D層ダンジョン・ダイブ(上)
「……よっと、錬金の石ゲット」
俺はグレイゴーストから回収した石をふところに入れた。
本日の日課が終了と……。
地表にこれから戻るわけではなくてD層に向かうのだが。
「ねえねえ、イオスゥ」
ミーシャが俺に声を掛けてきた。
「あのさ、ニャンコロモチは出さないの?」
「え?」
「ジャイアント・リザードマン戦で活躍したじゃない? 出しておいたほうが役に立つと思うけど」
確かに……。
あいつがいなければ今ごろ俺は挽き肉だった。今までは危険だと思って袋の中に収めていたが――
戦力だとわかった今、ミーシャの言い分は正しいだろう。
俺はバックパックから袋を取り出してシュレディンガーの猫を発動する。
「にゃあん」
そろりと袋からニャンコロモチが出てきた。
「にゅふふふふふ……ニャンコロモチちゃん、いらっしゃーい♪」
ミーシャはにこにことほほ笑みながらニャンコロモチを抱え上げる。そのまま、
「かーいーねー! かーいーねー!」
と言って頬ずりした。
……実はニャンコロモチと一緒にいたいだけなんじゃないのか?
「ニャンコロモチ、お前は猫なのかい?」
俺が話しかけると、ニャンコロモチはとぼけた様子で首を傾げた。
「にゃん?」
……こいつ、ごまかしやがって……。
「いやー、猫なんじゃないの、ニャンコロモチちゃん」
「え、さすがに無理があるだろ?」
「でもさ、イオスの『シュレディンガーの猫』の機能って『閉鎖空間にある猫1匹の存在を曖昧にする』じゃなかったっけ?」
「そうだけど?」
「『猫1匹』なんだからさ、猫じゃないと説明に矛盾しない?」
「ああ……」
言われてみると確かにそうだな……。
でも、こいつって猫じゃないよなあ……どう考えても。猫は変な力場をまとわない。何か説明できる理屈はあるのだろうか……。
「俺が、猫と認識していたら、とか?」
「ありえるかもねー……」
じーっとミーシャはニャンコロモチを見つめてからこう言った。
「じゃ、猫だから」
「え?」
「疑ったら、スキルの対象外になっちゃうかもしれないじゃない? 寝る前に『ニャンコロモチは猫である』と10回復唱しなさい」
……むちゃくちゃだが、一理あるな……。
疑うのはやめよう。
こいつは猫だこいつは猫だこいつは猫だこいつは猫だ――
「本当に猫なのか?」
「もう!」
あっはっはっはっは! とミーシャが笑う。
「ま、ライオンだって猫だから。こう――ネコ科の大きなくくりに入っているんじゃないの? そう思っておきなさいよ」
ミーシャはニャンコロモチを連れて先に進んでいった。
「やれやれ……」
俺は肩をすくめると1人と1匹の後を追う。
それから階段を降りて下へ下へと進んでいった。
この数ヶ月お世話になったE層を抜けて――
俺たちはD層へと踏み入れる。
……ただのダンジョンなので別に層が変わっても何も変わらないのだが。
しばらく歩いているとD級モンスターが現れた。
でっぷりと太った大柄な生物。身長は2メートル50くらい。ぼさぼさの髪を長く伸ばし、ボロ布の服を身にまとっている。手には石の棍棒を持っていた。
「トロルか……」
ミーシャが手短に敵の強さを教えてくれる。
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名前 :トロル/D
攻撃力:810
防御力:600
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D層――未踏の領域。もちろん、初めて戦う相手だ。
緊張が身体を包む。
落ち着け、と内心でささやく。
ジャイアント・リザードマン戦で俺は知った。ステータスの値は嘘をつかない。その数値は絶対で――重いものなのだ。
俺のステータスはトロルよりも強い。
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名前 :イオス
レベル:22(戦士)
攻撃力:830
防御力:694
魔力 :210
スキル:シュレディンガーの猫、ウォークライ
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攻撃力も、防御力も。俺のほうが上。
つまり、今度は俺のほうがステータスを押しつけることができる。
それに――
「やろうか、イオス?」
ミーシャが俺に声を掛けてくれる。
「にゃん!」
ミーシャの足下にいるニャンコロモチが俺に向かって鳴く。
頼りになる仲間もいる。
負けるはずがない!
