「キラキラヒカル」シリーズ 第1巻(1-3)<前編>
「キラキラヒカル1」
〇もくじ
第1話 ~ 第17話
登場人物の一覧
MAP
主題歌
〇配役(次のように想像されますとさらに面白くなります)
明星光・・・あなたの好きな男優
三鳥礼子・・・あなたの好きな女優
マチコ・・・マツコデラックス
今野豊・・・松田翔太
黒木夏美・・・武井咲
鳥飼麗子・・・江角マキコ
西城五郎・・・竹野内豊
吉永幸夫・・・半沢直樹
桜井・松本・相葉・・・嵐
山中良男・・・天野ひろゆき
小袋花袋・・・林修
権藤博文・・・やくみつる
大野竹輪・・・大野智
原作: 大野竹輪
第1話
ここは東京近郊のとある高級住宅地の一つにほぼ近いところである。そしてここは風光明媚なことでとりわけ人気の高い駿河台地区。
北には小高い自然の山々が一望でき、またその周辺には新緑に満ち溢れた大小さまざな木々があちこちに見え隠れ、東から西へと目を動かすに従ってなだらかなスロープのある道路の白いガードレールがわずかに見ることもできる、そんなとても自然環境の良い、その上景観もみごとな場所である。
そして地区のほぼ中央に位置するのがヨーロッパから取り入れ近代風に設計された駿河台公園。
そしてそのすぐ前には6階建ての豪華な高層マンションが一際目立っている。
そうこのマンションは周りの景観からみてもかなり異様なほど目立っているのだ。
ここに母親と2人で住んでいるのが明星商事(株)の御曹司明星光である。顔は2枚目まではいかないが、そこそこモテるのは間違いなかった。
そして今月から祖父が経営する花園学園大附属高校に入学することになったのである。
今日は晴天に恵まれた清々しいそんな日和の入学式の当日、高校の門を次々とくぐる親子や教職員を気にもせずに1台のダークブルーのベンツが割り込むようにして入ってきた。
やがてベンツは1階入り口の駐車場にゆっくりと止まり、そこから光と母親が召使2人に続いて車から降りてきた。母親はかなりの有名女優でこの近所でも知らない人はまずいないだろう。
周りの人たちは一斉に彼女に注目する。勿論彼女の衣装はこの日だけの特注、年齢には似ても似つかぬピンクのワンピースにフリルが付いていてさらにサマンサタバサのラメの入った少し大きめのバッグ、グッチのブレスには何なのかわからないがとにかく宝石がちりばめられている。
説明しだしたらきりが無いがその他いろいろなブランドに全身が包まれていた。
そして母親は気取りながら会場となる講堂に向かってゆっくりとまるでお姫様のように歩いていた。
その後を蝶ネクタイに紺のブレザー、少し大きめのスラックスを身にまとった光が周りを気にしながら、自らは全身固まりながらついて行く。
さらに付き人が2人、左右にぴたりとくっ付いて歩いていたのである。
翌日の授業初日。開始時間直前にイタリア製のグレーのブレザーを着た光がA1クラスにゆっくりと近づいていった。
そして教室の扉をさーっと開けてみんなに向かって一言、
光「よ!」
本人はポーズも決まったと思ったようだ。
が、一瞬クラスの生徒は彼を見たのだが、すぐに元の状態に戻り誰も彼の方を見ようとしなかった。同じクラスの生徒はまだそれぞれ名前も知らないはずだったが、光だけは皆に知られていた。
夏美「おはよう光。」
元気のいい声は黒木夏美だった。夏美はけっこうグラマーで将来モデルになりたいと思っていた。
光は右手を上げながら、
光「おお。」
大きく返事をした。彼はやっとほっとした様子だった。
夏美と同じ西園山中学の同級生軽辺マキが、
マキ「夏美、光さんって超キザじゃない。」
夏美「ほんと、調子乗ってんじゃないわよね。」
2人がこそこそ話し出した。そこへ光が急に割り込んで来て、
光「何々??何のお話かな?」
2人はその場を察知して急に黙ってしまい、すぐにそれぞれ自分の席に戻った。
しばらくざわついていた教室だったが、担任の教師が時間に10分ばかり遅れてようやく教室に入ってきた。するとすぐに教室の中は一転して静まりかえった。
彼は真ん中の教壇に立つと、
教師「おっほん・・・」
彼は1、2度ばかり咳き込んでから、
教師「えー今日からこのA1クラスの担任になった・・・」
教師が黒板の中央に大きく名前を縦に書きながら、
教師「山中良男です。」
山中は右手で敬礼をするようなスタイルで挨拶をした。
地味なダークグレーの背広に紺色の斜めの縞が入ったネクタイさらには黒の皮ベルト、かなり流行遅れのスタイルだった。
山中「まだみんな顔も名前もわからないと思うので、昨日の入学式のときに撮ったクラスの集合写真をそこの横の壁に貼っておきますので、休み時間を使って、みんな早く覚えましょう。」
そう言って山中は壁際にゆっくりと歩いて、そしてB4サイズの大きなクラスの集合写真を壁になじむようにしっかりと貼った。
やがて教壇に戻った山中は両手を教壇の前側の左右の淵にそれぞれ置いて、それから自分の経歴やら、過去の担任したクラスの思い出やら長々と語り始めた。
その話がようやく終わったのが40分後だった。
山中「さて今日は教科書をもらって帰ってもらいます。まず受け取ったら全ての本に名前を記入してください。」
こうして教科書の配布が始まった。生徒は1人ずつ順番に前に来て1つの束になった教科書を勝手に受け取ってまた席に戻って行った。
その間山中は教室の窓から外をじっと眺めていた。
するとそこに高速で紙飛行機が矢のように飛んできて、山中の後頭部に直撃した。
山中「いて!」
クラスの皆は大爆笑した。
紙飛行機は山中の真下に落ちた。
彼はその紙飛行機を拾って、
山中「おい、誰だこの紙飛行機を飛ばした奴は!!」
教室の中が一瞬静まり返ったがやがて、
吉永「オレだよ。」
教室の一番後ろの席に座っていた吉永が答えた。
吉永は右足を机に乗せてその足に右ひじを付きながら、さらに右の人差し指で耳の穴をいじりながら、山中の方を見ていた。
山中は教壇に戻るとやがて、
山中「君名前は?」
吉永「吉永だよ、へっ!」
このあとどうなるのか・・・まわりの生徒は皆吉永の様子をじっと伺っていた。
山中「えー今からクラスの委員長を決めようかと思っていましたが、もう決まりました。吉永!。君だ!」
吉永はすぐに席を立って、山中にすこしにらみをかける素振りで、
吉永「おいおいおい。」
山中「吉永、オレは『おいおい』じゃないぞ。ちゃんと名前がある。どこやらのスーパー丸井といっしょにしないでくれ。」
数人の女子生徒が笑った。
吉永「山中。」
山中「呼び捨て・・・」
吉永「なんでオレがよ、委員長をしなけりゃいけないんだよ。」
吉永は目を光らせて言った。
山中「その答えは、クラスの皆が一番先に君の名前を覚えたからだよ。」
周りの生徒が笑い始めて少しざわついた。
吉永「ふざけんなよ!」
吉永は少し怒らしげに強く言い切ったのだが、山中はまったく気にせず、
山中「はい、吉永を委員長に決めようと思うが、賛成の者は拍手で。」
しばらくクラス中に拍手が大きく鳴り響いた。
マキは自分の斜め前に座っていた光を見て、
マキ「あれ?光さん教科書はないの?」
光が振り返りながら、
光「あ、オレんとこ今頃家に直接宅配で届いているよ。持って帰るのが面倒なんで。」
夏美「信じられない・・・」
マキと夏美は呆れていた。
山中「あと、クラブを決めてもらうためにクラブ紹介のパンフレットを配ります。今日から以降昼休みや放課後などを利用していろいろ見学して、自分の希望するクラブを決めたら、そのクラブに1つ入ってください。なお入部に締め切りはありません。」
その後2限目はホームルームの時間になり、1人ずつ自己紹介をしていた。
光「えーと、オレは明星光。趣味は芸術鑑賞・・・」
吉永「どうせ裸婦専門じゃないの?」
みんなが爆笑した。
光「身長180センチ、靴のサイズは26、スポーツ万能、特に嫌いな科目はなし!以上!」
>>靴のサイズいるかあ?
マキが小声で夏美に、
マキ「とんでもなく超キザだよね・・・」
夏美「ほんと・・・」
西城「僕は西城五郎。中学の時はバスケットボール部でした。好きな科目は数学と理科。保健と家庭科は嫌いです。」
吉永「オレは吉永幸夫。勉強と先生は大嫌い。スポーツできない。好きなのはゲームと飯を食うことだけ。」
夏美「私は黒木夏美です。中学の時はバレー部だったので高校もバレー部に入ります。好きな科目は体育と保健と家庭科です。」
マキ「私は軽辺マキです。趣味はイラストを描くことです。深夜放送でZootoFMの『朝までJ-POP』を聴いています。DJのマック・マッコイが好きです。嫌いな科目は体育です。高校では美術部に入ろうと思います。姓が呼びにくいのでマキって呼んでください。」
・・・・・・・
ひととおり自己紹介が終わった。
山中「もうひとつお話があります。」
全員「えー!」
生徒たちは早く終わることを願っていた。
山中「すぐに終わりますから。」
山中は生徒に優しく語りかけながら、
山中「君たちは今から自分の約3年後を想像してみよう。そしてそのときの自分に熱いメッセージを贈ろうと思います。そしてそのメッセージを集めて卒業アルバムとは別に『過去からのメッセージ集』を作ります。」
そう言いながら、見本を手に持って、
山中「今から見本を回すので、見てください。」
生徒たちはガヤガヤ騒ぎながら、
夏美「なんかおもしろそうね。」
マキ「表紙は先生の似顔絵じゃん。」
夏美「それチョーうける。」
山中「自分は卒業の時にはいったいどうなっているんでしょうか?それを想像して、その自分に熱く強い印象に残るようなメッセージを考えましょう。来週の金曜日に集めます。」
やがてチャイムが鳴りそしてこの日の授業は終わった。
生徒は皆蜘蛛の子を散らすような速さで帰って行ったのだった。
翌日(授業2日目)のA1クラスの朝礼でクラスの副委員長にジャンケンで負けた夏美が決まった。
夏美「あーあ、やってらんないわもう・・・」
夏美は落ち着きがなく教室にいる間はずっとイライラしていた。
マキ「ほんとよね、あいつとなんてまっぴらごめんよね。わかるわその気持ち。」
確かに2人が嫌がるのは間違ってはいなかった。授業中はガムを噛みながら、そして教科書はまず開かない。掃除の時間には掃除もせずどこかに隠れてしまって現れない。
クラスのほとんどがそんな吉永を嫌っていた。
当然のことだが吉永が委員長の仕事をやることはなかった。夏美が1人でその全てをやっていた。
そして放課後のお昼のことだった。たまたま放送室で夏美が資料の整理をしていたところに急に暇そうにしていた吉永が入ってきた。
吉永は何も言わずにただ椅子にズッドンと腰掛けた。
そしてしばらくそこにじっとしていた。
そんな吉永を見ていた夏美は、
夏美「ねえ、吉永君。」
吉永「・・・」
微動だともしない吉永。
夏美「いいかげん委員長なんだから仕事してよね。」
吉永「いいじゃねえか、夏美が全部やれるんだから。」
夏美はムッとして、
夏美「何で私だけやらないといけないのよ。少しぐらい手伝ってもいいんじゃないの。」
吉永はまったく聞く耳をもたず上の空だった。
夏美「それと呼び捨ては止めてよ。」
夏美は強い口調で言った。
吉永「じゃ何て呼べやいいんだ。」
吉永も負けずと強い口調で返答した。
夏美「・・・なっちゃんとか・・・」
このとき夏美が横を向いたまま話したので、まさか自分の手が放送マイクのスイッチに触れていることにさえ気が付かなかった。
吉永「なっちゃん!」
吉永の声は普段からかなり大きめだった。
よってマイクを通してその大きい声が校内放送で校庭中の隅々に響いた。
夏美「そうよ。」
吉永「なっちゃん~!!!」
夏美「うるさいわよ!」
夏美のボルテージは上がった。
校庭ではあちこちで生徒たちの笑いが起こっていた。
吉永「で今から何をするんだ?」
夏美「この下を拭くから、この資料持っててよ。はい。」
夏美は10センチくらいの厚みになっている資料を吉永に渡した。
おもしろくなかったのか吉永は机の下にもぐって拭いている夏美のおしりに右足を少し当てた。
夏美「きゃー!!!何すんのよエッチ!!」
夏美の発狂は最高点に達した。
これを聴いた教師3人が急いで放送室へ走って行った。
そしてこの日から吉永と夏美の妙なうわさが学校中に広がっていったのである。
