グレイル、何かの封印を解いてしまう
グレイルは距離を置いてE層エリアボスを倒したとおぼしき2人組の後を追いかけた。
2人組はむちゃくちゃ強かった。
B級の装備を着ているのだから当然だが。F層はもちろんのこと、E層のモンスターも一撃で斬り捨てていく。
(……剣術持ちの俺ですら苦戦するハンターリザードをああもあっさりと!)
高レベル帯の冒険者の姿にグレイルは驚きを禁じえなかった。
グレイルは2人組の正体がイオスとミーシャだとはこれっぽっちも思わなかった。
理由は2つ。まず単純に距離。
2人組に気づかれないようにグレイルは距離をとっていた。かなり遠かったので2人の顔はまったく見えず話し声も聞こえなかった。
次に装備。
Fランクで沈んでいるはずのイオスがまさかB級装備を身にまとっているなどグレイルは少しも考えなかった。後ろ姿の様子からしてグレイルの理性は1%程度その可能性を考慮したかもしれないが、感情が無意識のうちに否定していた。
俺よりゴミなイオスがそんな装備を着ているはずがない!
そんな事実を認めてしまえばグレイルの肥大化した自意識は完全に崩壊していただろう。
ミーシャも防御面を考慮してD級装備に切り替えていた。トレードマークの三角帽子もそれに合わせて色が違うものに変えている。グレイルにとっては『見覚えのない誰か』でしかなかった。
足下を歩くニャンコロモチだけは見覚えがあったが――
冒険に出るとき、いつもイオスはニャンコロモチをスキルで隠していた。まさか連れて歩いているとはつゆほども思わない。
(……猫? 足手まといなだけじゃねえか。あんなものを連れて歩くとはさすがB級……余裕だな……。いつもクソスキルで猫を隠していたイオスとは格が違う……)
グレイルはそう思っていた。
距離があったので、グレイルはニャンコロモチの活躍にはまったく気がついていなかった。
そんなわけで――
グレイルは2人組の正体に気づかず後を追い続けた。
(……強すぎる……リスペクトが止まらない……!)
そんなことを思いながら。
戦士である以上グレイルにも強さへの憧れはあるのだ。
やがて、2人組はD層へと到達する。
D層――
グレイル未踏の層。
さしものグレイルも緊張してしまう。基本的に2人組のあとを追っているので安全なはずだが。ダンジョンは何があるかわからない。
(ぶるってんじゃねえ、グレイル! お前は剣術スキル持ちだろうが!)
使えないスキル持ちのイオスとは違う!
有能である自分なら多少の苦境はくぐり抜けられるはずだ!
グレイルは覚悟を決めると未知の領域に一歩を踏み出した。
2人組がD層のトロル相手に戦いはじめる。
手慣れたものだった。戦士が斬りつけ、魔術師が炎であぶる。あうんの呼吸――そんな連携であっという間にトロルを倒してしまう。
次々と撃破しながらダンジョンの奥へ奥へと進んでいった。
(す、すげえええええ!)
グレイルは興奮した。
そして、こう思った。
(……なんとか、あの2人と知り合えないだろうか……?)
レベルが違いすぎるのでパーティーには入れないだろうが――高レベルの知り合いがいる事実は己の心を高揚させる。
きっと教わるべきことも多いだろう。
師匠になってもらうのも悪くはない。
追放されたあとに最高の師匠に会うのはよくある物語パターンのひとつだ。
さすがは世界の主人公、グレイル!
(イィィィィオオオオオス! 俺はついに出会ってしまったぞ、俺の師となる存在に! お前は出会えたか!? そんな存在に!?)
何か親しくなる方法はあるだろうかとグレイルが考えていたときだった。
がこん。
グレイルが体重をかけた瞬間、手を置いていた通路の壁が矩形にへこんだのだ。
(まさか、罠……!?)
