第六章 第二節 シンガポール警察
ヤクザ矢沢組の松本等と協力して麻薬密輸犯を捕えた
健は、その一人と格闘の末、要山和尚夫妻を倒した。
ただ日本のヤクザが絡んでいた為に、健はシンガポール警察に取引を申し出た。
第六章 第二節 シンガポール警察
健は早速、麻薬密輸の証拠書類を持ってシンガポール警察に向かった。いわば取引をするのだ。
ハイジャック事件の総責任者だったジョイ・ハミルトン警視から名詞を貰っていた。
今日はシンガポール警察の外事課担当本部長のジョイ・ハミルトンを訪ねた。以前に小夜子が入院した時に病院であった事がある人物だ。
あいにくハミルトン警視は出かけて居て署内には居なかった。
仕方なく出直そうと思った時、あのハイジャック事件のおり、顔見知りの警官がにこやかな顔をして声を掛けて来た。
「やぁ貴方は堀内さんでしょ? その顔は忘れないよ。ハッハハ。驚いたなあ一体どうしたのですか」
健も急に声を掛けられて戸惑った。その顔には、わずかに記憶に残っていたが。
「どうも久し振りです。実はハミルトン警視を訪ねて来たのですが」
そう云うしかなかった。だが当時の英雄の登場に警官は親切に応接室に案内してくれた。
「そうですか。警視は生憎、出かけて居ておりませんが私でよければ珈琲でも飲みながら話を訊きましょうか。あれからどうして居るかと署内では噂になっていましたよ」
自分の事を覚え居てくれた。別に英雄になりたかった訳じゃないが、結果として有り難かった。
好意に思ってくれるなら誘われるままに、その警官に着いて行った。
二人は応接室に入って挨拶を交わしている内に、香りの良い珈琲が運ばれて来た。
「そうそう、あの彼女はどうして居ますか」
その彼女とは小夜子の事である。ハイジャック事件のもう一人の立役者だ。
どうやら小夜子の事件の事は、この警官は知らないようだ。
「ええそれが・・・いま入院して居ます」
「えっ! またどうして? 病気か何かですか」
「実は今日来たのは、その事を含めてなのですが」
健は新日本同盟から松本が盗みだした、密輸や麻薬取引に関する書類を預かって来ていた。 出来ればジョイ・ハミルトン警視に渡したかったのだが居ないのでは仕方がない。
日を改めるにしては、事が重大だけに一刻も早く調べて欲しかったのだ。信頼出来るなら、この警官でもと思った。
その向かい合っている警官はどうやら訳が有りそうだと感じたらしい。まもなく運ばれて来た珈琲を警官が勧めてくれた。
「そうですか、まあ珈琲をどうぞ。それからゆっくりと伺いましょう」
健は進められるままに珈琲を飲んだ。だが香りは良かったのだが。不味い!
日本の喫茶店で飲む珈琲とは、まったく違っていた。
味が薄くただ珈琲の匂いがする程度の代物だった。
しかし彼等はそれが、お茶と同じなのだ。そう云う風に考えれば飲めない事はない。
逆に彼等に日本茶を勧めても美味いとは思わないだろう。
それが文化の違いなのかも知れない。
だが、目の前の警官は美味そうに飲んでニコニコとしている。陽気な警官だ。
「良く訪ねて来てくれました。警視も貴方にお願いがあるらしくて随分と気にかけておりましたよ。申し送れましたが、私は」
と名詞を差し出した。本来、名詞は日本人が考え出したビジネスに欠かせない自己紹介用のものだったが、外国人にはそういう習慣が昔はなかったそうだ。
だが、この名詞はビドネスの革命を起こした。今や世界共通の名詞となっている。
今の日本の経済発展に役立ったのは、この名詞と軍手だと言われている。
軍手とは名の通り、旧日本軍が考え出した物だが外国には無かった。
作業をする上で非常に安くて便利で応用が利き、あらゆる作業に対応が出来る。
地味だが経済発展に欠かせない物だった。戦後の日本経済発展に貢献したのだ。
その名詞には〔警部 マイケル・ワン〕と印刷されてあった。
