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最終章 第二節 追い詰める

怪我で回復が遅れている小夜子を残し単独で操作に乗り出した健

そして戦いの火蓋が切られた。


 今日も盛田の事務所を見張った。盛田は今日も来て居ないが見慣れない人物が三人現れた。 健はピンとくるものがあった。地元の人間ではなさそうだからだ。

 もしかしたら、あの中に沖田が居るのではないかと感じた。

 健は強攻に出るしかないと、このままでは一向に進展ない事にイライラしていた。

 健も随分長く見張っていて苛立ち始めていた。見張りと言う忍耐が、こんなにも辛いのかと思った。


 ましてや憎むべき相手だからか。あの三人は何処から来たのだろう?

 健は沖田の顔は知らない。用心棒は沖田だけじゃないかも知れない。

 こうなったら強引に三人の前に立ちはだかって戦うしかない。

 小夜子が側に居たらきっと止めるだろうが健にはそんな心の余裕は、もう残っていないのか。

 シンガポールで小夜子と新しい生活が待っているからなのか? それとも長く待たされからか? 

 健はそんな自分を呪った。まだまだ修行が足りないと、これでは要山和尚に叱られそうだ。


 その見慣れぬ男達は、再び車に乗って動き出した。

 健は喫茶店の近くに停めてあった自分の車でその車の尾行を開始した。

 まずは盛田の枝〔手下〕から情報を聞き出し考えだ。車は小一時間程して着いた。

 その先はゴルフ場だった。三人ともサングラスを掛けていたが、その風体はいかにも普通の人間とは違っていた。

 三人はゴルフ場のクラブハウスに入って行った。

 こんな遅い時間に何をすると云うのか、今からプレーするには遅すぎる。

 やはり何かあると健は感じた。暫くするとクラブハウスの中から用心棒を従えて盛田一政が現れた。


 それを守るように三人の男が囲んだ。(やはり奴のボディーガードか?)健は呟く。

 盛田の顔を健は遠く離れたロビーから、用意していた双眼鏡で見ていて思った。

 あの脂ぎった顔で小夜子の両親殺しを支持したのか? そう思うと腹が煮えくり返って来る。

 人の不幸を肥やしに、のし上がった奴を健は許せなかった。

 今飛び出して行って袋叩きにして、土下座でもさせてやりたい衝動に駆られた。

 健は、その怒りを制御するのに必死に身体を震わせて耐えたのだった。

 この場所は、健が心の修行と小夜子との、交流が始まった場所でもある近くだった。

 その車が別荘らしき場所で止まった。〔そうか、此処が盛田の別荘か!〕

 健は浄土ヶ浜でこの別荘は見たことがある。まさか盛田の別荘とは知らなかった。

 盛田の新しい居場所を見つけて、また一歩、追い詰めた気がした。

 健は別荘を一気に奇襲しようかと考えたが、しかしそれでは只の押し込みだ。

 それならば一人でも誘い出す方法が得策と思ったが、今はその術がない。

 健は車で別荘から50メートルほど離れた森で待機する事にした。

 しかし、こんな時間に用心棒まで従えて何をしようとしているのか、商売か議員の仕事をするとしたら、自分の事務所で出来るのだが。


 もう時刻は夜の八時頃になろうとしていた。その時、別荘から一人の男が出て来て車に乗った。

 使いか何かに出されたのだろう。健はチャンスと見て、その車の後を追った。

 その車は海岸通りに出た。健はこの辺りの地理は知り尽くしている。

 この先に道は二股に別れて、右が海岸へと続き左が国道へと続く道だ。

 国道に出られては車が多く人目につきやすい。海岸方面なら松林が続き、この時間帯なら殆んど車は通らないが。

 健は賭けた。国道なら奇襲は止めようと。

 しかし幸か不幸かその車は、海岸方面へと向かった。

 健には一気にそのチャンスが訪れた。健の身体からアドレナリンが噴出した。

 その松林に近づいた健は一気に車の速度をあげて、その前の車を斜め前に進み急ブレーキを賭けた。


 相手の車は咄嗟の事で慌ててハンドルを左に切って避けたが、道路の側面にある溝に前輪が落ちて急停車した。

 どこか打ったのか、なかなか出て来ない。

 やがて運転席から降りて来た男がドアを勢いよく開けて飛び出して来た。

 相当に興奮しているようだ。やはり一般人とは違う風貌をして苛立っているようだ。


 「なんて運転しやがる! この野郎出て来い! ただじゃあ済まないぞ」

 言われなくても健は最初かそのつもりだ。健は車から降りて、わざと頭に手を上げて誤るような仕草をした。

 だがその男は怒りが収まらないのか、いきなり右パンチを繰り出して来た。

 健にはそれが止まっているように遅く感じた。なんなくその腕を抱え込むように軽く捻って体を沈めた。


 男は駒のように一回転して路面に叩きつけられた。

