↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/22

第一章 第三節 閃き

心の修行を続ける健。

第一章 無くしたもの 第三節 閃き!! 


今日も健は精神修行の一環として小高い山の上で座禅を組んでいた。瞑想の中に心を置く、その静まり返った丘に誰かが来たような気配を感じた。そう言うものには敏感に反応する。高台の丘に澄み通るような声がする。その声の響きに聞き覚えがあった。

 健は一呼吸してから静かに眼を開けて座禅を解いた。ゆっくりと後ろを振り返ると。

 そこには天使が舞い降りたのだろうか? 長身の若い女性が微笑んでいた。

 坂城〔さかしろ〕小夜子であった。要山和尚の一人娘である。寺では余り話し機会もなく挨拶程度だった。それにしてもドキリとするような美人だ。まるでモデルか女優のようだ。それでいて控えめで清楚な感じがする。

 「小夜子さんでしたか? 良くここが分りましたね」

大学生で二十一歳とか聞いていたが。年齢は健より一才年上だった。

それにしても落ち着きがある。普通の大学生と云うよりも、ずっと大人に見える。

 健はドキドキしていた。今まで遭遇したことのない女性で、目の前で見ると改めて凄い美人なんだなと感じた。小夜子は興味津々の表情で健を見つめた。その瞳は黒く輝き、また湧き水のように澄んでいた。

「もしかしたらここかなと思ったの・・・ごめんなさい。座禅を組んでいたのね」

にこやかに話かけてくる。小夜子と眼が合って健はまたドキッとした。 

「ねえ堀内さんでしたよね。父から出身が金沢と訊いたけど、どんな所なのかしら? 日本海ですよね。私はまだ北陸には一度も行った事がないのよ」

「そうですね。寒いのではこことあまり変りませんが雪が凄く多い所なんです」

そうは云って見たものの故郷に浮かぶのは、やはりあの日の出来事が脳裏を離れない。

 まだまだ心は病んでいたのだ。小夜子も健が時折、言葉が詰まるのに何か思い出したくない事があるのだろうかと感じて話題を変えた。その高台の景色を眺めて言った。

「ほら! 見て。もう山々は紅葉でいっぱいよ。綺麗ねえ」


健もそんな景色を眺めて、もう半年以上が過ぎたのだと思った。もう十月末に入っていた。無我夢中で色々と働き考える事としたら、やはり原田だけ。あの日の出来事だけ。時はそんな思いと関係なく流れる。東北の秋は早い。遠くの山々が秋色に染まりつつあった。  紅葉の季節、木の葉が赤く色づきその葉が地面を鮮やかに染める。

