第二章 異端児
キングダム=ジョス第二の都市、アスプレツァで迎える初めての朝。イズルは夜明けと共に射し込む光で目を覚ましていた。
眠れなかったわけではない、むしろ清々しい気分で覚醒を果たしている。早寝過ぎて早くに起きてしまったというわけだ。
「搭乗者の覚醒を感知。おはようございます、チーフ。お加減は如何ですか?」
「ああ、悪くない・・・昨晩誘われたアヒージョ的な料理や酸っぱ甘い飲料水も悪くなかった。腹も下さなかったしな」
「当然です。貴方が口にするモノは局所発生させたリサイクラーフィールドを透過している為、有害物質は除去されています。それに、体内のナノマシンが免疫として・・・」
「はいはい、護ってくれてありがとう」
「いえ、それがワタシの存在意義なので」
「おっと、過保護は止めてくれ。重いのは勘弁だ、前から言って聞かせてるだろう。お前が俺を助けるのは?」
「はい、私がチーフをサポートするのは、趣味です」
「ああ、それで良い。これからも頼りにしてるぜ、相棒」
「ええ、頼りにしてください。それでは、着替えましょう」
「着替え? おっと、作っていたんだっけな。では早速・・・前面装甲展開」
シャドースケイルの装甲が開放され、イズルはゆっくりと身体を起き上がらせた。次いで立ち上がると、息を吐きながら、身体をこれでもかと伸ばしていく。
「ふむ、やっぱり寝心地は最高だな。幽閉中は恋しかったぞ」
「ありがとうございます。ですが、部隊内では奇異の目で見られていたのでは?」
「それは価値観の相違ってヤツだな。俺が求めていたのは睡眠中に襲われないという安心感であって、シルクの柔らかなベッドじゃあなかったってだけ。戦闘員とはいえ、到底女の子には理解出来まいよ」
「ワタシとしては、実に合理的な判断だと評価します。安心感には自信がありますので」
「ああ、誇って良いぞ。信頼出来る見張りと早々破られる事の無いアーマーに身を包まれ眠る安心感・・・あぁ、例え身体がバッキバキに固まるとしても眠る価値がある。そう思わないか、ヘイメン?」
「ワタシとしては、実に合理的な考えだと評価します。どれほど優秀な兵士でも、就寝中は無防備です。それをカバーしたくなるのは当然の帰結でしょう」
「流石、話が分かるな! というわけで、服を頼む」
「了解、足下より失礼します」
床に伸びるイズルの影から小さく折り畳まれた衣服が、ぬるぬると浮かび上がってきた。
「これは・・・チュニックというか、貫頭衣か? それからズボンにベルト・・・これは?」
「肩当てとそれに付属したハーネス、そして外套です」
「ほうほう・・・・・・で、下着は? パイロットスーツだから着てないんだけど?」
「・・・申し訳ありません。ワタシには習慣の無いモノなので、失念していました」
「あはは、それもそうだな。出来ればだけど・・・湿気を逃がし易くてすぐに乾く感じのシャツとボクサーを頼むよ」
「了解・・・・・・現出させます」
先に出された衣服の隣に、折り畳まれた下着が申し訳なさそうに現れた。
「ありがとう、これで着替えられる。脱いだパイロットスーツは、一旦分解し、不純物を取り除いてから再構成しておいてくれ」
「了解」
必要な物が揃ったところで、イズルは意気揚々と新たな衣装に袖を通していった。 下着を身に付け、ズボンを穿き、チュニックを被って裾を入れてからベルトを巻き付ける。後は、ヘイメンの指示通りにハーネスやらを装着していく。
「まずはハーネスの革紐を腰部のベルトと連結させ、ピンと伸ばしながら、付属の肩当てをちょうど良いところに当てがいます。次に、肩当ての前面から垂れている革紐を鳩尾の辺りで交差させ、これもベルトと連結してください。最後に外套を羽織れば、装着完了となります」
「よっと・・・・・・ふむふむ、背筋が伸びるな・・・これで良いのか?」
「はい、正しく装着出来ているかと」
「それは良かったんだが・・・これから井戸に行くには、少し物々しいような。うん、肩当ては外していこう」
イズルは、着けたばかりの肩当てをさっさと外し、チュニックの裾をズボンから出したラフな格好へと移行する。
「そうだヘイメン、悪いが歯ブラシも生成してくれ」
「了解、衛生的でよろしいかと」
程無くして、影からぬっと生えてきた歯ブラシを受け取り、イズルは部屋を出立した。
ライ曰く、井戸は密集するアパルトメント、その四つ角が揃う場所に、等間隔で配されているらしい。なけなし市街地を焼失させない為の火事対策だそうだ。
アパルトメントの隙間、細い路地を縫って行くと、路地が十字に交差する場所に井戸が邪魔くさく配置されていた。もう、とにかく狭い。四方のアパルトメントから住人が殺到するとすれば、井戸端会議などしている余裕も無いだろう。案外それも狙いの一つかもしれない、とイズルは苦笑する。
「あっ・・・おはようございます」
井戸の陰で気付かなかったが、井戸端では既にライの娘、シエラが水汲みを行なっていた。昨晩、素顔で自己紹介したばかり故か、どこか気まずそうである。イズル的には、警戒心があって宜しいと高評価だ。
「おはよう、シエラさん。朝早いんですね?」
心底驚いてしまっていた事を秘匿しながら、イズルはそつの無い挨拶を返した。
「えっと・・・うちは朝が早くて、それに目が覚めたら歯を磨かないと落ち着かないので」
「ああ、なるほど、分かります。俺も歯磨きに来ましたから、一日の始まりはマウスウォッシュなりってね」
イズルは手にしていた歯ブラシを、ふにゃふにゃと揺らして見せた。
「あの・・・何ですか、それ?」
「何って、歯ブラ・・・・・・シエラさんは、どうやって歯を磨いてます?」
「はい? 指に塩を載せて、こう・・・ゴシゴシと?」
「ふむふむ、塩磨きですか。これは歯ブラシと言いまして、俺の故郷で歯磨きに使う道具なんですよ」
「へぇ・・・ブラシで歯を擦るなんて、イズルさんの故郷は変わってますね?」
「あはは、そうかもしれませんね・・・では、失礼して」
イズルは、何故か4つ据え置かれている釣瓶を手に取り、井戸の暗闇へと投げ入れた。
「・・・・・・おや?」
しかし、桶が水面に当たる音は響いて来ず、代わりに丸石に当たったかの様な、コーンッと小気味良い高音が井戸の中から返ってきた。
「ちょっ、桶を投げないでください!? 壊れちゃいますよ!」
「え? 駄目なんですか?」
「田舎みたいな井戸じゃないんです! ほら、井戸の中の音を聴いてみてください!」
シエラに促されるまま、イズルは井戸の暗闇へ身を乗り出し、耳を澄ました。
「これは・・・・・・流水の音? この井戸、水が溜まっていないんですか?」
「はい、その通りです! 都市の井戸は、4つの穴から綺麗で新鮮な水が常に流れ出ている流水式になっていて、桶は壁に沿うようにゆっくりと降ろしていけば良いんです!貯まるのに少し時間は掛かりますが、衛生的なんです!」