翌日(授業3日目)のA1クラス。授業が始まる前、マキは昨日の放課後の事件を気にして夏美の席にやってきた。
マキ「ちょっと夏美。」
急いで来たマキの方に夏美は振り返って、
夏美「何?」
マキ「昨日の放課後のことさ、学校中に知れ渡っているよ。」
夏美「いいのよもう。別に変な関係じゃないし。」
夏美は大きくため息をついた。
マキ「それが変な関係にとられているらしいよ。」
夏美「あいつが私のおしりを触るからいけないのよ。」
夏美の声が少し大きくなった。
まわりのざわめきが急におさまった。
そしてクラスの生徒たちが夏美に注目した。
マキ「周りの男子の話では触ってない、足が当たっただけだって・・・」
夏美「誰よそんな事言ってるのは?」
光「オレ。」
光が急に割り込んできた。
夏美「光・・・」
光は椅子に逆座りしながら、
光「吉永本人がそう言ってるからさ。」
夏美「いや、あれは絶対触った!」
光「でも触った瞬間を見てないだろう。」
夏美「後ろから触ったのよ。」
光は首を左手でかく様にしながら、
光「だからさ、後ろからだと触ったのか、当たったのかわからないじゃん。」
マキ「確かに・・・」
夏美「いや絶対触った!」
夏美の声はさらに大きくなった。
光「まったく頑固ババア。」
夏美「何よ失礼ね!」
光「声もでかいよ。」
夏美「余計なお世話よ!」
マキがやっぱりかと言わんばかりに途方にくれていた。
このとき当事者の吉永の方はまったく気にせず週刊誌のコミックを読んでいた。
それからというもの授業中でも吉永と夏美はちょいちょい目を合わせることが多くなったのだった。
それからやたら休憩時間に光は隣のA2クラスに行く事が多かった。
翌日(授業4日目)、夏美は普段自転車で通学していた。
この日家を出る時は晴天だったが、途中東中野商店街を抜けて国道に差し掛かる頃急に雨が降ってきた。
夏美「やばいよ。」
夏美は今さら家まで戻りたくなかったので、そのままダッシュして国道を走っていた。
そこに同じく傘をさして自転車で通りかかった吉永が、夏美を追い越して行った。
追い越した吉永は100メートルほど先のところで傘を開いたまま後ろに投げて、さらに猛ダッシュで走っていった。
夏美「ちょっと傘!!」
夏美の声は雨の音に完全に消されていた。
夏美は吉永の落とした傘をさして学校に向かった。
そのおかげでたいして濡れることは無かった。
Aクラスの1限目の授業が始まる直前に吉永が白の体操着で入ってきた。
光「なんだあ?、吉永。体育は午後からだぜ。」
吉永「別にいいじゃん。」
吉永は光に軽く返事してさほど気にすることもなくさっさと自分の席に着いた。
夏美は吉永の方をしばらく見ていたが、吉永はまったく見向きもせず雨の降る窓の外を眺めていた。
放課後には雨がしっかり上がっていた。
吉永は早く帰ろうと下駄箱に急いで行った。
すると自分の傘が下駄箱横の傘置き場に見えた。そこでその傘を取ろうとした。
傘は閉じてあったが、何か白いメモ紙がはさんであった。
なんとなく吉永はそのメモを開いた。
―― ありがとう ――
何の装飾もないノートのきれっ端の紙の中央にその一言が黒のゲルインクで書かれていただけだった。
吉永はそのメモを丸めるや近くのゴミ箱に軽く投げ入れた。
第2話
翌週(授業5日目)のA1クラス。
1限目は美術だった。
生徒は全員美術室に移動して講義を受けていた。
美術の講師は非常勤の鳥畑先生。小柄な体だが声はかなりでかい。黒のジャケットにグレーのズボンと何故か薄い紫の蝶ネクタイだが、何故か妙に似合っていた。
鳥畑「始めまして、私が美術担当の鳥畑元気です。」
光「なんだよ大声で・・・」
鳥畑「そこの君、何か言ったか?」
鳥畑は声のする光の方を指差した。
光「いえ別になんでもありません。」
鳥畑「今日はさっそくデッサンを皆に描いてもらいます。」
鳥畑はケント紙を1人に1枚ずつ配って回った。
そして題材を言ってからさっさと教室を出て行った。
外から爽やかな風が少し吹いて教室の中に流れてきているのが、女子生徒の髪が時々ゆれるので感じ取れた。
やがて30分程して鳥畑は教室に戻ってきた。
鳥畑「どうかな、進んでいるかな・・・」
そう言いながら教室の中をゆっくりと回って生徒のできばえを見て歩いた。
やがて吉永の前に来たところで急に立ち止まった。
吉永は絵を描くことが大嫌いだった。
鳥畑「なんだ君は、全然描いてないね。」
吉永「今考え中です。」
他の生徒たちが急に笑い始めた。
鳥畑は教壇の真横にある椅子に戻って座った。
時の流れと共にしばらく沈黙が続き、結局吉永は何も描かず窓の外で鉄棒をやっているB2クラスの女生徒ばかり見ていた。
やがて授業終了のチャイムが鳴り始めた。
鳥畑「はい今日はここまで。なおできなかった者は宿題です。来週持って来て下さい。」
やっぱり予想したとおり吉永だけが宿題になったのであった。
2限目は権藤教師の数学だった。
A2クラス担任の権藤博文教師は中肉中背の紺のスーツが似合うもっと若ければけっこうイケメンの紳士だった。
権藤「では・・・教科書の16ページを開いてください。」
生徒はそれぞれ教科書を開いた。
権藤「今日は関数とグラフについてやります。君たちは中学で座標を勉強したと思いますが・・・」
権藤が黒板に書き始めた。
権藤「これがx、y座標ですね。」
吉永「ちぇ、こんなもん将来何の役に立つんだぁ・・・」
権藤「はい、そこの君!」
権藤は吉永を指差して、
吉永「何だあ・・・」
権藤「何か言いましたね。あまり教師が聞きたくないような台詞を。」
吉永「はあ・・・?知らんなあ・・・」
数人の生徒が笑った。
光「オレも思うよ。先生、こんな座標なんか将来何の役に立つんですか?」
権藤「ま、どうだろ・・・この学校の生徒の1%も必要ないかなあ。」
光「やっぱりね。じゃこんな授業意味無いじゃん。」
吉永「そうだそうだ、意味のない事やって何になるんだあ・・・」
権藤「まあ興味がないなら、別に真剣に授業を受けてもらわなくてもいいけど。」
夏美「えー、先生。そんなんでいいんですか?」
権藤「私が言いたい事は、座標の話を聞いて面白いって思う人はまずいないでしょう。興味の無いことは何でも面白くないものです。」
吉永「ほうら、先生。わかってるじゃん。」
権藤「じゃ、何故、教えているのかという疑問です。皆不思議に思いませんか?いろいろな科目がありますよね。ほとんど興味のない科目が多いと思いますが。」
吉永「オレ全部だ。」
生徒が皆笑った。
夏美「先生、それだったらどうして必要の無い事を学校で教えるんですか?」
権藤「うん、それは良い質問だ。」
光「はあ~?」
権藤「まあその説明をし始めると40分では足りないなあ。」
生徒「聞きた~い!!」
権藤「じゃ、次回に説明します。」
生徒「えー、ずるいー!」
3限目は小袋教師の社会だった。
小袋「はい今日は2回目なので地図の見方を勉強しましょう。地図帳を開いてください。それと教科書も見てくださいね。」
光「先生、前回もそう言いながら一度も教科書見なかったんですけど。」
小袋「そうだったの?じゃあいいです。」
夏美「なんだそれ・・・」
夏美は小さな声でつぶやいた。
小袋「えーと、この地図帳の真ん中の2つの地図ですが・・・あーと、ちょっと小さくて見にくいかな?」
生徒はそれぞれ地図帳を開いて問題の地図を探していた。
急に西城が、
西城「先生、教科書に同じ地図ありますよ。」
小袋「え?どれどれ・・・あー、ほんとですね。教科書の方が大きいですね。」
小袋は慌てて教科書を見た。
光「どっち見るんですか?」
小袋「教科書の方がベターやね。」
夏美「ベター??英語・・・」
数人の笑い声がした。
翌日(授業6日目)のA1クラス。1限目は権藤教師の数学だった。
権藤は昨日と同じ紺のスーツで登場した。
権藤「今日は昨日の続きをします。」
そう言うと、教壇の上で教科書を開いて二、三度じっと眺めると、黒板に話しながら書き始めた。
権藤は淡々と授業を進めてあっという間に授業が終わったのである。
夏美「この授業いつも早く終わる気がする。」
マキ「ほんと。まあ昨日は余興もあったけどね。」
夏美とマキは向かい合わせになりながらニコニコしていた。
光「先生、昨日の続きは?」
権藤「続き・・・あ、ああ。君よく覚えていたね。」
光「昨日の事ですよ。」
権藤「今日朝のことすら忘れる人がいますから。」
夏美「はあ??」
マキ「私の事かな・・・」
マキが小声でつぶやいた。
権藤「今日は残念ながら時間がないので、また次回に説明しましょう。」
光「またかい・・・」
権藤が教壇に立って、生徒たちを一通り眺めた。
権藤「最後に連絡です。来週は校内の競技大会があります。そのためいつものカリキュラムを少し変更して、しばらく体育が増えます。」
吉永「やったあ!!」
吉永の大きな叫び声が教室いっぱいに響いた。
その後吉永だけでなく他の生徒も似たような表情でそれぞれ小さく叫んでいた。それと同時に拍手があちこちで起こった。
この日は2限目が体育の予定だったが、急遽2~4限目が体育に変更となった。
体育は隣のA2クラスと合同になり、男子と女子が別れて授業を受けることになっていた。
夏美とマキが女子更衣室に入っていった。
夏美「マキは種目何にするの?」
マキ「夏美は?」
夏美「私は中学がバレーボール部だったから、バレーボールにする。」
マキ「私バレーは下手だからなあ。」
夏美「他に卓球、テニス、バスケットか。4種目から選ぶんだ。」
マキ「やっぱ卓球が無難かなあ。」
夏美「うんうん。私もそう思うけど。」
夏美が軽くうなずいて言った。
マキ「じゃ夏美、クラブもバレーに入るの?・・・あ!そう言えば自己紹介・・・」
マキはこのとき自己紹介の日のことを思い出した。
夏美「うん、そうしようかと考えてる。マキは?」
マキ「私は美術部にする。」
夏美「昨日の美術のデッサン、上手かったよね。」
マキ「ほんとはイラストがいいんだ。アニメとかのさ。」
夏美「へえー。」
マキ「中学の時、けっこう描いていたから。」
話ばかりしていた二人はようやく着替え始めた。
夏美「3年からしか話したことなかったよね。」
マキ「3年からは勉強に集中してたからね。いっしょに宿題やったよね。」
夏美「そっか。じゃ、けっこう前から描いてたんだ。」
マキ「うん、4、5冊あるよ。」
夏美「今度見せてね。」
マキ「いいよ。」
体操服に着替えていたマキの腕が反対隣の女子生徒の腰に当たった。
マキ「あっ、ごめんね。」
麗子「いいよ。」
しばらくはマキは麗子をじっと見ていた。けっこう美人でロンゲの鳥飼麗子だった。
夏美とマキは更衣室を出て行った。
マキ「あのさっきの子、けっこう綺麗ね。」
夏美「うちのクラスじゃないからA2だよね。」
マキ「かなり特徴のある顔だったわ。」
夏美「確かに。」
校内の競技大会の当日。
空はけっこう晴れ渡って風もなく穏やかだった。
生徒たちは全員グラウンドに集合していた。
夏美「あー気持ち良い日。」
夏美は大きく背伸びをして深呼吸をした。
マキ「ほんと。」
すると光がどこから来たのか急に割り込んできて、
光「ほーんと。」
夏美「何よ!」
光「そんな大きな声を出さなくても・・・」
夏美「あっちに行ってよ!」
光は笑いながらスキップをして別の女子のグループの方へ去って行った。
マキ「しかしここの高校って、男子のレベル低いよね。」
夏美「これは裏情報だけどさ。内緒ね。」
夏美が急に小さな声で話した。マキが夏美の顔にくっついた。
夏美「ここの男子は寄付で入ってくるのが多いのよ。顔よりお金よ。」
マキ「なるほどね。」
マキは大きくため息をついた。
夏美はバレーボールの試合に参加した。
しかしA1クラスはチームワークがまるでなくレシーブもガタガタで呆気なく1回戦で敗退した。トーナメント方式だったのでその後はA1クラスは試合の参加が無くなってしまった。
そこで多くの女子は男子のバレーボールを観戦することにした。
一方球技が苦手なマキも1回戦で負けて、その後夏美のいるバレーボール観戦に加わった。
各クラスのミニ応援団たちが威勢良く太鼓と笛で応援合戦をしていた。
マキ「夏美。」
夏美「あ、マキ。」
マキ「あれぇ?、もう負けちゃったの。」
