夢を追う資格
ミーシャと山分けしても年収1億。そんな金額に俺は現実感を覚えられなかった。
……現実的にはモンスターの鉱石も俺たちが大量に出荷すれば相場が下がるだろうから目減りするだろうが――
それでも圧倒的な金額と言えるだろう。
錬金の石だけで年収1000万も驚いたものだが、それとは文字通りに桁が違う。
「……すごいな……」
「でさ、また訊くんだけど、どうするつもり?」
「え?」
「イオスとニャンコロモチだけでD層は余裕でしょ? 年収2億。1年で引退しても悠々自適だけど」
「……なるほど」
ミーシャはこう言っているのだ。上を目指さない生き方もあると。
錬金の石のときにも年収の話をしたが、そのときとは重さが違う。億単位の金額は隠居して余生を過ごすには充分だ。
だけど、悩むことは何もなかった。
「もったいないと思うんだよ」
「もったいない?」
「この『シュレディンガーの猫』の能力をもっと活かしたい。この力があれば俺はもっといろいろなことができる気がするんだ」
そう、ここで止まってしまうのはあまりにももったいない。
「俺は俺の――限界を見てみたいんだ」
「……限界、か」
ふふふ、と笑ってミーシャが続ける。
「いいねいいね! そういう言葉はいいと思うよ!」
「だから、まだいいかな。足を止めるのは。ずっと先の話だ」
少し考えてから俺はこう続けた。
「すぐお金が貯まるんだ。それならB級じゃなくてA級S級の装備を買うってのはどうかな?」
B級でこんなにさくさく進むんだ。
S級の装備があればもっと経験値稼ぎは効率がいいだろう。
しかし、ミーシャの返事はかんばしくなかった。
「あー……どうだろうねえ……」
「何か問題でも?」
「実はA級S級の装備はすんごくレアでねえ……普通の武具屋じゃ売ってないんだよねー」
「そうなの?」
確かに見た記憶はなかったが。
ミーシャが話を続ける。
「ランクが高いモンスターほど出現率は下がるし――さらに鉱石はでにくいからさ。ほぼコネがないと無理だと思うよ」
「そっか……なら、それにしようか」
「それ?」
「ああ。自分自身の手でA級S級の装備を造ろう」
それは俺にふさわしい目標に思えた。
俺にはシュレディンガーの猫がある。これなら少なくとも鉱石がドロップしにくい問題だけは解決できる。
「自分で倒したモンスターの装備を持つのは気持ちいいしな」
「にししし! 悪くないね!」
ミーシャがニャンコロモチを抱えたまま上半身を起こす。
「じゃあ、これからはレア装備を造る旅って感じ?」
「そうだな。だけど、もうひとつ目標を考えていたんだ」
2ヶ月前、ミーシャにこれからを訊かれて俺が考えていたこと。
それを俺は口にした。
「スキルを集めようと思うんだ」
「スキル?」
「そう。俺のシュレディンガーの猫はスキルツリーを無視して上位スキルを取得できる。で、スキルは他の職業に転職しても使い回せる」
例えば俺が覚えたウォークライは戦士が覚えるスキルで斥候や魔術師は覚えられない。
だが、戦士で覚えておけば斥候や魔術師に転職しても使えるのだ。
「いろいろな職業で強力な上位スキルだけを覚えて回れば最強だと思わないか?」
それが俺の出した結論だった。
普通はこんなことできない。
なぜならスキルツリーの関係で下位スキルからしか覚えられないし、下位スキルは微妙なものが多いからだ。
本当に有用なスキルは最上位にしかなく、とても複数の職業を鍛える余裕はない。
だが、俺は違う。
俺ならばシュレディンガーの猫で『おいしいスキル』だけをかっさらえる。
前にミーシャが言っていたではないか。
俺ならば『地水火風の魔術』をわずか40ポイントでとれると。
すべての職業のレアスキルを覚えること。
その目標は俺の胸をわきたたせた。
それはきっと過去のどんな冒険者も立ったことのない頂だ。登りきれば俺だけが見える景色。
それはどんなものだろう。
見てみたかった。
それにS級モンスターの装備を集める目標がさらに加わった。
全レアスキルに――
全レア装備!?
なんだろう、この夢は! 本当に現実なのか!? 壮大すぎて広がりすぎてわけがわからない!
考えるだけで心の高揚が止まらない!
「最高だよ! 最高だよ! イオスゥゥゥゥ!」
「にゃああああああああ!」
ニャンコロモチは興奮したのではなく悲鳴だった。感極まったミーシャが思いっきり抱きしめたからだ。
「ああ、ごごごごめん、ニャンコロモチ!?」
ミーシャが腕を緩めた瞬間、ニャンコロモチはするりと脱出した。
「へへへへ……」
ミーシャはうっかりをごまかすように笑った後、俺を見上げた。
「ねえ、イオス! すっごく面白い夢だけどさ! あのさ! その夢を――わたしは一緒に見てもいいのかな!?」
「もちろん。ミーシャがいてくれないと困るよ」
「あははははは! いいねいいね! 本当にいいね! 楽しそうだよ! あー、イオスについてきてよかった! これからも楽しい旅を続けようね!」
そう言って、ミーシャが俺に向けて手を伸ばした。
「もちろん。これからもよろしく、ミーシャ」
俺はその手をとってミーシャを立たせる。
そのとき――
「にゃあん」
そんな鳴き声が足下から聞こえた。
我が輩もまぜろよ、と言わんばかりにニャンコロモチが俺たちを見ている。
そのとき俺には閃くものがあった。
「ああ、もうひとつあったな」
じっとニャンコロモチを見て俺は言う。
「お前の謎も解き明かしてやらないとな、ニャンコロモチ」
「にゃん!」
そうだよ、忘れてくれるなよ? と言わんばかりにニャンコロモチが鳴いた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
借金の返済も終わり、俺たちはピプタットを出ると決めた。
環境を変えてみるのもいいだろう――
そう判断したからだ。
だが、今すぐではなかった。それから1ヶ月、俺たちはダンジョンに潜り続けた。
理由は2つある。
まず、どこに向かうのかを決める必要がある。適当に旅をしても時間を浪費するだけだから。その辺はミーシャがこの期間でリサーチしてくれている。
あと、少しばかりの貯金だ
「手持ちのお金はあったほうがいいと思うよ?」
とはミーシャの言葉だ。返済に全力で貯金がね……。
そんなわけで金策して――
俺の貯金は2000万を超えた。
ミーシャも同じくらいあるはずなので、金に困ることは当面ないだろう。
俺のレベルは22から26になった。
まだスキル『剣聖』は引けていない。
レアスキル集めに邁進するため転職を考えているので、それまでに引きたいが無理っぽいな……。
気にしても仕方がない。運の問題だから。
とりあえず――
もうピプタットでやり残したことはない。
「それじゃあ、行くか」
「にししし! 想い出作り頑張りますか!」
そう、ミーシャの言うとおり――
準備も整ったので俺たちは間もなくピプタットを去ることにした。
ここでのダンジョン探索は今日で終わりだ。
とりあえずは最後になる探索を楽しもうか。
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名前 :イオス
レベル:26(戦士)
攻撃力:360(+510)魔狼ブロードソード
防御力:282(+440)大緑鱗スケイルシールド/青火鳥チェインメイル
魔力 :230
スキル:シュレディンガーの猫、ウォークライ、強打Lv3、闘志Lv3
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