「なるほど・・・通りで水面を叩く音がしないわけだ。シエラさんは物識りですねぇ」
「イズルさんが物を識らな過ぎるだけです・・・・・・本当に、遠くから来たんですね」
「あはは・・・面目無い。どうしよう、凄く恥ずかしい」
「大丈夫ですよ、知らない事は恥ずかしい事ではありません。恥ずかしいのは、知ろうとしない事、知っててもしない事だって、お母さんが言ってましたから」
「ほぅ、さすがライさん、言葉に含蓄がありますねぇ。分かりました、これから学んでいきたいと思います!」
「その意気や良し、です! では早速、水を汲み上げてみてください」
イズルは頷き、桶に繋がる縄を引っ張ってみた。どうやら、縄を伸ばしきった位置が流水を受け止めるベストポジションらしく、既に桶からは水が溢れ、そして今もなお流水が流れ込んできているのが手応えで感じられる。滑車が付いているので、引き上げる重さは実際の半分ほどだが、流水の水圧と貯まった水の重量で中々に引き上げ難かった。これを少なくとも一回りは年齢が下の少女が毎日行なっているのかと、イズルは素直に感嘆する。
「無事に汲めましたね、良かったです」
「ええ、やっと歯が磨けますよ・・・汚水はどうしてます?」
「どうぞ、井戸の中に捨ててください。流れ出た水は何処を経由する事無く下水へ行き着いていますので。言うまでも無いと思いますが、誰かが水を汲んでいる時は遠慮してくださいね。それと、生ゴミや排泄物を流すのは絶対禁止ですよ、異臭の原因になりますから。もし流したら、近隣住民からのリンチとトィーレ(ティーレ)騎士団が待っていますので」
「りょ、了解でーす・・・・・・って、トイレ騎士団? リンチは分かりますけど、トイレ騎士団とは?」
「トィーレです! 国内の衛生を司るお役人さんですよ。えっと、教科書では確か・・・上下水やゴミ処理、街の景観の維持の為なら、武力を用いても良い、むしろ用いれと王様から命を受けた方々とのことです」
「確かに、衛生観念を持つというのは大切な事ですが・・・随分と物々しいですね?」
「その昔、人間があまりにも穢れに無頓着な生活を送っていたせいで王様が怒り、首都の一角(約4分の1)を吹き飛ばしたそうです。それがきっかけでトィーレ騎士団が結成され、上下水の埋設やゴミ処理のルールが飛躍的に定着したそうです」
「まあ、更地にすれば上下水も引き易いでしょうしね、良くも悪くも・・・気に留めておきますね」
「ん? とりあえず、理解して頂けたみたいで良かったです? それでは、私はこれで・・・あっ」
「あ?」
「あの、お母さんがイズルさんを見掛けたら、朝食に誘っておけと言われていたのを、たった今思い出しました」
「朝食に? 右も左も判らない身としてはありがたいですが・・・お世話になりっぱなしなのも悪いですし、適当に軽食屋でも探しますよ」
「はぁ・・・この街の軽食屋さんは、皆お昼頃からの営業ですよ? 市民は外食が主ですが、朝食は自炊が基本です。調理をするのは稀みたいですけど」
「なんだって・・・なら、市場へ直接行くしかないですね」
「市場までの道、判ります?」
「判りません!」
「なら素直に招かれた方が良いと思いますよ、お母さんが呼ぶのは意味が有るからです。つまり、断ると後が恐過ぎるということです」
「なるほど! では歯磨きを終えたら、すぐに行きますね」
「はい、ではまた・・・」
水を湛えた陶器製の甕を抱えながら、シエラは自宅方向の路地へと歩き去っていった。何かと世話を焼いてくれるのは、あの家の気質なのかもしれない。イズルは濯いだ口に歯ブラシをくわえ、そんな感想を抱いていた。
「おはよう、アース」
「おはようございます、ライさん」
身嗜みを整え終えたイズルは、ライ達の部屋を訪れていた。
「朝食は今、奥でシエラが用意している。出来上がるまでに、話をしようか」
ひとまず、ライは着席を提案し、イズルはそれを了承した。対面式に座るなり、彼女は本題を切り出した。
「昨日、君が言っていた仕事についてだが・・・まだやる気なのか?」
「ええ、もちろん。すぐにでも開始したいくらいですよ」
「そうか・・・どうも私には君が事を急ぎ、危ない橋を渡ろうとしている様にしか見えない。そこまで焦る理由は何だ?」
「・・・来るべき戦いの為、俺は力を付けねばなりません。山賊退治は自身を高める為の手段であり、金策とは考えていません。あくまで仕事として受けるのは、その方が利にかなっているからに過ぎないからです」
「来るべき戦い、か・・・口振りからして、単身で乗り込もうとしている様にしか聴こえないのだが?」
「ええ、そのつもりでしたけど・・・駄目でしたか?」
「ほう、この私に危険も冒さず、安全な場所で事務手続きだけしていろと?」
「ええ、まあ。一人で行ないたいので悪しからず、としか言えませんが・・・駄目でしょうか?」
「はあ・・・・・・正直、止める理由は無い。君の実力は目の当たりにしているし、私では全ての依頼を捌き切れないのも分かっている。だが、この稼業で生き抜いて来た身として、除外されるのは心外だ」
「ふむふむ・・・・・・今日か少なくとも明日中には片付けたいのですが、付いてこれますか?」
「君という男は、言っている事が支離滅裂で困る。アスプレツァ近郊とはいえ、方々に散らばる十数の山賊団を一日で片付けよう等と・・・開いた口が塞がらん」
「ですよねぇ・・・しかしそれでも、信じてもらうしかありません。ライさん、貴方には戦いに伴う危険が無い代わりに、一昨日出会ったばかりの俺を信じるという危険を冒して欲しいんです。奨金総額の半分では、足りませんか?」
「・・・・・・良いだろう。ただし条件付きだ、依頼を全て受けるからには、何年掛かろうが山賊共を根絶やしにしろ。さもなければ、死あるのみ、そう誓いを立てれば協力しよう」
「はい、誓います」
「まったく・・・了解した。朝食を摂ったら早速、待機所へ向かおう」
「ありがとうございます、その期待に必ずや答えましょう」
「そう願うよ」
そんなイズルとライの話し合いが終わるのを、今か今かと見計らっていたかの如く、会話が途切れた途端に奥の調理場からシエラが姿を現した。
「朝食が、出来ましたよ!」
シエラが持ってきた木皿の上には、スライスされ焼き色の付いた丸パンとスクランブルなエッグが添えられていた。パンにはナッツや小さな果実が混ぜ込まれているのが窺え、割りと多量な卵料理からもペッパーの様な香りが漂って来ている。簡素だが、よく出来た朝食、イズルの思い浮かべる朝食とも遜色が無い事から、その文明レベルの高さが推し量れる。以前、帝政ローマを引き合いに出したが、それを超える治世なのは間違いないだろう。人間が治めていないところが、大きいのだろうか。
「それでは、頂こうか」