夏美「だって、誰もレシーブに走らないしさ、顔を見せっこばかりしてさ、まるで他人事よ・・・、まったくチームワークさえないわ・・(^^;;)」
マキ「私も1回戦でコールド負けしちゃった。」
夏美「卓球はシングルなんだよね。」
マキ「うん、でもやっぱ球技は苦手だわ。」
夏美「観てるほうが楽でいいよね。」
マキ「ほんとほんと。」
2人は白熱する男子バレーを観ていた。
A1男子にはバレーボールの上手な背の高い西城がいた。
マキ「ねえねえ、西城君。頑張っているじゃん。」
夏美「ほんとだ。これはけっこういいところまでいくかもね。」
マキはちょっと首をかしげるようにして、
マキ「でもさ、彼って確かバスケ部だよね。」
夏美「きっとスポーツ万能ってやつですか・・・」
2人は試合が終わるまで周りの女子同様ずっとずっと西城を見続けていた。
マキ「そうだ、友達から聞いたんだけどさ。西城君と光さんて仲が悪いみたいよ。」
夏美「へえーそうなんだ。」
マキ「光さんはあのとおりチョーキザでしょ、西城君は真面目だからさ。性格がまるっきり違うんだよね。」
夏美「何となくわかる気がする。」
マキ「でしょ。」
A1クラスの男子バレーチームは2年のB1、B3クラスにもけっこう余裕で勝ち、3年のC1クラスとは最後まで接戦したが負けてしまった。
といってもC1クラスにはバレー部が3人いたから負けても不思議ではなかったのだが。
ついでだがバスケットボールの試合の方は光が参加したが、光のクラスはボールのパスもうまくいかず他のメンバーがまったく俊敏に動かなかったために相手にすぐボールを取られ、1点も取れずに1回戦でボロボロに負けてしまったのであった。
さてバスケットボール部にはA1クラスから光と西城が入部していた。
しかし西城は、キザで態度がでかい光が大嫌いだった。
ところで光は高校では運動神経の良さを生かしてバスケットボール部に入ったのだが、もともと運動神経を良くしたのは小学校時代から通っているフィットネスジム、・・・もちろんこれも明星商事の経営だが・・・、ここで基礎トレーニングと水泳を毎週2回やっていたからであった。
夏美は中学時代にバレーボール部に入っていたので、やはりバレーボール部に入部した。
マキは美術部に入った。
余計な事かもしれないのだが、吉永は応援団部に入った。
6月にはいった。
ここはファミレス「リトル・キッチン」。
光と吉永が2人で窓際のコーナーに座っていた。
光「よし、どんどん食べよう。」
吉永「バイキングじゃないよ。」
光「いいんだよ。どんどん注文、注文。」
吉永「はあ?」
呆れる吉永だったが、それでも光は上機嫌で店員を呼んだ。
光「えーと、ステーキ300のサラダセットとフライドポテトとコーラ。吉永頼めよ。」
吉永「えーと、ハンバーグ100とライスとコーラ。」
光「おいおい、セットにしなよ。」
吉永「わ、わかった。じゃサラダセットとコーラで。」
店員「わかりました。」
店員は注文を復唱して戻って行った。
吉永「いいのかよ・・・」
光「心配いらん!」
そしてこの後も光は追加でポテトとピザ、ショートケーキまで注文し、テーブルにはいろいろな器の残骸が残ったのであった。
やがて2人のお腹が落ち着いた頃、2人のテーブルの横に若い女性2人組が座った。
もちろん光の目はすぐにその時からずっとその2人を注目していた。
というか見続けていた。
光はしばらくは急に静かにしていた。というのも隣のテーブルの女性が限りなく喋り出し、まったく会話が切れることはなかったからであった。
その後2、30分程経っただろうか、隣のテーブルがやや静かになった。
光「よし、帰ろう。」
光は急に立ち上がり、そしてバッグの中から何やら小さいカードのようなものを2枚取り出し、隣の女性に、
光「あの・・・、よかったら使ってください。」
と言ってそのカードを1人の女性に渡した。
当然2人の女性はびっくりして、
女1「え、いらないです・・・」
光「いえ、この券もうすぐ切れるんで、使わないなら捨ててください。」
そのカードはこの店の割引券だった。ただ期限があと2日しかなかったのである。
2人の女性もそのカードをじっと見て、
女1「あ、ありがとうございます。」
2人の女性は光に向かって軽くお辞儀をして、お礼を言った。
気分を良くした光はテーブルを離れレジに向かった。
店員「ありがとうございました。」
光はバッグからやたら割引券を出して、
光「これで。」
店員はその枚数の多さに驚いて、
店員「は、はい。」
店員はやや山積みになった券を一つ一つ丁寧に調べながら、
店員「割引券が12枚ですね。あと1250円になります。」
吉永「え!あれだけ食べて・・・」
吉永の驚きは半端じゃなかった。
さらに光は商品券を出して、
光「じゃこれで。」
店員は商品券を3000円分受け取った。
店員「あ、あの・・・多いんですけど・・・」
光「あ、おつりはいいんだ。あの隣のテーブルの女性の分も払っとくから。」
店員と吉永はびっくりした。
店員は隣のテーブルの料金をレジで確認した。
店員「は、はい・・・。えーと、大丈夫ですね。じゃおつりが・・・」
光「つりいらん!」
店員「え!いいんですか。」
光「いいよ。寄付!」
光はきっとどこかの社長みたいな気分だったに違いない。
吉永が呆れるやら驚くやら、完全に固まってしまった。
店を出た2人。
吉永「光、おごってくれてありがとう。」
ひとまず礼を言う吉永。
光「いいんだって。どうせ全部タダなんだから。」
吉永「はあ?・・・全部?・・・」
光「そうだよ。期限付きの商品券だから、今日使わないと結局ゼロ。紙くずになってしまうんだよ。」
吉永「そ、そんなもんがあるのか・・・」
吉永は信じられない様子だった。
光「ああ、まあ詳しい説明はしないが、タダ券だから気にするな。」
それでもかなり落ち着かない吉永だった。
吉永「わ、わかった。」
光は親からもらった商品券と割引券を期限ギリギリに使うことになってしまったため、吉永を呼んで食事に来たのであった。
そしてこれは毎年続いたのである。
ラッキーなのは吉永だった。光と一緒に毎月1回はどこかに無料で食べに行ってるのだ。
そしてこの事は彼は親には話していなかった。
これがきっかけで吉永はいつも光に金魚のフンのようにしてくっついている事が多かった。
第3話
夏には毎年恒例の花火大会が東中野商店街近くにある中野北公園で行われた。
公園だけでは場所が狭いので、近くの中野神社の境内や広場も縁日や櫓に利用されていた。また公園がさほど広くなかったために、花火の打ち上げ場所は公園から北に2キロほど山よりにいったところで準備された。
マキは同じ美術部でA2クラスの小柳昌子といっしょに最近流行のカラフルな浴衣姿で花火を見に来ていた。
昌子「マキその浴衣可愛いね。」
マキ「昌子も可愛いよ。来年は浴衣お揃いにしようか?」
昌子「それもいいね。」
マキ「ここは毎年人が増えていくように思うよね。ここ数年何かといろんなところでこの街の宣伝するようになってからなのかな?、そのせいで有名になったからだろうかな?」
昌子「ほんと私もそう思うけど。中学違っていたから気づいてないけど、もしかして毎年ここで私たち出会っていたかもねきっと。」
マキは内輪をゆっくりとあおりながら、
マキ「そうだよね、世間は狭いもんだよね。」
急に何やらやかましい一団がマキたちの近くにゆっくりと近づいていた。
光「いえーい!いえーい!いえーい!おー!おー!おーーー!!」
叫んでいるのは光だけだったが、あまりの大声だったので一緒に来ていた吉永にとっては迷惑千万だったようだ。
吉永「お前と来るんじゃなかったよ、まったくもう・・・。」
そんな吉永の言葉さえ気にしない光は、通り過ぎる女子中学生や高校生を見つけるたびに話しかけていた。
光「ねえねえ、ちょっとそこのおねえさーん、可愛いねぇ。どこから来たのかな?」
由紀子は急に鳥肌が立ったようで身震いしながら、
由紀子「きゃー!きもい・・・」
光「何それ、オレお化けじゃないよ。」
>>お化けの方がましかも・・・
由紀子のすぐ後ろの方から、
めぐ「ちょっと、何カモってんのよ。私の妹よ!」
光「ひやー!これはこれは・・・」
そこにいたのは同じ高校のバレー部の2年生柏木めぐだった。
めぐ「相手間違えてるんじゃないの?」
光「失礼しました!」
柏木姉妹は関わりたくなかったのでさっさと消えて行った。
呆れているのは一緒に来た吉永だった。大好きな1リットル入りコーラをまた一気に飲み干していた。
吉永「まったく・・・」
そう言って、近くのゴミ箱にペットボトルを投げ捨てた。
少しすると、打ち上げ花火が何発か上がり始めた。
光には花火はどうでもよかった。
また周りの女の子ばかりを眺めてしつこく声をかけていた。
光「ねえねえ、ちょっと君。」
山中「おい光、何やってんだ!」
急に現れたのは担任の山中だった。
何故かジョギング用の深緑色の上下ジャージ姿で、まるで生徒たちを監視するために来たようにも見えた。
光「うーわ!ここまでオレたちを追いかけてきたのかよ。」
吉永「まさかそれはないでしょ。」
山中「何言ってんだか、オレの家はこの近所なんだよ。」
吉永「うわ、最悪・・・」
山中「吉永何か言ったか?」
吉永「いえ別に・・・」
2人は担任から離れるべくさっさと群衆の中に消えて行った。
この様子をうかがっていたマキと昌子も、
マキ「うちの担任じゃん・・・」
昌子「ほんと世間は狭いもんだね。さ、行こう行こう・・・」
この2人も担任から離れるようにさっさと縁日の方に消えて行った。
一方1人で来ていた夏美に綿菓子の店でマキたちに偶然出会った。
マキ「あ、夏美。」
夏美「あ、マキ。」
2人は目を合わせた。
マキ「1人なの?」
夏美「うん。」
マキは心配そうにして、
マキ「一緒に回ろうよ。」
夏美「いいの?」
マキは昌子に夏美を紹介した。
マキ「私のクラスの夏美。」
昌子「バレー部の?」
マキ「そう。」
昌子「よろしくお願いします。」
夏美「こちらこそよろしくね。」
こうして3人は歩き出した。が、急に・・・
夏美「あ、あれ、あれれ?」
マキ「どうしたの夏美?」
夏美は自分の紺色のブラウスの腰の辺りを両手で触っていた。
夏美「ないわ、ポーチ。」
マキ「ああ、あのショッキングピンクのウエストポーチね。」
夏美「そ、そうなんだけど・・・」
マキ「え?もしかしてサイフ・・・」
夏美「そうなのよ。」
マキ「それは大変だわ。」
マキと夏美が今歩いてきた道を少し戻りながら夏美のポーチを探し始めた。
さてこちらは光と吉永の2人。
縁日のお面の店にいた。
光「お前、似合うよなあ。」
吉永「それはひどいよ。じゃあ、これ付けてみてよ。」
光がひょっとこのお面を被った。
吉永「ほら、似合うじゃないかオレよりか。」
それを聞いて調子に乗った光が踊り出した。
周りの客が変な顔で見ていた。
光「なんだかなあ、今ひとつ盛り上がらないけどなあ。」
吉永「踊り方が変なんだよきっと。」
光「そうかなあ?」
そして2人が少し歩き出した時、
吉永「ん?」
吉永は足に何かが当たった気がした。
そして、下を見渡した。
すると、そこに小さなポーチが落ちていた。
吉永「これは?」
光「おいおい、女もんのサイフかな?」
吉永が拾い上げて中を確認してみると、プリクラ写真が入っていた。
吉永「誰だこれ?」
光「もっと明るい所に行かないとわからないよ。」
2人は明るい商店街の方に出た。
吉永はもう一度そのプリクラ写真を見た。
吉永「あ、これはなっちゃん。」
光「は?なっちゃ・・・」
吉永「うちのクラスの夏美さんだ。」
光「あーあいつかぁ・・、じゃいらないからもらっとけ。」
吉永「そう言う問題じゃないだろう。同じクラスだし。」
吉永は光をちょっとにらみ付ける様な表情をした。
この後光は吉永に説得されて、夏美を一緒に捜すことにした。
吉永「いないなあ・・・」
光「任せろ。女を捜すのは得意だ。」
吉永「どんな性格???」
呆れる吉永だった。
>>私も呆れる
やがて光が3人組を見つけた。
光「やっほ~い!」
夏美「何何、気持ち悪い奴。」
光「失礼だよな。せっかく会えたのに・・」
夏美「それがキモイって言ってるのよ。」
>>やはり声はでかい!
