第三章 犯人の行方 第一節 行方不明者
小夜子は危機を健に助けられた。それは数ヶ月ぶりの再会だった。
二人はもう離れないと約束、しばしの休息を楽しむ二人。
その恋は更に深まって行く。
第三章 犯人の行方 第一節 行方不明者
東京の夏はアスファルトに、強く照り付ける日差しが続いて道行く人は汗だくになっている。平成九年八月に入って、堀内健は探偵事務所で事務を取っていた。
そんな時、一本の電話が入った。事務所には他に事務員の女性が一人居るだけだ。
「ハイ。KG探偵事務所ですが」
「もしもし私、前田と申しますが。実は人を探しているのです。ご相談をお願い出来ますか?」
「ハイ。詳しい事はこちらにお出で下されば相談出来ますが、あのー場所は分りますか? 私は担当の堀内と申します。ハイ、それではお待ちしております」
明日その前田と名乗る女性が、午後一時に尋ねてくる事になった。それほど大きな探偵事務所ではないが、どちらかと云うと他所で解決出来ない事も請け負っている探偵事務所で個々の事情を抱えた客が、相談にやってくるので業界には知れ渡っていた。
健は小夜子と休みを利用して、食事やショッピングと仕事の合間を縫って楽しく過ごして居たが、あの犯人の二人の行方は未だに進展していなかった。
前田と云う女性が約束の時間に尋ねて来た。水商売風の女だった。自分が非番の時は電話番をして、依頼を受けると電話を受けた本人が担当するのが此処では基本だ。
「どうぞ、お掛けください」
健は応接室に、その前田と云う水商売風の女から話しを聞く事にした。
「実はちょっと頼み難い事なのですが、あの〜矢崎組って知っていますか」
健はいきなりヤクザの組の名前を出されて、えっと思ったが小夜子からその組に面白い男がいると聞いた事がある。多分その矢崎組の事だろう。
「ええ知っていますが、その組の人を探しているのですか?」
「そうです。そこの組員で森元彦って言う人が行方不明になって、ずっと探していますが、どうしても分らなくて、お願いにあがった訳です」
ヤクザ社会は情報網に関しては警察に匹敵するくらいの情報を持っているが。
それでも見つからないか或いは秘密にしなければならない事情があるからだろうか。
健は尋ねた。ヤクザが行方不明と云う事は、ある意味で死を意味する。
ならば組に相談した方が早い訳だが、やはり云えない事情を抱えて来たのだろうか。
「それで顔写真とか年齢や特長が、あれば探し安いのですがね」
「ええ、今日は写真を持って来なかったのですが」
前田と名乗る女性と、その森と云う男とどういう関係なのだろう。姓も違うし夫婦ではなそうだが、俗に云うヤクザの女と云う処かも知れない。彼女は普通ヤクザが行方不明になっても探偵なんかに依頼しないが。余程の事なのだろう。写真と特長など資料を貰って捜査する事にた。
前田と云う依頼主の女性は連絡先に名詞を置いて帰って行った。
夜になって健は、小夜子と連絡を取って待ち合わせる事にしていた。
池袋の東口、ロゼーヌと書かれた喫茶店に入った。健も小夜子も喫茶店が好きだった。
それも少し大きめで、ゆったり出来る場所を好んだ。
こぢんまりとしているが、なかなか洒落た店だ。昔で云う純喫茶的な雰囲気の店だ。
「小夜ちゃんさぁ、矢崎組に知り合いが居ると言っていたよね」
「ええ? 確かにヤクザだけど。とっても良い人達なのよ。私にヤクザの友達が居るなんて変でしょうけど、経緯は前にも話したわね。それがどうかしたの?」
小夜子は怪訝そうな顔をした。
「それがね。今日その矢崎組の森元彦って人を探してくれって女性の依頼主が相談に来たんだ。矢崎組って聞いた時に、小夜ちゃんから聞いた事を思い出してね」
「ふ〜ん。変わった依頼ね。松本って人に聞いてあげる。友人? だから。ひょっとしたら何か分かるかも知れないしね」
小夜子は照れながら言った。ヤクザと自分を結び付けるのが照れくさかったようだ。
「でも小夜ちゃん。変な友達が出来たものだね」
と健は苦笑する。健と小夜子は眼を合わせて笑った。
「本当にね。東京に来てヤクザと知り合いになるとは思わなかったもの。私ヤクザってみんな怖くて悪い人ばかりと思っていたの。でもあの人達、見た目は怖いけど話しと飽きないし楽しい人達ばかりなのよ」
健はそんな経緯を聞いていたが、余りにも可笑しい組合せだと思っていた。健から頼まれた翌日、小夜子は矢崎組の松本と橋本に会っていた。相変らず冗談が上手い。
橋本はレストランで初めて会って小夜子の同僚に文句を付けた男だった。松本達と再開してカラオケに行って以来の知り合いだった。今では〔お友達〕的、存在だ。
「小夜子さんの頼みなら、どんな事でも言って下さい」
あれ以来、小夜子と同僚の笹本啓子達と二度ほどカラオケに行っている。勿論、彼等は心得ていた。決して小夜子達の職場に行かないし電話も直接しなかった。
松本と橋本は小夜子の強さと明るさ美貌に惚れ込んでいた。また小夜子と友達になれた事を誇りにさえ思っているようだ。不思議と会話には飽きさせない話術をもっている。これが女性を引き寄せる力? とんでもない奴等だが何故か爽やかな関係が続いていた。