恐れるはずもない!
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は叫び、トロルへと襲いかかった。
「ガアアアアアアアアアアアア!」
トロルも咆哮、棍棒を振り下ろして俺を迎撃する。
その一撃を、大緑鱗スケイルシールドで受け止めた。腕にかかる圧は――重い!
……だが、それだけだ。
重すぎることは決してない。さばけない威力ではない。たとえ直撃を許しても一撃で沈んでしまうこともない。
いける!
俺はトロルの攻撃を払いのけた。
踏み込み、斬りつける。
魔狼ブロードソードがトロルのぶ厚い皮膚を切り裂いた。
刃も通る!
しかし――
「!?」
俺は思わず目を疑った。
切り裂いたはずのトロルの身体、その傷がじょじょに塞がっていくのを見たからだ。
「……なッ!?」
「トロルは自己回復するから!」
動揺する俺にミーシャの鋭い声が飛ぶ。
「どいて、イオス! ファイアアロー!」
俺が身体を横に動かした瞬間――ミーシャの杖から放たれた炎の矢が飛来する。炎がトロルの傷を直撃した。
「ギィヤアアアアアア!」
トロルが耳障りな悲鳴を上げる。
「炎であぶれば傷は回復しない! わたしが援護するから!」
「わかった!」
俺の斬撃にミーシャが正確な射撃で炎を打ち込んでいく。
気持ちがよかった。
俺とミーシャ、互いの攻撃が連動している。何の指示も打ち合わせもしていないのに動きがかみ合っている。
はは! これが背中を預けられる仲間ってやつか!
そして――
「にゃん!」
ニャンコロモチの一撃が容赦なくトロルを切り裂いた。その傷へもミーシャの炎が襲いかかる。
あっという間に――
俺たちは強敵トロルを倒してしまった。
「……俺たち、なんかすごく強くない?」
「にししし! ヤバいね! ヤバたんだね!」
「にゃん!」
ニャンコロモチが誇らしげに背筋を伸ばしている。
ニャンコロモチの投入が地味に大きい。今まで前衛は俺ひとりだったが、ニャンコロモチをあてにできる。
……本当に猫なんだろうか……。
いやいやいやいや!
猫! 猫だからッ!
猫と思い込まなければ……。
シュレディンガーの猫の効果対象外になったら大変だ。
とりあえず、俺はトロルの戦利品を回収することにした。リトリーバーをトロルに近づけると――
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トロルのドロップアイテム 23:57
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F:ボロ布
F:石
E:40ゴールド
B:凶妖精の鉱石
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「……凶妖精の鉱石がある」
凶妖精の鉱石――モンスターの鉱石とは、そのモンスターに由来する装備を造るためのアイテムだ。俺が造った『大緑鱗スケイルシールド』はジャイアント・リザードマンからドロップした鉱石をもとに造っている。
つまり、この鉱石を使えばトロルの装備が造れる。
「マジで!?」
喜びの声を上げたのはミーシャだ。
「鉱石は高く売れるじゃん!」
そう――
鉱石は高く売れるのだ。装備は有用品であり……鉱石のドロップ率は低いからだ。
これからトロルは頻繁に狩ることになる。
つまり、俺たちの貴重な財源になるのだ。
「D級モンスターの鉱石っていくらくらいなんだろう?」
「うーん……」
形のいい唇に手を当ててミーシャが考える。
「ざっくり60万ゴールド」
「ろ!?」
けっこうな金額である。こんな簡単に倒せて60万とは……。
「にししし! こりゃ借金返済がはかどりますなー!」
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