からくり少女は大樹に寄り添う
あの人はどこに行ったの? ねえ。お月様?
月夜に空を眺めながら、独り言のようにつぶやく。
このセカイを私に見せてくれたのは、あの人。
私を見いだしてくれたのは、あの人。
あの人がいないと……。 私、生きてる意味がない……。
あの人のことを想うと、瞳から水のようなものが出てくる。
あの人はこの水のことを、『それは涙っていうんだよ』、『悲しいと出てくるんだよ』って.言ってた。
私、今、悲しいの?
なんだろう?
胸のあたりが苦しくって、痛く感じる。
同時にあの人を想うと、ポカポカしてくるの。
変なの?
早く、あの人、私に笑ってくれないかな?
あの人の笑顔が私は好き。
あの人が撫でてくれるのが好き。
あの人の声が好き。
どうして私、あの人を元のセカイへ戻してしまったんだろう?
いくらあの人が、月をみて泣いていても……。
戻る時に、あの人は私の名前を呼んでいた。
一緒にあの人と行くべきだったのかしら?
自然とため息が出てしまう。
「お嬢さん……。 悲しいのかい?」
「貴方は誰?」
私は声がした方を見てみた。
そこにはこの大きな樹の葉っぱしかなかった。
「……誰?」
「おぬしが背もたれにしてるものじゃよ。 異形の少女よ」
ああ。 この樹ね……。
この樹がおしゃべりしてるのね。
「そうじゃよ。 あんまり悲しそうだったからの」
「私の考えていることがわかるの?」
さっき私はただ想っただけで、口に出してはいなかったのに。
「わかるとも。 そもそもおぬしはわしを使って生まれたんじゃぞ?」
ああ。そうだった……。
あの人はこの樹の力を使ったんだったね。
「おぬし……。 わしとあの男を待ってみないかね?」
「待つ……?」
「あの男はいずれ、ここに戻ってくるからの」
樹は確信があるかのように、そんなことを言った。
「でもあの人は私が元のセカイに戻しちゃったんだよ?」
「……後悔してるのか?」
「後悔?」
私には後悔って意味がわからなかった。
胸がチクチクするけれど、これが後悔?
「そう想ってるのが後悔っていうのじゃ……」
ああ、これが後悔なのね……。
「幾千万の夜と幾億の昼、幾兆のはざまがかかるやもしれん。 おぬしがそれを待てるというなら、わしも付き合おう」
「……幾千万の夜と幾億の昼、幾兆のはざま」
私にはそれがどのくらいの時なのかは、よくわからない。
「幾千万の夜と幾億の昼、幾兆のはざまを待てば、あの人は戻ってくるの?」
「ああ……。 必ず戻ってくるさ」
「……私、独りじゃないんだね?」
「……わしがいる。 そのうち友もできるだろうて」
樹が少しざわめいたように感じた。
「……うん。 少し待ってみる」
ちょっとだけ胸の奥に光がみえたような気がした。
その少女はこのセカイではあり得ない艶やかな深緑の髪と、見つめるものを吸い込んでしまいそうな深碧の瞳をしていた。
造られた異形のもの。
かつてこのセカイを滅ぼしかけ、『ハーフチャイルド』と人々に畏れられた少女。
丘の上のとても大きな樹に、少女は独り、寄りかかりながら待ってた。
ここがいつも彼と待ち合わせていた場所だから……。
彼女の名はルル。
幾千万の夜と幾億の昼、幾兆のはざま、男を待つ少女。