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第二章  第四節 側に居るだけで 

健を残して東京に一人で来た小夜子は、犯人探しに明け暮れていた。

 第二章 戦いの日々 第四節 側に居るだけで 


 小夜子が言い終わらないうちに、一人の男が小夜子に殴り掛かって来た。

 それも、かなり喧嘩慣れしているのか動きが早く鋭いパンチが飛んできた。

 「コノオー! ふざけやがって!」

 小夜子の顔面にパンチが当たったかと思われた。だが、小夜子は軽くバックステップして、かわすと首筋に手刀を浴びせた。これは合気道の技と云うよりも空手に用いられる手刀である。どうして彼女がそんな空手の技を使うのか、それは堀内健から小夜子が教わったものだ。健は元々、空手の有段者だ。もし大学で空手を四年間続けていたら、きっと日本でも名の通る空手家になっていた事だろう。小夜子と健は互いに合気道と空手の良いところを組み合わせて更に武術を磨き合って来た。空手と合気道を合わせた業は脅威である。


 男はガクッと膝から崩れる。宮崎ともう一人の男は女に仲間が倒された事に驚いた。

 「兄貴! 俺に任せてください」

 もう一人の男が今度は真剣な顔をし、腰を落として小夜子との間合いを詰めてくる。

もう女だと侮ってはいない。空手か何かやっていると思ったのだろう。ドリャア〜〜

男は小夜子を力任せに組み伏してやろうと思ったのか、小夜子の肩を捕まえようと覆いかぶさってきた。しかし次の瞬間には男がアスファルトに叩きつけられていた。

 今度は合気道の業だ。小夜子は瞬時に身を少し交わし、相手の手首を捻るように上に持ち上げて、更に相手の体を仰け反らせて自らの体を沈めた。合気道の技〔正面打ち入身投げ〕であった。残った一人の宮崎が顔色を変えた。なんと凄い女が現れたと思った。


 今度は宮崎が反撃して来た。体をリズミカルに動かす軽いフットワークだ。小夜子を中心に体を移動させ、いきなり鋭い右フックが小夜子の顔面に飛んで来た。早い! ボクシングの経験があるかも知れない? かろうじて避けたがバランスを崩した。小夜子は戸惑った。ボクシングを相手に対戦した事もなく、そのスピードの速さにたじろぐ。

