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遠方のポルカ  作者: Arpad
2/7

第一章 脱走

「・・・・・・よし」

 イズルは文章を書き終えると、ウンザリした様子で眉間を揉み始めた。

「まったく・・・このメッセージを書く為に脱出が1日伸びたなんて、笑えないよな」

 デスクトップから携帯端末へとメッセージのデータを転送し、それから彼は封鎖されている自室の自動ドアの前に移動した。

「閉じ込められるのは、あまり良い気分では無いからな」

 イズルはナイフを取り出すと、それをドアの隅の隙間に差し込んだ。すると、外側から掛けられていたロックが解除され、封鎖されたドアは容易く開放された。

「ふぅ・・・やっぱり、もしもの備えって大切だな」

 ナイフをしまい、イズルは外の通路の様子を窺った。傍に、見張り役の男性兵士が一人居たが、不真面目な事に居眠りをしている。幽閉されてからメッセージを書く為に大人しくしていたのが、意図せず幸いしたのかもしれない。こうして、イズルは難なく自室から脱出、シャドースケイルの格納庫を目指して、行動を開始した。

 統轄本部内は、特に警戒態勢にあるわけではない。夜中という事もあって、出歩く者もおらず、警らの数も最小限であった。彼らの目を切り抜けたイズルは、どうにか格納庫まで辿り着く。格納庫は消灯済みだったので、非常灯だけを頼りに、慣れ親しんだ愛機の元へと急いだ。