ライの号令を皮切りに、3人はテーブルを囲み、朝食を摂り始めた。イズルはまず、水入りの杯に手を伸ばし、ゆっくりと水を口に含ませながら、二人の食べ方を然り気無く観察する。ライもシエラも、パンを片手に入り卵を木匙で掬いながら食べ進めている。特殊な作法が無い事を確認するや、イズルはゴクンと喉を鳴らして水を飲み干し、同じ食べ方を実践し始めた。
「うん、美味しいです」
甘口で食感の面白いパンとほのかに塩を効かせ、ペッパーで卵の風味を殺しに掛かっている入り卵は良い組み合わせだった。入り卵が不要な眠気を吹き飛ばし、パンの糖分は脳を動かしてくれることだろう。イズルは素直に賛辞を送った。
「えっと、ありがとうございます?」
思わず、キョトンとしてしまうシエラ。いつもの朝食を褒められても、ピンッとこないものである。
「イズルさんは普段、何を食べていたんですか?」
「そうですねぇ・・・最近はレーションばかりでしたね。手料理を食べるのは久しぶりです」
「レーション? イズルは時たま、よく分からない言葉を会話に混ぜてきますけど、母国語なんですか?」
「おっと・・・」
会話出来ているので、彼らの文明レベルに適した言葉選びを忘れてしまう。必要な栄養とエネルギーを摂取出来るクリーム色の固形物で、しかも口に含むと任意の料理の味や食感に変化する軍事携行食品なんて、どう説明したものだろうか。
「あはは、そうなんですよ。癖になってるみたいで・・・そう、最近は水ばかりで祿なものを食べてなかったんです」
面倒なので、水という意味にしておいた。
「水だけ!?」
「え? ええ・・・人間、水があれば、しばらくは生きて居られますからね・・・はい」
「・・・・・・そうなんですか、お母さん?」
シエラは神妙な面持ちで、母に問い掛けた。
「ああ、本当だ。旅をしていると、そんな日が続く事も間々ある」
「ほぇ・・・イズルさん、卵くらいしかありませんが、たくさん食べてください」
「温情、ありがとうございます。でも、卵はもう十分です」
イズルはそっと、木皿をシエラから遠ざけた。
朝食を終え、ライ親子日課の弓矢訓練をアスプレツァ郊外で見学した後、シエラは学校、イズルとライは予定通り傭兵待機所へ足を運んでいた。
出ている限りの山賊退治を受けるにあたって、やはり受付係から再三止められた。契約を達成出来なければ、多額の違約金が発生してしまう。老婆心からの忠告だったが、それをイズルはやんわりと受け流し、ライの持つ信頼と実績を盾にして、契約をごり押しで調印させたのであった。シャドースケイル姿というのも、良かったのかもしれない。
それから、ライに山賊らの居場所(出没地域からの推測)を地図上に標してもらい、夕刻に西の大門で落ち合う約束を交わした。やはりライは、終始不安げではあったが、それを言葉にすることは無かった。
イズルは件の西の大門からアスプレツァを出立し、適当な林の中に分け入って行った。そして、人目が無い事を確認し、シャドースケイルのスタビライザーを展開させ、上空2000m付近まで一気に飛翔していった。
「ふう・・・人目を忍ぶというのも楽ではないな」
イズルは溜め息をつきながら、気だるげに肩を回した。
「チーフ、光学迷彩を使用しないのですか?」
「・・・・・・あっ」
「失念なされていたのですね、分かります。次回から推奨情報をアナウンスしますか?」
「ああ・・・頼もうかな。ちなみに、光学迷彩を最後に使ったのは?」
「・・・最後の使用から、8936時間、約一年ほど経過しています」
「忘れるのも無理は無いと思いたいものだがな・・・・・・それで、アスプレツァ周辺の地形データは収集出来たか?」
「はい、既に完了し、現地地図との整合を実行していま・・・完了しました。山賊の棲息予想地をハイライトしますか?」
「棲息って・・・・・・ああ、やってくれ」
イズルから見える周囲の光景に、赤いピンが配置されていった。ライの標した山賊らの居場所である。
「さて、全13箇所か・・・西門から時計回りに片付けようと思うんだが、どうかな?」
「効率的だと思われます、チーフ」
「よし、じゃあ早速、取り掛かるとするか」
イズルは、一番近い北西のピンに狙いを定め、ぐんと急降下していく。ピン留めされた地域は、小高い丘が点在する丘陵地帯となっていた。見張らしの良い場所で、山賊が潜伏するには不向きと言える。だが、この丘陵地帯を縫うように敷かれた街道で、山賊らの襲撃が多発しているのも事実。襲撃地点というのは、戦利品を運搬する事を考えると、そう遠くないはずなのだ。
山賊の潜伏場所について、イズルとヘイメンの見立ては一致した。奴らの拠点は地下にある、と。その根拠となったのは、街道から逸れていく何者かの痕跡。それなりの重量を持つ何かを引き擦った跡が、上空からだとよく判ったのだ。
痕跡を目で追っていくと、やがて街道から離れたとある丘の、露出した岩肌に走る亀裂まで続いていた。どうやら、そこが地下への入り口の様である。
「まったく、判り易くて、初心者にはありがたいこったな。ヘイメン、あの入り口の前に着地してくれ・・・ただし、派手にな?」
「了解、ド派手に行きます」
ヘイメンは、シャドースケイルの背部バーニアを停止させた。それに伴い、イズルは上空1000m付近から自由落下していく事になる。右拳を突き出す様な体勢で地表ギリギリまで降下していき、着地は前回り受け身で行なった。受け身を取る事で逃がした衝撃は桁外れであり、激しい爆音と砂埃が辺りに撒き散らされる。ド派手ではあるが、どこか締まらない着地だとイズルは感じていた。
「ふぅ・・・・・・自分で降りるべきだったな」
「御要望に添えませんでしたか?」
「まあ、ちょっとな・・・それよりも、相手方のリアクションは?」
「洞窟内に動体反応多数、こちらへ接近してきています」
「上手く釣れたみたいだな。評価変更、上出来だヘイメン」
「ありがとうございます・・・接敵まで、5、4、3、2、1・・・今」
ヘイメンのカウントダウン通りに、亀裂の奥から人影が飛び出してきた。イズルが初めて接敵した山賊と同じく、小汚ない格好をしている。どうやら、この亀裂が山賊の拠点に通じていると見て間違いないようだ。
「侵入者だーー!」
仲間の叫び声を皮切りに、遠吠えの様な声を発しながら、次々と現れる山賊達。その数は20人を超え、あっという間にイズルの周囲を取り囲んだ。
「お前達を根絶やしに来たぞ、盗人共・・・準備は万端かい?」
お前は何者だ、賞金稼ぎか、お前らやっちまえ、という見え透いた対応を予期したイズルは、手っ取り早く、山賊の頭目を挑発するのであった。
「この野郎・・・お前ら、やっちまえ!!」
2センテンスの節約にはなった。錆び付いた長剣や薪割り斧を振り上げ、イズルへと肉薄する山賊達。これは相当な脅威(刃がかすっても破傷風)なのだが、シャドースケイルを着込んだイズルには関係の無い話である。
「はあぁぁ!」
イズルは、己に振り下ろされた斧を正拳突きで受け止め、そのまま斧ごと相手の顔面に拳を叩き込んだ。
「推定・・・頭蓋骨前面粉砕骨折、致命傷」