 すかさず左のフックが飛んでくる。スピードがあった。小夜子はなんとか交わそうとしたが一瞬遅く小夜子の頬をかすった。瞬時に小夜子も、その左の肘を捉えて自ら背転する。

 肘の関節が決まった。これを力で無理に返そうとすると骨折してしまう。


 宮崎は、たまらず自ら一回転した。だがドスッと腰をしたたか打って呻く。

 小夜子の(横手取り呼吸投げ)が見事に決まった。とてつもなく強い小夜子だった。

 それが父、要山和尚の合気道を幼い頃から習った小夜子の凄さであった。

 宮崎と戦っているうちに一人の男が起き上がり、態勢を立て直して小夜子の左足を掴んだが小夜子は構わずに右足のキックで顔面を蹴り上げた。

 男は思わず手を離すが、すでに顔面から血が吹き出ていてウウッと呻き声をあげた。


 だが、予期せぬことが起きた。突然、宮崎が叫ぶ。小夜子は宮崎の方に向き直ると。

「動くな。このアマッー 動いたら容赦なくぶっ放しぜ!」

その宮崎の右手に拳銃が握られていた。さすがの小夜子も一瞬ひるんだ。

 拳銃まで所持しているとは思わなかった小夜子だった。先ほど小夜子に蹴り上げられ顔面から血を噴出した男が、小夜子の背中にドスを押しつけた。

「こうなったら、女だって容赦しねぇぜ!」

ドスを持っている男は、もう相手を女だと思っていないのか目が血走っている。

完全に理性をなくしている男は大声で息巻いた。その男を見て宮崎が言った。


 「待て! ここじゃまずい。おい坂巻、車をこっちへ廻せ」

 小夜子も拳銃では抵抗が出来ない。宮崎に言われて少しは冷静になったのか、男は自分のズボンのベルトを外して小夜子の両手を縛りあげた。坂巻がベンツを運転して来た。

ベンツを停車させると小夜子を後部座席に押し込んだ。その両脇に宮崎と小夜子から顔面を蹴り上げられた男が鼻をハンカチで押さえながら叫ぶ。

「このアマ! 手間をかけやがって! ただじゃ済まないからな」

 そう言って小夜子の顔を殴りつけた。小夜子の頬が赤く染まるが必死で堪える。

 ベンツなんか持っている処を見ると、彼等も金回りがいいのだろう。どうせ裏家業は犯罪がらみだろうと小夜子は思っていた。小一時間も車は走り、間もなく都内を抜けて川を渡った。


 だんだん街灯りも少なくなり、河川敷のような広場へと車は向かっている。

ひと気のない広場に到着した。小夜子は車から降ろされた。ゆっくりと宮崎が近寄って来て小夜子の顔をまずまずと眺めた。宮崎は何かを感じたようだ。

 「そうか? お前はあの坊主の娘か・・・そうだろう? 確か坊主は合気道とか、なんかやっていたらしいな。道理でな。その娘なら強い訳だ」


 宮崎は凶暴な眼で小夜子に言った。捕まったと云うのに小夜子も怯まずに言い返した。

 「やっと認めたわね。男なら堂々と戦ったらどうなの!」

 小夜子は宮崎を挑発したが、縛られたままではどうにもならない。なんとかスキが出来ないものかと小夜子は気丈にも、まだ反撃のチャンスを狙っていた。

 「気の強い女だぜ。だが、そこまでだな。すぐ楽になれるぜ」

 楽とは死を意味する。宮崎は懐から拳銃を取り出して銃口を小夜子に向けた。

 「可哀想だが秘密を知っている奴は死んでもらう。恨むなら自分の運命を恨むんだな」

 小夜子も顔が青ざめた。まさかこんな形で返り討ちになるなんて・・・。

 今更ながら、単独行動の浅はかさを恥じた。

 「ケン・・・ごめんなさい貴方だけは幸せになってね。さようならケン」

 恐怖と悔しさで涙さえ出なかった。小夜子は観念して目を閉じた。一言(悔しい)と。

 宮崎は平然としている。なんと冷酷な男だろうか慣れた仕草で拳銃を握り直す。

それも幾度となく人を殺してきた人間は、こうも、あっさりと人を殺せるのだろうか。

 小夜子に狙いを定めて人差し指に力が加わる。その寸前だった! 


 ピキィーン! 空気を裂くような振動と共に宮崎の拳銃が弾き飛ばされた。

 いったい何が起きたのだろう? 宮崎は何が起きたのか分からず周りを見渡した。

 小夜子は眼を開けた。だがまだ撃たれていない。一体どうしたのだろう?空気が裂けるような圧力で拳銃が手元から飛んだ。それは正に神業か? まったく音もしなかったが。

 空気が圧縮されたような、強い力で拳銃が吹き飛んだのだ。

 それはあの要山和尚の極意、波動術であった。それを使えるのは・・・要山和尚と堀内健だけだが? 要山和尚直伝の波動術を取得した人間はただ一人と言う事は?

 その男は河川敷の大きな木の陰から姿を現した。宮崎の連れの男が驚いてわめいた。

「だ、誰だ! お前は?」


 男の前に長身の男が姿を現した。185センチ精悍な顔立ちの男が立ちはだかった。

やはり堀内健であった。いきなり健は大きく跳躍し、男へハイキックが頭部へ飛んだ。数メートルも男は吹き飛ばされ動けなくなった。恐るべきパワーだ。

 宮崎がどこかに飛んだ拳銃を探そうとしたが、その時には健が宮崎の目の前に迫っていた。拳銃を拾おうとしたが間に合わない。ウッリャアー 健の怒りの正拳突きだったが、それでも宮崎は腰を引いてかわした。鋭い健の正拳突きを交わすとは、やはりボクサー経験者か? いずれにしても自信がありそうだ。


その様子を見て小夜子はやっと健に気づいた。健は小夜子を影で支えていたのだった。

 それにしても小夜子が拉致されたのが、どうして判ったのか?