吉永「夏美さん。」
吉永はそう言って、ポーチを夏美に見せた。
夏美「あ!!それ!」
夏美は非常に驚いて一瞬固まってしまったが、
夏美「え、どこにあったの?」
吉永「縁日の端っこかな?落ちてたよ。」
夏美「あ、ありがとう・・・」
吉永が夏美にポーチを手渡した。
このときだけは、周りがシーンとしていた。
マキ「夏美よかったじゃない。」
光「よし、じゃあみんなで花火を見るか。」
3人組はそんな気分ではなかったのだが、夏美のポーチが見つかったことから、仕方なく光に合わせる事にした。
そしてこの日だけは夜遅くまで花火の音が東中野の町全体に響いていた。
やがて5人組が解散する時、
マキ「もしかして夏美は何か運命の糸に・・・」
夏美「やめてよ!」
>>相変わらず大きな声ですね。
第4話
学校は夏休み。
ここはスーパー「ゲキヤス」の専門店エリアにあるゲームセンター。
光と吉永の2人が今日はここにいた。
光「よし、これをやろう。」
吉永「おい、これってけっこうむつかしいんじゃ・・・」
光「大丈夫さ、これくらいなら。」
光はさっそくコインを入れて挑戦していた。
吉永はずっと横でそれを見ていた。
吉永「そう言えばベストスコア10のうち1から9位は10万桁だけど10位だけ7000点だな。」
光「だからベスト10をねらうんだ。」
吉永「意味あんのかよ。」
光「名前が残るだろう。」
吉永「名前って、みなペンネームを入れてるから・・・」
光「よーし!いったぜぃ!!」
吉永「何だよ7010点。10点多いだけじゃん。」
光「10点多くても、10位に入ったらいいんだよ。」
光は自慢げに言って、スコアの横にペンネームではなく実名を入れた。
吉永「おいおい、実名入れっかよ・・・」
光「当たり前だろ、こうしなきゃ目立たないじゃん。」
子供「おじさんもういい?」
急に後ろから声がした。
光「なっ、なんだこいつ。」
子供「順番待ってるんだから。」
光「あ、ああいいよ。」
光は子供と入れ替わった。
そして・・・振り返った吉永は、
吉永「おーすげー!もう10万点いってる。」
光「・・・」
光は固まったまま、ただ茫然と子供のテクニックを見ていた。
吉永「や、やるなァ・・・」
そしてその子供はしっかりランクの10位を入力して、
子供「おじさん替わろうか?」
光「んー、今日はいいや。」
光の実名はわずか1分で消されてしまったのである。
吉永「ボク上手だね。ランキング1位ねらえるね。」
子供「あっ、このランキング2~10位全てオレだよ。」
光と吉永の2人はついに呆れてしまって、そのゲームを2度とすることはなかったのであった。
これは余計なことかもしれないが、この翌日。
ゲーセンにあったゲーム機と同じ機械が光の部屋に置かれることになった。
その後のある日。ここは光の部屋。
光「よーし!10万クリア!!」
光はゲーム機でついに10万越えをしたのである。
さっそく吉永に電話して、再びゲーセンに向かった。
吉永「ほ、ほんとに10万点出せるのか?」
光「ああ、任せろ。」
光が握り拳で自分の胸を叩いた。
そしてここは再びゲームセンター。
光「よしよし、誰もいないな。」
吉永「ちょっと待ってよ。ランキングがさ・・・」
2人はランキングを見て棒立ちになった。ランキングの1~9位は100万点になっていた。
10位がなんとか13万点だった。
光「よおし、10位は取れるぞ。」
吉永「し、しかし2~9位のペンネームってこの前の子供だよ。」
光「な、何で知ってるんだよ。」
吉永「だって同じペンネームだからさ。」
光「平気だ、早いうちに10位をゲットしておこう。」
光はコインを入れた。
さすがに家で特訓しているだけあって点数はどんどん上がっていった。
吉永「す、すごい。これは10万を越えるよ。」
光「フフフ、15万狙いさ。」
光の言ったとおり15万には届かなかったが、14万8000点で堂々の10位に入った。
光はさっそく自分の名前を入力した。
子供「おじさんもういい?」
光「わ!い、いつの間に・・・」
子供「今来たところだよ。」
光「来なくてもいいのに。」
子供「何か言った?」
光「い、いや。さっどうぞ。」
光は仕方なしに場所を譲った。
その子の腕は半端じゃなかった。あっという間に50万点、そして3分後には120万点となった。
子供「あーだめだ。1位とれないー!」
エリナ「ちょっといい」
子供「わ!」
エリナ「びっくりすることないっしょ・・・」
子供「これはこれはエリナ様。」
吉永「ゲ・・・女だぜ。」
近藤エリナはコインを入れるや、あっという間に120万を超えた。
それはとんでもないワザと速さだった。
子供「さっすがーエリナ様。」]
こうしてランキングの1、2位はエリナが実名で入れていた。
吉永「な、なんだいあの2人は・・・」
光「吉永帰るぞ。」
疲れきった光は吉永と2人で「リトル・キッチン」へ向かった。
最後にもう一つ付け加えておくと、数日後光の部屋にあった問題の練習用ゲーム機は部屋から消えていた。
ある日ここは夏美の家。
週末は家族3人で自宅で食事をする事が度々あった。
母「あんた、早く食べてくださいね。」
父はいつもになく食事が遅かった。
夏美「父さん、どうかしたの?」
父「別に・・・」
母「何よ、あんた!そんな言い方ないでしょ!」
>>お母さんも大きな声です。
母は冷やかな父の返事が気に入らなかったのだ。
夏美「別に私気にしてないよ。」
その場の雰囲気が気に入らなかったのか、
父「外へ出てくる。」
そう言って父は家を出て行った。
夏美「お母さん。」
母「あの人は昔からあんな感じなんだよ。ほっといていいよ。」
夏美は玄関の方をしばらくじっと見つめていた。
母「どうせ2、3時間もしたら帰って来るんだから。」
母はそう言うと、父が飲み残したビールのグラスを手に持って一気に飲み干した。
母「夏美も気をつけるんだよ。あんな男に捕まらないように。」
夏美「別に父さん、普通じゃん。」
不思議そうに話す夏美。
母「何、結婚する前とは全然別人だよ。性格まるっきり変わってしまってさ。昔は随分優しい言葉を使いまくって話していたけど、今やもう帰って来ても2、3言しか喋らない。あーあ、情けない。もっといい男がいっぱいいるってのにね。」
夏美はそんな母の愚痴をずーと聞いていた。
夏美「だいたい結婚なんか、私はまだまだだよ。」
母「何言ってんのよ。夏美はもう17でしょ。結婚できるんだよ、もう大人なの。」
夏美「でもさ・・・」
母「母さん知ってるよ。私の口紅少し使ったでしょ。」
夏美は突然の言葉にびっくりして、少しはっとなった。
事実中学校の時何度か好奇心で黙って触っていた事があったのだった。
母「ちゃんとわかってるんだよ。でも、いいよそれで。だってもう子供じゃないんだからね。これからは大人の扱いをしなきゃね。」
夏美「お母さん、知ってたんだ。」
母「親と言うのは知らないようで、実は我が子の事を一番良く知っているんだよ。」
夏美はこの時から、少し自分が大人になったような気がしたのであった。
2人が寝た後玄関で物音がするのが聞こえた。
父が帰宅したのである。
次の日の夜。
夏美の母がお風呂に入っている間、夏美と父が居間にいた。
夏美「父さん、昨日どこに行ってたの?」
父「昨日、寿司屋に行ってた。」
夏美「寿司屋。私も連れてって。」
父「いいよ。今度母さんが居ない時に。」
夏美「何で・・・3人で行けばいいじゃん。」
父「鮨が不味くなる。」
夏美「父さん、お母さんが嫌いなの?」
父「そうじゃないけど・・・昔はもっと可愛かったけどなあ。まあ女って言うのは年と共に変ってしまうもんだよ。」
夏美「そうなんだ。でもさ、お母さんも同じ事を言ってたよ。父さんが変ったってさ。」
父「よく言うよ。父さんは昔とちっとも変っちゃいないよ。」
夏美「ふう~ん。そうなのかぁ。」
やがて母が風呂から出てきて、今度は父が風呂に入っていった。
その間、夏美と母の2人が居間にいた。
少しの間母はヘアドライヤーをかけていた。
夏美「お母さん。」
母「何?」
母はドライヤーのスイッチを切った。
夏美「父さんね、お母さん昔とだいぶ変ったって言ってたよ。」
母「はあ??私は昔のままよ。性格まったく変らず。まあ美貌は年と共に衰えていってるけど。まあだから化粧するんだけどね。」
夏美はこの時両親が同じような事を思い、同じような事を考えているんだと気づいたのであった。
母は再びドライヤーを使い始めた。
数日後、夏美が西中野にある江戸前の寿司屋へ家族で食べに行った日のことである。
この寿司屋の店はけっこう古く、建物の外観といい、店の中の造りといいいたるところが昔ながらの材質で造られ、窓や中の柱などは際立った墨のような黒をイメージした店であることが町中で知られていた。
レトロな暖簾をくぐった3人は、店の中に入って行った。
そしてそこに若い高校生が働いているのが目に入った。
夏美「え!吉永君・・・何?何?」
信じられない表情の夏美だった。
吉永「ここオレのじいちゃんの店なんだ。たまに忙しい時は手伝ってんだ。」
夏美「そうだったの。」
夏美の家族3人はカウンターに座った。少しして、
父「大将、イキのいい奴を頼むよ。」
大将「よっしゃあ。」
声ははっきりしてややでかかった。
夏美にはそれが普段の吉永のそれとオーバーラップして感じとれたのだった。
母「夏美、お友だちなの?」
夏美「同級生。」
母「へえー、えらいわねぇ。」
大将「私のせがれ(長男)が漁師をしておりまして、こいつは次男の子ですわ。まあ、そんなこんなで時々この孫が手伝ってくれてます。」
こうして夏美以外の家族は満足して店を出た。
クラブ活動の下校時間。
夏美は夏休みの宿題だった数学の問題集の答えをコピーして吉永の下駄箱に入れておいた。
おかげで9月初日、大嫌いな数学の宿題を提出した吉永の姿を、クラスの皆(1人を除いてだが)が不思議がっていたのだった。
翌日の昼休みのことである。吉永が夏美の席に行った。
吉永「夏美、ありがとう。」
夏美「何?」
吉永「数学の答え。」
吉永はまわりに聞こえないような小さな声で言った。
夏美「何で私ってわかったの?」
吉永「字でわかるからさ。」
夏美「ふうん?」
吉永「でも、どうしてオレに?」
夏美「サイフ拾ってくれたお礼。」
吉永「そっか・・・」
吉永は急に納得したようだ。
第5話
さて秋の芸術祭の行事のために美術部が中心となって夏休み頃から準備の計画を進めていた。
A2の昌子とA1のマキはいっしょに組んで大きなアートを校門前に完成させるという計画だった。
材料は廃材中心で、発泡スチロールを土台にして、お菓子の包装袋とか、食品のパックとか、プラスチックやアルミなどさまざまなものを使ってコラージュを貼り付けるという計画だった。
昌子とマキは家が近いこともあって、それぞれの家にこもって作品をいっしょに考えたりしていた。
そのためか夏休みが終わる頃には親密な仲になり、お互いの家に泊まることもあったのだが、ともにそれぞれの両親は納得了解していた。
昌子の家は「ルミ美容室」で母親が経営していたが夏休み以降マキとマキの母はこの店を毎回利用するようになった。
西中野地区に新しいカフェ『リラックス11』がオープンした。
店員「いらっしゃいませ。」
礼子「やっぱり新しい店はいいわね。」
マチコ「礼子、あそこなんかいいんじゃないの?」
礼子「そうね、そうしよう。」
2人は背丈2メートル50程もある観葉植物が置かれた角のテーブルについた。
礼子「なかなか造りもシャレてるわね。」
マチコ「ほらあそこの壁さ、とってもクラシックじゃない。」
礼子「ほんとね。ローマ建築に近い物があるね。」
2人は内装のシャレたデザインをいろいろ観察して楽しんでいた。
店員「いらっしゃいませ。」
マキ「ほら、あそこがいいと思う。」
昌子「よし、あそこだ。」
2人は入るや否や、場所取りでもするかのように急ぎ足でテーブルについた。
昌子「すっごいね。何か見た事のないデザインの壁。」
マキ「ほんとだ。天井の形も変わってるよ。何だか古代のヨーロッパみたいな。」
昌子「あっ、そう言えばそんな気がする。」
マキ「今度のイラストの背景に使ってみようかな。」
昌子「私も同じ事を考えてた。」
昌子とマキは芸術祭に向けていろいろアイディアを出し合うために、時々変わった店や新しい店を見つけては立ち寄っていたのである。
芸術祭の当日。今年のテーマは『友情』だった。
校門の前には美術部が全員で創り上げた大きなコラージュアートの張りぼてが展示されていた。
そして講堂ではかなりやかましい騒音とも十分とれるくらいの高校生バンドの生演奏が休むことなく午後3時頃まで校内中に響いていた。
ボーカル担当の菊池令はけっこう丈の短いピンクのワンピースと真っ赤なスカーフにポニーテール姿で、黒のキラキラ光るラメの入ったベルトをしていた。
令「おーい!みんな、のってるかー!!」
観客「はーい!!」
令「よっしや、次いくぜ~ぃ!!」
観客「はーい!!」
そして再び演奏が始まった。
菊池令は女性だがとにかく男勝りでグループの中心だった。
同じ軽音楽部のサークル活動でいっしょになった同学年の男子を3人引き連れて入学以来早くからバンドをやっていたのだった。
令「いいよ、乗ってるねェ!!音楽は爆発だーー!!」
観客「イェーイ!!!」
一方美術室では美術部の個人作品や共同作品の展示物が所狭しと数多く張巡らされたり、並べられたりしていた。
窓もきれいに装飾され、いたるところにポップアートのようなポスターや、ステンドガラスに似せた額の絵など、さまざまな作品が貼られており、教室全体を作品で覆いつくしていたのであった。
ところで花園学園は私立だったので、他校の生徒や一般の大人もこの日だけは特別に許可無く入場できた。
礼子「毎年見に来るけど、なかなか感動する作品ってないなあ。」
マチコ「ふうん・・・私にはすごい作品に思うけどね。」
礼子「大学の方がレベルも高いしやはり専門的でおもしろいわ。」
マチコ「礼子は美大だからね。私とは全然見る目が違うから・・・」
礼子「まあ美大と言えど、好きで入ったような・・・親の後を追っかけてるような・・・」
この美術部の展示には数人の女子生徒と一般の女性しか見に来ないのが通例だったが、何故かこの年はめずらしく西城が1人で見に来ていた。
マキ「西城君。」
呼ばれた西城はマキの方を軽く見て、
西城「ん?」
マキ「来てくれてありがとう。」
マキはにっこりして答えた。
西城「ああ、ん・・・」
西城は小さな声で曖昧な返事をしていた。
そして作品をじっと覗き込むように見て、時々あごに手を当てたりした。
マキはそんな西城がとてもカッコよく見えた。
しかし西城は意外と早く美術室から出て行ったのであった。
さて今度は教室の外を見てみよう。
グラウンドの一角には各運動部のバザーのブースが点在して不自然に並んでいた。
ここはバレー部のブースである。
めぐが手を強く叩きながら、
めぐ「はいはいはい、よかったらクレープどうですか!クレープどうですか!」
そこへ猟犬のようなすばしっこい駆け足で光がやって来て、
光「やっほー!」
めぐ「何光君、邪魔しに来たの?」
光「まさか、食べに来たんですよお。」
光はニコニコして答えた。
夏美「ちょっと、自分のブースはほっといていいの?」
そこに割り込んだのは夏美だった。
光「大丈夫大丈夫V!!オレピザがいいな。」
夏美「ここはクレープだけよ!」
夏美がテーブルを叩きながら言った。
光「じゃ、もんじゃ焼き!」
夏美「ふざけてんの。商店街にあるでしょ、そこに行ったら・・・」
光「じゃ、お好み焼き!」
めぐ「だからここはクレープだけだと言っとるんじゃああああああああああ!!!!!!!!」
光「ひぇー・・・こわ・・・」
さすがにめぐの張り裂ける声にはかなわなかったようだ。
そこに3人組の女の子たちのお客さんが来た。
めぐ「いらっしゃいませ。いかがですか?」
客1「私バナナにしようかな?」
光「あ、それおいしいですよ~♪」
夏美「光!邪魔邪魔!」
夏美はとうとう腕ずくで光をブースから離れさせた。光はついに追い出された。
客2「私チョコで。」
客3「私も同じ・・・」
この日ばかりは学校内は年に一度の生徒たちの活躍で大盛況だった。
やがて時も夕方4時をまわり、バザーのブースでは完売した店から次々とぼちぼち片付けに入るブースも出てきた。
それにつれて人だかりも徐々に減っていき、そしてブースの周りの掛け声もそれと共に減っていった。
芸術祭が終わった後、それぞれの持ち場にいた多くの生徒は芸術祭の打ち上げをするために、スーパー「ゲキヤス」の向かいにある「リトル・キッチン」に集まっていた。
そして彼らは窓際の一角を堂々と占拠していた。
講堂で演奏をしていたバンドのメンバーのテーブルでは、
令「秀樹、今日はなかなか調子良かったじゃん。」
野口はニコニコしながら、
野口「なんとか上手くいったよ。」
令「来週もしっかりね。」
野口はカロリーゼロのコーラを飲みながら、
野口「うん、頑張るよ。」
令はビーフオムライスを食べていた。
実は次の週末に地元のライヴがあって、菊池令らが参加することになっていたのだ。
隣のちょっと静かで暗いイメージを感じるテーブルでは、
マキ「なんだか今ひとつだったよね。」
昌子「先輩の話だと毎年こんな感じだって話していたよ。」
マキ「そうか、それで打ち上げもしないのかあ。」
美術部は毎年打ち上げはしていなかった。
昌子「そう言ってた。おもしろくないって。うちの学校は美的感覚がまずないらしい。」
マキ「そうそう、それ思った。うちの生徒が見に来るってまずなかったもんね。作品は悪くないと思うけどなあ。」
>>それってマキだけだと思います。
昌子「あ、そういえば西城君。」
マキ「そ、それだよ。彼来てくれてた。めっちゃ嬉しかった。」
昌子「美術に興味あんのかなあ?」
首をかしげる昌子だった。
マキ「そんな風には見えないけど・・・で何頼むの?」
ちょうどいいタイミングでそこに店員が席に来た。
昌子「お子様セット。」
>>普通は頼まないでしょ!