「ぬるあぁっ!」
振り返り様のソバット(飛び回し蹴り)で、背中から斬り掛かろうとしていた山賊の鳩尾を打ち抜くイズル。
「推定・・・双肺、胃などの内蔵破裂、致命傷」
「ふんぬ!」
適当に放ったイズルの裏拳は、とある山賊の胸骨を的確に捉え、容赦なく陥没させた。
「推定・・・肋骨粉砕骨折、ならびに骨片による心臓破裂、致命傷」
「・・・・・・ヘイメンよ、致命傷のライブ報告はいらないから。同情に値しない輩とはいえ、手心を加えてしまいそうになる」
「手心は既に加えていらっしゃるのでは? 皆、致命傷ではありますが、即死ではありません」
「そうかもな・・・生身の人間とは戦い慣れていない故の、甘さなのかもな」
「チーフ・・・・・・その発言と行動に齟齬が発生しています。この会話中も、貴方は敵勢力を無力化し続けていますね。ひどく、手慣れた様子で」
「そんな事ないさ、ふっ! 一撃一撃に怒りと憐憫を込めて、うるぁっ! 死に物狂いで・・・おっと、後はボスだけだな」
総動員した手下をいとも容易く瀕死に追い込んだイズルを目の当たりにし、頭目は亀裂の中へ逃げ込もうとしていた。
「逃がすか!」
短い助走をつけ、跳躍、渾身の飛び蹴りを頭目の背中に叩き込んだ。絶叫と共に、吹き飛ばされていく頭目。そのまま目指していた亀裂の入り口に衝突し、崩落。入り口を亀裂から洞穴へとランクアップさせた。
「腰椎に命中、推定・・・胸椎から仙椎までの脊椎粉砕、衝突時の全身打撲および生き埋め・・・結論、致命傷」
「我ながらエグい事をした。だがまあ、これで逃げられないだろう。残敵確認がてら、資源回収と行こうか」
「了解、先んず周囲のリサイクルを開始します」
こうして、山賊の排除を終えたイズルは、自身の周囲にある土や草、人体以外の物質を分解吸収しながら、山賊の拠点内を探索していった。本来の目的であった資源回収が上々な結果を得られた一方、独房に囚われたまま、命を落とした者の亡骸も散見していた。
複雑な表情で拠点から出てきたイズルは、虫の息である頭目をワイヤーで縛り上げると、彼を適当にぶら下げながら上空へと飛翔した。
「なあ、ヘイメン・・・一日で山賊を狩り尽くすのは、やっぱり不自然だよな?」
「シャドースケイルのスペックを秘匿した状態では、物理的に不可能でしょう。つまり、不自然極まりないとしか言い様がありません」
「ああ、だな。俺も一日に2ヵ所が限度だと考えていたが・・・全部、狩ってしまおう」
「何故、いらぬ疑念を生むリスクを負ってまで、実行するのですか?」
「そうだな・・・胸糞悪くて、仕方がないから、かな。何より、俺たちは一刻も早く資源を回収しなければならないだろう? 数日も待っていられない」
「了解、ワタシはチーフの考えを支持します。疑念を持たれた時に備えて、最適な回答を用意しておきます」
「・・・すまない、苦労を掛ける」
「お気になさらず、趣味ですので」
「このやろう・・・涙腺が。よっし、行くぞ!」
「了解、自動飛行開始、フルブースト」
「いや、そういう意味じゃな・・・」
ヘイメンの行なった急加速により、イズルは舌を噛む羽目になるが、その後の山賊退治は順調に進んでいく。空からの強襲、逃亡を防ぐ為の大乱闘、ギリギリ生かした状態での頭目捕縛、そして資源回収。これが一連の流れとして効率化、実行されていき、やがてはアスプレツァ西の大門に頭目達の山を築くに至る。これには約束の刻限に姿を現したライも、流石に言葉を失い、苦笑を浮かべるしかなかった。
一日にして、アスプレツァ周辺の山賊を狩り尽くしたイズル。その事後処理として、まずはライへの説明に手を焼いた。
当然、どうやったのかと詰問されたので、イズルは咄嗟に頑張った、と返答してしまう。だがそれが余計にライの好奇心を刺激してしまう事になる。イズルが口ごもったところで、ヘイメンの援護射撃が始まった。
実際には不可能だが、それなら可能かもしれないと思わせる行程を示す事で、どうにかライを説き伏せられはした。だがその代わり、イズルは鎧姿で常に全力疾走出来る体力お化けとして認知される事となる。
まだ、受難は終わらない。イズルの行ないは、折角ライの名声の陰に隠れていたというのに、どこからともなく照らし出され、翌日には多くの人々の知るところとなってしまった。
謎の全身鎧姿の男が、物理法則を軽く無視して、前人未到の業を為し遂げる。酒の肴としては十分過ぎる代物だ。少なからず解放した人質が嬉しさの余りアスプレツァ市中までやって来て触れ回ったのか(これは無い)。はたまた、山賊を引き渡した衛兵達が、仕事終わりの呑み屋で自分の事の様に語り聞かせたのか(これ有力)。どちらにせよ、表立って賞金を受け取りに行けなくなってしまったので(タカりと強盗のオンパレード)、裏ルートから傭兵待機所へと赴く事になった。
それは、下水道への入り口に扮した秘密通路。そこを案内役の待機所職員とフードを目深に被ったライ、そして様々な要因で生身のイズルとで進む事になる。
「こんな通路まであるなんて・・・・・・待機所の運営元はドコなんですか?」
イズルは、しっかりと作り込まれた地下通路を見回しつつ、ライに問い掛けた。
「国、正確に言えば、ジェス王だ。この国に、ジェス王の息が掛かっていない公的機関は存在しない。全てが彼女の目や耳というわけだ」
つまり、軍隊に参加しない腕利き(荒くれ者)達の戸籍ということなのだろう。だがイズルが引っ掛かりを覚えたのは、そこではなかった。
「・・・・・・彼女?」
「言わなかったか? リック=リャクは主に、人間の女性の姿をしている。彼らに性別が存在しているのかは不明だが、古来からそうだったらしい。ちなみに、女王という言葉は侮辱と見なされるから使うなよ。ジェス王に女王と呼び掛けて、生きて帰った者は居ない。他国でも同じだそうだ」
謎多き支配者リック=リャク、その新たな一面をイズルが知ったちょうどその時、地下通路は終点を迎えていた。
「こちらへ」
案内役の後に従い、立て掛けられた梯子を登っていくと、そこは待機所の地下倉庫、しかも木樽の中からのご登場となった。
「趣味が宜しいことでまあ」
イズルは感嘆の息を漏らしつつ、誘導に従い、上階へと続く階段へと歩を進める。賞金の贈与は例の個室で行なわれたが、今回はポンと現金が支払われたわけではなく、銀行に口座を開いたというお知らせを受けるに留まった。しかも、きっかり山分けされた上で、である。
それならば使いを寄越すだけでも良かったのでは、イズルのそんな微妙な不満に答える様に、不可思議で複雑な刻印の彫られた金の指輪を待機所側から手渡された。刻印はリック=リャク文字(リック=リャクが自らの言語を文字化したもの。国名等に用いられているリック=リャク言語を、イズルは英語として認識しているが、文字はアルファベットからかけ離れていた)らしく、ライは、アースと彫られているはずだと教えてくれた(彼女はイズルをアースとして傭兵登録しておいたそうである)。