橋本「そう言えば森の奴、最近見た事なかったが。行方不明とは知らなかったなぁ」
松本「ようがす! 俺達、組の人間でもあるし必ず探して見せますよ。なぁ橋本」
松本は胸を張って小夜子に応えて。橋本に同調させたのを見て小夜子は苦笑いをした。
「ありがとう・・・私みたいな小娘の願いを聞いてくれて。とても嬉しいわ」
「何を言ってるんですか、小夜子さん。そんな顔して、すげぇ怖いだから」
「あら松本さん。それって合気道の事を言っているの? あれは武道よ。父が合気道の師範をやっていたから私も子供の頃から習っただけですよ」
松本が小夜子の武勇伝を知ったのは新聞記事を読んで知った。しかしそこには小夜子の名前も健の名前も書かれていなかったが、宮崎達が逮捕された背景に健と小夜子らしい人物が絡んでいた事を、矢崎組の情報網から松本達の耳に入ったのだ。矢崎組も新日本同盟とは敵対関係にあった。名前こそ政治結社のようだが実態はヤクザの上前を撥ねる、あくどいハイエナみたい事をやっていた。
小夜子は隠していたのだが、矢崎組の情報では長身の女性で小夜子そっくりらしいと云う事だった。小夜子も共通の敵でもあるし、出来るなら他の二人の情報も知りたくて松本に「そうです」と答えのだ。女性の武勇伝は恥ずかしいと思っていた小夜子だった。
それから一週間後、森と云う男が北区赤羽で見かけたと云う情報が入った。それはKG探偵社の捜査で判った。勿論、健一人で探した訳ではない。探偵屋には情報屋を専門にやっている連中もいるのだ。いわば小遣い稼ぎのような連中が闇ルートで捜し当てるのだ。
その情報を手掛かりに健は赤羽駅周辺を調べ始めた。しかし一向に手掛かりが掴めないでいた。東京都と埼玉県の間に荒川と云う川が流れている。
その河川敷で健は河原を眺めていた。そこから河川敷に作ったサッカー場が見える。
暫くして健は河原を離れ歩き始めた時だった。河を境に向こうが埼玉県になる。昔はキューポラのある街で知られる人口五十万人の川口市だ。前方から来る浮浪者らしき人物とすれ違った。
と! 健は思わず振り返る「まさか?」そう思って浮浪者をもう一度、見直した。
間違いなかった森元彦だ。あの依頼主の女性、前田から貰った写真と見比べた。良く似ているが、かなり痩せていて眼が死んでいるように見える。気になり問い掛けてみた。その浮浪者は、名前はおろか眼が虚ろで、まして幻覚症状があるように思える視点が定まっていない。何かに怯えている風だ。これは覚醒剤を使った中毒の表情と思えたが。
取り敢えずKG探偵事務所に連絡を取り事務所に連れて帰った。別に逆らう訳でもなく夢遊病者のように相変らず視点が定まらないようだ。本来なら警察に連絡する事だが、依頼者の客の意見を優先する商売であるから、早速その依頼主の前田に電話を入れた。夕方、前田と云う女性が息を切らしようにして、KG探偵事務所に慌てて駆け込んで来た。
「森が見つかったって本当ですか? ここに居るのですね」
「前田さん・・・お逢いする前に少しお話して置きたい事があります」
健が条件を付けた。麻薬中毒患者で幻覚に症状が出ている事を認識してもらう為に、ワンクションを置いたのだ。いきなり合わせても戸惑うばかりと考えての事だ。
「それはどう云う事なのでしょうか?」
「実は夢遊病者のような状態で河川敷に居たのですが、何者かに依って覚醒剤のような物を飲まされ麻薬中毒にされた可能性があるのです」
「えっ麻薬ですか・・・」
前田と名乗る女性は唖然とし堀内の話を聞いた。前田の顔が徐々に青ざめて行く。
「あの失礼ですが、松本さんって方を御存知ですか」
「えっ松本さんって? ああ矢沢組の松本さんの事でしょうか」
「ええ、そうです。僕は関節的に彼の名前を知っていますので」
「はい、松本さんなら森とは仲がいい間柄のようですが」
何故、森がそんな事になったのかは謎だった。こんな事態を組に知られては組長の怒りを買うに決まっている。そう思って松本たちに相談したらどうかと持ちかけたのだ。
その彼女の了解を得て、そこで松本達に相談して処置を任せる事にした。健から電話を貰った松本達は、早速その道の医者? と云っても、その方面の医者で、いわゆるモグリだが腕の方は保証済みらしい。ヤクザ社会では普通の病院に行けない組員の為に、警察に通報されない医者を雇って置く事がある。そのモグリの医者の所へ連れて行き、麻薬中毒の治療に専念させる事にした。モグリでも腕は確かだ。ただ何かの理由で免許を剥奪されいているが。その甲斐もあってか一ヶ月後には、森元彦も立直りを見せてなんとか事情を聞ける状態になった。そこからはもう探偵社の仕事より松本達の問題であった。
次回 第三章 第二節へつづく
健は探偵社に小夜子は旅行外に就職して、ひょんな事から
ヤクザ(矢崎組)と友達になった二人は彼等の協力を得て犯人探しを仕事の合間をみる日々が続く。