マキは想像もしなかった突然のメニューに驚いて、
マキ「え!」
さらに隣の目立ち過ぎてやかましいテーブルでは右手のこぶしを上げながら、
光「イエ~イ!!」
光はテーブルソファの背もたれの上部分に腰をかけて叫んでいた。
西城「お前ほんとうるさいなぁ・・・ほんとに。」
光「いいじゃん、この日こそはしゃがなきゃいつはしゃぐんだぁ・・・」
急に店員がやってきて、
店員「お客さん、そこから降りてください。ちゃんと座ってください。」
しかたなく座る光だった。
西城「お前授業中いっつもはしゃいでるじゃん。」
光「そうかなあ、いつも大人しいけど。」
>>完全に呆れる西城。
西城「それとうちのバザーもっと手伝えよ。焼きそば食ってばっかりで、お前作ったことあんのか?」
西城の鋭い言葉が手裏剣のように光の喉に突き刺さった。
光「焼きそばくらい、作れますよ。・・・じゃ、来年はオレが焼きます!」
まったく西城の手裏剣に動じない光。
その上光は自分の胸を左手の拳で軽く叩きながら自信有り気に言った。
西城「その言葉忘れんなよ。」
光「モチ!!」
光はしっかり西城にピースサインをしていた。
>>ここでピースサインですか??
光はバスケ部の他の先輩が打ち上げに参加しない理由がまったくわかっていなかった。
西城は仕方なしに光に付き合っていたのだった。
で、翌週のクラブ活動の時間に西城が先輩から聞いた話なのだが、どうやらバスケ部の先輩たちは別の店で打ち上げをしていたらしい。
こちらはバレー部の打ち上げ。
学校に近いカラオケ店でやっていた。
めぐ「ファミレスはうるさすぎるからね。あんなところでよくやるよ、まったく・・・」
夏美「ほんとですよね、ほとんど1人がはしゃいでるみたいで。」
バレー部は一度「リトル・キッチン」には行ったのだが、うるさすぎるバスケ部の声に、場所を変えてカラオケ店にしたのであった。
秋にドームで4人組のアーチスト『スランプ』のライブがあった。
数年前からかなりのファンであるマキは、ドームまで彼らを見に行った。
そして、そこには同じ高校のバンドメンバーの1人でもある菊池令も見に来ていたのだった。
クリスマスに少し離れた南高針地区を流れる高針川の河川敷で今年からイルミネーションが見られることを知った夏美はマキと見に行くことにした。
マキ「わあーすごいわぁ・・・予想以上。」
夏美「ほんとだ。綺麗だよね。」
向こうの方から2人組が近づいてきた。夏美はちょっとうつになって、
夏美「マキ、ごめん。じつはね。」
2人は向かい合わせになった。
夏美「今日、光と西城君に誘われて来たの。」
マキ「そうだったの。」
マキは一瞬躊躇ったが、
マキ「いいよ、全然気にならないからね。西城君でしょ。」
夏美「ありがとう。」
光と西城の2人が近づいてきた。
光「やっほ~い!」
夏美「相変わらずのワンパターンってやつですか・・・」
河川敷に4人が座ることにした。
しばらくイルミネーションを見ていた光が、夏美の肩に手をそおっと置いた。
夏美「しっしっし!!」
夏美はその手を払った。
光は四六時中落ち着きがなかったのだが、西城はずっとおとなしくイルミネーションを見ていた。
マキはイルミネーションが時と共に変わってゆく色と形の変化に感動していた。
そのあと夏美を気にしてか光を呼んで、
マキ「光さん、少しこっちに座りましょ。」
光は言われるままにマキと2人、少しだけ夏美と西城から離れて座った。
光「やっぱオレの方がいいのかな?」
マキ「何言ってんのよ。夏美のことを考えてした事よ。勘違いしないで!」
マキが隣の2人に気づかれないように、小さな声でつぶやいた。
夏美「西城君、初詣一緒に行きませんか?」
西城「いいけど、光はかなりうるさいよ。」
夏美「いえ、光さんはいい。西城君だけで。」
その時西城は少し不思議そうな顔つきになっていた。
夏美「あ、そうそう。マキも連れてきます。3人で。」
西城「わかった。」
西城は軽くうなずいた。
こうして4人組はそれぞれ生まれて初めてのイルミネーションを思い思いに楽しんでいた。
さらに川面にも色取り取りのイルミネーションが美しくしとやかに、ときに鮮やかに時間と共に写って、まるで大きなキャンバスに描かれた動画のようだった。
第6話
翌年の1月2日。
約束どおりに、夏美たち3人が電車を利用して浅草寺まで初詣に行った。
この日の夏美は普通ではなかった。
最初からずっとそわそわしてばかりで、それがマキには何となく恋と感じ取れたのだったが、まあ西城にはそんなことはまったく気づかず周りの景色を一つ又一つと観賞していたのだった。
夏美「すっごい大きいね、この提灯。」
マキ「ほんとウワサには聞いていたけどね。」
夏美「人が多すぎて迷子になりそうだわ。」
マキ「夏美離れないでね。私困るよ。」
夏美「大丈夫大丈夫、西城君がいるから。」
マキ「そう言う事じゃあないんだけど・・・」
マキは少し呆れた様子で人ごみを避けるようにしてゆっくりと歩いていた。
やがてお参りを終えた3人は近くの公園に足を運んだ。
マキ「あれ?けっこう綺麗な公園だね。」
夏美「ほんとだ。・・・ん?」
夏美は公園の端に小さな温室のドームを見つけた。
夏美「ちょっと行ってみようか?」
マキ「そうだね。」
夏美「西城君、立ち寄ってもいいかな?」
西城「いいよ。」
3人はその温室に近づいて行った。
夏美「あっ!植物園だって!」
マキ「へえ・・・こんなところにあるんだあ・・・」
おもわず関心するマキだった。
3人は中に入って行った。
けっこうたくさんの種類の変わった植物が栽培されていた。
マキ「すごいね。」
夏美「ほんとだ。知らない花だらけだ。」
マキが笑っていた。
3人はドームの中を道順どおりに進んでいた。
途中でマキがトイレに行った。当然マキの親切心がそうさせたのだろう。
夏美「西城君、花なんか興味ないですよね?」
西城「いや、好きだよ。家に観葉植物があるよ。母親が好きだから。」
夏美「へえ・・・そうなんだ。」
西城「だから小さい頃から植物の中で育ったようなもんだな。」
夏美「これなんか、ハーブの種類かな・・・」
夏美は指差しながらそう言って、普段に無い笑顔を振舞っていた。
西城「そうそう、家はいろんなハーブがあった。名前は良く知らないけどね。」
夏美「そうなんだ・・・」
しばらくしてマキが戻ってきた。
そして3人は植物園を後にした。
再び電車に乗って西中野まで戻ってきた3人はファミレス「リトル・キッチン」に入った。
夏美「あらあ・・・けっこう混んでるのね。」
マキ「あ、あそこが空いているわ。」
夏美「店員の案内がいないし、座っちゃえ。」
そう言って3人は奥のだた1つ空いていた角の席に着いた。
ランチをしながら夏美が中心になってよく喋っていた。
夏美「しかし、何あの店員・・・全然動かないじゃん。」
確かに1人うろうろしている店員がいた。
マキ「まだ見習いなのかな?」
夏美「見習いは、胸にそのバッジを付けてるから、違うんじゃないかな・・・」
>>見習いなんだけど、胸のバッジを忘れてきたらしいです。
3人はまったく要領の悪そうな店員をまじまじと見ながら、ランチの後もそれをツマミにしてそれぞれのお茶をしていたのであった。
2月。
今日は13日。
スーパー「ゲキヤス」には多くの女性が新設のコーナーを占拠していた。
勿論目当てはチョコ。
とくに女子高校生の集まりは多く、押し合いもみ合いながらまるでそこは戦場になっていた。
その人数は特売日か年末の人手のようになっていたのだ。
マキ「すっごいね、人だらけ。」
昌子「ほんとだ。」
マキ「あーあーうちの生徒が多すぎるわ。」
昌子「ほんと、みんな渡す相手同じじゃない。きっと・・・」
マキ「やはり・・・」
昌子の言ったセリフは大当たりだった。
翌日の放課後、西城の下駄箱の中にはたくさんのチョコが押し込んであった。
光と西城が下駄箱にやって来た。
光「おいおい何これ。」
西城「まったく・・・」
光「いいよな、もらえるんだから。」
光は心の底から欲しそうな表情をしていた。
西城「やるよ。」
西城はそう言うとチョコのほとんどを光に渡した。
光「おお、サンキュウー・・・。あ、それも。」
光は西城の持っていた3つばかりのチョコも結局横取りした。
西城「しょうがねえなぁ。」
西城は完全に呆れてしまった。
光は楽しそうに足早に1人で帰って行った。
ちょうど同じ時間にいたマキはその2人の会話をずっと反対側の下駄箱で聞いていた。
一方西城の家では2つ上の姉が玄関のポストを見ていた。
姉「また今日もいっぱい着ているわ。」
ポストにはぎゅうぎゅう詰めになったいろんな形の小包が無理やりに押し込まれていた。
その全てを姉が家の中の自分の部屋に持って行った。
姉「あれれ?」
おかしなことに1枚の観葉植物の絵葉書が入っていた。
姉「何これ?バレンタインにハガキ1枚??それも観葉植物・・・」
姉が裏を見てみると、そこには黒木夏美としっかり書かれていた。
表はバレンタインとは描かれてはいるものの、ただのマジックの寄せ書きに過ぎなかった。
姉は気にせずそれをゴミ箱に投げ入れた。
けっきょくこのハガキは西城の手に届かないところで葬られてしまったのであった。
春休みにマキは中学時代に雑誌の投稿で知り合ったイラストの友達と『フェルメール展』を観に国立博物館に行くことになった。
当日その入り口で待ち合わせていたマキは3人と合流した。
マキ「待った?」
友1「全然。」
さすがに仲良しだけあって、入る前から話は弾んでいた。
友2「サークルの同人誌まとめるの、今回はマキの番だよ。」
マキ「そうだね。みんな原画持ってきたの?」
3人「もちろん!」
マキ「じゃ、頑張るわ。」
友3「よろしくね。」
そう言って3人はそれぞれ持ってきていた薄い原画を入れたファイルをマキに渡した。
マキは用意周到で、しっかりそれらを入れるファイル専用のバッグを持参していたのだった。
4人はまだ同人誌を発行した経験がなかったのだが、とにかくやってみようとここ数ヶ月試行錯誤していたのである。
友1「じゃ、中に入ろう!」
4人は博物館の中に並んで入って行った。
しばらく順路を進んだ所で、何やら変な青年を見つけた。
その青年は絵画を観るのではなく建物の柱を1つ1つジロジロ見回し、さらに各コーナーに配置されていた案内係の女性のスタッフをちょいちょい眺めていた。
友2「なんか、あの子キモイね・・・」
友3「ほんと・・・」
その時マキは大変な事に気づいてしまった。
マキ「あ、あれ、あれだわ・・・」
かなり呆れた様子のマキに3人がびっくりした。
友1「どうしたの。・・・マキ。」
マキ「あー、できたら素通りできないかなあ・・・」
友2「なんで??」
しかしすでに3人はその青年のそばまで近づいていた。
そして事態は急変したのだった。
マキを見つけたその青年は、
青年「やっほ~い!」
マキ「や、やめてくれぃ・・・」
そんなマキの最悪なるシナリオのつぶやきが聞こえる訳はなかった。
青年「やーやー、こんな所で会うなんて・・・奇遇ですね。」
友1「えー、マキの知り合い??」
青年「あらあ、みなさんお揃いで。けっこう決まってますねえ。いいですよ流行の先端いってます。」
青年は3人のスタイルを縦横にじっと眺めていた。
マキ「何でこんな所にいるの?」
青年「何でとは失礼な。」
友2「マキ、紹介してよ。」
3人はけっこう青年のルックスが気に入ったみたいだった。
マキ「うちの高校の同級生。」
光「は~い!光君です~!」
光は急にテンションが変わった。
友2「テンション高・・・」
友3「まあ顔は並より少し上ってとこか・・・」
マキにとってはどうでもよかった。とにかくこの場を離れたい気持ちが強かったのだ。
マキ「さ、行こ行こ。」
そう言って、なるべく光から遠ざかるようにマキは移動し始めた。
一度は監視の警備スタッフが近寄ってきたが、すぐにまた元の位置に戻った。
友3「何で?いいじゃん、一緒で。」
友1「そうね。同じクラスなんでしょ。」
マキ「ま、まあそうだけど・・・(^^;)」
返事の苦しそうなマキであった。
しかし光の実態を知らない3人にとっては、好奇心だらけでもあったのだ。
こうして想像もしていなかった5人の絵画鑑賞ツアーに結局はなってしまったのであった。
やがて出口の休憩室で、マキが光に、
マキ「何でここにいるの?それも1人で・・・」
光「おいおい。オレが絵を鑑賞するのはいけないのかァ・・・」
マキ「う~ん。理解に苦しむわ。」
光「はあ・・・?オレだってこれくらいの価値はわかるんだよ。」
マキ「どこがよ?」
>>どこがよ?