「声紋認証・・・ヘイメン、俺だ・・・イズル・グラスウォール」

 イズルが声を潜めて呼び掛けると、スリープ状態にあったシャドースケイルが起動し、アイカメラのピントを調整し始めた。

「・・・当機は現在、専属パイロットの搭乗を拒否し、捕縛する様にプログラムされています。覚悟は、よろしいですか?」

「ふぅ・・・本気か?」

「・・・いえ、まったく。プログラムはされましたが、御命令通り即刻解除しておきました。おかえりなさいチーフ、2日と18時間ぶりですね」

「ああ久しぶり、上出来だよ相棒。AIまで初期化されたのかと思って、最高に胆が冷えた」

「ワタシは蓄積されたデータの移行後に破棄される予定でしたので、御安心を」

「偶然、俺もだよ」

「偶然? 必然では?」

「ヘイメン・・・お前はまだまだ、会話能力を磨くべきだな」

「恐縮です、チーフ」

「はいよ・・・さて、そろそろ搭乗させてもらえないか?」

「まさに御命令を待っていたところですよ、チーフ」

 ヘイメンの前部装甲が展開していき、人が一人納まる程度の溝が露になる。イズルが溝に納まると、装甲は閉じられ、視界は暗闇に閉ざされた。

「衝撃吸収材加圧、搭乗者とのフィットを確認、最適化完了。続いて、メインモニター起動」

 ヘイメンのアナウンスと共に、イズルとシャドースケイルの隙間が埋められ、目元に押し当てられていたゴーグル型モニターが点灯した。

「視界、如何ですか?」

「・・・問題ない」

「頭部旋回感度、調整しますか?」

「待て待て・・・初期設定から始めるつもりか?」

「パイロット補助システムは初期化されました」

「もはや嫌がらせだよな・・・パパッと手早く済ませよう」

 肩を竦めたイズルは、一息で設定を述べていき、初期設定を瞬く間に終わらせた。

「設定完了、これでシャドースケイルは貴方の意のままです、チーフ」

 一歩前に踏み出し、肩を回してから、イズルは思い出したかの様に口を開いた。

「今さらだが、これから俺がしようとしているのは、脱走だ。片棒を担ぐ形になるが、良いのか?」

「シャドースケイル、ヘイメンは貴方と共に戦う為、製造されました。貴方の行く先が、ワタシの墓場です、チーフ」

「ふぅ・・・泣かせるじゃないよ、相棒」

「エラー・・・ゴーグル内に、涙とおぼしき水分を発見出来ませんでした」

「まったく、こいつは・・・それじゃあ、行くぞ? 隔壁を開けてくれ」

「了解。ですが、システムへの介入と同時に脱走が発覚する恐れがあります。実行しますか?」

「ああ、分かっているとも。開けたら全力脱出で逃げるからな?」

「了解・・・それで、何処へ逃走するのですか?」

「端末に座標が入っているから、読み出してくれ」

「了解・・・座標を確認、発進後オートクルーズへ移行。それでは、隔壁を開放します」

 ヘイメンが宣言した直後、格納庫の隔壁がゆっくりとせり上がって行き、程なくして外部へと繋がる通路が見え始めた。

「行くぞ、ヘイメン!」

 間髪入れずに駆け出したイズル、驚異的なスピードで格納庫を横断する。そして、隔壁の隙間をスライディングでくぐり抜けるや、地面を踏み切り、脚部や腰部のバーニアから圧縮空気を噴出させ、空中へ軽々と舞い上がった。

「背部高圧縮バーニア起動、スタビライザー展開」

 直線が続く通路を加速し続けながら突破していき、遂に施設外への脱出に成功する。

「発進に成功、予定通り、目的座標へのオートクルーズへ移行します。制御お預かりしますが、よろしいですか?」

「ああ、頼む・・・ヘイメン、端末から俺が丹精込めて書き上げたメッセージを読み出し、軍、政府、一般を問わず、ネットワークに拡散してくれ」

「了解。その際は、貴方の公式アカウントを利用する事を推奨。ばら蒔くよりも、多くの人の目に留まりますので」

「ああ・・・お前に押し付けていたやつだな? 使えるものは何でも利用してくれ、広めることが肝心だ」

「了解・・・アップロード中・・・アップロード完了。メッセージは悪質なウイルスの如く拡散する事でしょう」

「あはは、それは良いな♪ ・・・さてと、目的地へはどのくらい掛かりそうなんだ?」

「このままのペースの場合、約15分で目的地上空へと到達します」

「そうか・・・本部の様子はどうだ?」

「レッドアラート、V2のスクランブル発進が要請されています。追手の出撃まで、約5分」

「ふむ、このままのペースなら追い付かれる可能性は低いな・・・ああ、そうだ、軍ネットワークとの接続を解除しておけよ。ハッキングされたら面倒だ」

「了解、ネットワークとの接続を解除・・・完了。使用不可になった機能を参照しますか?」

「しませんとも! まったく・・・その融通の利かない機械っぽい所は改善出来ないのかい?」

「それは・・・機械ですから、ワタシ」

「・・・そうだな」

「それでは人間らしく、お話をしましょう」

「お話?」

「目的地に指定された場所ですが、目立った建築物は見受けられません。どの様な意図で、向かわれているのですか?」

「ふむ、どう説明したものか・・・誘いを受けて、俺はそれを承諾したんだ。そして、そこは待ち合わせ場所」

「誘い・・・ですか?」

「今言えるのは、ここまで。後は着いてのお楽しみだな」

「了解、楽しみにします・・・ところでチーフ、通信が入っています」

「通信? 何処から?」

「プライベート回線、ID照合、同部隊所属ミヒロ・カンザキ少尉からです」

「カンザキから? ふむ・・・・・・繋いでくれ、ただし音量は最小にしてからな?」

「了解、音量調整、完了、回線繋ぎます」

 短いノイズが流れた直後、耳をつんざく怒号と併発したハウリングがイズルの鼓膜に襲い掛かった。

「イズル、このボケァッ!!」

「くっ・・・・・・馬鹿な、音量は最小のはず!?」

「何で脱走なんてしてんの!? 世界中を敵に回すつもり?」

「だって、脱走しなければ処刑されるんだ、仕方ないだろう?」

「だって、じゃない! 私達が何とかするって言ったでしょう!?」

「あぁ・・・何とかなりそうだったのか?」

「え、それは・・・全然だけど・・・」

「だろう? 心配ありがとう、でも無理な事もあるさ」

「・・・これから、どうするつもり?」

「詳しくは言えないが・・・たぶん、今生の別れになるだろうな」

「今生の別れって・・・」

「そこに、皆居るか?」

「・・・居る」

「フォックストノット小隊の諸君、君達と駆け抜けた戦いの日々は忘れないつもりだ。それから、すぐに俺の追撃に参加するように、関与を疑われたら大変だからな。では、通信終了」