これがつまるところ、クレジットカード兼暗証番号なのだそうだ。この指輪は直接手渡す必要があったし、滅多にお目に掛かれないという秘密の通路も体験出来た。イズルはとりあえず、それで納得することにした。
帰りは地下倉庫の戸棚を開けて入る別ルートを通っていき、最終的にはイズルやライの自宅に程近いアパルトメントの勝手口へと行き着いた。とある一般家庭を通り抜けてきたわけだが、なるほどそういう事らしい。
勝手口で案内役とも別れ、自由になった二人は、賑わいを見せる自宅一階の軽食屋に立ち寄る事にした。そして、昼食として子羊の丸焼き(香草詰め)をつつきながら、今後の動きについて話始める。
「すみません、俺が張り切り過ぎたせいで、ご迷惑を」
イズルは、切り分けた子羊肉をライの取り皿に装いながら、陳謝した。
ライは皿を受け取り、不敵な笑みを浮かべた。
「フッ・・・気にするな。予想外ではあったが、その代わり十分過ぎる程に稼がせてもらった。中でも、首都銀行に口座を持てたのは大きい、実に大きい」
「そうなんですか? 口座を持つのが?」
「もちろん、安心、安全、補償付き。首都銀行に口座を持てるのは、厳しい審査を通過した者だけだ。今回は額が額だから、銀行からの引き落としになり、審査を受けずに開設出来た。国から発注された仕事を見事にやり遂げたわけだから当然とも言えるがな」
「なるほど、比較的安全に資産が管理出来るというわけですね」
「ああ、その通りだ。この指輪は金を引き出す為の鍵だが、銀行に登録された正しい人相の者でないと指輪を提示した時点で衛兵に取り調べされる決まりとなっている。だから、私や君から指輪を強奪しようと考える者は滅多に現れないだろう、無知蒙昧な輩となると分からないがな」
「ふむ・・・・・・なら、親しい存在を人質にして、脅迫してくる可能性が高いですね」
「まあ、そうなるだろう。だが、どんな無知蒙昧な輩であろうと、私やシエラ、そして仲間達に手を出して、どの様な目に合うか判らない者はこの街には居ない」
「ライさん、単独じゃなかったんですね?」
「当たり前だ、単独でも可能だが、危険な橋は極力渡らない様にしている。いつもは、仲間達と徒党を組んで、山賊を狩っていた。君と会ったのは、襲撃前の下見をしている時の事だ」
「へぇ・・・あっ、それじゃあ今回の件って、抜け駆けみたいでマズかったんじゃないですか?」
「ああ、だからこれから、仲間達に報酬を分配してくるつもりだ。元より、私の手には余る額だからな」
「俺も一緒に行って、謝りましょうか? もしくは、こちらの取り分のさらに半分を・・・」
「気遣いは無用だ。言った通り、私達に利があるから手を貸したまでの事、前から仲間内の共済金を保管する場所を探していてな。首都銀行は高嶺の花と諦めていたところだったから、きっと理解してくれるだろうさ」
「それなら良かったです、はい」
「だがまあ、君に対しては思うところがあるだろうから、ほとぼりが冷めた頃に紹介したいのだが、どうか?」
「ええ、その時は喜んで」
それから、あっという間に肉を平らげると、イズルは自室へ、ライは仲間達の元へと歩き去っていった。
自室に戻ったイズルは、ヘイメン(シャドースケイル)を傍らに呼び出した。
「どうにか事態は沈静化していきそうだな、ヘイメン?」
「はい、不必要な混乱を避けられ、幸運でした」
「ああ、ライさん様様だな。今回の報酬は、飲食店の年収に相当するらしいし、しばらくは食うに困らないだろう」
「・・・ワタシが存在している時点で、飲食には困らないはずですが?」
「それはそうなんだが・・・お前のは水の浄化と食材の乾燥またはレーションへの加工くらいじゃん? やっぱり調理されたグルメをだな・・・」
「資金は、資金でのみ入手可能なリソースに使用する事を推奨します」
「それはそうなんだけどさ、レーション以外の食べ物なんて数えるほどしか経験してないし・・・」
「不必要な浪費は避けるべきです、チーフ。今は戦時、臥薪嘗胆、雌伏の時だと考えます」
「はっ!? ・・・そうだったな、俺は血沸き肉躍る戦いを求めて来たんだった。決して、グルメを楽しみに来たわけではない・・・ありがとうヘイメン、初心を思い出せたよ」
「それでこそ、チーフ。戦闘狂のイカれ野郎の二つ名は伊達ではありませんね」
「おう、何だその二つ名は? 身に覚えはあるが、初耳だぞ?」
「・・・彼女達の名誉の為、明かす事は出来ません」
「いや、彼女達って時点で大体・・・・・・まあ良い、それで回収した資源だが、何まで作れるようになった?」
「はい、ハンドガンまで作れるようになりました」
「そうか、ハンドガン・・・ハンドガン? まだハンドガンしか作れないのか?」
「はい、チーフ。今回のオペレーションでは、有機質資源を多く確保出来た一方、無機的資源、つまりは金属資源はあまり回収出来ませんでした」
「そうか、参ったなぁ・・・・・・ちなみに、フル装備を作り出すには、今回の様な事を何回すれば良いんだ?」
「推定・・・・・・およそ1458回、18954組の山賊討伐が必要になります」
「13組潰すのに大体、一日使ったという事は・・・そのまま1458日掛かるのか・・・はっ、4年弱!?」
「先程試算したのは、装備製作に掛かる最低ラインです。安定して運用したいなら、その2倍。余裕を持ちたいなら、4倍。欲を言えば、8・・・」
「止めてくれ、考えたくもない! ・・・・・・いや本当、総力を結集して戦ってたんだな、俺達。平気で使い捨ててたな、フルアーマーな装備。あれ、処分されそうになったのも、もしかして・・・?」
「盛り上がっていらっしゃるところ大変恐縮ですが、処分の対象になったのは、あくまで政治的な理由かと。それと、チーフが捨てたと認識している装備も、ワタシが間髪入れずにリサイクルしていたので、心配無用です。もったいない精神は、ワレワレの中にも息づいていますので」
「そ、そうなの? なら、良かった・・・・・・いや、良くない。目下の資源不足は、何一つ打開されていない」
「それに関して、ワタシにプランがあります。鉱石から確保してみては如何でしょうか?」
「鉱石? つまり、鉱脈に赴いて、自らディグダグしようって事なのか?」
「その通りです。鉱脈単位で確保すれば、大幅な時間短縮が見込めるでしょう」
「なるほど、建築物をリサイクルしながら戦った事はあるが、鉱脈から金属を回収した事は無かったな。ちなみに、当てはあるのか?」
「はい、既にアスプレツァ周辺の鉱山をピックアップしてあります」
「待て待て、国営の鉱山を襲うつもりか?」
「もちろん、襲撃はしません。深夜に忍び込み、根こそぎ回収してくるだけです。大丈夫、ワタシ達なら感知されずに実行できます」
