D層ダンジョン・ダイブ(下)
俺たちは次の獲物を探してD層を歩いた。
「そー言えばさー、イオスゥ」
「ん?」
「ウォークライ使った?」
「……あー、いや、使ってないな」
見事に忘れていた。
覚えたばかりなので頭から吹き飛んでいたよ……。
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ウォークライ
効果時間:5分
リキャスト:1時間
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・発動時、利用者の雄叫びを必要とする。
・発動中、攻撃力+20%、防御力+20%
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強敵が現れたときにとっておいたほうがいい……のは確かだけど、リキャスト1時間だし出し惜しむものでもない。
そもそも試しておくのは大切なことだ。
「次は使ってみるか」
使ってみるか――
それがそんなに簡単なことではないと、俺はそのとき知るよしもなかった。
やがて俺たちはトロル2匹と遭遇した。
油断はできないが、俺たち3人で負ける相手とも思えない。
「にししし! よし、イオス! ウォークライを発動して突撃!」
勇ましいミーシャの指令。
俺はトロルに突進しようとしたが――
「……ぅぉぉぉぉぉぉ――」
声が小さい。
ウォークライは発動しなかった。
ミーシャが首を傾げる。
「……今の、雄叫びって感じかな?」
「……いや、雄叫びじゃないな……」
俺は耳の熱さを感じながら続けた。
「その……恥ずかしくてさ……」
「えええええええええええ!?」
ミーシャがのけぞる。
「さっきの戦い、始まった瞬間、うおおおおお! みたいに叫んで突進してたじゃん!?」
「いや、そうだけど! そうだけど!」
俺は負けずに言い返した。この微妙な思いを何とか伝えなければ!
「意識すると恥ずかしいんだよ! おおおおおお! って! 自然に言えないって!」
精神が昂ぶってないと、なかなかできるものではない……。
盛大にミーシャが笑った。
「あっはっはっはっは! スキル発動が恥ずかしい!? いいじゃない! なら練習だね! 気合いを入れて雄叫びできるようにさ!」
むむむむむ……。
絶対にバカにしているよなあ……。
ミーシャの言うとおりではあるのだが。発動しなきゃいけないときに発動できないとしたら困りものだ。
というわけで、俺は気を取り直してトロルに向き直った。
そして――
「……うおぉぉぉぉぉ――」
まだ発動には少し足りないようだ……。
それでもトロル2匹ごときに後れをとったりはしない。2人と1匹で悠々と片付ける。
それからひとしきり狩りをした後、俺たちは地上へと戻った。
冒険者ギルドに本日の戦利品を持ち込むと、
「魔石とその他アイテムで50万で――」
買い取り担当の言葉はまだ終わらない。
「魔物の鉱石が2つで130万、あわせて180万となります!」
ひゃ、ひゃくはち……!?
とんでもない金額が出てきた。
だが、実のところは渡していない戦利品もある。
まず、おなじみ錬金の石。
さらにトロルの鉱石。渡したものはトロル以外のD級モンスターから採取したものだ。1回の冒険で3つの鉱石は奇跡すぎてギルドに疑われると判断したからだ。
それらを足し合わせると――
250万!?
とんでもない金額でびっくりする。
「お客さん、鉱石が2つ出るなんてラッキーですねえ、このこの!」
「いや、ホントだね……」
俺はひきつった笑みで応じた。
実は鉱石は3つ出たんだけど……。
俺たちは行きつけのレストランに移動した後、いつも通り祝杯をあげながら話をした。
「……すごい金額が出てきたな……」
「まあ、D層には4日に1度くらいでしか通えなくて月7回くらいがせいぜいだから……日割りにすると――」
ミーシャは即座に計算して値を告げる。
「だいたい1日60万くらいの稼ぎかな……錬金の石が11万。1日70万ってところだね」
1日70万――
おれはそこではたと気がついた。
「え? てことは、1ヶ月で2100万稼げるってことか?」
「そうなるね」
うむうむとミーシャがうなずく。
「ねえ、イオス。前の3ヶ月、E層で1700万稼いだよね?」
「そうだな」
「じゃあさ、借金返済までもう少しじゃないの?」
……確かにそうだ。
1700万+2100万で3800万。あれ? 稼ぎ的には終わっていないか、これ?