光は目の前にあったお土産コーナーにある絵画のポスターを指差しながら、
光「これなんか1億はするだろう。こっちは2億くらいかな?」
>>相変わらず適当なやつ。
マキ「あー、まったくわかってないわ・・・」
そこに友だち3人がやってきた。
マキはすぐに光から離れて3人の傍に寄った。
友1「しかし、あの人何でここにいるの?」
友2「そうよね、絵を観に来た感じはしないよね。」
マキにもその疑問がすぐに理解できた。光がマキたちの傍に来た。
マキ「光さん、わざわざフェルメールを観に来たの?」
光「え?フェルメール?何だそれ?・・・オレんちは毎回美術館の入場券がタダでもらえるから、使っただけなんだけど。」
マキ「どーいう人格なんだァ・・・(^^;)」
さすがにこのときは他の3人組も呆れてしまったようだ。
光と別れた4人は博物館を後にして、やがて駅で別れることになった。
ちょうどその時どこからか音楽が流れてきた。
マキ「あ、これこれこれだわ!」
急にマキが叫んだ。
友1「何何??」
マキ「この曲さ、『I can't stop loving you』って言うのよ。」
友2「へえー誰の曲?」
マキ「『ブラックアポロ』っていうバンド。」
>>オリジナルはレイ・チャールズだったかな?
友3「マキさ、『スランプ』じゃなかったの?」
マキ「ああ、あれかあ・・・もう卒業しちゃった。」
マキはにっこりとして答えた。
第7話
光は2年になってA1クラスからB1クラスに移った。
この高校は1年A1~A4、2年B1~B4、3年C1~C4というようにクラスが分かれていて3年間クラス替えがなかった。
2年以上の女子の楽しみと言えば新しく入ってくる新入生だった。やがてそれぞれのクラブに新入生が入部していった。
女子バレー部部室にて。
キャプテンの3年C3クラスのめぐと2年夏美の他12~3人の先輩たちと、新入生の7名が集まっていた。
夏美「めぐさん、新入生を紹介します。」
めぐ「はいどうぞ。」
・・・・・・・
新入生の中にはめぐの妹由紀子もいた。
またバスケ部にはA1クラスの仲良し3人トリオ、相葉、松本、桜井が入部した。
ある日の放課後のバレー部練習日。
この日は男子と女子が合同で今年初めて基礎練をしていた。
夏美は1年男子の中に豊の姿を見つけた。
夏美「豊じゃない!」
豊「やあ。」
豊は爽やかな表情で答えた。
夏美「同じ高校になるとは知らなかったわ。」
豊「以後よろしく。」
豊はジャニーズ風の可愛い小柄な好青年だった。
夏美「中学の時と全然変わってないね。」
豊「夏美はけっこう変わったみたいだ。」
豊が直球で話しかけてきた。夏美も負けていない。
夏美「うん、心も体も・・・」
豊「そうか・・・」
実はこの2人、中学生時代に付き合っていて1度は別れたのだが、夏美は豊が気になって、5月から再び付き合い始めることになる。
夏美はまたしても西城とデートを計画した。
昨年だけでなく、なんとしても今年も今のまま続けていきたかったからだ。
豊は年下だし、まだ彼が自分よりもかなり幼く思えてしまって、彼女にとって満足のいく交際相手ではなかったようだ。
今回はマキがジブリの映画が好きだったことを利用して、4月に映画館でたまたまジブリの映画を見つけ、このときとばかりマキに相談して、オッケーをもらったのであった。
3人が映画館の前で待ち合わせた。
マキ「夏美、ここだよ。」
夏美「待った?」
マキ「全然。」
夏美「西城君はまだだね。」
マキ「だってまだ約束の時間まで時間あるからね。」
夏美「あ、そうかぁ・・・」
マキ「待ち合わせの時間までまだ1時間弱あるよ。」
夏美「じゃマキ、すっごく早かったんだね。」
マキ「そうでもないよ。」
夏美「じゃ、そこのベンチで待っていようか?」
マキ「そうだね。」
2人は映画館の横に設置されていたベンチに座って西城を待つことにした。
やがて西城が上下ブルーのジーンズでやって来た。
そのかっこいい姿が2人にはとても印象的だった。
夏美は一瞬自分を失ったかのようになってしまった。
西城「あれ、もう時間だったかな?」
夏美「ち、違うわ、私たちが早過ぎただけよ。」
西城「そうだったの。」
西城はなんとか納得した様子だった。
そして3人は映画館に入って行った。
やがて3時間ほど時間が流れた。
映画館からゾロゾロと蟻の行列のように観客が出て来た。
マキ「良かったね。」
夏美「ほんと、感動したわ。」
そのときマキは知らずにハンカチーフを落としたらしい。西城がそれに気が付いて、
西城「軽辺さん。」
マキ「え?」
マキは西城が話しかけたことにまず驚いた。
彼は滅多と女性に声をかけないからだ。
西城「ハンカチ落としましたよ。」
そう言ってマキのハンカチーフを拾い上げた。
マキはすぐにそれを受け取って、
マキ「ありがとう。」
このとき夏美は西城が自分には見せたことの無い表情をわずかながらも横目で感じとったのであった。
5月になった。
バスケ部では、やはり西城の人気が高く、新入生の女子がかなりの人数練習を見に来ていた。
ただし、女子バスケ部はなかなか入る部員がいなかった。
というのもキャプテンの荒川さおりがけっこう厳しい練習をさせるくせに自分は何もせずしょっちゅうじっと座っていたりするため、部員は2年生松尾美咲と森幸代2人だけのたった3名で練習試合にすら出れなかったのだ。
バスケ部の女子更衣室では、
美咲「どうなるのかなバスケ部?」
幸代「ほんと、あってない部だよね。今年1年生が入ってこなかったしね。」
とくに男子と合同練習の日には、さおりの声がいつもより大きくなり、おかげで男子部員までびびる始末だった。
相葉「なんだよ、あの大きい声は?」
桜井「めちゃビビルよな。」
さてこの日は男子バスケ部の練習試合が本校で行われた。
当然のごとくたくさんの女生徒が体育館を埋め尽くしていた。
久々に応援団部が協力していた。
ちなみに吉永はジャンケンで負けて応援団長になったのだった。
生徒1「やっぱりかっこいいね、西城君。」
生徒2「ほんとほんと、他に勝てる男子いないのかな?」
生徒3「うちの学校って差が激しいよね。」
生徒1「そう、私もそう思うわ。」
生徒2「今日は相手校の女子も応援に見に来ているから、見学多いね。」
生徒3「あいつらも西城君目当てじゃない?」
生徒1「そうよ、きっと・・・」
確かに西城がシュートを決めるたびに観衆の悲鳴が体育館中に響いた。
キャー!!!!ワー!!!
一方スナック「NOBU」にて。
スナック街の中でも取り分けくっきりと目立つ、建物全体が白くて入り口のドアが洋風のアーチを取り入れたこのスナックは豊の母親が経営しているが、平日の夜からしか店を開けない。
そのことを知っている豊は、この店で放課後夏美とデートを繰り返していた。
夏美「あの頃と全然変わってないわね。」
豊「そうだね。」
普段と変わらない軽い返事だった。
夏美はすぐ前にあったストローを手に持って、中身を出し、外の紙袋を折り曲げたりして、
夏美「最近ね、私考えが変わった。」
豊「どんな風に?」
夏美「中学の時はスナックってすごく悪いイメージがあってさ。豊は好きだったけど、家庭環境がいやだったの。」
夏美はストローの紙を丸めて灰皿に捨てた。
豊「オレもスナックは好きじゃないよ。」
豊は斜め上にあるマリリンモンローのイラスト画を眺めながら話した。
夏美「あれ?当時はそうは言ってなかったけど・・・」
豊は傍にあったライターを触りながら、
豊「あの頃は親の仕事がよくわからなくってさ。」
夏美「そうだったの・・・」
夏美はどこか心の奥にあった小さな棘が抜けた気がした。
豊は有線のスイッチを入れて、ボリュームとチャンネルをセットした。
そしてカウンターの隅からグラスを2つ出してきた。
豊「乾杯!」
小さな空間に優しそうなバラードが響いていた。
>>曲はエルトン・ジョンの「僕の歌は君の歌」。続いて、アバの「The winner takes it all」
夏美「相変わらず洋楽が好きなんだね。」
豊「ああ。」
夏美は左手で自分の髪を撫でながら、
夏美「この曲聴いたことがあるなあ。」
豊「アバの曲。」
夏美「ああ、アバね。なんとなく覚えてる。」
>>実は覚えていないのだ。
2人は久しぶりの再会に、いろいろな思い出話をしていた。
そしてこの日2人の距離はだんだんと接近していったのだった。
夏美「私ね、豊が初体験だよ。」
豊「オレもだ。」
夏美「嘘!嘘よ!噂を聞いたわよ。」
豊「噂?」
夏美「そうよ、中2のときの転校生と・・・」
豊「あ、あれはデマだよ。」
夏美「ほんとかな?」
豊「ほんと。」
夏美「とか言って口がうまいんだから・・・」
>>そうそうみんなそうです。
豊「夏美だけには嘘をついてないよ。」
夏美「じゃ他のみんなに嘘八百・・・」
急に豊が夏美の口を押さえて、その後キスをした。
BGMがビートルズの「アンド・アイ・ラブ・ハー」に変わっていた。
この日以後2人が会うのはたいていこのスナックなので他の友達には2人の関係が知れ渡ることはなかったのであった。
第8話
2日後空はやや曇り空ではあったが校内の競技大会が例年通り無事に行われた。
最終的に試合結果だけをいえば、バレーボール男子の種目ではB1クラスは西城がまたしても活躍して勝ち続けついに優勝した。
バスケットボール男子の種目でもB1クラスが光の活躍でなんとか優勝した。
この結果西城と光の2人が多くの女子のファンを増やすことになった。
ただ女子のなかには西城がバスケットボール種目に参加しない理由を知らない者も多くいた。
ある日の放課後の下駄箱にて。
麗子が帰ろうとしたとき、カバンからピンクの手帳が落ちてしまった。
それを知らずに麗子が帰ろうとしていたとき、ちょうど通りかかった西城がその手帳を見つけて、
西城「鳥飼さん。」
西城はけっこう大きな声で麗子を呼び止めた。
麗子「は、はい。」
麗子はドキッとした様子で答えた。
西城「手帳を落としましたよ。」
西城はそう言って手帳を拾い、麗子に手渡した。
麗子「あ、ありがとう。」
西城はその場をさっさと離れて行ったが、立ち止まったままの麗子は内心喜んでいた。
自分の名前を覚えてもらっていたからだ。
しかしその麗子の手帳の裏側に西城の写真がはさんである事までは彼は気づかなかった。
麗子が校門を出たすぐ後、C1クラスの荒川さおりが下駄箱にやって来ていた。
さおり「ふん、古い手を使う・・・」
>>じゃ新しい手って何?