そう思い、ひやりとした。
だが、違った。
ゴゴゴゴと小さな音ともにすぐ隣の壁がスライドした。そっとグレイルがのぞき込むと短い通路の奥に部屋らしきものがあった。
(――隠し部屋!)
あるのだ。こういう隠された部屋が。そして、そこには手つかずの金銀財宝がある――そんな噂も。
にいいっとグレイルは口元を緩めた。
(……俺にも運が回ってきたなあ!)
思わぬ幸運に心を熱くしたグレイルは隠し部屋へと進んだ。2人組は新手のトロル複数と戦っている。急いで戻れば置いてきぼりにはならないだろう。
部屋の奥には大きな金属の箱があった。
宝箱ではなく、ふたをスライドさせて開ける――棺のような箱が。
(はっはっはっはっは! お宝のにおいがぷんぷんするぜえええ!)
グレイルは箱に近付き、ふたに手をかけた。
恐ろしいほどにひやりとした感触が手のひらに伝わってくる。財宝のにおいで興奮気味のグレイルは特に何も感じなかった。
石でできた重いふたをグレイルは体重をかけてずらしていく。
半ばまでずらして――
グレイルはがっかりした。
箱の中には何もなかったからだ。ぽっかりとした空間があって底に闇が溜まっているだけだ。
「んだよ、クソが!」
叫んだ瞬間、グレイルは反射的に箱を蹴り飛ばした。
ごん!
鈍い音がした、その瞬間――
まるで膨大なハエがいっせいに飛び立ったかのように箱の底に沈殿していた闇がぶわっと飛び立った。
「あひぃ!?」
驚いたグレイルは派手にすっころんで尻餅をつく。
「――ただの虫かよッ!」
心の底からがっかりした。せっかく発見した隠し部屋、ここに一発逆転の目があるかと思っていたのに。
(くそつまんねえ!)
グレイルは立ち上がり元の場所に戻ろうと振り返った。
そのとき――
「え?」
そこに正体不明の『何か』がいた。
いた?
違う。今まさに現れようとしていた。箱から飛び出した闇の粒子が集まり『何か』を形作ろうとしている。
それは全身を真っ黒に塗り固めた――
人の形をした『何か』だった。
下半身はびっしりと獣毛に覆われ、上半身は鍛え抜かれた筋肉が盛り上がり、身長は2メートルを超えている。
全身は黒いインクで染め上げたかのような漆黒。
最後に形成された頭は――
山羊の頭蓋骨だった。
不気味な頭の部分に、まるで瞳のような赤い光が灯る。
「て、てめえ、モンスターか!」
グレイルは腰からブロードソードを引き抜いた。
(ついてないぜ!)
逃げて2人組に助けを求めようにも出口はモンスターの後ろ。
どうにかここだけは自分で切り抜けなければならない。
(だが、俺は剣術スキル持ち! 俺の攻撃力ならD級といえど一撃は入れられるはず。その隙に逃げ出せば!)
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名前 :グレイル
レベル:16(戦士)
攻撃力:612(剣術スキル込み)
防御力:337
魔力 :180
スキル:剣術
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「おおおおおおおおおおおおおおおお!」
グレイルは気合いの声とともに山羊頭に斬りかかった。出現して間もないからだろうか。山羊頭は微動だにしない。
グレイルの振り下ろした刃が山羊頭に当たり――
弾かれた。
(な――なんだと!?)
手に痺れが走る。
「くそがあああああああああああああ!」
それでもグレイルは剣を攻撃を繰り返したが、その刃は山羊頭の身体に弾かれるのみ。
この世界におけるステータスは絶対。
攻撃側の攻撃力が防御力を超えない限りダメージは受けないのだ。
つまり――
山羊頭の防御力はグレイルの攻撃力を超えている。
グレイルには読めなかったが、箱のふたには古代の文字でこう書かれていた。
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ここに『穢れの王』のひとかけらを封印する。決して開けてはならない。
名前 :穢れの王(かけら)
攻撃力:1100
防御力:850
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D級どころか――
それはB級にも匹敵する力だった。
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