 その赤く染まった落ち葉が二人を包むように風がヒューと舞った。

それから数週間後、小夜子がまた山へ登って来た。今日も差し入れを持って来てくれた。

「建さん、貴方は何か武術でもやっているのね。もしかして空手ですか、その手を見て思ったの。私も父が合気道を教えている関係で物心ついた頃から合気道を始めたのよ」

 堀内さんから健に呼び方が変っていた。遠く山々を眺めながら語り始めた。遠くには名勝、浄土ヶ浜が見える。二人の上を空高くトンビが数羽フワリフワリと舞っている。


 小夜子は長身である一七二センチ。スラリとした美形であった。それでも健の横に居ると肩ほどの背丈しかない。健も、かなりの長身で一八五センチとガッシリとした体格だ。

 その割には顔が面長で一見、おとなしく見えるが胸幅が厚く腕の盛り上りかたも凄く、物静かな顔つきは空手の試合が始まると、その表情が一変する。

 「父はね。私に強くなる事を望んだのじゃなくて、精神の強さを教えてくれたのよ。私の場合小さい時から合気道を、やっていたから自然と取り組めたけど」

 健は遠くを見つめながら小夜子の話に頷いた。健は以前から興味を持ち始めていた合気道に閃きを感じたのだ。

探していた物に、そう探していた物に。精神修行、合気道、精神を鍛える。真剣に合気道を習いたい! 健は今そう思っている。何か見つけた瞬間だ。

健はその心の閃きの熱い想いを小夜子にいきなりぶつけた。


 「小夜子さんお願いです。教えてくれませんか。僕が探していた物を。貴女が云った言葉、精神の強さを合気道に感じたのです」

 突然に健が心の閃きを合気道に感じて、真剣な顔をして小夜子に訴えた。

 「僕に必要な物はその精神を強く磨く事と覚りました。是非いや、どうしても必要なんです。自分には今は何も見えないんです。今はそれしか言えませんが教えて下さい。」

 健はやっと自分がどうすればいいのか覚った。決してあの事件を忘れる為じゃなく強い精神を作る事で過去と向き合い、そして生きて行く為に。

 小夜子は真剣な健の言葉に驚きと純な心に感じるものがあった。健がこの寺で探していた物を見つけたいのなら、その望みを叶えてあげたいと思った小夜子だった。

 西の空から強い光を帯びて夕陽が二人を照らして、その影が長く二人を包むように伸びて夕暮れが迫っていた。そして今日もまた健は山の頂で座禅を組む。

 森の音が鳥の声が川の流れる音が眼を閉じていると、その音が奏でる自然のオーケストラのように健の心を洗い流してくれるようだった。


(堀内! もういい。お前の為に生きろよ)それは原田の声だった。

そんな声が川の、せせらぎの音から聞こえた感じがした。健は静かに眼を開けた。

山の頂きから夕陽が差し込む、木々の間の毀れ日が健を照らす健の身体を照らす。

健の閉ざされた心を開けとばかりに一点の光が見えた。

 小夜子には時々、合気道の心得やその技など教わっていた。師匠の娘だから合気道は    そこそこに出来ると思っていたが女性とは思ないほど強い。女性としては長身の一七二センチから繰出す技と、その呼吸はもはや完成された合気道であった。確かに達人だ。

 そんな小夜子は健の過去には一切触れなかった。いや彼女の気遣いなのだろうか

 それとも今はその時期ではないと感じて居たからだろうか。

そんな優しさと強さを秘めた小夜子であった。そして月日は走馬灯のごとく過ぎて行った。健も毎日が合気道と寺の手伝いと自らの心と技を磨く。勿論その肉体も更に強靭なものに変わって、精神修行に明け暮れる日々が過ぎ去って行くのだった。 

そして健は二一歳になっていた。小夜子は父と縁側で話しをしている。


 健の事は何も聞かずに自分が知っている限りの合気道の事は教えて来たのだが。しかしそれも限界に近づいて来た。それ程迄に健の合気道が上達している。やはり天性なのか。

「お父さん。堀内くんの過去を教えてくれませんか。彼の暗い部分が見えてくるの」

一方の小夜子は健の心の奥の影に、以前から気になっていた事を父に訊ねた。

「どうしてそんな事を訊く・・・知ってどうする?」

父、要山和尚は逆に訊き返した。だが小夜子は男と女の仲を言っているのではない。

 その眼を見れば判る。要山和尚ぐらいの達人ともなれば、その眼のしぐさで話さなくても相手の感情を読み取る事が出来るのである。

「小夜子。ただの同情なら止めなさい」

訊いてはいけない事に触れたのかと思った。それ程までに、健の過去は暗いものなのか。

だが小夜子の真面目な顔を見て、やがて要山和尚は静かに語り始めた。寺の庭にある池では小夜子の母、登紀子が鯉に餌を与えている。それは穏やかな朝の光景であった。

縁側で父と娘が、その母の後姿を見つめながら話が続いた。健の過去を訊くうちに、小夜子の表情が強張っていく。健が親友を死に追いやった事を、そして大学まで辞めざるを得なかった事を。そんな思いで正堂寺を訪ねて来た事を、小夜子は知って愕然とする。

 小夜子はシヨックだった。その暗い過去を健が背負っていたことを。だから合気道から何かを感じ取って私に教えてほしいと訴えた謎が、いま解けたような気がした。

 そんな時、母、登紀子が来て小夜子の肩を叩き微笑んで二人にお茶を入れてくれた。


健には衝撃的な事件だった。生涯忘れる事が出来ない。親友を失い故郷を失い、いや親友を殺したからこそ自分が幸せになっては、いけないと幸福の文字に封印したのだ。

 池の鯉がバシャと音をたて小さな波を作った。父、要山和尚の話はまだ続いている。

「いまの彼に必要なものは精神の修行しかないのだよ。小夜子・・・」

 小夜子は頷いた。健が重い過去を持っていたなんて、その苦しみを救ってあげたいと。

「お父さん・・・彼がね。私に言ったのよ。合気道の心を知りたいと」

 和尚の表情が少し変った。健の心に何か変化が起きたのかと。和尚はやっと健が断ち切れそうになったのかと感じた。正堂寺に来て二年近くの日を経て、やっと感じたのか?

