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第四章 第二節 探偵家業

無事ハイジャク犯を健と小夜子の活躍で解決した二人は

犯人を捜すのは勿論だが、その為に働かなくてはならなす。

健は探偵業、小夜子は旅行会社に勤める。

第四章シンガポール 第二節 探偵家業


機は一時間遅れでチャンギ国際空港に無事に着陸した。深夜にも関わらずハイジャックされたとあって、飛行機の周りは赤や青のランプの点滅が凄い。

警察車両に報道陣だろうか、それに装甲車など物々しい警備体制だ。到着した飛行機を武装した警官が取り囲む。乗客が降りるよりも先に警官が機内に乗り込んで来た。

その後ハイジャック犯達を連行して行ってから、やっと乗客達は降ろされた。到着ロビーは警察や報道陣で、ごった返していた。勿論、報道陣達はその英雄がお目当てのようだ。

乗客の中の二人かハイジャック犯をそれも四人も倒したなんて前例がない事だった。

健と小夜子は機長達と一緒に一般乗客達とは別の出口から空港特別室に通され、報道陣に逢う前に空港警察と政府関係者から、お礼を兼ねた事情聴取が行われて空港警察関係者と政府筋から大変感謝されたのだった。報道関係の記者会見に是非とも出て欲しいと言われたのだが、それは困ると丁重に断り名前も写真も出さないように頼んだ。警察関係者も、勿体無い。英雄なのに、と残念がった。

一歩間違えれば、いや間違いなく大変な事なっている筈だった。

それだけに本当に感謝だけでは申し訳なく、 健と小夜子にシンガポールで困った事があったら、 どんな相談でも言って欲しいと、有難い言葉を貰ったのだが照れくさかったようだ。このハイジャク事件の総責任者であるジョイ・ハミルトン警視がそう言った。


  報道関係者には機長と警察とで記者会見が行われたが、会見場にその英雄の姿が見当たらず警察関係者に記者達が詰め寄ったが、報道陣達は納得出来なかった。

その男女二人の英雄を出してくれと大騒ぎになったが二人から意向でそれは出来ないと。断ったのだ。警察の責任者は大汗をかいて対応に苦労した。

〔男女二人の日本人に依って、犯人を取り押さえる事が出来た〕

 とシンガポール警察から発表されるに留まった。 報道陣はなんかしてその二人に合わせてくれ、そうでないと記事にならないと警察関係者を非難する始末だ。

健と小夜子は警察や空港関係者に感謝の拍手に送られてチャンギ空港を後にした。

二人は予約して置いたホテルへパトカーに先導されて無事に着いた。

結局、翌日にTVや新聞は次のように発表された。

(謎の男女日本人の英雄、シンガポールの街に消える。あの英雄を探せ)

 そんな洒落た見出しで報道された。だが 健と小夜子は、英雄になりたくなかった。

有名になって顔を世間に覚えられるのを恐れたからだ。

これから小夜子の両親殺しを探さなくてはならない。顔が知られては何も出来なくなるから英雄よりも孤独な戦いを選んだ二人だった。


 ここで『君の為に』の舞台となるシンガポールについて説明を加える。

成田空港から飛行機でチャンギ国際空港まで六時間三十分。

気流の関係で七時間など多少の時間の差はある。

 面積 東京都の二十三区、又は淡路島と同等の面積

 人種と人口  中国人 マレーシア系 インド系 四百十八万人、平成十年調べ

 日本との時差 △一時間

 通貨 シンガポールドル 1S$約65¥ 平成十年度時点

 治安 世界最高レベルで良い,「日本よりも良い」とされている。

 気温 23℃〜32℃ 四季はなく雨季のみ地震も台風もない殆ど無い。

水道水 飲めるがカルキ臭い。


翌日、健と小夜子はシンガポール一の繁華街オーチャード・ロード伊勢丹デパートの近くにある、ケニー佐田の経営するT.T探偵事務所を訊ねた。事務所は思ったよりも広かったが閑散としていた。健が想像していた日本の探偵社とは随分感じが違っている。

