エリアボス(下)
ニャンコロモチが巨大な棍棒に殴られたと思った瞬間――
棍棒のほうが弾かれた。
「え?」
目を疑う光景に俺は呆然とした。
ニャンコロモチはしゅたっと俺の前に着地すると、ジャイアント・リザードマンに向かって、しゃああ! と威嚇の声を吐いた。
ジャイアント・リザードマンは態勢を整えると、再びニャンコロモチへと棍棒を振るう。
がいん!
まるで金属の鉄板でも殴ったかのような音。棍棒がニャンコロモチの頭上で何かに当たったかのように右へと流れた。
「にゃあ!」
ニャンコロモチが素早く動き、ジャイアント・リザードマンへとその右前脚を振るう。
距離はある。
ニャンコロモチの短い前脚がむなしく空を切った――はずなのに。
「グオオオオオオオオオオオ!」
ジャイアント・リザードマンが悲鳴をあげた。
ざくりと、まるで竜のかぎ爪で引っかかれたかのようにジャイアント・リザードマンが着ている革の鎧が引き裂け、中の鱗をずたずたに破壊している。
……どういうことだろう。
ニャンコロモチの攻撃は届いていないのに。
さっきの棍棒への防御といい――
まるでニャンコロモチの周辺に透明な力場が働いていて、それがニャンコロモチの攻撃や防御をアシストしている感じだ。
……ただの猫だと思って飼っていたけど――
ただの猫じゃないのか!?
「にゃあああああああああああああ!」
猫とリザードマンの戦いが始まった。
ニャンコロモチは機敏に動き回って棍棒をかわし、何度もリザードマンを切り刻んでいく。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
だが、ジャイアント・リザードマンも負けてはいない。
硬い防御力とタフな体力で攻撃を耐えしのぎ、何度かに一度はニャンコロモチに棍棒を命中させる。
もちろん、その一撃はニャンコロモチを覆う謎の力場によって弾かれるのだが――
……いや……。
完全に弾いているわけでもない。
何かしら衝撃のようなものが伝わっているのだろうか。ニャンコロモチの身体がびくりと震える。
少しずつだが、ニャンコロモチの動きから精彩が失われていく。
一撃を食らったときのノックバックが大きくなっていく。
それでもニャンコロモチはひるまない。
勇ましい鳴き声を上げながらジャイアント・リザードマンに挑んでいく。
……そうか、ニャンコロモチ。
お前は無理してくれているんだな。
俺のために。
俺を守るために。
ならば――
飼い主の俺がここで見ているわけにはいかない!
「おおおおおおおおおおおお!」
俺は剣を構えた。
俺ひとりではジャイアント・リザードマンには勝てないだろう。
ニャンコロモチだけでも届かないかもしれない。
だが、俺『たち』ならば!
「おい、トカゲ野郎! こっちだ!」
ぼろぼろの俺はせいぜい的にしかならないだろうが……それでも充分だ。ニャンコロモチへの攻撃を少しでも減らせればいい。
俺はジャイアント・リザードマンに斬りつけた。
怒ったジャイアント・リザードマンは俺へと向き直り、その棍棒を俺へと叩きつける。
がき!
俺はラージシールドでそれを受け止める。受け止める? いや、とんでもない痛みが腕を走り抜ける。後方にすっ飛びそうになるのを踏ん張って我慢する。
俺はここに立つのだ。少しでも!
そうすれば――
「にゃん!」
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
ニャンコロモチの攻撃がジャイアント・リザードマンへ通る!
怒り心頭のジャイアント・リザードマンは棍棒を振り回す。その混乱は俺たちにとってチャンスだった。俺とニャンコロモチは隙だらけのジャイアント・リザードマンを次々と攻撃する。
これはいけるか?
