それはきっと――楽しくないから
「……あーあ、べとべとしてるぅー」
ミーシャは三角帽子を拾い上げながらため息をついた。
ハンターリザードの長い舌で帽子がはたかれたためだ。
「クリーニングに出さないと……」
「……いや、いらないんじゃないかな」
そう言うと、俺はリトリーバーをハンターリザードに近づけた。
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ハンターリザードのドロップアイテム 23:59
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F:食べかすの骨
E:粘液
D:ハンターリザードの胃
D:ハンターリザードの舌
C:ハンターリザードの卵
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……なんだかよくわからないな……。
とりあえず卵でもゲットしておくか。ていうか、モンスターって瘴気から生まれるから卵って意味あるんだろうか……。
ころん、と魔石と卵が出現した。
同時――
「あ!」
ミーシャの声がする。
「べとべとが消えた!? ……そっか」
頭のいいミーシャはすぐに状況を理解した。
「モンスターは消える――だから、べとべとも消えるのか!」
「そういうことだね」
俺のような前衛だと浴びた返り血が消えていくので普通の感覚だが、遠くから魔術を放っているミーシャには馴染みが薄いのだろう。人間、自分と関係がないものには意外と鈍いものだ。
「へへぇー、よかったよかった」
ミーシャは嬉しそうに帽子をかぶると俺に近付いた。
「卵だったんだねー。レアは?」
「C」
「ふふぅーん。これはナイスジャッジだよ-。ハンターリザードの卵は珍味でね、1個1万で売れるんだよ」
「ほー」
「他に何かなかった?」
「舌と胃があった」
「舌と胃! それもね、珍味なんだよ。確か両方とも5000から7000くらいで売れたような」
「食べ物ばっかりだな」
「美食家には有名なんだよ、ハンターリザードの食材」
にやりとミーシャの口元が笑う。
「にしししし! こいつもいい金策になりそうだね!」
「ホントだな」
3匹がかりでも何とかなるんだから。
「経験値も、だな……」
「うんうん!」
ミーシャがにっこりとほほ笑む。
俺たちはあっさりとレベルが上がってしまった。
スケルトンウォーリアーにハンターリザード3匹。いずれも俺たちのレベルからすれば格上だ。おまけに、パーティーの人数も経験値配分に加味される。
2人だとかなりの経験値が入るようだ。
5人組でやっていた時代からは考えられない速度だ。
「このE層でガンガン経験値を稼げば、D層でも安全に回せるんじゃないかな?」
「そんな気はするねー」
ミーシャが機嫌良さそうに応じる。
「いやー、時間をお金で買うとはこのことですにゃー」
「……だけどさ、課題も見つかったよな?」
「課題?」
「ミーシャの防御力」
「あー」
ミーシャは弱ったねーという様子で顔をしかめる。
さっきハンターリザードの攻撃はミーシャをとらえかけた。
ミーシャは魔術師で素の防御力はかなり低い。そして、俺のように装備でブーストもしていない。
もしも当たっていれば無事ではすまなかっただろう。
「確かにねえ……」
「まだ300万くらい残っていたよな? 何か装備を買おうか?」
「300万だと、あんまりいいのがねえ……」
う~ん、と唸ってからミーシャはこう続けた。
「保留で」
「危ないだろ?」
「魔術師なんて、もともと紙装甲だからねえ……300万くらいの装備だと、あんまり変わらないと思うよ。格上に挑む以上、危険なのは承知の上さ」
「……なら、もう少し安全な層で――」
「ダメダメェィ」
ミーシャが笑いながら首を振る。
「それだったら意味ないじゃん。高性能装備でイオスをレベリングしよう! って趣旨なんだからさ!」
「それはそうだけど。ミーシャを危険な目にあわせるわけにはいかないよ」
「……そこで君が妥協するのなら、わたしは宿屋でお留守番しておくよ。別にイオス1人でもレベリングできるでしょ?」
ミーシャと別れて俺1人で――
俺は首を振った。
「それは、嫌だな」
「ふぅーん、またまた煮え切られない優しさってやつ?」
ミーシャが俺の顔をのぞき込む。まるでその目は俺を試すかのようだった。
「レベリングに効率以外の感情なんて不要だよ。むしろ、イオス1人のほうが経験値の効率いいでしょ」
「いや、優しさとかじゃなくてさ……」
その言葉は俺の気持ちを正しく表していない。
俺は探した。
どんな言葉なら俺の心を正しく表現できているだろうか。
しばらく考えてから――
ようやく俺はその言葉を口にした。
「楽しくないんだよ」
「え?」
「俺はミーシャと一緒に冒険がしたい。1人じゃ楽しくないよ」
「ははは……楽しくないか……」
ミーシャは少しうつむくと、三角帽子のつばを下げて自分の顔を隠してしまった。
「照れるじゃないか、イオス! この、この!」
言うなり、俺を杖でつっつく。
「わ、わ!? な、何を!?」
「にししししし!」
ミーシャが顔を跳ね上げて楽しそうに笑った。
「よしよし! そうだね! 楽しもうじゃないか! 2人でどこまでいけるかやってみよう!」
「……いや、だけど、ミーシャの安全は考えないと……」
「それはね、わたしが楽しくないんだよ!」
ミーシャがにやりと笑った。
「……気持ちよく君の隣に立たせておくれよ! 一緒にいることが君の重荷だなんて、わたしは嫌だからね!」
その言葉は俺の胸に響いた。
そうだな。
それは確かに楽しくないな……。そんな想いをミーシャにさせるわけにはいかない。
「わかった。じゃあ、作戦は『いのちだいじに』だ」
「了解、リーダー」
そして、ミーシャは俺の鎧をこんと叩いた。
「頼りにしているからさ。守っておくれよ、お強い戦士さん」
「ああ、任せてくれ」
必ず守ってみせる。
見捨てられた俺の横に立つ――その道を選んでくれた君を。
俺たちは笑いあうと、再びダンジョンの奧へと歩き出した。
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