所長のケニー佐田が二人を出迎えて笑顔で握手を求めて来た。二人は応接室に通され健は東京で勤めていたKG探偵事務所々長、岸田五郎の紹介状を渡した。

 「オー五郎、懐かしいね、彼は元気ですか?」

簡単な挨拶を交わしてケニーは日本の友人、五郎を本当に懐かしがっていた。その岸田とケニー佐田は昔の仕事仲間だと言う。警視庁に研修に来た時に知り合ったらしい。

そのケニーが隣に居る小夜子と健を見て、何か思い当たるような顔をしている。 

 その後ケニーは、何を思ったのかニヤッと笑って言った。

 「君達じゃないの? 昨日の英雄は? TVや新聞で見た限り総べてが、そう思えるんだよ。二人とも長身で武術にも長けているらしいが」

 健と小夜子は、互いに顔を見合わせ^返答に困った表情を浮かべ健は話をそらした。

 「ケニーさん。岸田さんから聞いていると思いますが僕達の目的は・・・」

 今度は小夜子が代わって、ケニー佐田に詳しい目的を説明した。

 「うん、それは聞いている。出来るだけ協力してあげるよ」

 ケニーは二人の事情を知っていて、それには同情的だった。しかし疑問を続けた。


 「そうか英雄はやはり君達か・・・まぁ心配しないでくれ。誰にも言わないよ。そうか顔や名前を知られては犯人探しが難しくなるからね。しかし惜しいね。あれだけの手柄なら大ヒーローなのに。ハッハハ仕方がないか」

 ケニー佐田は苦笑しながらも納得してくれた。ガラスで仕切っただけの応接室に通され。ケニー佐田は、友人の岸田五郎の紹介状を見て頷いた。

 「なる程、君は武道の達人なんだね。犯人も相手が悪かった訳だ。君ほどの人間なら探偵より警察官の方が合っているが、どうかね?」

 ケニー佐田は、まんざら冗談でもなさそうなそうだ。治安が良いと云っても事件は起こる。確かに健はそんな事も考えた事もあったが、以前に誤って友人を殺している。 日本の警察は、本人は元より身内に小さな犯罪暦があっても警察官にはなれない規則がある為だ。

 「それは嬉しいですが、やはり無理ですね」健は苦笑した。

 「それじゃあ、うちは探偵屋だが、やってみるかね。多少の英語と地理が分かればその体力と経験もあるだろうから大丈夫さ。一人ベテランと組めばね」 

 「ありがとうございます、宜しくお願います」と健は頭を下げた。

 挨拶を終えて健は三日後から探偵社に勤める事が決まった。健と小夜子は後で判った事だがT.T探偵事務所の、T.Tはシンク・タンクの略で、つまり日本語に直すと(think. tank 頭脳集団)の事らしい。どんな頭脳なのかと可笑しくなった。

その足で健と小夜子は(さくら旅行シンガポール支社)に向かった。

健の勤めるT.T探偵事務所から歩いても行ける所にある。小夜子の場合は転勤なので転勤の挨拶をすれば済んだ。狭いシンガポールでも、こんなに健と小夜子の職場が近いとは思いもよらなかった二人は喜んだ。当分の住まいとして、それぞれの勤め先の寮に入る事してある。後は予め送ってある荷物を整理する程度だった。

 「健、一段落したし、お腹が空いてきたわ。何か食べようか?」

 小夜子と健は、やっと職場の挨拶を済ませてホットしたら空腹でペコペコだった。

 二人は近くのニー・アン・シティにある。インドネシア料理で人気の店〔サヌール〕に入った。かなり店は混みあっている。天井には観葉植物が下がって屋外にいるような雰囲気だ。店内はカジュアルな感じで料理はチキン、フイッシュ、ハーブなどの料理が多い。

 〔サンパル・ウダン〕と云うオクラとエビのチリソース揚げや〔タフ・テール〕豆腐を揚げた物などを注文した。どれも初めての料理ばかりだが味が楽しみだ。


 「いろいろあったけど、新天地で頑張ろうね。小夜ちゃん」

 「そうね。でも職場が健と近くで本当に良かったわね」

 シンガポールで仕事をしながら、この国の何処かに住んで居るであろう見えない犯人を探し為に、二人は束の間の休息だろうか若者に人気が高いシンガポールに来たと言うのに、心の底から楽しむ事が出来ない虚しさが残った。