「ちょっ・・・!」

「通信、終了しました・・・良かったのですか?」

「ああ、無茶されても困っちゃうからな、別れを言えたなら良いさ・・・巻き込むのは、ヘイメン、お前だけで十分だろう」

「光栄です、チーフ」

「ふっ・・・今のは、面白かったぞ」

「・・・エラー、何が面白いのか判りません」

「・・・勉強しなさい」

「了解、チーフ」

「うむ・・・それで、目的地までは?」

「はい、まもなく目的座標の森林地帯、直上です」

「早く言いなよ! ・・・何か変わった事が起きてないか? 例えば、霧が発生しているとか」

「・・・はい、確かに濃霧が発生しているようです。何故、ご存知だったのですか?」

「それが合図だからさ・・・どうやら、やはり俺はイカれてなかったらしいぞ、ヘイメン?」

「はい、貴方の唯一の売りは、コアの影響を受けない所ですから」

「唯一って・・・それを言うなら、コアの影響を受けない凄腕パイロット、だろ? さて、オートクルーズ解除、あの霧の中に飛び込むぞ!」

「了解、オートクルーズ解除。これより制御をチーフへ返還します。返還前に推進制御の説明は必要ですか?」

「また設定消去の弊害か、こんちくしょう・・・推進制御は思考制御、想像すれば、体内のナノマシンを介して思った通りに動く、だろう?」

「正解です、チーフ。それでは、制御を返還します」

「おう、一気に行くぞ!」

 イズルは、濃霧へ全速力で突貫する様を思い描いた。すると、シャドースケイルはコンマの差で命令を実行に移し、背部バーニアから濃霧を晴らしてしまいそうな勢いで空気を噴出して、突入を開始する。何故だか濃霧に影響が出ないまま、そしてそれから5分の時が流れた。

「・・・エラー、解決困難な問題発生。我々は大気圏を突破可能な速度で飛行しているというのに、一向に霧を突破出来ません。推定では、大陸規模の濃霧という事になりますが、目的座標にて、その様な現象が発生する可能性は限りなく0%です。しかし、それは現実に起きている・・・矛盾、矛盾、エラー、エラー・・・」

「あー深く考えるな、ヘイメン。しばらくは濃霧の成分分析でもしながら気を紛らわせていてくれ」

「了解・・・・・・エラー、エラー」

「はぁ・・・今度は何だ?」

「濃霧を構成しているのは、ただの水分ではありません。未知の成分を検知。しかし、当機では詳しい解析が出来ません・・・これは、何ですか?」

「ふぅ・・・AIなんだから、少しは落ち着いて、自分なりに考えてみたらどうだ?」

「・・・チーフは、必要以上に多大な能力を、AIに対して求め過ぎだと推察されます。ワタシはあくまで、シャドースケイル操縦時支援用AIです」

「ほほう・・・では支援用AI君、現在地を確認してくれるかい?」

「了解、現在地確認・・・・・・出来ません、全ネットワーク回線オフライン」

「ふむ・・・いよいよという訳か?」

「チーフ・・・」

「質問は後にしてくれ、まだ答えは・・・」

「前方に樹木です」

「え?」

 イズルが前方の樹木を視認したのは、目と鼻の先に迫った時であった。もちろん、長距離移動状態では急に曲がれない。大気圏を突破可能な速度で、イズルは大樹に正面から激突してしまった。その威力、もはや小爆発。大樹の幹は粉微塵に粉砕し、イズルは反作用により後方へ吹き飛ばされてしまう。最新鋭の衝撃吸収材が搭載されているシャドースケイルとはいえ、激突の威力を殺し切れなかった。

 首の骨が折れても不思議ではない状況ながら、幸いにもイズルへの実害は脳震盪くらいなものである。とはいえ、意識は失ってしまうので、イズルが纏うシャドースケイルは、重力に従い、地面へと落ちていった。



