検証『シュレディンガーの猫』Lv3
「剣術、か」
ぽつりとミーシャがつぶやいた。
「剣術かあ……!」
ミーシャの声にも深い情感がこもっていた。彼女も知っているのだろう。そのスキルが持つ意味を。
「にししし! 面白いね!」
ミーシャはそう言うと、ニャンコロモチをぎゅううううと強く抱きしめた。
「……イオス、剣術とるの……?」
「うーん……」
俺は即答しなかった。少し考えてからこう続ける。
「いや、まずはシュレディンガーの猫Lv3の性質を知りたくて。頭のいいミーシャに相談したいんだよ」
「へへ、照れるね! ミーシャさんに任せてよ!」
と言ってから、ミーシャは俺の顔をじっと見た。
「……でもさ、絶対に剣術をとろう! とは思わないの?」
「そうだな……」
思考を整理してから俺は答えた。
「グレイルに追いついても――勝っても――意味なんてないと思うんだよね」
「へえ?」
「だって、もうグレイルと会うこともないからさ……。過去の人間を超えることを第一目標に置くのは違うかなと」
「確かにそうだね!」
「どうせなら、俺は俺のスキルを効率よく使いたいんだ。その結果が剣術なら嬉しいかもしれないけど――他に俺やミーシャにとってプラスになる道があるのなら、俺は剣術なんていらないかな」
「にししし! いいねいいね!」
うんうんとミーシャがうなずく。
「よぉし! じゃあさ、一緒に考えようよ! どうすれば一番いいかをさ!」
ミーシャは、ごめんね、と言ってニャンコロモチを離した後、俺に向き直った。
「まずさ、スキル取得の基本から整理する?」
「いや、さすがにそこは大丈夫だ」
まず、職業としてのスキルは以下のルールに従って取得する。
1.レベルアップするとスキルポイントを10もらえる。
2.スキル取得はスキルポイントを消費して取得する。
3.スキルはツリー構造になっていて、下位のスキルを取得していなければ上位のスキルを取得することはできない。
4.レベルアップ後、24時間以内は自由に取得できる。その時間を超えると次のレベルアップまで取得できない。
俺はその内容を簡単にまとめてミーシャに伝えた。
「わかってんじゃん! ま、冒険者でそれを知らないのはさすがにヤバいか!」
確かにヤバい。スキルの選択とは人生の選択そのものだ。スキルの取得は全冒険者が頭を悩ませるのだから。
1と2は補足の必要はないだろう。
3は例えば――表示に出ている『強打Lv2』を覚える場合、Lv1の取得が前提となる、という話だ。
4も補足の必要はないだろうが、おそらくシュレディンガーの猫に表示されている制限時間はこれのことだ。
「まずさ、教えて欲しいんだけど、イオスは何か戦士としてのスキルってとってたっけ?」
「何もとっていない」
俺は首を振った。
そう、俺はいまだに何のスキルも持っていない。
俺は220のスキルポイントを保持したままだ。
これはそう珍しいタイプでもない。わりとスタンダードな育成なのだ。
というのも、取得できるスキルは膨大でレベル99まで到達したとしても全スキルの取得など絶対できない。
また、覚えたスキルをポイントに戻すこともできない。
必然的に取捨選択が発生する。
なので、自分の『育成方針』が決まるまでは何もとらない、というのは普通の選択なのだ。
戦士ならば――
攻撃寄りの『剣術』をとって剣士になるか、防御寄りの『盾術』をとってシールダーになるか。剣士を選ぶにしても攻撃スキルをガン積みにして極振りにするか、防御スキルをとってマイルドにするか。
選択肢は無限にある。
無駄にできるポイントなどないのだ。
「そっかそっか。じゃあさ――」
ミーシャがじっと俺の目を見て続けた。
「その効果もやっぱりぶっ壊れているね」
「え?」
「戦士のスキルツリーはあんまり覚えてないけど――」
ううん、と額に指を押しつけながらミーシャがつぶやく。
「イオスが言ってたのって、どれも下位スキルありじゃなかった?」
「ああ……」
ミーシャの言うとおり。
剣術に至るまでには多くの下位スキルがある。それをすべて覚えなければ剣術は取得できない。だからこそ、そう簡単にはグレイルに追いつけなかったのだ。
強打Lv2は名前の通りLv1が必要だ。
ウォークライ――使用者の雄叫びとともに攻撃力と防御力にバフを与えるスキル。これもツリーの上位に存在する。
通常ならば、何もスキルを覚えていない俺には決して選択できないスキルばかりが並んでいる。
異常だ。
いや、そもそも選択画面そのものが異常なのだ。
スキル選択で、こんな画面は決して出てこない。
スキルを取得する場合は『脳内にある職業ごとのスキルツリー』で『下位スキルを満たしていて』『スキルポイント』が足りているスキルを選択するだけなのだから。
「……てことは、まさか……」
俺は息を呑んだ。
「スキルツリーを無視して、提示されたスキルをいきなり覚えられるってことか……?」
「そう思うよ」
ミーシャが神妙な顔でうなずいた。
……とんでもないことだ。
剣術を例にしてみよう。
剣術にたどり着くまでには総スキルポイントにして350が必要だ。つまり、最短でルートをたどったとしてもレベル35にならないと取得可能にならない。
そこから剣術に必要な30ポイント払って――つまりレベル38でやっと覚えられるスキルなのだ。
それを俺は――たった30ポイントで覚えることができる。
……マジかよ。
剣術だけの話ではない。
この俺が取得するスキルはすべてツリー構造など無視して――上位も下位も関係なく選び放題。
「スキルは下位ほどポイントが高いってのも追い風だよねえ……」
ミーシャがぼそりとつぶやく。
「くううううう! 4大魔術が重い身としてはうらやましい!」
4大魔術――地・水・火・風の4種類の魔術をさす。
通常はどれか1系統、せいぜい2系統を修めるだけだが、レアスキル『4大を統べしもの』のミーシャにとってはどれもマスターが必須のスキルだ。
「4大魔術って取得いくらだったっけ?」
「レベルが5まであって50、50、40、30、10の1系統180ポイント。それが4系統で720。全部覚える頃にはお婆ちゃんになってるよおおおおお!」
ミーシャが頭を抱える。
「シュレディンガーの猫があれば、わたしだったら合計40ポイントですむわけ?」
「……そうなるな」
「詐欺! 詐欺! 詐欺! ううううう! うらやましいいい!」
「ははは……」
確かに720が40ですむとは。95%オフみたいな大安売りじゃないか。
ミーシャが口を開く。
「剣術をとる決心はついた?」
「そうだな……」
俺は戦士のスキルツリーを頭に浮かべてから――
じっくりと考えて――
本当に後悔はないな?
そう自分に問いかけてからこう決断した。
「いや、剣術はとらない」
「え、どうして!?」
驚くミーシャに、俺は静かな決意とともに答えた。
「どうせなら『剣術』の上位――剣聖を目指そうじゃないか」
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