それも互いに最愛の人と一緒に居ると云うのに、二人は食事を楽しみながらも、お互い心に秘めた決意がある。それだけに二人の大切な時間を大切にしたい健と小夜子であった。

食事を終えて二人はオーチャード・ロードを腕くんで歩いた。それは誰から見ても仲の良い恋人同士に見えた事だろう。この国では誰でも当たり前の事だが、恋人同士ならむしろ腕を組まない方が変に思われそうだ。二人は誰はばかる事なく歩けた。


健は今日からT.T事務所に初出勤する事になり緊張の面持ちで事務所に入った。

 「おい、皆ちょっと集まってくれ。諸君の新しい仲間を紹介するぞ」

 T.T事務所はケニーを含め七名のスタッフが働いている。

小さな探偵事務所だが、果たして本当に頭脳集団なのか? それは疑わしいが。

「では諸君、日本から来た堀内健くんだ。まだ来たばかりで地理の方は全く判らんが簡単な英語ならOKだ。頼むぞ」

 スタッフから拍手で迎えられた健は、その簡単な英語で挨拶したが緊張気味だ。

 「おい! ジミー。君が今日からケンと一緒にやってくれ」

 「OKボス。僕はジミーサットンだ。よろしく」

 ジミーは笑顔で健に握手を求めて来た。ケニーはアメリカ系のシンガポール人だと云う。しかし髪は黒だった。健はジミーに笑顔で握手に応えた。 健はその日からT.T探偵事務所で今後の仕事上必要なノウハウを教えられて、その日の仕事をなんとか終えた。

 仕事が終わってから小夜子と待ち合わせ食事をしながら語り合った。それがシンガポールに来てから日課のようになっていた。

この国で知っている人間は二人以外に居ないのだから、ましてや恋人同士だ。一番に心が休まる時だ。

そしてシンガポールに来て数週間が過ぎた。お互いに少しシンガポールの生活も少し慣れて来た頃だった。そんな慣れた時期に起きる事がある。環境に慣れる為の緊張も取れて、しかしその緊張の反動が、健の心に変化が起き始めていた。

 健は少し口が重く、なんとなく小夜子に向かって話し始めた。

 「仕事をしながら右も左も分からない国で犯人を探しは気が遠くなるね。仕事にも力が入らなくて・・・小夜ちゃんはどうなの?」

 健はなんとなく語った言葉だったが、小夜子は健の微妙な変化を読み取っていた。

今、健は知らない国に来て心が揺れ始めている。緊張の糸が切れたのだろうかと。

「健・・・もしかしたら探偵の仕事に疑問とか感じていない? ねえ違う」

「いや、そう言う訳じゃないけど。それに岸田さんが紹介してくれた仕事だし」

「健いいのよ。本当の事を言っても、もう五年よ。貴方と知り合って。だから分かるの貴方の言葉や表情で遠慮しないで、本当にやって見たい仕事があるんじゃないの?」

 小夜子に健は自分の考えに迷いがある事を見抜かれていたような気がした。


 「そうなんだ。確かに小夜ちゃんの言う通り、これでいいのかと思う部分もあるけど折角紹介してくれたし。岸田さんや雇ってくれたケニーさんに義理が立たなくなるから、それは出来ない。今はクヨクヨせずに頑張るだけさ」

 「フフッ健らしいわ。義理人情を大事にするの、そこが健のいい所かしら。でもね自分を大事にして。それから私は自分に合っている仕事だと思っているし私は健さえ笑顔で居てくれたら幸せなの。だから私の事は心配しないで」

 「ありがとう。僕も小夜ちゃんが幸せで笑顔が見られれば頑張れるよ」

 だが、健は少しずつ今の仕事に疑問を持ち始めていた事は確かだ。

 こんな事件もあった。悪どい高利貸しを逆に脅して依頼主の要求を満たして、これでは脅し屋じゃないかと心が痛んだ。探偵は刑事じゃなく顧客の為にあるのだと聞かされた。だが顧客は何者であるのか調査はしない。例え顧客が悪い人間だろうと客は客なのだ。そしてそれが商売だとも聞かされた。


健は探偵の仕事を始めるが、その仕事は依頼主の為なら

相手を脅す事も躊躇わない仕事だった。

本当にこれで良いのかと健は探偵業に疑問を抱く。

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