「実は・・・重要なお話なのですが聞いて戴けませんか?」
「ええ、なんなりと。どうぞ・・・」
健は話を始めた。最初に切り出したのは松本達の罪を不問にして欲しいと切り出した。
それから健は順を追ってマイケルに説明していった。
マイケルは話を聞いている内に、刑事の鋭い眼光に変わっていった。
それだけ健の話し内容は、興味深いものがあったのだ。
健は賭けた。シンガポール警察には(おいしい情報)と犯人を引き渡し条件に松本達の罪を問わないと云う、言わば取引だった。果たしてマイケルの反応は? マイケルは厳しい表情から興奮した表情に変わりフ〜と溜め息を漏らした。
「堀内さん驚きました。これが本当なら近年にない最高の捕り物になりますよ。堀内さんの友人なら大丈夫です。その人達の罪なんてたかがしれている。此れだけの組織を潰せるのなら逆に表彰したい位ですよ。それで・・・その証拠書類を見せて戴けますか?」
マイケルは微笑みながらそう言った。外国では犯人との取引も良くある事らしい。
「えっ本当ですか、本当に信じて良いですね?」
健は想像以上の成果にマイケルの言葉に感謝した。これで松本達の喜ぶ顔が見られる。
ましてや矢崎組の天敵である新日本同盟を、シンガボール警察の手で潰せるなんて、それも矢崎組の手を汚す事もなく、本来はヤクザと犬猿の仲だ。その警察の手を借りて果たせるのだから。松本と橋本は笑いが止まらない事だろう。
日本に帰れば幹部に昇進されるかも知れない。彼等にはそれが最高の勲章だ。
「勿論です。我々こそハイジャックの件と言い、堀内さんに感謝の言葉でいっぱいです」
健は決定的な切り札ともなる。松本が新日本同盟の事務所から探し出した麻薬密輸取引に関する書類をマイケルに提供した。
その分厚い袋を手渡した。
「その人達が命がけで持って来た証拠書類です。取引相手や日時が記されて居ます」
マイケルは、その書類を暫く見ていたが表情が一段と興奮状態になった。
「堀内さん。ありがとう御座います。ハイジャック事件から今回の事件まで貴方には感謝します。きっと警視も喜ばれるでしょう。早速行動しましょう。この証拠書類があれば取引現場を抑えなくても直ぐにでも逮捕状が取れます。船舶だって封鎖しますから」
「そうですか。私と坂城小夜子さんに取っても大事な事なのですが、この新日本同盟の組織の中に、坂城小夜子さんの両親を殺害した犯人が居るのです」
「なんだって? まさか堀内さんと坂城さんは、その犯人を追ってシンガポールに来たのですか? なる程・・・そう云う訳で公にしたくなかったのですね」
「ええ・・・本当の事を言うと、それが本来の目的です。申し訳ありません」
「いやいや。でも、どうして警察に相談しなかったのですか?」
「勿論、事件が起きた時には警察を信じて居ました。しかし何処の国にも金と権力で押さえ込む人間が居る者です。警察さえも・・・。私達はその壁に実行犯と殺しを依頼した人物に阻まれてしまいました。それで仕方なく」
「なる程ね。それでは警察にも不信感を持つのは当然かも知れないね。いや我々も含めて上の圧力に捜査を中断した苦い経験もあります。悔しいけど下っ端の私達では、どうにも出来ない事も現実なのです」
マイケル・ワンも正義感に燃えて突然捜査を打ち切られた嫌な思いをしたらしい。
健の云う事は警察を批判しているようだか、マイケルも分る気がした。
それで密輸取引の責任者で小夜子の両親殺しの、実行犯の一人として浜口孝介を捕まえて居るとマイケルに言った。
残念ながら浜口の殺しの件ではシンガポール警察に捜査権はないが、日本の警察への協力は出来る。しかも麻薬密売の罪は重い。
その国に拠っては死刑もあり得るのだ。
健はマイケルとの極秘情報交換に成功した喜びを今か今かと待っている松本達のホテルへ一報を入れた。
松本達は予想以上の成果に、大喜びの声が受話器から聞こえてくる。出来れば、その喜ぶ様子を健は見たかった。