 政治的な理由で拘束された日の夜、イズルは奇妙な夢を見ていた。

 それは、薄霧の漂う暗い場所に独り佇んでいる夢。夢の果てで裏切られた男には、お似合いの場所だと彼は感じていた。そして、男というだけで、未曾有の危機に立ち向かえないという現実。それを思い知った日とも似ていると。

 結晶体の侵略プランは、実に合理的なモノだった。まずは、戦闘を司る事が多いあらゆる生物の雄を無力化。次に戦闘能力が劣りながらも反抗しようとするであろう雌を武力制圧。最終的に、子孫を残せなくなった生物種は絶滅、邪魔者を排除した結晶体は目的である惑星解体を実行し、全てをリソースとして持ち帰るというものだ。

 さて、結晶体のコアは、莫大なエネルギーを生み出しながら、あらゆる雄に悪影響を与える波動も同時に発するように出来ていた。その波動は、男性脳に作用し、とある幻覚を疑似体験させてしまう。その内容を言葉で表すなら、急所の玉を握り潰されては、再生し、また握り潰されるの繰り返しといった感じだろうか。心の在り方や身体の頑強さでどうにかなるものではなく、男性脳の脆弱性(痛みへの耐性が女性と比べて低い点)や生物的な忌避感(子孫を遺せないという恐怖)を巧みに捉え、雄という時点で屈してしまうことが確定される恐ろしい代物だった。このコアの影響を受け続けると、その者は恐慌状態に陥り、果てはショック死か精神を病む事になるわけだ。

 そうなると、雄も雌も同様に恐慌状態に陥れてしまえば良いのではないかと考えるだろう。だが解析の結果、雄への悪影響はエネルギー生成時の副産物と判明した。つまり、莫大なエネルギーが欲しいのなら、悪影響は取り除けないという事になる。結晶体は、意図的に悪影響を作り出したのではなく、あくまでコアの副次的効果を巧く利用していただけという可能性が出てきたのだ。

 それを知ってもなお、イズルはV2を志望し、やがては例外と成り得た。それは何故か、研究者は男性の配偶者を欠いていた生育環境による脳への影響とそこから生まれる独特な精神バランスにあると考えていたが、イズル的には自身の努力の結果だと認識していた。

 全ては、シャドースケイルを纏う為。その覚悟は、去勢をしようとして周囲に止められた事からも窺い知れた(去勢していても結局、幻肢痛に陥ってしまう)。

 そこでイズルは、熟練の兵士が半日も持たずに泣いて逃げ出すプログラムに参加する。それは、苦痛に慣れ、表情に出なくなるまで、ひたすら搭乗するを繰り返しという内容だった。それを半年ほど耐え抜いて、イズルはようやくV 2候補生となったのだ。

 そこから結晶体の親機を破壊するに至ったわけだが、その末路は謀殺である。お先真っ暗、五里霧中。こんな霧に巻かれる夢を見るのも、仕方ないの様に思えてくる。

 そんな事を考えながら、イズルが霧の先を見つめていると、不意に謎の声が囁き掛けてきた。

「お前がこの世界で一番の強者か?」

 そんな問いに、イズルは否と回答した。

「俺は捨てゴマだからなぁ、一番強いのは・・・統轄本部長?」

「お前は恐れを知らない戦士か?」

「いやいや、恐れは知らないとマズイでしょ・・・蛮勇なんて目も当てられない」

「ならば・・・お前は何だ?」

「俺は、そうだな・・・正義の味方・・・に成りたかった戦闘狂?」

「・・・・・・フッ」

「ん? 今、笑ったか? 笑ったよな、俺の自己アピール」

「お前に相応しい場所がある。そこから遠く南の大きな森、濃く広がる霧を目指せ」

「ほう・・・何があるっていうんだ?」

「お前が望む、闘争に充ちた世界」

「へぇ、言うねぇ・・・強い奴、居るの?」

「お前の様な者を、招待している」

「なるほど、なるほど・・・招待客同士を闘わせたいわけか、あんた?」

「我は望む、血沸き肉躍る強者を」

「・・・・・・乗った。霧まで行ったら、どうすれば良い?」

「霧の先で、我が下僕が待っている。触れよ、全てはそれからだ」

「詳しくは、そいつから聞けって事かな? ・・・分かったよ、謎の主催者さん。用が済んだら行くから、少し待っててよ?」

「待っているぞ、強者よ・・・」

 そこで、イズルは目を覚ました。不可解な夢、そう思いながらも、ベッドから起き上がり、棚から紙地図を引っ張り出す。確かに、統轄本部の南には森林地帯が見受けられる。そこから南の森、なんて何処に居ても当てはまりそうだが、他に行く当てもない。

