さよなら僕の明日
バタバタ、ガラッ
「にいちゃん!」
「ん?ああ、真広…って、なんでここにいるんだ?」
「なんでって…にいちゃんが倒れたって聞いたからに決まってるだろ」
そう。僕 秋月 真広は、過労で倒れた兄 秋月 結城のお見舞いに来たのだ。それをにいちゃんは。ちなみににいちゃんは小さい頃から、肉体の死した後に理由があって現世をさまよっている魂を“視る”ことができる。つまりは'“見えすぎてしまう'”のだ。
「そ、そうか。ありがとうな」
にいちゃんが苦笑しながら言ったその時、病室のドアが開いて母さんとねえちゃんが入ってきた。弟の素晴はまだ来ていない。今日も部活だろうか。
「結城、あんた大丈夫?倒れたって聞いた時は吃驚したんだから」
「そーよ。心配かけないでくれる?」
と、髪の毛を整えながら全然心配なんてしてない風に呟いたのはねえちゃんだ。
「大丈夫だよ。ただの検査入院だって。明日には退院できるはず」
「そんならいいけど。それにしても驚いたよ」
僕も驚いた。でもさっきから誰も僕に気付いてくれない。今はそっちの方が気になる。
「じゃ、無事が確認できたことだしアタシら帰るわ」
「気をつけろよ」
僕はそう言ったがねえちゃんも母さんも答えてくれなかった。そういえばさっきも廊下を全力疾走してきたのに誰も何も言わなかった。まあ、いいや。僕は昔から影が薄かったから気付かれてないだけだと思うし。
「…で、にいちゃん、ほんとのところどうなの?」
「なんのことだ?」
「とぼけんなよ!本当はただの検査入院なんかじゃねぇんだろ!?」
「バレてたか」
「『バレてたか』じゃねぇよ!何年家族やってると思ってんだよ!母さんとねえちゃんは鈍いから気付かなくて当然だけど僕はそう簡単に騙せない!明らかに昨日よりやつれてんじゃんか!」
「まあまあ、落ち着け。騙してた訳じゃなくて心配させたくないだけだ。…お前には話した方が良さそうだな」
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「なん、だよ、それ…そんな大事なこと今まで黙ってたのかよ」
にいちゃんの話を聞いて分かったことは次の三つだ。
・にいちゃんが健康診断で引っかかって再検査。その結果癌でほとんど助かる見込みはなかった事。
・今まではなんとか仕事に行っていたが今回倒れたことで病院に緊急搬送された事。
・にいちゃんの寿命があと1ヶ月もない事。
要約すると、にいちゃんは末期の癌患者で余命宣告をされている。という事が分かった。
「でも、俺、楽しかっ『馬鹿野朗!』なッ!?」
「なにしれっと『もう 来んな』みたいなこと言ってんだよ!『俺はもう未来がないから悲しまなくていいようにもう会わない』つもりか!?もう未来がないならその短い未来でたくさん、それこそ来世に持っていけるくらいたくさんの想い出を作るんだろ!?車椅子でもいい。寝たきりでもいい。ただ、想い出になることをするんだろ!?諦めんなよ…頼むから…そんな風に、諦めんなよ…」
「……泣くなよ、真広」
「泣いてなんか…」
そういいながら頬に触れてやっと自分が泣いていることに気付く。
「…俺も寂しいよ。こうでも言わないとすぐ泣いてしまうから、泣いてしまう、から…ッ」
そのまま僕とにいちゃんの泣き声が病室にこだますることになった。
---数日後---
僕はにいちゃんが危篤に陥ったと聞いて病院に急いでいた。ちなみににいちゃんの病室があるのはA棟の2階、病室は204号室だ。A棟は癌や重い病気にかかった人がほとんどだった。
「にいちゃん!」
病室に入ると父さん以外の家族は全員揃っていた。にいちゃんはたくさんのコードで機械につながり、その中の一つ、心電図のモニターがただ規則的な音を立てていた。にいちゃんの足元には医者と看護師が立っていて、ベッドの周りには家族が集まってにいちゃんの手を握っていた。
「にいちゃん…」
「結城!このまま死んだらぶっ殺す!」
矛盾していることを言ったのはねえちゃん。母さんは泣いていて、素晴は母さんを慰めて…というか、ただ隣にいた。その時、にいちゃんが僅かに目を開けた。
「真、広………?」
「僕はここにいるよ」
「俺、結局、やりたい事、ほとんどなにも、できなかった…情け、ないよな。あんだけ、お前、に、想い出、作れ、って、言われた、のに…ダメなにいちゃん、で、ごめん、な…」
その言葉を最後ににいちゃんの呼吸は聞こえなくなり、心電図のモニターに映る線は平坦になった。最後の最後まで謝罪なんて、笑わせてくれるぜ。
「結城、結城!私は2度も息子を失って、どうすれば、どうすれば……!」
「2度も」……?にいちゃんのほかに息子を失って……?
その時、にいちゃんが起き上がった。いや、正確には、にいちゃんはベッドに眠っていて、起き上がったのは、にいちゃんの「霊」だった。でも、僕は霊なんて見えないはず…呆然としていると、にいちゃんはそのまま天に昇って逝くように歩いて行った
「母さん、やめてよ…今更、真広のこと、蒸し返さないで」
その時、僕の脳裏にふとある出来事が浮かんだ。それは一瞬で、でも永遠のように長かった。
車のブレーキ音、眩しすぎる閃光、叫び声、真っ赤に染まる視界、僕を呼ぶ声、救急車のサイレン、痛み、薄れていく意識…映画のように流れていく景色の中、ふと見えた空は憎らしいほどに綺麗な秋晴れだった。
思い出した。全て納得がいった。僕が誰にも注目されなかった理由も、にいちゃんは僕と普通に会話できていた理由も、さっきにいちゃんの霊が見えた理由も、全て分かった。全部当たり前だったのだ。
だって僕は、もうこの世に--