 健の最初の一撃は交わされたが、しかし健は空手と合気道の有段者だ。それも超が付くほどの人間である。相手がボクサーなら、それなりに対処する術はここ得ている。

 今度は宮崎が反撃してくる。宮崎のパンチが飛ぶ、右ストレート、左フック、右のボディブローと、凄まじい反撃に出た。だが健は宮崎の左脇をすり抜けたと同時に一瞬の間

に、どうしたことか宮崎が一回転していた。合気道(横面打ち四方投げ表技)であった。

 間を置かずに、宮崎がヨロヨロと立ち上がりかけた処へ、顔面にハイキックを浴びせた。長身で鍛えられた肉体からの威力は凄まじかった。


 だがそれで終わった訳じゃない。二回、三回と蹴りが飛ぶ、容赦のない攻撃である。

 健の怒りが爆発したのだ。師匠の無念の死と、小夜子までを殺そうとした相手に手加減する事など無用だ。怒りに燃える健は、今までに見せた事ない鬼の形相で宮崎に襲い掛かる。恐るべし堀内健、怒りのパワーであった。

「健! やっぱり貴方だったの」


小夜子は以前から何かを気配を感じていた。誰かが近くに居る? そんな気がしていた。

しかし、それは穏やかな空気のような感じだった。やはりそれは健であった。

 「小夜ちゃん危険すぎるよ。一人で戦うなんて」

 その側では宮崎が失神寸前で、もはや戦意を喪失していた。他の二人も完全に動けなくなっていた。どこか骨折したのか一人は右腕がダランとなって呻き声を上げていた。

 健は宮崎に詰め寄り、思いっきり尻の辺りを蹴り上げてから言った。

「お前が宮崎だな。お前が和尚夫妻を殺したのだな? そうだろう」

 宮崎は視線を逸らして答えようとはしなかった。流石に根性が座っているようだ。

 「そうか言いたくないか! なら言わせてやる」


 健は宮崎の左腕を取り上げて強く引き伸ばして自分の膝に固定した瞬間、健の肘が勢いよくおりた。リャア! 気合を入れるとゴキッーと嫌な音が響いた。ウッギャア〜〜 

宮崎が左腕を抑えて転げ回った。左の腕が折れたのだ。まさに鬼の形相の健である。

「宮崎どうする。もう一本の右腕もへし折ってやろうか・・・そうか返事がないんだな」

 尚も健は詰め寄り宮崎の右腕を取った。容赦のないその表情は宮崎を恐怖と導いたようだ。たぶん今の健ならやるだろう。もはや健は復讐の鬼と化している。

 「まっ待ってくれ! 待って。言う。言うから止めてくれ」

 たまらず宮崎は恐怖におののき。小夜子も余りの健の非情さに驚いたが両親を殺した相手に、まったく同情するつもりにはなれなかった。

本来ならば今頃、父は寺の仕事と合気道を教えて、母はそんな父の為に料理を作り趣味の生け花をしている筈なのだ。それを盛田一政の命令を受けて東京から、わざわざ東北まで来て殺して来たのだ。もう永久にその幸せは帰って来ないのだ。


 そして宮崎は遂に白状した。両親を殺害した事を、殺人を認めたのだ。

 しかしその依頼者は巧妙に仕組まれ。依頼したのは盛田一政ではなかったと言う。

 では、いったい誰がなんの目的で殺しを依頼したと言うのだろうか。

 それならば誰が父を殺して得をすると云うのか? 要山和尚は絶対に人に殺しほど憎まれるような人間ではない。宮崎達に直接依頼しなくてもワンクション置いて依頼している人物はいる。そうなると、やはり宮崎に直接依頼した人間が居る事になるのだが。