 次の瞬間、健はその右腕を伸ばして膝に当て強く引いた。鈍い音がゴキッと鳴った。

それは右肩の間接が外れた音だった。これは想像以上に痛い大の男でも悲鳴を上げて脂汗が滲み出る。

 当然その男も大きな悲鳴を上げて目が散り上がってわめいた。 


 ほんの数分の間に自分に何が起きたか分からないまま叩き伏されて、健が鬼のように見えた。

 その男は始めて悟ったのだ。自分がこの男に襲われた事を。

 「ちょっと、聞きたい事があるのですがね?」

 その鬼のような健が? 穏やかな調子で尋ねた。やる事と丁寧な言葉は余りにも対照的だった。

 男は思った。聞きたい事があるなら最初から丁寧に聞いてくれと。


 「な! なんだ。お前は? 俺が何をしたって言うのだ。俺が・・・」

 と男は震え上がった。しかし丁重な言葉とは裏腹に健の表情は険しかった。

 「別に・・・あんたには恨みがないのだが、こうでもしないと協力してくれないと思ってね。沖田があの別荘にいるだろう?」

 「なに!? 沖田さんがどうかしたのか」

 「その沖田は、あの盛田と一緒に別荘に今、居るだろう答えてもらおうか」

 「知らん。知って居ても言える訳がないじゃないか」

 そう言いながらも、白状しているのと同じような事を言って喚いた。混乱している。

 「そうか、なら言わなくても良いが次は左の方を外してあげようか。但し痛いぞ」


 言い終わらぬうちに健は、左腕を取って強く伸ばして一気に左肩を外し体制に入った。

 「待ってくれ! 言う、言うから待ってくれ!」

 男は必死に哀願するような目で健に屈服した。

 それ程までに関節を外されるのは強烈に痛い、また両肩を外されたら人形と同じで両手が動かない。相手の思うままだ。

 しかしその前に激痛で気絶するかも知れない。抵抗のすべもない関節外しは健の常套手段だった。


 しかも骨が折れる訳じゃないから大事に至らない利点もある。

 男はすっかり観念して話し始めた。その話によると健が想像した通り、盛田の用心棒だった。

 沖田は時々、業者間のトラブルや相手次第によっては力で黙らせる脅しもやっていた根っから悪党だ。

 そんな連中を雇う盛田の裏社会が、やっと見えて来た。

 そして要山和尚も、その盛田の差し金によって命を落とし結果になったのだった。

 健は、その男の免許証から身元を確認した。やはり地元の人間じゃない。

 そして男に命じた。電話で呼び出して(事故を起こしてヤクザの男と揉めている)と。


 男は近くの公衆電話ボックスから沖田へ電話をかけた。その側に健が立って見張っている。 健を横目に事故を起こして地元のヤクザと揉めていると伝えた。

 盛田は地元のヤクザと関わりを持っていない。噂が広がれば地元では選挙が不利になる。

 東京とか離れた所から呼び寄せる。新日本同盟などとは裏で深く繋がっていた。

 その為に金も注ぎ込んでいる。沖田からの返事は、その男を一喝した後、舎弟の為にどうやら出向いて来るらしい。

 果たして何人でくるかが問題だが、仕掛けた罠はもう後戻りが効かない。

 健は今夜、沖田だけでもケリを付けたかった。

 そして盛田が命じた事を吐かせるつもりだ。その後、健は間接を外した男を縛ってトランクに押し込んだ。


 これは松本の受け売りだが、便利な使い方もあるものだと思った。間もなく十五分経過した頃、ライトを上向きにした車がフルスピードで近づいて来た。

 健は車から五メーター程離れた松の木の後ろに身を隠した。

 やがて沖田の乗った車から二人が降りて来て、溝に落ちた車の回りを探し回った。

 健は木の陰から見た男の一人は大きい。百九十センチ近くもあろうか大男だ。


 健よりも五センチ大きいかも知れない長身だ。多分それが沖田だろう。

 もう一人も大きいが、その男よりは少し細身の体格をしている。

 健は成る程、用心棒家業らしいと思った。しかし同時に戦うにはかなりの強敵だ。

 遠目に見ただけで分かった。武術を身に付けているだろう。そんな身のこなしを感じた。

「雅!」暗闇に沖田の太い声が響く。

 二人の男は周りを見るが誰も居ない。車の中を見ても誰も居なかった。

 「沖さん、まさか雅の奴、連れて行かれたかも知れませんぜ」


 予想通り体格の大きい方が、沖田と分って健はゆっくりと歩いて大胆にも彼等の前に姿を現した。二人はギョッとした。

 「な、なんだ。お前は! 雅はどうした」

 沖田の弟分が叫ぶ。言葉のアクセントから地元の特徴ある訛りが無い。

 「やっと会えたな、お前が沖田か!」

 凄みと憎しみのこもった健の声だ。健は武者震いがした。やっと捉えた事に。


いよいよ最終話まで3回。

最後の死闘が始った。

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