな」
こういうパラメタアップ系をたくさん積めば相乗効果でだんだん強くなっていく。
転職してスキルを集めるのが楽しみだ。
剣聖スキルのようにステータスアップ効果が武器に縛られないので、剣が使えない職業に転職しても効果があるのも大きい。
「にししし! ニャンコロモチィ、君の飼い主は強いぞおお!」
ぎゅうううっとミーシャがニャンコロモチを抱くと、にゃあああああああ! とニャンコロモチが悲鳴を上げた。
ちょうど、そんなときだった。
悲鳴が聞こえた。
猫の――ではなくて、人の。
俺とミーシャが顔を見合わせる。
「何かヤバい感じ?」
「そうだな……」
ミーシャの言葉にうなずきながら、俺は別のことを考えていた。
なぜか悲鳴の声に聞き覚えがある気がしたのだが――
気のせいだろうか?
「……イオス。助けにいったほうがいいかな?」
「そうだな。捨てておくわけにもいかないしな」
俺たちは休憩を打ちきって立ち上がる。
だが――
こちらから向かう必要はなかった。
ひたり、ひたりと。
裸足の足音が通路の向こう側から聞こえてくる。
ダンジョンに灯された薄暗い明かりの中を――闇のような漆黒が歩いてくるのが見えた。
俺は剣の柄に手をかける。
ミーシャもニャンコロモチを手放して油断ない視線を前に向けた。
ニャンコロモチは毛を逆立てて威嚇の声を出している。
やがて、それが姿を現した。
真っ先に目につくのは頭で山羊の頭蓋骨そのままだ。身体は筋肉質で下半身は獣毛に覆われている。全身が黒一色だが、眼窩にだけ目のような赤い光が輝いている。
……なんだ?
あんなやつはD層で見たことがないが……?
「ミーシャ! あいつの種族は!?」
「うーん……わからないな……」
ミーシャが煮え切らない返事をする。
……ミーシャが知らない? 頭のいいミーシャがそんな反応をするのは珍しいことだ。
普通のモンスターじゃないってことか?
モンスターが咆哮を上げた。
「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「やるか!」
俺は剣を引き抜き山羊頭へと向かっていく。
それよりも早く――
「ファイアアロー! ウインドカッター! ウォーターブラスト! アーススパイク!」
ミーシャの4連撃! 火風水地の基本攻撃魔術が炸裂する。
華々しい光芒が輝く。
俺は剣を一閃させた。
剣は確かに山羊頭の脇腹を確かに斬ったが――
「硬い!」
なんて硬さだ!
ジャイアント・リザードマンの鱗以上の硬さが手に伝わる。とんでもない防御力だ。あれから俺もだいぶ強くなっているってのに――!
だが!
「これならどうだ!」
俺はスキル『強打Lv3』を発動する。
次の一撃に+5%の攻撃上昇を与えるスキルだ。
攻撃力957からの、1005!
返した刃は、確かに山羊頭の肉を削ぎきった。山羊頭の口から苦悶の声が響く。
「オオオオオオオオオオオオオオオオアアアア!?」
「よしっ!」
まだ浅傷の範囲だろう。それでも俺の刃は通った――敵が痛みを覚えるほどのダメージを与えた。
刃は通る。ならば!
戦いようはある。それが戦士というものだ!
「行くぞ、ミーシャ、ニャンコロモチ!」
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