「それを襲撃って言うんだよ・・・この闘いは、単なる私闘だ。出来れば民間人の生活基盤を破壊する様な真似はしたくない。そうでないと後ろめたくて、楽しめないだろう?」
「なるほど、楽しむ・・・では、別のプランを提案します」
「それでこそヘイメン、頼れる相棒だ! さあ、別のプランとは?」
「はい、アスプレツァの北西に途方もない標高を誇る山脈が聳えている事を御存知でしたか?」
「いいや、いつ知ったんだ?」
「先日、周辺の地形をスキャンしていた際に。お気づきになりませんでしたか?」
「ああ、まったく気付かなかった・・・視野狭窄か?」
「メディカルチェックでは、網膜色素変性症、緑内障、網膜剥離等は検知していませんが?」
「うん、冗談だからね・・・それで、その山脈に鉱脈がありそうなのか?」
「はい、可能性は高いかと。それに、あの山脈ならば民間人に被害を与える危険性は無いでしょう」
「要するに、行かなきゃ判らないって事か・・・よし、なら行ってみよう」
「了解、エスコートはお任せください」
イズルは、展開された装甲の中へ、そっとその身を委ねるのであった。
シェバン山脈、それが途方もない標高を誇る山々の総称らしい。
測定によると、標高は最高峰(マウント=シェバン。シェバンは精霊言語で王座という意味。聞き慣れない音、意味の異なる言葉は大体、精霊言語である)で10000mオーバー、油断した旅客機がタイタニックな事になる化け物である。いったい、どんな大陸がどれほどのスピードでガチンコすれば、こんな化け物が生まれるのか想像も出来ない。
「試算しますか?」
雲の上でイズルは嘆息し、首をゆっくりと横に振った。
「ロマンだ、止めなさい」
「了解」
これもスキャンの成果だが、シェバン山脈の内部や地下には優良な鉱石資源が眠っているという事が判明している。シェバン山脈の周囲に人工物並びに主権を示すものが無い事を確認し、イズルは後顧の憂いなく、採掘を開始した。
先ずは、山脈の周辺から適当に土砂や岩石をトイボックスの収納限界まで回収していく。鉱石の回収で空くであろう、隙間を埋める為である。十分な量が集まったら、フェイズ2へ駒を進める。
フェイズ2では、山脈の表面を分解し、そこから内部に進むにつれて表面から復元し、鉱脈を目指していく。要は進路を掘った傍から退路を埋めていっているのである。規格外の山脈がどの様なバランスで形を保っているのか測定不能の為、崩落を防ぐ意味で行なっているのだ。一枚岩のシェバン山脈が崩落する事は無いとヘイメンは説くも、イズルが安全を重視した結果である。とにもかくにも、鉱脈に行き当たれば、いよいよフェイズ3だ。
フェイズ3では、採掘を実行する。鉱脈全体を覆うリサイクルフィールドを展開し、鉱物資源のみを回収、そして入れ換わる様に土砂や岩石で隙間を埋めていくのだ。これから先、ここ調査する地質学者は首を捻る事になるだろう。年代も地質も違う土砂が、一枚岩の中に散見されるという珍事が待っているからだ。
それが終われば、ファイナルフェイズ、フェイズ2と同じ要領で外部へと脱出する。この作業を繰り返し、シェバン山脈の鉱物資源を粗方採り尽くした頃、シャドースケイルの積載能力は、超過寸前までに追い込まれていた。
「精錬には数週間の時間が掛かりますが、全兵装オンラインまでの日数を大幅に短縮する事が出来ました。おめでとうございます、チーフ」
シャドースケイル内に、歓声と拍手、ファンファーレが鳴り響いた。
「上出来だ、ヘイメン・・・と言いたいところだが、この大荷物をどうするつもりなんだ?」
「資源置き場となる基地を造りましょう。この山の8000mを超えた先、生存不可領域に設けるのが宜しいかと」
「ふむ、間違っても誰かが迷い込む心配は無い場所だな・・・山が崩れない様に造れるのか?」
「お任せください、チーフ」
イズルは逡巡した後、ヘイメンに全てを任せる事にした。任されたヘイメンは生存不可領域の山脈内部をくり貫き、重厚な対核爆発障壁を持つ秘密基地へと生まれ変わらせていった。
基地では地上と変わらない環境が再現され、鉱物を精錬、運搬、格納するオートマチックが設置される。これで、シャドースケイルの積載能力超過は回避されたのであった。
「以後、この場所を『ベースワン』と呼称します。多くの資源を回収した際は、ここへ蓄積しに来ましょう」
「ああ、そうだな・・・武器を作る分は、持っておいてくれよ?」
こうしてイズルは、世界一の山に前線基地を設けるに至ったのである。
順調に臨戦態勢を整え始めたイズルであったが、山脈からの帰路にて、予想だにしないトラブルと遭遇してしまう。
「ん? あれは・・・煙?」
アスプレツァとシュバン山脈のちょうど中間辺りで、飛行中だったイズルは立ち昇る黒煙を発見した。
「火事・・・いや、野火か? このままでは山火事に発展しかねないぞ」
「・・・チーフ、どうやら野火ではないようです。煙は住宅火災に因るもので、また住宅付近に微弱な生体反応を確認しました」
「ふむ、生存者かな? だが救助の前に、先ずは火事を収めよう」
「チーフ、シャドースケイルは万能と言える機体ですが、火災を収めるほど大量の水を作り出すことは出来ません。まずは水源を・・・」
「そんな時間は無い、リサイクルフィールドで燃料となりうる物を全て分解してしまえ」
「あっ・・・了解しました。リサイクルフィールドを展開、燃え盛る家屋へ突貫されたし」
「おう、任せな!」
イズルは躊躇いを見せずに住宅へ飛び込んでいった。それに伴い、住宅は綺麗さっぱり分解され、激しく燃え盛っていた炎も瞬く間に消え失せていく。
「よし、これで延焼は防げるだろう。さあ、次は生存者を助けるぞ」
「でしたら、お急ぎになられた方が宜しいかと。生存者は死に瀕している様ですから」
「何だって? すぐに反応を画面にハイライトしてくれ」
イズルは表示された人影を頼りに、生存者の元へ駆け寄っていった。倒れていたのは高齢の男性、這い出してきたのか、うつ伏せの状態である。
「大丈じょ・・・・・・これは、何事だ?」
男性の下には血溜まりが拡がっていた。すぐさま仰向けにし、状態を確認したところ、腹部からの大量出血が認められた。
「これは何かで刺されたみたいだな・・・出血が酷い、止血するには手遅れか」
まだ辛うじて息はあるが血を失い過ぎていた。もはや通常の応急処置では、助ける事が出来ない。
ため息を漏らし、イズルがこの場を離れようとした次の瞬間、男性が眼をかっ開き、死にかけの老人とは思えない力で彼の腕を掴んできた。
「頼む・・・娘を・・・とめ」
男性は小さく掠れた声でそれだけ呟くと、血を吐きながら昏倒してしまった。今のが所謂、最期の覚醒というやつなのかもしれない。イズルは、ずり落ちていく男性の手をキャッチして、もう一度ため息を漏らした。
「仕方ないな・・・ヘイメン、ゼノドリンの用意だ」
「ゼノドリン、自己回復活性薬ですね。激痛が伴うので、ショック死の可能性があり、ある種の慣れ(まずはかすり傷から)が必要ですが?」