「そう、他に行く当ては無い・・・」

 脱走はしてやろうと思っていたので丁度良い。意趣返しで本部を吹き飛ばすよりはマシだろう。どうせ死ぬなら、手足もげ、首だけで食らい付いて逝きたいものである。そんな夢を叶える為に、イズルは脱走を決意した。



「応急処置終了、覚醒まで4、3、2、1・・・」

「っ・・・」

 ヘイメンが気付け薬を手首から注射して間もなく、イズルは走馬灯の様な微睡みから覚醒した。

「おはようございます、チーフ。気分は如何ですか?」

「ああ・・・注射のおかげで最悪だよ、ヘイメン・・・機体の被害状態は?」

「ご安心を、当機には傷一つ付いておりません」

「単独で大気圏を突破出来、結晶体と殴り合えるのだから当然だな・・・衝撃吸収に関しては、問題があるみたいだな?」

「はい・・・どうやら、衝撃吸収時の加圧調整に関する設定も初期化されていたようです。擬装データで隠蔽されていました」

「擬装データ? 嫌がらせどころか、もはや殺しに掛かっているじゃないか・・・」

「ワタシの不手際です、釈明の余地がありません」

「気にするな、ヘマをしたのは俺の方だよ。まあ、一度念入りに機体の安全確認はするべきなんだろうが・・・」

「既に実行し、完了しています。他にも幾つか仕込まれていましたが、修正しておきました」

「他にもあったのか・・・とりあえず、お疲れさま。ところで、ここは何処なんだ?」

「あらゆる検索手段がオフラインの為、推論で宜しければ・・・」

「・・・聞こう」

「目標としていた森林地帯を基点に、移動速度と経過時間を計算した結果は地球2周半、現在地は・・・南極です」

「ほう、南極・・・」

 大の字に倒れたまま、イズルが周囲を見回してみたところ、そこは相変わらず森の中だった。それはそうと、濃霧が跡形も無く消え失せている。かなりの濃さだったというのに、突風でも吹き抜けたのだろうか。

「南極に森が出来たなんて話、聴いた覚えは無いけど?」

「はい、ワタシもです」

「・・・じゃあ、南極ではないな、確実に」

「はい、ですが・・・不可解です」

「ああ、不可解だ・・・まずは周辺状況を確認しないとか。ヘイメン、他に報告する事はあるか?」

「はい、1件あります」

「おう、何だ?」

「先ほどから、謎の動物が当機の上空を旋回しているのですが、如何致しますか?」

「謎の・・・動物?」

 再度、イズルが周囲を見回すと、アイカメラが奇妙な物体を捕捉した。眼球に直接、鳥の翼が、しかも骨の状態で生えた奇っ怪な存在。それは確かに、骨の翼を羽ばたかせ、イズルの直上を旋回している。

「何だぁ・・・これ?」

 生きているはずが無いのに、動き回っている。だからヘイメンは、生物ではなく動物と表現したのか。イズルは、妙なタイミングで合点がいっていた。

「エラー、該当するデータはありません。現時点で判明しているのは、この動物に当機への敵意が無いという事だけです」

「敵意が無い? ・・・まさか」

 この動物が、例の下僕、なのではないか。イズルはそう直感し、飛び回る謎生物を上手く鷲掴んだ。掴んでみると、ブニブニと水分を多量に含んだ水風船の様な感触が伝わってくる。触ってみろとの事だったが、特に何かが起きる様な兆候は見受けられない。