 「じゃあ、他の二人は何処に居るんだ」

健は更に尋問した。警察の話では犯人は三人組だと聞いている。しかし地元の警察は、それまでだった。その後の捜査も形だけで本腰を入れている風ではなかった。

 バックで盛田一政の圧力と金が動いたのかも知れにない。


 「良くは知らないけど、もう日本には居ない筈だ。たぶんシンガポールだろう」

 「シンガポール? 嘘を言うな」

 「ほっ本当だ。暫く姿を消すと言っていた」

 「二人ともか、で、名前はなんて言うのだ」

 「浜口孝介と沖田勝男だ。年は二人とも三十二。もういいだろう」

 他はなんど聞いても同じで依頼したのは池袋の暴力団の若頭だと言う。

結局、分かったのはそれだけだった。それなら又その若頭を探さなくてはならない。

 盛田一政まで届くには、多くの小細工した糸を解いて手繰り寄せるしかなかった。

 直接犯行に及んだ犯人は他に二人、それもシンガポールとは。これからどうして探せばいいのか気が遠くなるような犯人捜しとなった。健と小夜子は茫然とした。


 まさか海外に逃げていたとは、それでも追う。絶対に諦めないと健と小夜子は思った。

 小夜子は警察に電話していた。間もなくパトカーが、けたたましいサイレンと共に数台の警察車両が取り巻いた。健と小夜子は宮崎とその仲間を引き渡した。

拳銃を所持しているだけでも罪は重い。殺人事件となれば尚更だろう。厳しい取調べが続くだろう。ここは東京だ。盛田一政の権力は通用しない。健と小夜子も警察署で詳しく事情を聞かれた。それも三日がかりだった。それと同時に過剰防衛も問われたが。

 相手が拳銃を持っている事と、健と小夜子の心情を考慮して警察も温情があったのだろう。不問とされた。二人は警察署を後にして、健と小夜子には積る話も沢山あるだろうか、そのまま都心に戻った二人は、池袋西口の近くで落着いた雰囲気のレストランに入った。


 とにかく宮崎とその連れは逮捕された。その連れの二人は余罪がない限り、たいした刑にはならないだろう。しかし宮崎は違う殺人を犯している。それらを含めて銃刀法違反と過去の犯罪が立証されれば、二度と社会に出て来られないかも知れない。

 当然の報いだ。人の命を奪うと云う事は、その人物の生涯を奪うと同時に、その肉親や友人などに、どれ程の苦痛を与えるか、過失ならともかく己の利益の為に人の命を絶つと云う非道で残虐な行為は決して見逃されるものではない。


 日本には死刑が法律で認められている一方で、その犯罪者の人権を裁判で問い糺される。殺された者は人権までが消滅されてしまう。この矛盾はどう説明するのだろうか。

 「健・・・ごめんなさい」

 迷惑をかけたことを詫びた。だが、その潤む瞳がドキッとする程に美しくかった。健は笑った。小夜子は子供が悪戯をして父に叱られるような表情をしたからだ。

 「小夜ちゃんは本当に無鉄砲すぎるから・・・」

 そう言いながらも健は微笑んだ。その笑顔は多分あの事件以来なのかも知れない。

 「ねえ、怒っている?」

 「ああ、怒っているね。どうして俺だけを置いて行くのかと思ったよ。それで師匠の一番弟子と云われた佐田さんに聞いたよ。小夜ちゃんは俺に気を使って多分一人で犯人を捜そうとして居るのではないかと、言っていたよ」

 「それで私を追っかけて、影から支えてくれていたのね」

「すぐにじゃないけど、池袋周辺だと最初からそう思ってたよ。大学時代の友人が借りてるアパートに転がり込んで、それから仕事を探してね」


 やはり健は小夜子が東京に向かった事に気づいて後を追ったのだった。そして探偵社に勤める事になった。探偵社のイメージと云えば浮気の調査などが多いが、中には警察官出身の探偵社も多い。健はその警察官出身の経営する探偵社に勤めていた。

 健には好都合の職場となった。小夜子を捜すにも楽だった。また探偵事務所の所長は健の武術に惚れこんだのだ。警察あがりだけに荒っぽい仕事も引き受けるそうだ。一般的には地味と言われるが、この事務所ではビビッていては探偵屋は商売にならないのだ。