「このままなら、どうせ死ぬ。あの執念だ、試す価値はあるだろう。増血剤ミックスの特別フレーバーで頼む」
「了解、掌に現出させます。今のところ、常備されていた一本のみですので、慎重に取り扱ってください」
ヘイメンの宣告通り、蛍光色液体が入ったスポイトが、イズル(シャドースケイル)の掌の上に生成された。イズルはすぐさま、出血の続く傷口へ中の液体を3滴差した。すると液体は、血液に触れた途端、泡立ち始めて傷口をすっぽりと覆ってしまう。これによって出血は収まったが、男性の顔が苦悶に歪み出す。1滴で地面を転げ回る劇薬を3滴投下したのだから、無理も無い。このあと生き残れるのかは運次第、もうこの場でイズルに出来る事は何も無かった。
「この人、娘がどうとか言っていたな・・・状況からして、拐われたか?」
「スキャンの結果、周囲にサイズの異なる足跡が見つかりました。多人数の賊が侵入し、こちらの男性を刺殺、男性の子女を拐かしたと考察出来ます」
「まだ死んでないないからな? となると、足跡を辿って行けば追い付けるな・・・足跡をハイライトしろ、追撃戦だ」
「了解」
浮き上がる様に表示された足跡を辿っていくにつれ、イズルは足跡の残り方に疑問を抱き始めていった。
「足跡が不規則だな、走っていたのか? それもだいぶ全速力で・・・あと、この深い足跡は何だ? 最初は重量級が居たのかと思ったが、小さい上に人の歩幅から逸脱していないか?」
「しかし、足跡は靴越しのものなので、人間の可能性が高いです。歩幅は跳躍していると推測出来ます」
「跳躍? それにしてもこれは・・・5メートルはあるぞ?」
「現時点では特定不能です。答えは、足跡の先にあるかと」
「だな・・・行くか」
さらに追跡していくと、足跡に血痕も雑ざり始め、果ては賊らしき人物の死体が散見されるようになっていった。賊は既に、何者かの追撃を受けている。それだけは明らかだった。
徐々に、イズルは急き立てられていき、気付けば全速力で駆け抜けていた。そして遂に、足跡の終着点へと至る時が来た。
「おっと・・・これは予想外だったな」
終着点である原っぱには、ざっと見積もって十数人が糸の切れたマリオネットの如く、力無く倒れ込んでいた。そしてその中心には、とある賊の頭を鷲掴んだまま仁王立つ、少女の姿があった。天を仰ぎ、どうやら泣いているである。
「ヘイメン、俺は嫌な予感しかしないんだが・・・あれが娘さんかな? 若過ぎやしないか?」
「この場に倒れている人物、これまで見てきた遺体は全て、男性である点から、眼前の少女が捜索目標でほぼ間違いないでしょう」
「だよなぁ・・・・・・でもなぁ、絶対に声を掛けちゃあいけないと思うんだよ。俺の勘がそう囁いている」
「チーフのお考えは理解出来ますが、話し掛けない事には事態を把握出来ません。キッカケが無いのでしたら、ハンカチを手渡しに向かわれては?」
ヘイメンの操作で掌が上に向けられ、さらにそこへシルクのハンカチをそっと出現させた。
「色々と間違っている気がするが・・・仕方ない」
イズルはハンカチを握り締め、少女の元へと歩み寄って行った。
「お嬢さん、大丈夫ですか?」
声を掛けられ、振り返った少女の目は強い敵意に満ちていた。
「チーフ、レッドアラートです」
ヘイメンの警告と時を同じくして、少女により、イズルは殴り飛ばされていた。
「ぶわぁぁっー!?」
綺麗な放物線を描いて吹き飛ばされたイズルは、空中で体勢を調えると、全力のバーニア噴射で少女の元へと舞い戻った。
「お嬢さん! ハンカチー!」
ハンカチを握り締めた拳を突き出したイズル、バーニアの推進力も加味した割りと全力のパンチは、少女に片手で容易く受け止められてしまう。
「嘘ぉっ!?」
聴いた方も胸が苦しくなる程の慟哭と共に、少女の蹴りが鞭の如く、横薙ぎにイズルの脇腹付近を捉えた。
「がはっ!?」
シャドースケイルの衝撃吸収能力を持ってしても、不意に脇腹を小突かれた時と同程度の衝撃がイズルを襲う。それほど痛くは無いが、ビックリしてしまうアレである。その後は、手応えはあれど、倒れる様子の無いイズルに苛立ってか、少女は彼の頭部をしこたま殴り始めた。
「ぶえぇぇ・・・脳が揺れて気持ち悪い・・・」
「チーフ、彼女は中型結晶体級の脅威です。反撃に転じ、鎮圧する事を提案します」
「いやでも、あのじいさんの娘だぞ? 想定外にパワフルだったとしても、流石に武器を使うわけには・・・」
「シャドースケイルの衝撃吸収も無限ではありません。このままでは、あと数分で処理能力が限界に達するでしょう。そうなれば・・・」
「死ぬな、確実に」
「早急なご決断を」
「・・・・・・仕方ないか」
イズルが武器の製造を指示しようとしたその時、けたたましい咆哮が原っぱを囲む森の中より轟いてきた。少女はその声に反応し、イズルを殴る手を止める。そして、森の方を注視し、動かなくなってしまう。
「・・・何だ?」
拳を掴む力も弱まったので、イズルは少女の手を振りほどき、後方へと飛びすがった。その背後に、新たな脅威が迫っているとも知らずに。
「チーフ、後ろです」
イズルは状況を把握するよりも早く、音に反応して右への側転を行なった。すると次の瞬間に、彼の居た場所に強力な一撃が叩き込まれる。
「なんだ、コイツは!?」
イズルの背後に居たのは、インド象大の巨大な爬虫類だった。その前肢が頭上から振り下ろされたのである。
「デカイ蜥蜴だな・・・うわぁ、しかも囲まれてやがる」
いつの間にか、原っぱつまりイズルと少女は、巨大な爬虫類の群れに包囲されていた。しかも奴等は一様に、少女のみを見据えている。先ほどイズルを攻撃したのは、目障りな羽虫を追い散らしたに過ぎないとばかりに、もはや目もくれていない。
「チーフ、いかが致しますか?」
「ふむ、これは非常事態だな。保護対象が錯乱中なうえ、正体不明の敵に包囲されるとは・・・」
「チーフ」
「とりあえず、あの蜥蜴たちを全滅させて、あの娘は仕方ないから当て身で・・・」
「チーフ」
「どうした、ヘイメン?」
「保護対象が正体不明の敵に、殴りかかっています」
「・・・・・・何だと?」
周囲を見回してみると、ちょうど巨大な蜥蜴に飛び掛かり、その横っ面に拳を叩き込む少女の姿を捉える事が出来た。
「ははっ、マジかよ・・・」
あの驚異的な膂力で巨大蜥蜴を殴り倒してみせる少女。とはいえ仕留めるまでには至らず、お返しに噛み付きや引っ掻きを繰り出されて、四苦八苦していた。それに加え、他の蜥蜴たちも少女目掛けて殺到してきている。幾らなんでも、あの数に襲い掛かられては死も免れないだろう。
「まったく、困ったお嬢さんだ・・・ヘイメン、高質量刀を2本出してくれ」
「了解、アンカーブレードを精製します」
程なくして、シャドースケイルの等身と同等の、幅広で肉厚な刀剣が2本、にょきっと生えてきた。