「ふむ・・・素手か? ヘイメン、外気の状態はどうなっている?」

「チーフ、どうなっている、とは? 具体的な指示をお願いします」

「察して欲しいのだがな・・・人体に無害で呼吸可能な組成か教えてくれ」

「了解、検査開始・・・窒素78%、酸素21%、アルゴン1%、二酸化炭素0.03%、水蒸気2%・・・概ね、呼吸可能な大気組成です」

「そうか・・・・・・後部装甲展開、握っているものは潰すなよ?」

「了解・・・後部装甲展開します」

 イズルが立ち上がると、シャドースケイルの後部装甲が仰々しい音を発てながら展開していき、程なくして生身のイズルがフラフラとよろめきながら歩み出てきた。

「スー・・・ハァー・・・確かに、呼吸は出来るが、心なしか味が違う気がするな」

 イズルは己の呼吸器を、そこはかとなく濃く感じる大気に馴れさせながら、シャドースケイルの正面に回り込んだ。それはもちろん、あの謎生物に触れる為である。

「いざ触るとなると・・・抵抗感があるな、気持ち悪そう」

 イズルが顔をしかめながら人差し指を伸ばし、ジタバタと暴れる目玉に軽く触れた。

「うわぁ、生暖か気持ち悪・・・何だ・・・うぅっ」

 急に激しい目眩を覚えたイズルは、地面に片膝を突いた。気分的には、長湯で逆上せた時の様な感覚だろうか。しばらくすると症状は収まり、イズルはどうにか立ち上がる事が出来た。出来たのだが、それから目にした光景にげんなりする事になる。

「また、これか・・・」

 イズルは気が付かぬ間に、またも濃霧に取り巻かれていたのである。すると、夢で語り掛けてきた例の声が、何処からか響いてきた。

「ようこそ、異界の強者。招待に応えてくれて、嬉しく思うぞ」

 夢で聴いた時よりも、声は鮮明に聴こえている。ただ会話が始まったというよりは、音声が再生されている様な印象だ。

「やっぱり、直だったか・・・」

「さて、手早く済ませよう。我は真の強者を求めている。お前の様な強者を32名、他にも招待した。お前達には、これからこの世界をさ迷い、我を特定してもらう。ただし、運良く我を特定出来たとしても、我の元へたどり着けるのは4名のみ。先着ではなく、残りが4名という意味だ。大いに潰し合い、我に真の強者を捧げよ。減らし方は、相手の息の根を止めるか、お前が掴んでいるであろう使い魔を破壊するか、だ。お前たち32名を8組に分けた。つまり4人が早々に出くわす様にしておいたというわけだ。組分けされた者らが遠からず一同に会し、拝謁に値しない雑魚を早々に選別するというわけだ。大いに力を振るい、生き残るが良い。最後になるが、我を圧倒せし者には、我が死に際にあらゆる願いを叶えてやろう。よく考えておくのだぞ、何せ死に際だからな・・・」

 言葉が切れると同時に、突風が吹き荒び、イズルは堪らず腕で目を覆う。そして、風を感じなくなると同時に、ヘイメンの無機質な声が彼の耳に届いた。

「大丈夫ですか、チーフ?」

 イズルが腕を退かすと、周囲には先ほどの森の光景が広がっていた。

「・・・ヘイメン、俺は・・・どうしていた?」

「この謎生物に触れた途端、彫像の様に固まり、突如顔を覆い出したので、声掛けを行ないました」

「そうか・・・そういう感じなんだな」

「チーフ、原因と思われるのは、この謎生物です。このまま握り潰しますか?」

「ん・・・駄目だぞ、ヘイメン。それは、大事なチケットらしいからな」

「・・・チケット?」

「つまりは、貴重品という事だ。第一級優先保護対象な。だから、右腰部の小型コンテナで大事にしまっておきなさい」

「了解です、チーフ」

 ヘイメンは自律機動でシャドースケイルを操り、使い魔と呼称されていた謎生物を右腰部のコンテナに格納した。

「・・・チーフ、お訊きしたい事項があります」

「ん? どうした、ヘイメン?」

「はい・・・本部脱走から、チーフはワタシの知り得ない合理的な理由を基に行動している様に見受けられますが、いったい何がチーフを脱走に駆り立てたのですか?」

「ああ・・・まあ、ここまで来たら話しても大丈夫だろう。その・・・笑わないでくれよ?」

「申し訳ありませんチーフ、ワタシには『笑う』という機能及び実行手段はありません」

「・・・なら、良い。黙って聴きなさい。簡単に説明すると、俺達は俺達が生まれた世界とは異なる世界にやって来ている。そう、ここは別天地だ。俺はとある存在に招かれ、この世界への脱走を決意したというわけだ」