 二人はテーブルに運ばれて来たワインで再会に乾杯をした。


 小夜ちゃん、もう一人で行動しては駄目だよ」

 どっちが年上なのか分からないほど、健の成長した姿がそこにあった。小夜子は思った。健は苦しい自分を捨てて心の強さに幅が出て来た事を。久し振りの再会に二人は嬉しくって、いつまでも会話が尽きなかった。

「ふ〜ん・・・健ちゃんが探偵屋さんなんだ」茶化すように微笑む。

 「だってね。一番いい方法だと思って、俺って案外、向いてないかい?」

 「あのねぇ。シャーロック・ホームズと違うんだらかね」

「そんなの分かっているよ。東京に来て小夜ちゃんを探しには一番いい方法だと思ったんだよ。お蔭で仕事をしながら小夜ちゃんを探し事が出来たしさ」

 そんな話をしている処に料理が運ばれて来た。料理と云ってもパスタとデザートとワインだけだったが、同僚と何度か来ていてパスタが美味しいと云う評判の店だったからだ。


 そんな時、二人で聞き覚えのあるメロディーが心地よい音量で流れた。故郷に居た時、健と小夜子が好きな曲、尾崎豊の〔理由〕が流れていた。歌詞は流れていないが、♪僕は君を守るのに僕は君の理由を奪う・・・最後の歌詞がそう唄われていた。今の健にピッタリの曲かも知れない。宮崎と戦った時の表情とは全く違う二人の微笑ましい姿だった。

 二人は暫らくワインを飲みながら、その曲に耳を傾けた。二人で海辺にラジカセを持って行き黙ってその曲を聴いていた事が想いだされる。丁度、健も立ち直りかけて互いに恋を意識し始めた頃だろうか。いま思うと本当に幸せな時だったかも知れない。


 「ねぇ健、この曲を覚えている?」

「ああ、忘れられない想い出の曲だよね」

しかし現実は、あの時のような穏やかな日が何時やってくるのか。失われた日々は父と縁側で話し母はそれを嬉しそうに聞いていた。あの日は二度と帰る事はない。

 ふっと、小夜子は故郷で両親の過ごした日々を思い浮かべていた。

やがて曲が代わって現実の世界に戻された。そうだ。健が探偵の話をしていたんだ。

「そうねぇ、でも探偵の仕事って、危険な事はないの?」


 探偵業はTVドラマ見たいにカッコいい仕事ではなく地味な素行調査の連続で、苦労の割には報われない職業だろうか。その探偵業が多いのは世の中には秘密が多く互いに疑うようになり、その結果として探偵に調べてもらう。なんと切ない世の中なのだろう。

 「小夜ちゃん、これからどうするの?」

 「これからって? いいわ。それまでショッピングに付き合って。いいかしら?」

「うん分かった。それで何を買うの」

「特に決めてはいないわよ。見てから決めるの。いいでしょう」


 二人はサンシャインシティーに向かった。そこは沢山のテナント店で形成されたショッピング街だ。小夜子は健と並んで歩き、どちらからともなく手を繋いで歩いていた。

小夜子が突然、足を止めた。なにか気に入ったのが見つかったらしい。

「ねえケン、これ良くない。ホラね」

小夜子がウィンドウを指差した物はペアのネックレスだった。小夜子は目を輝かせて見ている。やっぱり小夜子も年頃の女性だ。少なくとも今はデートしている普通の女性だ。

小夜子は、ひと時の幸せを健と二人で分け合いたかったのだろう。

「ええ〜〜俺がネックレスをするの?」

「そうよ。嫌なの? ねえ、嫌の」


 小夜子は茶目っ気たっぷりに健を睨みつけた。健は照れ屋だ。恥ずかしいのが半分と小夜子と同じ物を身に付けて置きたいのとが半分だった。結局は小夜子に押し切られて買う事に決めた。シルバーのネックレスは小夜子、ゴールドは健がする事になった。

それから数日後、二人の休みが合ったその日に決めた。その日の十時頃二人は車の中にいた。海を見たいと云った小夜子の希望を受け入れて二人は神奈川の湘南海岸に向かった。二人は池袋から首都高速に乗って、第三京浜経由で湘南に行くコースを選んだ。


