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覚醒『シュレディンガーの猫』

 俺とミーシャは荷物を持って別の宿に移動した。

 不眠だったミーシャが起きるのを待ってから、俺たちは遅めの昼食をとりつつ、これからのことについて話した。


「あのさ、イオス」


 よほど腹が減っていたのか、すごい勢いで食べながらミーシャが俺に話しかけてきた。


「勢いで一緒に行く! って言ったけどさ、あなた冒険者を続けるつもりはあるのよね?」


「もちろんだ」


 即答した。子供の頃から憧れ続けた夢。冒険者となって世界を駆け巡り名を馳せる夢。

 きっと多くの大人たちは現実を知り、失敗を積み重ねてその夢を諦めていくのだろう。


 だけど――


 若い俺の理想にまだ現実は追いついていない。

 若い俺の失敗なんて夢を諦めるには数少ない。

 若い俺には、きっと夢を見続ける権利がある。


 追放されてしまった俺だけど――

 そう信じたい。


「もちろん俺は冒険者を続けるよ」


「いいね! そうこなくっちゃ!」


 にやりとミーシャが笑う。


「じゃあさ、どこで拠点を構えようか?」


「ああ……」


 確かにグレイルたちがいる以上、ここで拠点を構えるのは論外だ。

 だけど、そこまで考えていなかった。


「どうしようかな」


「あのさ、特にあてがないんだったら、ピプタットなんてどう?」


 ピプタット――この辺だと一番大きい都市だ。

 通称、遺跡都市。

 街のど真ん中にダンジョン化した大きな古代遺跡があるのだ。それゆえに冒険者の数も非常に多い。きっとA級ですらゴロゴロいるだろう。

 華々しい場所だ。

 新しいスタートを切るのなら申し分はない。


 俺は胸に熱いものを覚えた。


「いいな」


「でしょ!?」


 その後、照れたようにミーシャが続ける。


「……実は学生時代、あそこの学校に通っていたんだ。土地勘はあるから期待しててよ」


 学生、時代?

 俺はごくりと唾を飲み込んだ。ピプタットは古代遺跡がある関係で非常に学問が活発だ。

 そして、ミーシャは魔術師。

 となると通っていた学校って――


「え、通ってたのってピプタット魔術学院?」


「……そんな感じの名前、かも……?」


「おおおおお……!」


 むちゃくちゃ尊敬のまなざしでミーシャを見た。ピプタット魔術学院は有名な――王国でも1、2を争うほどのエリート学校だ。


「すごいな……」


「あんまり気にしないでね? 冒険者に学歴は関係ないからさ」


 恥ずかしげな様子でミーシャが癖のある髪の毛を触った。


 翌日、俺たちはこの街を出ることにした。

 乗合馬車のチケットを買おうと料金表を眺める。


 Aランク馬車ーおとな1人 20000ゴールド

 Bランク馬車ーおとな1人 10000ゴールド

 Cランク馬車ーおとな1人  5000ゴールド


 ランクは快適性だ。Cランクの馬車だと乗員がぎゅうぎゅう詰め。Bランクだとわりかし個人スペースがあり、Aランクだと個人用の仕切りがついてくる。

 俺たちは駆け出しの冒険者だ。プライバシーに割り振る金はない。


「Cランクだな」


 だが、ミーシャの反応は薄い。うーん……と唸って料金表を眺めている。


「何か気になるのか?」


「試しにさ……Aランク馬車に乗ってみない?」


「え?」


「そっちのほうが面白いんじゃないかと思うんだよね」


「……お金は節約するべきじゃないのか?」


「むしろ、儲かっちゃう気がするんだよね」


 にししし、とミーシャが笑う。


「どういう意味だ?」


「ないしょー」


 そして、ミーシャはこう続けた。


「わたしを信じてAランク馬車にしておくれよ。1回こっきりの費用だしさ。景気づけみたいな感じで。特別予算をお願いします~!」


 そう言われると仕方がない。

 ミーシャには俺なんかについて来てもらった義理もある。

 ……儲かっちゃうかもって話も気になるしな……。


「いいんじゃないか?」


「やった!」


 というわけで、俺たちは分不相応にもAランク馬車に乗ることになった。


 ひとり当たりのスペースがとても広い。Cランク馬車に比べれば快適性が格段に違う。

 さすがはAランク馬車だ。

 さらに客の身なりも違う。乗り合わせるときに見た限り、みんな一定の成功をおさめた人間のように見える。

 場違い感が半端ない……。


 そんな気持ちを休憩で馬車から降りたときにミーシャにぶつけてみた。


「居心地が良すぎて居心地が悪いんだが」


「貧乏性だねー君は!」


 あはははは! とミーシャが笑った。


「じゃあさ、投資のもとを取ろうか?」


 言うなり、ミーシャは馬車の近くで座っている同乗していた客のもとへと歩いていった。

 身なりのいい中年男にミーシャが話しかける。


「こんにちは、おじさん」


「……ん? こんにちは」


 軽く世間話をしてから、ミーシャがこんなことを言い出した。


「そこのお兄さん、手品が得意なんですよ。猫を出したり消したりできるんです」


 !?

 おいおい、ミーシャ、いきなり何を言い出すんだ……?

 ミーシャは驚く俺などお構いなしに脱いだ帽子を差し出した。


「もし楽しめたら、お気持ちいただいていいですか?」


「ははは! なるほどなるほど。ま、満足できたらな」


「絶対に満足しますから!」


 ミーシャはそう言うと、俺に近付いて耳元でささやいた。


「よろしく!」


 無茶ぶり!?