さおりはゆっくりと下駄箱前にある掲示板を眺めていた。
そこへ令が通りかかった。
さおりと令はクラスが違っていたがかつて一時期は仲がよかった。
令「よ、元気してるかい?」
さおり「いつものことよ。」
令「変わんないねぇ・・・」
さおり「お互いね。」
さおりは令のそわそわした様子を見ながら、
令「待ってんの?」
さおり「べ、別に・・・」
令「わかるわよ私には、付き合い長いから・・・」
感づかれたさおりは声を大にして、
さおり「余計なお世話よ!」
令「部員増やそうとしないの?」
さおり「下手な奴入れても仕方ないじゃん。」
令「それを鍛えて強くするのがキャプテンの仕事じゃないの?」
さおり「相変わらず言うねえ・・・」
令「あんたのお陰よ。」
さおり「もういいよ、過去のことは・・・」
そう言ってさおりはうつむいた。
令「いっしょに帰ろうか?」
令は何気なく軽くさおりの肩をたたいた。
さおり「ん・・・そ、そうね・・・」
令「彼まだ来ないよ。さっきトイレにいたけど、連れとカラオケに行くってさ。」
さおり「後つけてるの?」
令「トイレでたまたま出会っただけよ。そこで連中が行き先をしゃべってたからさ。」
さおり「どっか寄り道する?」
令「決まってんじゃん、カラオケに!」
さおりは軽くうなずいて、
さおり「あっそう・・・」
南高針地区にあるスーパー「ゲキヤス」には数年前からカラオケのテナントが入っていた。
高校からちょうど寄り道には打って付けの場所だった。
令とさおりの2人はよくここのカラオケを利用していたのである。
今日もさっそく中に入って行った。
令「いつもの部屋空いてて良かった。」
令はこの店ではお気に入りの部屋があったのだった。
さおり「令は好きだからね、カラオケ。」
令「でも初めてここに来た時は、2年前の5月でサトシと2人だったんだよ。」
さおり「え!私より先に手を出してやんの。」
令「早いもの勝ちってやつですか・・・」
令はガッツポーズをした。
さおり「でさ、あれは?」
令は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに気づいて、
令「そのときCよ。」
さおり「信じられない・・・」
令「私はいったい何だったの?」
さおり「遊ばれてたんじゃないの?」
令「何よ真剣だったわ!」
さおり「私こそ、遊ばれてたんだわ。」
令「今頃ですか・・・」
さおり「いっぱい買ってもらったけど・・・」
令の目の色が変わってきた。
令「ヴィトン?エルメス?」
さおり「そうよ。」
令「うふふ、私たち2回旅行してるよ。」
さおり「呆れた・・・」
令「現実をもっと見なきゃ。」
さおり「あんたには言われたくなかったけど、負けたわ。」
令「勝ち負けの問題じゃないよ。」
>>いや、けっこうそうかも・・・
さおり「そうかもね。結局奥さんにバレて、私たちだってもうちょっとで退学になるとこだったからね。」
令「そうだあの先生、サッカー部も絡んでいたよね。」
さおり「そうそう、部員の酒、タバコ問題であの先生も同伴だったから。結局サッカー部は4年間休部になっちゃって。」
令「まあしょうがないと言えばそれまでだよね。」
さおり「そうね。」
令「美術後任の元気はじじいだからね。」
さおり「ほんと、好みじゃない・・・」
令は急に思い出したかのように、
令「さおり、五郎は敵が多過ぎるよ。」
さおり「わかってるわよ。」
令「いつも一番近くにいるくせに何やってんのよ!」
さおり「何であんたにそこまで言われなきゃなんないのよ。」
少し間が空いて、
令「良い事教えてあげる。」
さおり「何よ。」
令「五郎の好きな相手知ってる・・・」
さおり「え!!!」
さおりはかなり驚いたようだった。
令「そんなに驚く?」
さおり「だ、誰よ。」
令「知りたい?」
さおり「何もったいぶってんのよ。」
令は少しうつむき加減になって、
令「ん・・・でも確証はない・・・」
さおり「何だ、つまらない・・・」
さおりは大きくため息をついた。その時隣の部屋に客が入った。
令「お、来たか!」
さおりは何も考えずにすぐにトイレに行った。
部屋に残った令が、
令「さおりの奴、しょうも無いことは早いんだから・・・」
さて、隣のカラオケルームではバスケ部のメンバーが集まっていた。
光「早く次いって!」
松本「歌う順番が違うよ。」
相葉「オレが最後でいいよ。」
西城「光、先に歌えよ。」
光「よおし!」
光はマイクを持って踊りながら、
光「走り出せ~♪」
桜井「それって嵐?」
光「もちろん!」
>>相変わらずお調子もの!
松本「イメージ違うよな・・・」
さおりが部屋に戻ってきた。
どうも隣の部屋の偵察もしていたようだ。
さおり「なんで光までいっしょなんだ・・・」
令「え!また仕切っていたんじゃない・・・」
さおり「たぶんね。」
トントン・・・ドアをノックする音が聞こえた。そしていきなり、
光「やっほ~い!!!」
>>いつもの元気で明るい光の登場
令はいきなりの入室と大きな声に驚きとショックで、ガクッとしながら、
令「あちゃちゃちゃちゃ・・・(^^;;)」
光「あれ?部屋間違えたかなぁ??」
さおり「しっかり間違えてるわよ!」
光「わー!!さおり先輩じゃないっすかあ!」
光は目の前にいたさおりを大きな声で呼んだ。
さおり「呼ぶな!バカ・・・」
光「オレも1曲いいっすか?」
令「よくないよ。男子はとなりとなりとなりの部屋でしょ!」
光「まあまあまあそう言わずに、はいマイク~♪!」
光は自分もマイクを持ちながら踊り出した。
さおり「最悪だわ・・・」
マイクを渡されたさおりもガクッとしながら、そして令は急に思い立ったように、
令「私トイレに行って来るわ。」
さおり「え!そんなのあり・・・(×。×)」
さおりは急に元気がなくなってマイクをテーブルに置いた。
光とさおりの2人だけになった部屋は異様なムードが漂い始めていた。
光「先輩デュエットしましょう!」
さおり「いらん!そんなもん!」
光はマイクをさおりに渡そうとしたが、さおりは受け取らなかった。
そのため光は2本のマイクを交互に構えながら歌っていた。
さおり「お前は一体どんな神経してるんじゃ!」
さらに隣の部屋から令が楽しく歌っている声が聞こえた。
さおり「令のやつ!!!!!」
さおりも急いで隣の部屋へ入った。
相葉「わ!どうなってんの?」
西城「さ、どうぞどうぞ。」
西城はさおりに場所を空けた。
令が一瞬さおりの方ににらみを効かせて、
令「おいおいおい・・・」
桜井「はい令先輩、次オレいいですか?」
令「いいよいいよ!」
令は思った。
西城とさおり・・・近付き過ぎ!!!!!
>>そしてあなたは興奮しすぎ!!!!!
高1トリオは嵐のメドレーをどんどん歌っていった。
のりのりでこの部屋全体が明るかった。一方・・・
光「ん?」
光は周りを見回した。
光「何でオレ1人なんだ。」
>>早く気づけよ!
やっと自分が1人になったことに気づく光であった。
翌日のB1クラス1限目は音楽だった。
生徒は音楽教室に移動した。
講師の清水若菜先生はボブがとても似合う品のある女性なのだ。
クラスの女生徒の間でも注目をする子が多かった。
今日も臙脂色のブラウスにグレーのスカートで決まっていた。
清水「ではみんなで合唱します。」
昨日のカラオケが響いたのか光は声が擦れていた。
この日だけは光はみんなにちょっかいを出しには行かなかった。
マキ「変ねえ。」
マキは光の席を見ながら言った。横にいた夏美が、
夏美「ほんと。死んでんじゃないの。」
マキ「それはちょっと言い過ぎかも。」
そして2限目も何の変化も無く終わった。
マキ「変だよね。」
夏美「2限目の英語の時間、当てられても答えなかったし。」
マキ「あれ?」
急に外が暗くなってきて、雨が降り出した。
夏美「雨だ。」
吉永「よっしゃああ!」
マキ「声でか・・・」
>>確かにでかいわ。
夏美「体育が保健に変わるね。」
マキ「そうだね。」
いつも体育の授業は雨になると保健の授業に変更することが多かった。
4限目の保健の授業が始まった。
夏美「この授業いっつも退屈だよね。」
マキ「だって先生教科書棒読みしてるだけだしさ。」
夏美「やっぱ今日も生徒の半数はしっかりうつむいて寝てるわ。」
それがいつもの保健科授業の光景だった。
しかしマキは保健の時間が大好きだった。
好きなイラストがまったく気にせず描けるからなのだ。
夏美「マキ良かったね。」
マキはニコニコしていた。
放課後のクラブ活動はバレーボール部がグラウンドでの練習日だったのだが雨のためミーティングになった。
やがてミーティングの途中で雨は上がった。
めぐ「よかったね夏美、帰れるじゃん。」
夏美「ほんと、ほっとしたよ。」
めぐ「確か夏美のクラスの吉永君って、雨でも自転車なんでしょ。」
夏美「そうよ、いつも傘1つでかっ飛びで帰って行くよ。」
めぐ「家に着く頃はきっとびしょ濡れだよね。」
夏美「あー想像したくないわ。」
めぐ「確かに・・・」
夏美はそれほど音楽に興味はなかったのだが、マキからメールがきて、6月にカラオケに行こうと誘いがきた。
それを意識してか急に、あちこちで音楽が流れるとその度に気になるようになった。
ここは夏美の家の父の部屋。
夏美「どうしたの父さん。何か古臭い曲聴いてる。」
父「夏美にすれば古いかもしれないが、父さんにしたらこれが名曲。そう名曲はどれだけ時が流れていっても新曲なんだよ。」
夏美「ふう~ん。全然つまんない。」
父「そんな事を言うけど、お前も大人になったら同じ事を思うんだよきっとな。」
夏美「えー、ウッソでしょうー・・・ミスチルが古いなんて何年経っても思えないわよ。」
父「何その味噌汁って?」
夏美「味噌汁じゃなくミスチル。ミスターチルドレンを略して皆そう呼んでるのよ。」
父「短くしてるだけじゃないか。小川知子だと、オガトモってことか。マユジュ、ソノマ、オクチ・・・わけわからん。」
夏美「ほんと、何それって感じ・・・」
父「今のこの曲が小川知子なんだ。」
夏美「ふう~ん。まったく興味ナッシング。」
夏美はそう言うと父の部屋を出て行った。
父「近頃の若いもんは、本当の歌を知らんな。」
>>本当の歌って?
今度は炊事している母のところに行って、
夏美「お母さん、ミスチルって知ってる?」
母「知ってるよ。ミスターチルドレンでしょ。」
夏美「さすが・・・」
母「『抱きしめたい』がいいわね。・・・抱きしめたい~♪」
夏美「あっ歌わなくてもいいんだよ・・・」
母「どうして?」
夏美「父さんは知らないからさ。」
母「父さんは爺だからね。」
>>じゃあんたは?
母「フフフ、私はまだまだついていける年だからね。」
夏美「今度お母さんとカラオケ行きたいな。」
母「よおし!行こう!!」
母の声が大きかったのか、遠くで聞いていた父が、
父「おい、オレも行くよ。」
2人「パスパスパスパスー!!」
夏美は自分の部屋に戻って、ベッドの横に飾ってあるドッグのぬいぐるみを抱いていた。
父「連れてってくれよ。」
母「どうせ古いわけのわからん曲を歌うんでしょ。しらけるんだから・・・」
父「何言ってんだよ。いい曲は何年経ってもいい曲なんだよ。」
母「それが古いって言うのよ。」
父「ようし!味噌汁を覚えよう!」
母「はあ??」
両親の会話がまだ聞こえていた。
結局父が荷物を持つという条件で、3人でカラオケに行った黒木一家であった。
そしてそのカラオケでは。
父「抱きしめたい~・・・(^^)/」
夏美「や、やめてよ父さん・・・(×。×;;)」
父「何でだ。どうだ味噌汁うまいだろう。」
かなり自慢げの父。
>>味噌汁はうまいんだけどね。
夏美「だからもういいって。味噌汁じゃないし。」
必死で止めようとする夏美。
>>そうよ、ミスチルだって。
母「私が歌ってあげるわ。抱きしめたい・・・~・・」
夏美「あーもうだめ。うちの家系は皆オンチなんだ。ショック・・・(ー。ー;)」
・・・・・・・・・
そして、
父「母さん上手じゃないか、ひばり。」
母「あのね、ひばりじゃなく山口百恵よ。」
父「山口もえ?」
母「もえは女優でしょ、もう・・・わかってないのね。」
夏美「何この2人の会話。ついていけなーい!」
カラオケに行った次の日。
夏美「やっぱりカラオケは友だちと行くのが一番だなあ。」
そしてその夜、もうすぐ0時になる頃。
父「あなたなら~♪」
夏美「ちょっとちょっと・・・」
母「あっ、ご近所が急に電気付けたわ。」
夏美「私言ってくる。」
夏美は急いで風呂場に行った。
夏美「父さん、歌うの止めてよ。うるさいから。」
父「何でだよ。いい曲なんだから。」
夏美「近所迷惑なのよ。お母さん怒ってるよ。」
父「しょうがないなあ、音楽を理解できない奴らは。」
>>それ、あんたでしょ!