「そうか分かった。いずれ私が指導しよう。今はまだ、お前が教えてやってくれ」

要山和尚は思った。若い二人なら心も道も開けようと。しかし健に、あと何を教えたらと小夜子は考えていた。合気道は奥が深い、まだまだ教える事がある筈だと。


そもそも合気道とは合気武道から合気道になった。合気道の創始者は現在の和歌山県田辺市が発祥地とされている。それは明治四一年頃、植芝盛平氏と記されている。

 植芝盛平氏はその頃、村の青年達に武術と柔道を教えていた。

 それと同時に後藤派柳生流柔術の道場に通っていた。柳生とは柳生心眼流の剣豪で名高い。小説、映画などに登場してくる柳生十兵衛である。

 そして、もう一人歴史を飾る剣豪、荒木又右衛門まで歴史を飾る顔ぶれが揃っていた。

 柳生心眼流の流れを汲む六代目、後藤柳生斎氏がのちに、合気道へ多大な影響を与えたと記されている。今や合気道は世界に数十ケ国の支部があり、特に女性には護身術として海外の大学でも取り入れている。


小夜子は改めて合気道とは何かを健に教えた。大学が休みの度に帰って来て教えた。

「合気道はね。心、技、体、気の総一なのよ。心眼で捉えるのよ」

つまり攻撃の為にあるのではなく護身術からの攻撃、女性には特に薦めたい武術である。

「そう、空手と違うのは力まない事なの。もっと楽にして・・・」

 門下生が帰った後に時々教わっている健も、その合気道の奥深さに魅入っていた。

流石に高校、大学と名の知れた空手家の健は呑み込み方が早かった。

 それから更に半年の月日が流れ、心の部分が大きく変った。次に取り組んだのが〔気〕である。相手の気を見抜き、空気の流れ、肌に感じる温度、例えばドアの裏に潜んで居ても気で五感に感じ取ることが出来る。

 相手の身体の動き、相手が爪先に重心が掛かった時、次の行動を読み取る事が出来る眼の動き、手足の些細な動きも同じ事だ。常に相手の次の動きを読み取る。これが心眼だ。

 相手が踏み込んで自分に触れる寸前に、その動きを逆に利用して流れるように相手を瞬時にねじ伏せる。これが合気道の極意である。

しかしこの易まで達するには誰でも、と云う訳にはいかない。やはり素質と努力だ。小夜子はこれまで熱心に教えてくれた。その訳は果たして何を意味するのか?

ここは岩手県の三陸海岸、浄土ケ浜である。三陸海岸とは青森県から宮城県にかけて太平洋に面した海岸である。ここ浄土ケ浜は東北でも名所であり、海水浴場や観光地としても有名であり、小さな湾になっていて観光船やボートなども楽しめる。


その海岸の砂浜を走っている二つの影があった。健と小夜子である。足場の悪い砂浜は恰好の運動になる。足腰を鍛えるには、むしろこう云う場所が望ましいのだ。

合気道は無心になり、その道を極める。海の波に身体を預けて浮く、時には砂浜はバランスと足腰を鍛えられる。自然の応用は合気道に適しているかも知れない。

 修行とは云え、若い二人には疲れなど感じない事だろう。そしてこの修行が、どれほど身を守ってくれる事だろうか。今はそれを知る由もなかった。

 やがて海岸を走る若い二人を赤い夕日が染めて行く。

 あれから時々、小夜子が座禅の組む場所に訪れた。勿論、健の座禅を邪魔するような時間には現れない。武道をたしなむ人間は心得ていた。

 その日課が二年もの間、まったく変わることがなく続いて行った。

 西堂寺に来てから健は、公の場には一切出ようとしなかった。極力、華々しい世界には顔を出さないように勤めて来た。それと元々、苦手のようだったが。


次回、健と小夜子の恋。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。