 俺は目で、猫の出し入れなんて地味だぞ! とアピールした。


「大丈夫。わたしが、はい! って言ったらやりなよ」


 ……大丈夫なの、それ……?

 ミーシャがいきなり早いペースで喋り出した。


「ほら、お兄さん、袋だして袋。ね、おじさん、袋触ってくださいよ。ぺったんこでしょ? あ、触ったままでいいですよ。はい! うわ! もこもこってなった!?」


「ほー、これはこれは」


 感心した様子で中年男が膨らんだ袋を触っている。


「なんでしょうね、これ? はい! ほら、またぺったんこに!?」


 言葉の通り、ふしゅーんと袋がしぼむ。

 いきなりミーシャが叫びだした。


「はい! はい! はい! はい!」


 ええええ!? ちょ、ちょっと早い!?

 俺は慌てて4回シュレディンガーの猫を発動した。そのたびに袋がしゅんしゅんしゅんしゅんと大きさを変える。

 ニャンコロモチ大丈夫かな……こんなの初めてなんだけど。


「すごーい。こんなに切り替わって。じゃ、最後に、はい! おじさん、感じるでしょ? そのもこもこの温かさを。おじさん、袋の紐を開けて。うんうん」


 中年男が紐をほどくと、中からニャンコロモチが出てきた。


「にゃあん」


「おお、かわいいな……」


 中年男は目を細めてニャンコロモチを見る。


「じゃじゃーん! 猫ちゃんです! もふもふ気持ちいいでしょ? もふもふは無料サービスじゃないですからね! 満足したら上乗せお願いしますね!」


「はははは、わかったわかった」


 中年男は気持ちよさそうにニャンコロモチの毛をさすさすした。


「……なんか楽しそうなことをしているけど、なんだい?」


 俺たちの話し声が気になったのだろうか。太った男が話に割り込んできた。

 にこにこスマイルでミーシャが受け答える。


「今ね、そこのお兄さんが猫の手品を披露中でしてね……もしも気に入ったらお気持ちをお願いしますね」


 そして、ひっくり返した三角帽子を突き出した。

 ……即興の手品会だったが、なぜか大受けして結構な金額を受け取った。


「1回で4000ゴールドももらえるなんて……」


 ミーシャがAランク馬車にこだわったのはこのためだろう。こんな額のお金をぽんと払えるのはAランクに乗れる財力のある人間だからだ。


「うふふふ。ラッキーじゃん。使えるねー、シュレディンガーの猫」


「……ただ猫を出したり消したりするだけだぞ?」


「それでいいんだよ。こういう馬車はね、みんな暇なんだよ。娯楽に飢えている。何か時間を潰せるものが欲しいんだよ。あとね――」


 ミーシャがにやにやとした顔で、


「猫ちゃんはかーいーからねー。にししし!」


 などと言いつつ、抱いたニャンコロモチをさすさすしている。


「もう、おじさんたちもニャンコロ中毒だよ。これからもふもふするために手品を見にきてくれるから!」


「本当にそうかな……」


 本当にそうなった。

 俺たちは馬車が止まるたびに客にシュレディンガーの猫を披露し、それなりのお金をもらえた。


 飽きないのか? とも思ったが、乗客がちょくちょく入れ替わるのもあって客の足は絶えなかった。ミーシャが新客を中心に話しかけて手品を披露していると、前にも見た客が暇つぶしにふらふら混ざってくる……そんな感じだ。


 シュレディンガーの猫を使えば金になる。


 それが新鮮で俺はミーシャの指示に従ってシュレディンガーの猫を使いまくった。


「はーい! 皆さん! ありがとうございましたー!」


 この旅で俺たちが稼いだ金額は5万ゴールド。何かの間違いかと思った。俺たちの旅費を払ってもお釣りがくる。旅の途中で食事をおごってもらったりもしたので、実質的な利益はもっとだ。


「……すごいな、ミーシャ」


「意外と生活力あるでしょ?」


 ミーシャが勝ち誇った顔で言う。

 そんなこんなで、ようやく馬車は遺跡都市ピプタットに到着した。

 ここは終点。すべての客が降りる。


「お嬢ちゃんたち、頑張れよ!」


「腹が減ったらうちの店に来いよ!」


 仲良くなった客たちが俺たちに声を掛けてくれる。


「ありがとうございますー!」


 笑顔でミーシャが応じた。そして、俺の脇を肘でつんつんする。

 俺は黙って袋を胸の前に掲げ――

 袋からニャンコロモチを取り出した。

 いいぞいいぞー! と乗客たちが称賛の声を上げてくれる。そのときだった。


 ――ッ!?


『シュレディンガーの猫のレベルが2になりました』


 脳内にそんな声が聞こえた。これは、なんだ?

 乗客たちが消えた後、動けないでいる俺にミーシャが話しかけてきた。


「冒険者はやめて大道芸人になるなんて言わないでおくれよ?」


 ミーシャのからかいに俺はすぐ反応できなかった。

 俺の意識はもっと違う場所に向かっていたからだ。

 俺は脳内でステータスを開けた。シュレディンガーの猫の説明文を開くと、そこにはこう書かれていた。


--------------------------------------------------

シュレディンガーの猫

--------------------------------------------------

閉鎖空間にある猫1匹の存在を曖昧にする。

ドロップ状態にあるアイテムの存在を曖昧にする。

--------------------------------------------------


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コミック版シュレ猫、発売中です(2021/11/30)!

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