グレイル、立ち直る
「ギ、ギ、ギ、ギ、ギ――」
グレイルは床を這いずった。逃げるためではない。思わず取り落としてしまった剣を拾うためだ。
(剣術は剣を強化するスキル。剣は俺の生命線!)
そんなグレイルの希望を打ち壊すかのように――優男がグレイルの剣を遠くへと蹴り飛ばした。
「お前に勝ち目はないんだよ」
優男がグレイルの背中に鞘に入った剣の先を押しつけた。
「て、てめえ、何を――ひぎえええええあああああああ!?」
電撃が走り、グレイルの言葉が悲鳴に変わった。
「しつけておかないとね」
優男が笑いを噛み殺しながら言う。
「君のような男は中途半端に許すと逆恨みする。みっちりと歯が立たない相手だと教え込まないとね」
電撃が止まる。
「て、てめえ……」
「グレイル、まさに噂どおりだな」
なぜこの男が俺の名前を知っている?
グレイルはそんな疑問を抱いた。名乗った記憶がないのだが。
「噂――?」
「剣術スキルの使い手で腕はそれなりだが――態度はすこぶる悪い。狂犬のような男だとさ」
その瞬間、グレイルは理解した。
斥候と神官をにらみつけながら叫ぶ。
「てめえええらあああああああああああ!」
だが、斥候は首を振ってこう言った。
「い、いや、違う! 俺たちが言ったわけじゃない!」
「ああん!? 嘘言ってるんじゃ――はああああああああああん!」
優男の電撃がまた始まった。
グレイルを感電させながら優男が続ける。
「彼らは嘘を言っていないよ、グレイル」
苦笑を浮かべつつ優男が助け船を出す。
「お前はピプタットで有名な人間だからな……悪い意味で」
どういう意味だ――と思ったが、あまりの痛みにグレイルは口にできなかった。
「何人かとパーティーを組んだだろ? 悪い人間というのは噂になるものさ。もうお前と組む人間はいないんじゃないかな?」
「――!?」
その言葉はグレイルの心臓に突き刺さった。
傍若無人なグレイルといえど無敵の人間ではない。さすがに見ず知らずの人間にまで嫌われていると知るのはショックだった。
そんな気持ちをごまかすため――
クルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
と叫びたかったが、グレイルは痛みのあまり意識が飛びそうでそんな気力もなかった。
優男が続ける。
「なに、冒険する場所はピプタットだけじゃない。他の場所に行けばいいさ。生まれ変わった気持ちで『きれいなグレイル』としてやり直せばいい――」
その言葉を最後にグレイルの意識は闇の底へと落ちた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
どれくらい気を失っていたのだろうか。
「う、あ――」
グレイルは目を覚ました。
さっきと同じ場所だが――グレイル以外は誰もいない。
誰かが運んだのだろうか。倒れた部屋の端っこに移動していた。丁寧に剣や荷物も近くに置かれている。
身体をさいなんでいた痛みもなくなっていた。
時間が過ぎておさまったというより――まるで回復魔法をかけてもらったような。
(……神官……! あいつか……!)
せめてもの餞別。
ここでグレイルを見捨てる罪悪感への贖罪。
「ざけんな!」
身を起こしたグレイルは床にこぶしを打ち付ける。
「くそが、くそが、くそがくそがくそがくそがくそがくそがくそがくそがくそがくそが! くそがああああああああああああ!」
どいつもこいつも俺を馬鹿にしやがって!
仲間に見捨てられた屈辱。
ぶざまに負けたことへの恥辱。
ピプタットで広まった悪評への憤怒。
ありとあらゆる負の感情がグレイルの胸に膨れあがった。
「ふざけやがって!」
感情の赴くままに叫んだ。壁を叩いた。こぶしが痛かったが構わなかった。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
勝ち組スキル剣術の持ち主なのに! 養成学校ではぼんくらスキル持ちの連中から「さすがグレイル!」と言われ続けたのに!
ずっと夢見ていたのだ。
エリート街道を驀進して各地でグレイルの名が高まっていく未来を。
その未来は確実だと思っていたのに。
たかだかEランクで足踏み状態。ともに戦う仲間もおらず経験値稼ぎすらままならない状態。
どうしてこうなった!?
どうしてこうなった!?
どうしてこうなった!?
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――!」
グレイルの口から吐き出される雄叫びが終わった。
壁を叩いていたこぶしは開き、壁をつかんでいる。
その目には――
絶望の闇はなかった。まだ未来をつかみ取ろうとする意志の光が輝いていた。
「まだだ! まだ俺は終わっちゃいねえ……!」
すべてを失った!
だからどうした!
ただ振り出しに戻っただけだ!
グレイルはポジティブに考えることにした。まだ深刻に考える事態ではない。世の偉人でも苦労を知らずに成功しているものは少ない。
(俺の立志伝はここから始まったばかりだ!)
仲間に追放された。
いいじゃないか。
追放から始まるサクセスストーリーは昔から人気のある物語だ。
まさに『世界の主人公』グレイルにふさわしい。
少しだけ気分をよくしたグレイルは歩き出した。終わったことを悩んでも仕方がない。これからの身の振り方を考えるべきだ。
(イィィィィオオオオオオス! どうだ!? 俺はもう立ち直っちまったぞ! お前はもう立ち直れたか? まだ部屋の片隅でめそめそして止まっているか!? 俺には剣術スキルがあるから前を向ける! お前のようなクソスキル持ちは何もないから大変だな!)
そんなことを考えながらグレイルはダンジョンを歩く。
そのとき――
通路の奥を歩いている2人組が目に入った。
「……ん?」
男女のペアだ。装備からして戦士と魔術師だろうか。
後ろ姿だけで顔はよくわからなかったが――
戦士風の男が青火鳥チェインメイルを着ている。
そのとき、グレイルは数ヶ月前に聞いたとある言葉を思い出した。
――戦士と魔術師の2人組だそうだ。私は詳しく知らないが……青火鳥チェインメイルに身を包んでいたらしい。
E層で突如として発生したエリアボスを倒した冒険者の風体。
ギルド職員は確かにそう説明してくれた。
「あいつらなのか……?」
おそらくはそうだろう。
たくさん冒険者のいるピプタットだが、ここまで一致していて他人というのは考えにくい。
E層のエリアボスを撃破した2人組。
(……どんなやつらだろう……?)
興味を引かれたグレイルは2人の後を追うことにした。
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