俺の目標はグレイルじゃない
――剣聖を目指そうじゃないか。
その言葉にミーシャが素っ頓狂な言葉を上げた。
「ええええええ!? 剣聖!?」
「ああ」
俺は戦士のスキルツリーを頭でなぞる。
剣術。
固定で攻撃力+100で、攻撃力全体を20%底上げ。さらに戦士よりも攻撃力の高い剣士になれる。
だが、それは剣で戦う戦士の到達点ではない。
その先には『剣聖』という最高峰スキルが存在する。
固定で攻撃力+150、攻撃力全体を25%底上げ。クラスを『剣聖』にアップグレードするとステータスで剣士を上回り、一瞬で間合いを詰める『縮地』を代表とする強力な固有スキルまで開放される。
「剣術と剣聖って共存できないの?」
「効果は剣聖で上書きされるんだよ」
固定で上昇する攻撃力は100+150の250ではなく、剣聖の150しか上がらない。他の数値も同様だ。
つまり、剣聖スキルを持っていると剣術は完全な死にスキルになってしまう。
普通は剣術を持っていないと剣聖がとれないので諦めるしかないルールなのだが、俺はそれを無視できる。
「つまり――俺にとって剣術の価値は下がるんだ」
「にししし! 確かにそれだといらないねえ!」
ぱんぱんとミーシャが両手を叩いてこう続ける。
「剣術スキルはゴミ! 自慢するほどでもない!」
「……いや、まあ、さすがにそこまでは言わないけどね……」
俺は頬をぽりぽりかきながらそう応じた。
剣術スキルは強力だ。それをとるのは戦士としての誉れだ。誇りたくなる気持ちは理解できる――
俺だってずっと欲しかったから。
「だけどさ、最上位スキルをつまみ食いできる俺が優先するべきものではないね」
とるとするなら――ただグレイルへの対抗心だけ。
だけど、それは重要ではない。そんなものに、それだけのことに貴重なスキルポイント30を注ぎ込むのは間違っている。
その感情に、それほどの価値はない。
「だから、俺は『ウォークライ』をとることにするよ」
俺は言葉の通り『ウォークライ』を選択した。
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ウォークライ
効果時間:5分
リキャスト:1時間
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・発動時、利用者の雄叫びを必要とする。
・発動中、攻撃力+20%、防御力+20%
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利用者の『雄叫び』とともに『勇気』を呼び覚まし、攻撃力と防御力を底上げするスキルだ。
今回の戦いの戦利品としてぴったりだと思った。
ジャイアント・リザードマンという強者との戦いで俺はくじけそうになる心を雄叫びで何度も鼓舞した。
その声には何の効果もなかったけど――
俺を支え続けてくれたのは事実だ。声にはきっと、それだけの力がある。絶望の闇を切り裂いて一条の光を見せてくれる力が。
スキル『ウォークライ』があれば精神的な効果だけではなく数値面での確かな効果が発揮される。
心を燃やして俺に勇気と力を与えてくれる。
きっとそれは――
これから進んでいく道を何度も照らしてくれるだろう。
ミーシャが口を開いた。
「じゃあ、これからの目標は最上位スキルを軒並みゲットで、最終目標は『剣聖』だね!」
「そうだな」
剣聖――か。
確かレベル70以上でなければ届かない領域だ。それはあらゆる戦士が憧れる最高峰。
だけど、同時に知るのだ。
そんなものになれるはずがないと。
普通の冒険者はレベル40、せいぜい50が限界。剣術をとるだけでも『よくやった』なのだ。
だが、剣聖という高みは次元が違う。決して凡人には届かない。
そんなものは自明だ。
夢を見る気にもなれない――
はずなのに。
今の俺は違う。俺は凡人だけども、俺のスキル『シュレディンガーの猫』がその不可能を具現化する。
俺は剣聖という高みに至れるかもしれない。
その事実は俺の胸を昂揚させた。
俺の未来に広がる無限の可能性――途方もなく開かれた世界に感情が高ぶり続ける。
俺は――
「ミーシャ。頑張ろう。これからも! もっともっと先へ!」
「にししし! もちろんだよ!」
俺たちは顔を見合わせると、昨日に引き続き、お互いの手をぱぁん! と打ち鳴らした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
それから2週間、俺は静かに過ごした。
それは『身体の芯に残ったダメージ』を治すためだ。ミーシャが、
「ちゃんと治すこと! ジャイアント・リザードマンにしこたま殴られたんだからね!」
と言って、過保護にしてくるからだ。
さすがに2週間は休みすぎだと思うのだが……。ミーシャは決して許可を出さなかった。
仕方がないので日課の『錬金の石』狩りだけは続けて毎日11万ゴールドをこつこつと貯めたが。
そんなある日、俺は錬金の石を集めた後――
宿には戻らずミルマス武具商店へと向かった。
作成の依頼をしていた装備を受け取るためだ。
「お待ちしておりました、イオスさま」
丁寧な仕草で店員が俺を迎えてくれた。
……どうやら、前の買い物のせいでとうとう名前を覚えられてしまったらしい。あと扱いが丁寧になった気がする。
「ご注文の品、届いております。少々お待ちください」
店員は店の奥から表面が鱗状にデザインされた盾――スケイルシールドを持ってきた。
大緑鱗スケイルシールドだ。
ジャイアント・リザードマンを倒したとき、俺がシュレディンガーの猫で拾ったのは『大緑鱗の鉱石』だ。
鉱石は防具を造る素材になる。
俺たちは鉱石をこの武具商店に持ち込み、防具を作ってもらっていたのだ。
これからD層に挑む。
防御力は上げておくに越したことはない。
「ありがとう」
俺は今まで持っていた『高品質のラージシールド』をカウンターに置くと、スケイルシールドを手に取った。
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名前 :イオス
レベル:22(戦士)
攻撃力:320(+510)魔狼ブロードソード
防御力:254(+440)大緑鱗スケイルシールド/青火鳥チェインメイル
魔力 :210
スキル:シュレディンガーの猫、ウォークライ
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防御力が上昇した。
強くなった実感がたまらない。それも、自分自身が手に入れた鉱石で造った――初めての防具。
あれほどに苦労して倒したモンスターの。
熱病にも似た熱さが俺の胸を焦がした。敵を倒し、それで強くなるのがこんなに気持ちいいことだなんて。
もっと強くなれる。
そうすれば、もっと強いモンスターを狩れる。
普通ならそう簡単にレアな鉱石は手に入らないが――
俺のシュレディンガーの猫は確実に鉱石を入手する。
スキルだけじゃない。
装備面でも俺はとんでもない速さで強くなれる。
その想像は俺の心を燃やした。俺はどこまでいけるのだろう。スキル『シュレディンガーの猫』は俺をどこまで連れていってくれるのだろう。
本当の本当に――広がる世界が輝きに満ちていた。
「ありがとう、いい装備だ」
「いえいえ。喜んでいただけて何よりです」
店員がうやうやしく頭を下げる。
そして、その目がついっと高品質のラージシールドに向いた。
「あちら、引き取らせていただきましょうか?」
「ああ、そうだな……お願いする」
そう言うと、俺はミルマス武具商店を後にした。
準備は整った。
いよいよ――
D層へのアタックが始まる。
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