1人と1匹と――もう1人の新たなる旅路
グレイルが吐き出した言葉――追放。
それは俺の存在をパーティーから、いや、グレイルの人生から消し去ることを意味する。
幼い頃からずっと一緒だった俺を――
「どういう、意味だ……グレイル……?」
俺は信じられない気持ちでそう言った。
グレイルが俺を疎んじているのは前から感じていた。それでも俺たちには10年以上のつきあいがあったし、グレイルに比べればまだまだでも普通にはパーティーに貢献していた。グレイルが俺に対して決定的な決断をする予感はまったくなかった。
なのに。
グレイルが口の端を歪めた。
「そのまんまの意味だよ! お前はパーティーからクビだ!」
「……どうして……?」
「どうして? わからねーのか、クソスキル持ちのイオス? お前のシュレディンガーの猫が何の役に立つ? 俺らを笑わせて終わりだろうが、なあ、お前ら!?」
他のメンバー――斥候と神官がグレイルにつられて笑う。女魔術師のミーシャだけは唇をきゅっと結んで事態を眺めていた。
俺は我慢できずに言い返した。
「確かに、俺は……グレイルに比べればまだまだだけど――俺だってパーティーには貢献してきたはずだ!」
「うん。そう思うよ」
いきなり別の声が割り込んできた。
ミーシャだ。
ミーシャは俺と同じ18歳の女だ。三角帽子をかぶっていて、くりくりとした天然パーマが特徴的な紫色の髪がのぞいている。
「グレイル、あなたは基準を自分に置いている。別にイオスが劣っているとは思わないけど。イオスが剣術スキルを覚えるのを待つべきじゃないの?」
ミーシャの言うとおり、剣術は戦士のスキルツリーに存在するスキルだ。俺だっていつかは剣術を取得できる。
つまりグレイルは剣術を『先行取得』した状態なのだ。
「はっ! そうだな。それも悪くはないかもな! だがよ、この役立たずが剣術を覚えるまでどれくらいかかるんだ!?」
少なくとも何年も先――レベルをひたすら上げた先の話だ。
グレイルの先行取得はかなり強力なアドバンテージなのだ。
「一年かかって、やっと俺たちもEランク昇格が見えてきた! 悪くはないけどよ、この程度の速度じゃ、俺は満足できない! 俺はもっともっと先に行きたいんだ!」
冒険者にはF、E、D、C、B、A、Sの7ランクある。俺たちはちょうど『ひよっこ』のFランクから『下っ端』のEランクに上がれそうなところだ。『ぎりぎり一人前』のDランクはまだ遠い。
「いいか、ミーシャ! そこのゴミを除けば、みんな優秀なスキル持ちだ! メンツを揃えりゃまだまだいける!」
負けずにミーシャが言い返した。
「意味がわからない! パーティーにはもう1枠あるじゃない! イオスを残したまま新しい人をいれたらいいんじゃないの!?」
確かに俺たちは5人。パーティーには6人まで参加できる。
パーティーとは一緒にいるだけの『言葉だけの一団』ではない。儀式をおこなって登録した『つながりのある一団』なのだ。
それは魔術的な、無形のつながりで――
それによる登録が6人までなのだ。
パーティー登録をしておかないと経験値の配分ができないので、これは必須の手続きだ。
「悪いな、1枠じゃ足りないんだよ」
グレイルがにやにやと笑いながら応じる。
「2枠だ。実は優秀な2人組がパーティーに入る話があってな。イオスには出ていってもらう必要があるんだ」
「待ってよ」
不機嫌な声でミーシャが応じる。
「何そんな重要なこと勝手に進めてるのよ! パーティーみんなに話を通すのが筋でしょ!」
「話を通す? なんで? お前らだって早くランク上げたいだろ? その寄生虫をクビにしたらそれができるんだ。損な話じゃないだろ?」
「損とかじゃない、わたしは――!」
「もういい、ミーシャ。ありがとう」
俺は俺のために頑張ってくれるミーシャを止めた。
その気持ちだけで嬉しかった。
幼馴染みには見捨てられたけど――
少なくとも1人だけは俺の味方がいてくれたのだ。
俺はグレイルに話しかけた。
「……考えは変わらないんだな?」
「もちろんだ。お前が使えないグズってのは学生時代から知っていたけどな、幼馴染みだって理由で俺は支え続けたわけだ。だけど、それは間違いだったよ。お前なんざさっさと切り捨てるべきだった。今まで一緒にいたことに感謝して欲しいくらいだぜ?」
俺にだってプライドはある。
そうまで言われて――仲間にいさせてくれと頼むつもりはない。
「わかった。それがお前の答えなら。俺はここで別れさせてもらう」
「せめて地上まで送ってやろうか?」
ここはダンジョン。
まだ浅層だが、低レベルな俺には危険も多い。
それでも――
にやにやとした様子で言うグレイルに俺はきっぱりと返した。
「いらない」
立ち去る俺のあとを、ニャンコロモチが「にゃあん」と鳴いて追いかけてきた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
潜っていたダンジョンは街の近くにある。
俺はひとりでダンジョンから戻ると、そのまま泊まっていた宿へと向かった。
グレイルたちと同じ宿なのですぐ出ていきたいのが本音だったが、もう夜だったし、身体も心も疲れていたので明日にすることにした。
今日のことは心に突き刺さった。
何もする気になれない。