「アハハハ、ヒューッ♪」

「・・・何だ、それは?」

「『笑う』のボイスサンプルが見つかったので、再生しました・・・不必要でしたか?」

「ふふっ・・・まあな、だが面白かった。腕を上げたな、ヘイメン」

「光栄です、チーフ」

「さて・・・お前は俺の話をどう評価する? やはり、コアの影響で頭がおかしくなったと考えるか?」

「・・・・・・確かに、ワタシがサポートを開始した頃と比べれば、チーフは大きく変わりました。ですがそれを、私は『成長』と捉えております。安心してください、ワタシは貴方を疑ってはいません。異なる世界つまり宇宙が存在するのは、既に確定事項であり、妄想(ファンタジー)と軽視するのはナンセンスと言えるでしょう。それに、異なる世界に来たと仮定すれば、これまでに確認された様々なエラー事項を解消することが出来ます」

「ヘイメン・・・」

「ですので、状況把握の為、さらなる情報をワタシは求めます。隠し事は、生存確率の低下に繋がります」

「そうだな・・・これから俺達は、俺達以外の招待客を倒しつつ、俺を招待した主催者を見つけ出さねばならない。主催者や招待客に関する情報はほとんど無いが、かなり力のある者達を36名呼び寄せたようだ。4人以下まで減らせば、主催者に会えるらしい」

「理解中・・・・・・つまりチーフは、正体不明の存在が主催する、一つの世界を使ったバトルロワイヤルに参加したという理解でよろしいでしょうか?」

「まあ・・・そうなるな」

「その心は?」

「それは・・・まだシャドースケイルに乗っていたかったから・・・かな? シャドースケイルでも歯が立たない様な奴に殺された方が、政変で処分されるよりマシに思えたのさ」

「チーフの経歴から、その歪とも言える死生感は理解出来ます。チーフは、初期投資を回収しうる、さらなる闘争をお求めなのですね?」

「ああ・・・プログラムを経て、俺はシャドースケイルで戦うだけの存在に成り果てたんだ。俺の棺桶はシャドースケイルであるべきなのさ」

「しかし、闘争がお望みならば、元の世界でもよろしかったのでは? チーフ自身がその火種を撒いてきたではありませんか?」

「えぇ・・・あの場所に残ったところで、俺は男側の旗頭として元戦友達と殺し合う羽目になるだけさ。そんな胸糞悪い事は、あんまりしたくない」

「結晶体の再来も考えられますが?」

「結晶体? あいつらは・・・流石に見飽きた。どんな新型が出てこようと、面倒なだけさ」

「なるほど・・・取るに足らない理由で戦友との殺し合いたくない、大功を成した自分を政変で使い捨てた社会に守る価値はない・・・つまり、大義の無い戦いはしたくない、というわけですね?」

「恥ずかしいから、大義とか言わないでくれ・・・俺はただ、気分良く戦いたいだけだよ。勧善懲悪の方が、答えのない戦いよりも、好ましい」

「なんであれ、再びチーフと共に戦える事を、ワタシは光栄に思っております。貴方がワタシの中で息絶えるまで、お供させて頂きます」

「ああ、助かるよ、ヘイメン・・・さて、方針も定まった事だし、まずはこの世界の情報収集と行きますか」

「はい、それがよろしいかと・・・近くに人間と思われる動体反応が多数確認出来ます。接触する事を提案します」

「おお、それは好都合。すぐに向かうとするか」

「では、前部装甲を展開します。速やかに乗り込んでください」

「おうさ!」

 イズルは再びシャドースケイル内へ乗り込むと、ヘイメンが捉えた動体反応へ向かって、自動車並みの速度で縦横無尽に駆け出した。

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