そう思ったが、それよりも早くジャイアント・リザードマンが冷静に戻った。
2体を同時に相手にするから不利なのだ。
1体ずつ順番に潰していけばいい。
そう――死にかけのあいつから。
ジャイアント・リザードマンが俺めがけて棍棒を振り下ろした。俺はそれをかわす。
その隙にニャンコロモチが攻撃を入れる。
今までならすぐにニャンコロモチへと向き直っていたはずなのに。
ニャンコロモチを無視して――
俺へと棍棒を叩きつけた。
「うお!?」
再び俺はかわす。だが、リザードマンは構わない。俺への攻撃を緩めない。
「くっ!?」
俺は何発かの被弾を許した。強靱な盾と鎧でそれを防ぐが、殺しきれない衝撃が容赦なく俺の身体を痛めつけた。
「ぐおおおおおおお!」
蓄積されたダメージはもう限界だった。回避するための機敏な動きはもうできない。
俺はジャイアント・リザードマンの猛攻撃にさらされた。
大雨のような暴力が頭上から降り注ぐ。
「くう――!」
「にゃああああああああああん!」
ニャンコロモチの声がした。いつもは暢気なその鳴き声は切迫感に満ちていた。
きっと必死にジャイアント・リザードマンを攻撃し続けているのだろう。
もう少し――もう少しだけ――我慢を――
そう思ったが。
そんな根性論で覆るほど――
ステータスの存在は軽くない。
「う……あ……」
立っていられなくなった俺は両膝を地面についた。頭をかばって上に上げていた両手がだらりと落ちる。盾が手からこぼれた。
剣を手放さなかったのは――せめてものプライドか。
だけど――
もう、無理だ。
ニャンコロモチ……お前だけなら何とかなる……頑張れよ……。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
ジャイアント・リザードマンが棍棒を振り下ろした。
もう俺にかわす体力も防ぐ余力もない。
最後の一撃を食らって死ぬだけ。
さようなら、ミーシャ。ニャンコロモチ。
俺の命を砕く棍棒が俺の頭を打ち砕――
そのとき。
「にゃん!」
――え?
俺の身体に横からの圧力がかかった。俺の身体は横へとすっ飛ぶ。
ニャンコロモチが俺に体当たりをしたのだ。
ごん!
ジャイアント・リザードマンの棍棒が俺ではなく、割り込んできたニャンコロモチを殴りつける。
ニャンコロモチは悲鳴を上げる間もなく、床に叩きつけられた。その小さな身体がバウンドする。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
ジャイアント・リザードマンはこれぞ好機とばかりに狂ったかのように棍棒を打ち下ろした。
ニャンコロモチは動かない。身体を丸めてそれに耐える。
ニャンコロモチを取り巻く力場はだんだんと力を失っているようだった。棍棒はニャンコロモチにまだ届いていないが、それもいつまでもつか。
だんだんとニャンコロモチが動かなくなっていく。
くそ、くそ、くそ、くそ、くそ!
俺はニャンコロモチを今すぐ抱えて逃げ出したかったが、できなかった。身体がまともに動かない。
だから、右手を伸ばすことしかできなかった。
「ニャンコロモチ……ダメだ、死ぬな……!」
ジャイアント・リザードマンが棍棒を両手で握った。
そして、あらん限りの力でそれを振り下ろす。
がぁん!
巨大な音ともに。またたきする間もなく。それは振り下ろされた。
ニャンコロモチの姿は――
ない。
消えていた。まるで棍棒に込められた破壊エネルギーによって木っ端微塵に粉砕されたかのように。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
リザードマンが吠えた。それは勝利の雄叫びだった。今まで苦戦していた難敵を屠り去った――その事実を知らしめる叫びだった。
「あ、あ、あ、あ……」
俺はよろよろと立ち上がると――
逃げた。
ぶざまに逃げた。身体を引きずりながら。
「ダメだ、俺だと……俺だけだと勝てない……!」
ニャンコロモチと俺でぶつかってこのざまだ。マトモにやっても勝てるはずがない。
今は逃げるのだ。この閉鎖空間を必死に。
少しでも命をつなげるのだ。
もう、それしかできない。それだけが希望なのだ。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
ジャイアント・リザードマンは俺を威嚇しつつ追いかける。だが、その足は決して急いでいない。
知っているのだ。
俺という獲物がもう逃げられないことを。いつでもその命を手折れることを。
それは俺だって知っている。
だけど、もう俺にできることなどこれしかないのだ。
逃げる場所はあまりない。あっという間に俺は部屋の角に追い詰められてしまった。
「はは、ははははは……」
もう逃げ場はない。
俺は振り返った。
巨大なリザードマンの姿がすぐそこにあった。
「グオオオオオオオオオオオオオオ!」
殺意のこもった咆哮とともにジャイアント・リザードマンが棍棒を振り上げる。
終わりだ。
そう、終わり。
俺の終わり?
いいや。俺の終わりじゃないね。
お前の終わりだ! ジャイアント・リザードマン!
俺は右手を前方に差し向ける。
「シュレディンガーの猫!」
そして、叫んだ。
「やっちまえ、ニャンコロモチ! 全力攻撃だッ!」
直後。
「にゃあああああああああああああ!」
激怒する猫の咆哮が閉鎖された部屋中に響き渡る。
背後から思いもしない猛撃を受け、ジャイアント・リザードマンが絶叫する。
俺の能力は、袋の中の猫を出し入れするものではない。
俺の能力は――
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シュレディンガーの猫
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閉鎖空間にある猫1匹の存在を曖昧にする。
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