「御苦労、ヘイメン」
イズルはその片方だけ手に取ると、大上段に構え、少女と乱闘を繰り広げている蜥蜴目掛けて放り投げた。高質量刀は切っ先を向けたまま思いの外綺麗に飛んでいき、見事に蜥蜴の頭蓋を刺し貫いて止まった。
「使え!」
イズルが大声(拡声された声)で呼び掛けると、少女は蜥蜴の頭から高質量刀を軽々と引き抜き、肩に担いだ。シャドースケイルと同等か、それ以上の力を持っているのは間違いない。少女は高質量刀を振り乱しながら、蜥蜴の群れに斬り掛かっていった。
「さて、手早く終わらせようか」
イズルも高質量刀を手にし、先ずはついさっきスタンプ攻撃を仕掛けてきた個体へと斬り掛かった。
「ぬんっ!」
バーニアで大跳躍した後、刀の重さに任せて、イズルは弱点と思われる蜥蜴の長い首を断ち切った。少しは苦戦すると想定していたが、容易く仕留めてしまった。まるでイズルに注意を払っていなかった為だと考えられる。
「無視か・・・傷付くなあ」
ため息混じりにイズルが振り返ると、少女の方では大乱闘に発展していた。この蜥蜴、炎を吐きやがるのである。少女は四方八方から飛んでくる火炎や爪を時に掻い潜り、時に高質量刀を盾にして(高質量刀には独特な防御機構があるが、彼女には扱えない)切り抜け、次々と蜥蜴たちの素っ首をはねていった。割りかし低難度だと見積もっていた世界観は、ここで見直しておくべきなのだろう。
結局、イズルの仕留めた1体を除いた、全ての蜥蜴の首を少女が一人で切り落としてみせた。蜥蜴たちの屍で築かれた丘の上で、血にまみれた刀を担ぎ、少女はイズルを凝視する。死合い再開といった雰囲気だ。
「これは・・・鬼に金棒を与えてしまったのかもな」
イズルが渋々、高質量刀を構えたその時、またも事態を変えるキッカケが、唐突に舞い込んできた。
「止めろ、止めるんだ、サリス!」
声の主は、あの燃え盛る家で助けた老人だった。劇薬治療を生き延びたばかりか、ここまで追ってきたわけだから、子も子なら親も親なのかもしれない。
「・・・・・・父、上?」
父の姿を目の当たりにした少女、サリスから、匂い立つ様な殺気が目に見えて霧散していった。父の無事を知ってか、憤怒に燃えていた瞳には涙さえ浮かんでいる。
「サリス! その方は私の命を救い、私の願いをも聞き届けてくださった。早々に構えを解き・・・謝りなさい!」
父上に一喝され、サリスは高質量刀から手を離し、頭を垂らした。
「・・・・・・ごめんなさい」
「えっと・・・お構い無く?」
こうして、イズルと不思議な少女との死闘は幕を閉じたのである。
場所が宜しくないとの事で、老人の申し出に従い、焼けた彼らの住居跡まで戻ってきた。
老人は手頃な切り株に腰掛け、イズルはその正面の地面に腰を降ろす。サリスは血まみれの身体を洗ってくるようにと老人から厳命され、席を外している。
「申し遅れました、私の名はエイヴェン・・・この度は、私と娘のサリスの窮地を救って頂き、ありがとうございました」
「どうも、イズルと言います。通り掛かっただけですから、お気になさらず」
「高潔な御言葉ですが、どうか何か礼をさせては頂けませんか?」
「礼と言われてもなぁ、家を焼かれ、命を失いかけていた人から何を・・・・・・そうだ、今回の騒動の経緯を話しては頂けませんか? 色々と確認しておきたい事があるんです」
「それは・・・・・・話さないわけには、いかないでしょう。どうぞ、ご随意に」
「では・・・家を襲撃された際、貴方は重傷を負わされ、その事に娘さんは激怒し、襲撃者を血祭りにあげた・・・といった理解で間違いないでしょうか?」
「ええ、その通りです」
「彼らは、何者です?」
「奴等は・・・おそらく、王が放った刺客でしょう」
「王? 王とは、この国の?」
「ええ、そうです。我々はジョス王の不況を買った身の為、この様な人里から遠く離れた場所に隠れ住んでいたのですが、今回遂に捕捉されてしまったという顛末です」
「それはいったい、どんな不況を?」
「・・・私が、とあるリック=リャクと駆け落ちしたのです」
「それは・・・なるほど、色々と判った気がします」
「王は我々が、正確には人とリック=リャクの子であるサリスが目障りなのでしょう。妻が消滅した後も、執拗に刺客を放ってくるのが、その証明と言えます」
「何と言うべきか・・・・・・不躾でした、すみません」
「何はともあれ、貴方のお蔭で私も娘も生き残る事が出来ました。可能であれば、今の話は内密にしておいて頂けませんか?」
「ええ、もちろん。その代わり、俺の事も他言無用でお願いします。例えば、どうやって、致命傷を負っていた貴方を助けたのか、とかね」
「なるほど、誰にでも秘密はある。互いの為、忘却のままに任せましょう」
「ええ、お互いの為に・・・それでは、失礼しますね」
立ち上がろうとするイズル、しかしエイヴェンがすぐに彼を呼び止めた。
「イズル殿は、どちらに御住まいなのですか?」
「ん、俺ですか? 一応アスプレツァでアパルトメントを借りていますが、何か?」
「この状況で頼める義理では無いのですが・・・サリスの判断で、頼りに行かせて頂けませんか?」
「ふむ、有事の時の支援先、ですか・・・確約は出来ないという条件付きなら」
「それで、十分です・・・ありがとう」
「アスプレツァを訪れる際には、アースという名の方が通じ易いかもしれません。どうか、御留意を」
それだけ言い残すと、イズルは立ち上がり、住居跡から徒歩で立ち去っていった。流石に飛行可能であることまで披露するわけにはいかない。彼らから十分距離を置いてから、飛び立つ算段である。
しばらく歩き、そろそろ飛び立とうとしたその時、背後から軽快だが大きな足音が近付いて来ていた。振り返るよりも早く、後部カメラが標的を捉え、ヘイメンが即座に報告する。
「チーフ、サリスです」
イズルが振り返ると、そこには約1000kgの高質量刀を、まるで借りたハンカチの様にしおらしく差し出すサリスの姿があった。
「その・・・剣を貸してくれて父上を助けてくれて、ありがとうございました」
急いで届けに来たのか、水気を含んだ銀紗の髪が、顔にぺったり張り付いている。これでもかとタコ殴りにされたが、おそらく根は良い子なのだろう。イズルはそう思うことにした。
「無事で何よりだったよ、お嬢さん。仲直りの証に、それを進呈したいんだけど、どうかな?」
「あの・・・大きくて使い難いから、要らない・・・です」
「えっ、ああ・・・そう。それなら返してもらおうかな」
イズルは気持ち頬を掻きつつ、高質量刀を分解、吸収した。
「それじゃあ、風邪を引かないように、お達者で」
「はい・・・さようなら」
スタビライザーを展開、バーニアを噴かして、一蹴りで上空へと舞い上がる。
人とリック=リャクの子、為政者に嫌われた異端児は、アイカメラで追い切れなくなるその瞬間まで、手を振り続けてくれていた。きっと根は素直な良い子なのだ。