 健は探偵社の車が与えられていた。通勤や仕事に使っているが、ガソリンさえ入れれば自由に使っていい事になっている。商業車だからと云って会社の名前が入ってはいない。

探偵屋は社名を入れたくても、入れられない事情があるわけだ。 

神奈川県湘南海岸は言わずと知れた人気のある海だ。関東でもっとも若者などに有名な海岸。そして海水浴場である。かつての人気俳優もここに良く足を運んでいた。

今はではサーフィンを楽しむ、若い人が多く真冬でもサーファーの姿が数多く見られる。

 梅雨の合間の澄み切った青空は真夏を思わせる陽気だった。海岸には沢山のサーファーが思い思いのウエットースーツに身を包み、海岸一体に若者達の楽しむ姿があった。

 海はあまり綺麗とは言えないが、それなりの波があれば充分に楽しめるのだろう。


 二人は車中でいろんな話をしながら湘南海岸を目指していた。東京で初めて二人でのドライブなのに、本当は楽しい話だけをして居たかったが、どうしても話し合って置かなければならない事がある。小夜子の両親を殺した犯人がシンガポールに居るという、何がなんでも罪の償いをさせないと。健と小夜子には幸せが訪れないと決め込んでいた。

出来れば互いに今すぐにでもシンガポールに行きたい気持ちでいっぱいだったが。

まだ東京に来て日が浅い、それなりに準備が必要だった。実行犯の二人、そしていずれ追い詰めて行かなくてはならない。盛田一政に法の裁きを受けさせてやるまでは、そう二人で話し合った。今は、その時期が来る迄このまま仕事を続けるしかなかった。いわば充電期間というべきか、二人はいっときの幸せを確認して置きたかった。

 やがて塩の香りが車内にも入って来た。左手には海岸の青い海と白い波が見え来た。

 「小夜ちゃん、間もなくだよ」

「わぁ〜海よ! ケン。久しぶりだわ」

 

 二人は海岸添えにある駐車場に車を停めて海岸に降りて行った。健と小夜子は、そんな海岸の砂浜で腕を組んで歩いた。あの浄土ヶ浜とは、また一味違った関東の海だが、やはり海はいい。人の心を癒してくれる。昔からよく言われるが夏の海で生まれる恋も多いと云う、海を眺めているとロマンチックな気分にさせるからだろうか。 

そしてもうひとつ云われる事がある。夏に生まれた恋は秋の枯葉と共に散って行くと云う節もある。人々は季節と情景に心が動かされるのか? 別れた恋人同士はその枯れた落ち葉を見て涙を流すのだと云う。恋愛にも四季があるとしたら、健と小夜子は今、冬の季節に入ったのだろうか。それも、いつ春がやってくるか分からない冬に。

それでも愛する心の中だけは暖めておきたいと思っていた。


 この幸せな一時を噛み締めるように、ゆっくりと歩いていた。

出来るものなら、いつまでもこの時間が続いて欲しいと願う二人だった。

「嬉しい! 健と一緒に居られるなんて・・・いつまでもこうして居たいわ」

 小夜子にとって、いや二人にとってデートらしいデートは、あの能登半島は健の故郷に里帰りした時、そして原田の墓参りへ二人で尋ねた厳しい寒さの冬以来の事だった。 

 「小夜ちゃんと一緒に居られるなんて最高だなぁ」

 健は一人事のように言った。本当に嬉しそうな健の笑顔であった。


 「ウフッ本当? 素直に喜んでいいのかな」小夜子は微笑んだ。

 健は小夜子の肩に手を廻して引き寄せて抱き締めた。二人の瞳が見つめ合う・・・熱い視線が言葉を奪った。お互いに握る手の力がギュッと強くなって小夜子は健の方に首を傾げるようにして健の横顔を見る。気丈にも一人で立ち向かった小夜子の姿とは、うって変わって恋する乙女の顔に変わっていた。海岸は若者達サーファーが、そんな二人の光景と関係なく相変わらず夢中で戯れていた。それは、のどかな夕暮れ時だった。

 

 第二章 終


次回 第三章 第節ーにつづく

               

ここで第二章終了。

次回から健と小夜子が共に犯人探しを始める。

だが二人の運命は・・・・・・

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