健からの証拠書類を手に入れたマイケル警部の行動は素早かった。
健と一緒に覆面パトカーに乗った。それとは別に埠頭にある新日本同盟の事務所にも、なんと一〇〇名からなる武装警官がパトカーと装甲車に乗り込んで、夕暮れ時の街の中から埠頭へ向かって行った。
勿論、出航した船舶も同じだ。海上封鎖も行う。マイケルと健は覆面パトカーで松本達の安ホテルへサイレン無しで向かった。
もちろん浜口と、もう一人の密輸犯を逮捕する為である。
松本、橋本、安田は協力者である事は、健とマイケル警部の約束事である。
しかし松本達ヤクザは、やはり警察と聞けば気持ちの良いものじゃないだろう。
やがてパトカーがホテルの裏口へと到着した。橋本がホテルの裏口で待っていた。
「堀内君・・・大丈夫だろうな!?」
橋本の第一声だった。橋本は心配顔で健の顔を覗き込む。
「橋本さん大丈夫ですよ。もし手錠でも出したら僕が警官を叩きのめして橋本さん達を逃がしますよ。でも安心して下さい。マイカル警部は信用出来ますから」
健は日本語で言った。隣に居るマイケルと三名の部下は何を言っているか分らない。
何か説明していると思ったのだろう。健は橋本にウインクして笑った。
橋本はその言葉で硬い表情が崩れた。そして健が警察に働き掛けてくれた事に橋本は嬉しかった。
警官相手でも健は橋本達の為に戦う強い意志を示したくれた。任侠に生きる者は、こういう事には弱い。
義理と人情に生きる本物の渡世人・・・今は少なくなったが。
橋本は警官達を旅館の番頭のようにニコニコ顔でマイカル警部を案内していた。
安ホテルの中で松本と安田が待っていた。警官たちに浜口と、もう一人を引渡しさえに警官が松本達にお礼を述べた。
お礼を言ってくれるのは良いが、浜口ともう一人は顔が腫れあがり腕などにも傷痕が見られた。あきらかに暴行を加えた痕だ。
それでも礼を言われた? 戸惑う松本達をよそにマイケルは健にも笑顔で囁きかけた。
「どうですか堀内さん。彼等に特別報奨金でも出しましょうか?」
健は松本に、その話を日本語で伝えた。すると松本は手を横に振って。
「とんでもない。礼を言われただけでいい。警察署に行くだけでゾッとするよ」
健には松本の冗談とは受け取れない言葉に、思わず声をだして笑った。
それは本当に久し振りに見る本物の笑顔だった。心の底から笑みがこぼれた。
あとはシンガポール警察の仕事、松本等も組の仕事を見事に成し得た訳だ。
大威張りで帰国出来るだろう。そして四人はその夜、盛大に飲み歩いた。
松本は健の為に浜口から拷問を重ねた末に、要山和尚夫妻を殺した沖田の居場所を吐かせていたのだった。
すでに小夜子の両親殺害犯の宮崎と浜口は片付いた。
残りは沖田勝男と黒幕の盛田一政だけだ。そして沖田の所在がいま明かされようとしていた。
松本の話では沖田が日本に帰って居て。盛田のボディーガードに廻されたらしいとか。
卑劣な事を重ねている為に、最近、盛田は恨みを持つ者に襲われたらしい。
それで再び沖田がボディーガードを、引き受けることになったようだ。
もっとも沖田は表には顔は出さず、影のようにガードに張り付いているらしいが。
浜口の話しに戻るが松本は、どんな手を使って浜口を吐かせたのかと、健が聞いたら注射器を買って来て、怪しげな白い液体を浜口に注射したらしい。
驚いた浜口は当然自分が麻薬を扱っているから、てっきり麻薬を打たれたと思い込み、このまま注射を続けられたら廃人にされると思ったようだ。拷問はこれに限ると思っているのか松本。麻薬は誰もが恐怖のようだ。麻薬の恐ろしさを知っている奴には効果適面だったらしい。今宵は松本達や健にとって、最高の宴になった事は云うまでもない。
シンガポールの戦いが終わり、小夜子と共に日本に帰国する事になった。
そして最後の犯人と、その黒幕の行方を追う。