「すごいな……D層ってこんなに儲かるの?」
「うーん、D層がって言うより――要素は2つあるかな」
「2つ?」
「まず、わたしたちは2人だから報酬の分割がそもそも少ない。普通は6分割だからね」
確かに、3800万も6人でわければ1人は600万と少し――
あ!?
「しまった! 計算は総取りでやっていたけど、ミーシャとわけているから半分で計算しないといけないのか!?」
「まずは借金返済に全力でいいんじゃないかな。この借金はパーティーのものでお互いにメリットがあるし。わたしだってイオスさまのおかげで経験値もりもりだよねー」
「……いいのか?」
「気にしないでよ。そう決めたんだからさ!」
「わかった」
しのごの言うのはよそう。ミーシャが俺のために決めたのだから。俺は俺のできることでミーシャに報いるべきだ。
ミーシャが話を続ける。
「で、2つ目ね。やっぱりシュレディンガーの猫がおかしい」
「……おかしいか……」
「今回も鉱石を抜いたら50万ゴールドだからね。普通はそんなものなんだよ。鉱石の売値が大きくてさ――それを確定で引けるのがイカサマだよね。普通のパーティーだと1回の行軍で1個ゲットできたらハッピーって感じなんじゃないかな」
「……そうか……」
「そんなものを3個ゲットできるのはおかしいよね」
「おかしいなあ……」
「おかしいよね……」
そう言い合った後――
「「あははははははははははははははははは!」」
俺たち2人は大笑いした。
大衆向けの騒々しいレストランでよかった……富裕層向けの店だったら視線が痛かっただろう。
俺たちは腹の底から笑った。
もう無茶苦茶だ!
何もかもすべてのルールを無視している!
これに追加して、スキルは選び放題なのだ。使えないと思っていた猫を隠す能力だって前のエリアボス戦で役に立った。
謙虚さは美徳だけど――今日は思いたかった。
俺たちは意外とすごいんじゃないか?
俺たちは俺たちの選んだ道を好きなように歩けるんじゃないか?
そんな最高の未来が、俺たちの先に広がっているんじゃないか?
今の俺にはそれが信じられた。
もちろん、ミーシャだって信じているだろう。
ひとしきり笑った後、ミーシャが俺の顔を見てこう続けた。
「借金を返し終わったらさ……どうしようか?」
「え?」
「ピプタットにいなきゃいけないのはさ、借金を返すまででいいんだよね」
「ああ……」
そうだった。借金の条件としてミーシャにはピプタットから出られないように『強制』の魔術がかけられている。
借金を返し終わったら――
ミーシャは、俺たちは自由になるのだ。
「ありがとな、ミーシャ。俺のために――」
「にししし! 気にしなくていいって! それにその言葉は早いよ! 返し終わってから言っておくれよ!」
「そうだな」
ミーシャの動きが束縛されているのは気分が悪い。これからは借金の返済を一番に進めていこう。
ミーシャが話を続ける。
「借金が終わればピプタット以外のところにもいける。もちろん、ここでダンジョンに潜るのもいいし――他の場所にもいける」
「他の場所、か……」
それは胸に染み込む言葉だった。
閉じていた世界が一気に広がる。
ダンジョンの外にも危険なモンスターは多い。屋外にしか湧かないモンスターもいる。
無限に広がる世界を――
まだ見ぬ世界を漫遊するのも悪くはない。
もう弱かった俺はいない。自分に自信を持てなかった俺はいない。追放された俺など――とうの昔に過去だ。
今の俺には輝ける場所を目指す力がある。もう1人と1匹とともにどこまでも果てへ果てへ。
世界も。
未来も。
どこまでも広がっている。どこまでも行ける。
その事実は俺の心をわくわくさせた。
「そうだな。どうするかはまだ考えたいけど――」
俺はジョッキを持ち上げた。
「とりあえず、また乾杯しようか」
「にしし! さっきしたじゃん?」
「もう1回したい気分なんだよ」
「同感!」
言うなり、ミーシャがジョッキを持つ。
「わたしたちの先に広がる未来に!」
「俺たちがこれから向かう世界に!」
がちゃん! と勢いよくジョッキをぶつけた。
「乾杯!」
まだまだ、俺たちの冒険は始まったばかりだ。
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