鏡の向こう側に映っている自分を見た。
黒髪を短く切った中肉中背の男が、げっそりした顔で俺に黒目を向けている。なかなかにひどいものだ。
俺はあおむけになってベッドに寝そべる。バックパックから取り出していた袋を腹に置いて、ぼそっとつぶやく。
「シュレディンガーの猫」
言った瞬間、もこもこと袋にふくらみが生じた。
「にゃあん」
と言いつつ、ニャンコロモチが出てきた。
俺の胸に温かくて柔らかいものが乗っかっている。その感触はささくれだった俺の心を癒やしてくれた。
俺はニャンコロモチの背中を撫でながらつぶやく。
ふわふわとした毛が気持ちいい。
ああ……本当に気持ちいい……。
「俺さ、頑張っているよな?」
「にゃあん」
きっと励ましてくれた気がする。そう思っておこう。
ニャンコロモチが前足を動かして俺の胸をとすとすと叩く。
「なんだ? 励ましたお礼をしろってか? 現金なやつだな」
俺はベッドに寝転んだまま、ベッド脇に置いたバックパックに手を伸ばす。手の感触だけで干し肉を取り出した。
「ほらよ」
ニャンコロモチの前に置くと、嬉しそうに食べた。
「なあ、お前さ、お前は俺を見捨てないよな?」
「にゃあん」
ニャンコロモチは干し肉を食べながら雑に返事した。
……まあ、俺が干し肉を与え続ける限りはついてきてくれるか。
早朝、俺は宿を出た。
のぼって間もない太陽の光が肌に気持ちいい。胸の中にある暗い気持ちが浄化されるような気分だ。
……本当に浄化されたらいいんだけど。
「新しい門出ってとこかな」
「にゃあにゃあ」
俺の独り言に、足下のニャンコロモチが相づちをうつ。
生き物が一緒にいてくれるというのは意外と心強いものだ。無駄飯食いで人語がしゃべれなかったとしても。
「これからも、よろしくな」
「にゃん!」
少し鼻をつんと上げて、任せておけ、という感じでニャンコロモチが鳴く。
1人と1匹。
「さあ、リスタートの一歩だな」
俺が歩き出そうとすると――
「ちょおおおおおっと待ったああああああああああああ!」
聞き覚えのある女の大声が朝の街角に響き渡った。
驚いてそちらに目を向けると、三角帽子を頭にかぶった女が杖に身を預けて立っている。
口からはぜーぜーと息を吐きながら、彼女はそこに立っていた。
「……ミーシャ。どうしてここに?」
「はっはっは! グレイルのところを抜けてきたんだよ!」
げほっ! げほっ! とミーシャが不意に咳き込む。
「むっちゃ引き留められて時間が……あー、眠い……おまけに全力で走ってきたから死にそう……! でも間に合ってよかったよ!」
「……間に合った?」
「イオス、あなたについていこうと思ってね!」
ミーシャは親指を立ててにこっと笑った。
――!?
「でも、その――グレイルたちと一緒にいたほうがいいんじゃないのか? ランクもすぐ上がるし……」
俺の言葉に、ミーシャがなに言ってるの? という顔をした。
「グレイルって性格が悪いじゃない?」
当たり前のように言う。
まあ……グレイルの俺への当たりを見ていたら、そんな感想になってもおかしくはないか……。
「口も臭いし」
「口は臭かったかな……」
「まあ、ほら、雰囲気雰囲気。ね?」
ミーシャがへらへらと笑う。ひどい言いようである。
「正直ね、イオスをクビにするとか訳わかんない。イオスは頑張っているじゃない!」
そして、こう続けた。
「君はわたしがモンスターに襲われたらいつも一番に駆けつけてくれるよね? わたしは一緒に組むなら、そんな優しさを持っている仲間がいいんだ!」
あっけにとられる俺に構わずミーシャがまくし立てる。
「グレイルなんて偉そうなボス猿にくっついていったらずっと後悔するから! 一緒に旅をするならお世話になっている君だ! 追い出された君を見捨てないのがわたしの流儀だよ!」
俺は言葉を失っていた。
誰も俺なんて見ていないと思っていた。グレイルの半分も役に立っていない男だと思われていると悩んでいた。
でも、違った。
見ている人はいる。困ったときに手を差し伸べてくれる人はいる。俺の積み重ねた日々は無意味ではなかったのだ。
俺なんかの価値を認めてくれるなんて。
ははは……。
ダメだ、少し泣きたくなってきた。
「なになに? ちょっとしみったれた顔してるけど? ひょっとして感無量みたいな気分? ミーシャさんにマジ感謝?」
にやにやと笑いながら、うつむけた俺の顔をのぞこうとする。
違う! と強がろうと思ったが――
「そうだな。ありがとう」
そう言った。
ミーシャは一瞬きょとんとした顔で俺を見て、
「にししし! 悪くないね! そんな風に感謝されるのは!」
と笑った。
「じゃ、よろしくね! 相棒!」
「ああ……こっちこそよろしく」
俺たちは握手をかわした。
1人と1匹の旅だと思ったけど、もう1人増えるらしい。その事実は思いのほか、俺の気持ちを明るくした。
「にーにゃ!」
足下のニャンコロモチが嬉しそうな鳴き声を上げる。
その声に気づいたミーシャはニャンコロモチに視線を落とした。
「あのさ、もふもふしていい?」
「……ああ、構わんが?」
「もふもふ、もふもふ!」
言うなり、ミーシャはニャンコロモチに抱きついて頬をすりつける。
……まさか、俺じゃなくてニャンコロモチと一緒にいたくてついてきた――わけじゃないよな?