第9話
6月に入り、夏美、マキ、西城、光の4人がカラオケに行くことになった。
今回は夏美が仕掛けたのではなく、マキが夏美に先月に頼んだのであった。
4月の映画のとき、西城が拾ってくれたハンカチのお礼がしたかったらしいが、夏美にとってはたかがハンカチでそこまでする必要はないと考えていた。
しかし自分はとにかく西城に会えればいいと思っていたので、有無を言わずに賛成しマキの願いを叶える事にしたのである。
ここは学校近くのスーパー「ゲキヤス」にあるいつものカラオケ店。
マキ「お待たせ。」
いつもは約束の時間よりかなり早く来るマキだったが、この日は違っていた。
夏美「マキ、チョーかわいいじゃん。」
マキ「ありがとう。」
マキはニコニコして答えた。
続いて西城がやって来た。5分遅刻したのは光だった。
夏美「光遅刻だよ。」
光「まあまあまあ・・・」
いつもの調子の光であった。
>>いつも遅刻かい!
さて、本来ならこのまま4人がカラオケ三昧ということで夕方まで話が進むのだが、今日はちょっと違った。
カラオケを始めてから1時間少し超えた頃だった。
突然部屋に吉永が入ってきた。
夏美「えー!なんで・・・どういうこと???」
吉永「ごめんごめん驚かせて。」
光「よ!ひさしぶり!」
>>またかっこ付けちゃって。
吉永「おい、光。昨日教室で会ってるだろうが・・・」
マキ「はい次、西城君だよ。マイク・・・」
マキは西城にマイクを手渡した。
このときも夏美は2人に再び不思議なオーラを感じるのであった。
面白いことに、西城が歌っているときは全員集中して、誰かは手拍子、誰かは合いの手を入れたりしたが、光が歌い出すと彼の歌などまったく気にせずに、皆それぞれに誰かと誰かが話していた。
しかし光はいつものごとく自己陶酔状態になって、もはや周りはどうでもよく、自分の熱唱にしっかりと感激を覚えていたのである。
そしてその翌日、夏美はマキの家に遊びに行った。
夏美「こんにちは。」
マキ「あっ、待ってたわ。さ、どうぞ中へ。」
玄関にいたのはマキだった。
マキ「今日はお母さん美容室に行ってるから帰りが遅いのよ。」
夏美「そうっかあ、じゃお邪魔します。」
夏美がマキの家の中に入るのはかなり久しぶりだった。
夏美「あっ、これって!」
マキ「え、知ってるの?」
夏美「フェル・・・何とか・・・」
マキ「そうそうフェルメールの絵なんだ。」
玄関にはフェルメールのレプリカが飾られていた。
夏美「そう言えば今年の春・・・」
マキ「そう、行って来たんだよ。」
夏美「そうなんだ。」
マキ「この絵が一番好きなんだ。さ、私の部屋へどうぞ。」
マキはそう言って夏美を自分の部屋に入れた。
部屋の窓は小さな出窓になっていて、そこには観葉植物が置いてあった。
夏美「あれ?前に来た時は窓には何もなかったよね、確か・・・」
マキ「うん、お母さんが買ってきて置いたんだよ。」
夏美「そうなんだ。ああ、そう言えば西城君も観葉植物が好きなんだって。」
マキ「へえ・・・」
マキは不思議そうな表情で聞いていた。
夏美「今年の初詣のとき、西城君から聞いたんだよ。」
マキ「そうなんだ。」
マキは関心していた。
>>観葉植物が好きな男の子って・・・どうよ。
夏美「そう言えばさ、昨日のカラオケ。途中から突然吉永君が来たでしょ。」
マキ「あ、あれね。最初は私も驚いたんだけど。お店を出る時西城君が、今日もしかして男子が1人増えるかもしれないって、そう夏美に伝えてあるって言ってたよ。」
夏美「え?・・・そ、そうだったっけかなあ?」
夏美はしばらく暗中模索していたが、
夏美「もしかしてそうだったかもしれない。」
マキ「別にいいんじゃない、皆が楽しかったんだし。」
夏美「そ、そうだね。」
そう言って夏美は壁にゆっくりともたれかかった。
窓に並んだ何種類かの観葉植物が爽やかな風でゆっくりと揺れていた。
その中で元気な2本の花の横で小さくなって揺れていた蕾を夏美はしばらく眺めていたのであった。
7月上旬に高校バスケットボール地区大会が花園学園大学の体育館を利用して行われた。
この大会では3年生は抜けて、1、2年による初めての試合だった。
例によってたくさんの女子高校生たちが西城を見に来ていた。
そして決勝戦で僅差で優勝した花園学園大附属高校のメンバーは近くのレストラン「リトル・キッチン」で打ち上げを行った。
光「やったぜ、ベイビー~♪」
松本が西城先輩の方を見ながら、
松本「いやあすごかったですね。やっぱり西城先輩は上手だ。」
それを横で聞いていた光は、
光「オ、オレは?」
>>聞く必要ないと思うけど
桜井「光先輩もよかったですよ。」
光「だろう、あのロングシュート!シュパ!!」
光はシュートする真似をしてみせた。
>>全然カッコよくないです。
西城「早く注文しなよ。」
相葉「オレ後からでいいっす。」
松本「先輩からどうぞ!」
松本が光にメニューを見せる。
光「よし・・・今日は・・・」
西城「ここのハンバーグすごく上手いよ。」
光「じゃオレ、ステーキ300gで!」
>>やっぱり・・・みたいな。
松本・桜井「?????」
相葉はメニューのステーキ300グラムの値段を見ながら、
相葉「やっぱそうですよね。優勝したから・・・」
松本「オレ、ハンバーグ150gでいいや。」
桜井「オレもそれで。」
相葉「じゃ、オレもそれ100gで・・・」
西城「店員さん!」
西城が店員を呼んだ。
西城「ハンバーグ4つ200g、150gが2つ、100gとステーキ300g1つで。」
光「ステーキオレだけかよ。」
>>変えるなら今だ・・・ってしないのかよ。
やがて食べ終わったバスケ部の部員たちはここでミーティングを行い、新しいキャプテンに西城を選んだのであった。
夏美、マキ、西城、光の4人が6月に続いてカラオケに行くことになった。
今回は夏美が仕掛けたのではなく、西城から誘いがあった。当然断る理由など無かった他のメンバーはすぐにオッケーした。
ここは学校近くのスーパー「ゲキヤス」にあるいつものカラオケ店。
マキ「お待たせ。」
前回もかなりオシャレしていたマキだったが、今回も決まっていた。
夏美「またまたまた・・・」
マキ「えへへ・・・いいでしょ。」
夏美「今度さ、その服買った店教えてよ。」
マキ「いいよ。」
面白いことに今回も、西城が歌っているときは全員彼に集中して、誰かは手拍子、誰かは合いの手を入れたりしたのだが、光が歌い出すと彼の歌をまったく気にせず、それどころか興味さえ示さずに、皆それぞれに誰かと誰かが話していたのであった。
夏美とマキの間に西城が座っていたときだった。
夏美は気になって仕方がなかったのだが、どうも西城とマキの目線が時々一致するのが頭から離れなかった。
1時間半を過ぎた頃だった。
西城が急に体調を崩したのかちょくちょくトイレに行くようになった。
マキ「西城君大丈夫かな?」
夏美「そうねえ、何か調子悪そうだね。」
マキ「どうする?」
夏美「もう止めようか?」
横から口出す光。
光「何で、フリータイムなんだし最後までやろうよ。」
しばらくして西城がトイレから戻ってきた。
西城「ごめん、ちょっと急用ができてしまって・・・」
夏美「西城君、いいよ私たちも帰るから。」
西城「いえいえ、変わりに吉永君が来ます。」
3人「え!」
>>そんなに嫌がらなくても・・・
3人が3人共顔を合わせたのだった。
光「ま、いい。オレが今日の分全部出すからさ。」
実はカラオケはいつも割り勘だったのだ。
そして数分もしないうちに吉永が颯爽とやって来た。
吉永「や!」
光「よ!」
さて、カラオケはさっきとはまったく違ったムードで夕方まで続くのであった。
夏美「あーっ、やってらんないわぁ・・・」
マキ「でも、それじゃあまりに可愛そうじゃない。」
2人の会話もお互い小さくつぶやくようになった。
夏美「私鳥肌が立つもん。」
>>無理も無いかぁ・・・
マキ「そ、そこまで・・・」
マキが心配そうにつぶやいた。
夏美「そうなの。」
マキ「じゃ、もう帰ろうか?」
夏美「そうね。」
夏美には吉永がマキを避けているように見えた。
店の出入り口の会計で光が払おうをしたとき店員が、
店員「あ、4人分は先にもらっています。」
はっきりとした口調で言った。
つまり光の分を除いては、西城が支払いを先に済ませていたのであった。
光「うーん?オレって得したのか、損したのか??」
店の外では3人が待っていた。
夏美「光さん、ありがとう。」
マキ「光さん、ありがとう。」
光「えええ、急に『さん』付けですかみたいな・・・」
吉永「光ちゃん、ありがとう。」
光「お、お前まで、キモイよ。」
>>あんたの方がキモイと思います。
光はまさか西城が先に会計をしたなんてことはそのときは言えなかった。
次の日夏美はマキの家に6月に続いて再び遊びに行った。
マキの部屋に入った夏美は、最初に部屋のあちこちをチラチラっと見ていた。
特に部屋には変わりが無かった。
それから窓に近づいていって先月観察していた窓の観葉植物をじっとしばらく眺めながら、そしてその後急に振り返って、
夏美「もしかして、もしかしてよ・・・」
マキ「なあに?急にどうしたの?」
不思議そうな表情のマキだった。
夏美「マキって西城君のことさ・・・」
少し間が空いて、
マキ「あは、何言ってんのよ。おっかしい~」
マキは笑い始めた。
マキ「私ずっと夏美が西城君のことを好きだと思ってたんだよ。」
夏美「わ、私は・・・好みじゃないし・・・」
マキ「そうう・・・???」
大事なことを言うことを忘れていたが、夏美は西城と自分との距離が日々どんどん離れて行くのを気にして、その欲求不満を豊にぶつけていたようだ。
さすがにマキは親友なのでその対象にはなり得なかったのである。
第10話
7月中旬の夏休みに入る直前に今度は高校バレーボール地区大会が花園学園大学の体育館を利用して行われた。
ところがこの大会の2日前にバレー部男子の中心人物が練習中にころんで腕を骨折し、大事な試合に出れなくなってしまった。
仕方なくバスケ部の西城がピンチヒッターで出ることになった。
通常は許されないのだが、今回高校体育連盟の役員の数人が花園学園大学の教授だった事から、裏でいろいろ調整があったようだ。
詳しくはわからないが、今回に限りピンチヒッターが認められた。
地区大会の当日はさらに活気付いた。
西城が出ることが急に決まって、女子高生たちがまたここに集結することになったからだ。
生徒1「やっぱいいわよね。」
生徒2「ほんとほんと。オールマイティだもん。」
生徒1「あー付き合ってくれないかなぁ・・・」
生徒2「ここにいる女子はみんなそう思っているよ。」
生徒1「そうよね、敵多し。」
生徒2「ほんとほんと。」
ところが急だったので準備不足だったのか、それとも体調が悪かったのか、西城のクイックがなかなか決まらず、決勝戦までいきながら、それもかなりの接戦までにはなったのだがついに負けてしまった。
めぐ「どうしちゃったんだろう?」
夏美「ほんとだね。おかしいよね。」
めぐ「きっと何かあったんじゃないの。」
夏美「そんな雰囲気だよ。」
この日は夏美にとっては西城はどうでも良かった。
それより豊の方が気になっていた。
揺れる女心からか、この頃頭の中で西城と豊がシーソーのように胸が高鳴り、また振り子のように瞑想が行ったり来たりしていたのだった。
この日西城は校門を出る時も友達に何も言わず1人で帰宅した。
このせいかこの日の打ち上げは無かった。
そして数日後西城はバスケ部キャプテンを辞退することにした。
次の日、1限目は数学だった。
権藤講師は一つ机が空いているのを見つけて、
権藤「おや、西城は?」
光「欠席でぇ~す!」
笑いながら単調な言い回しで光が返事をした。
権藤「光何か理由知ってんのか?」
光「知りません。」
>>なら最初から黙っとけよ!
そう言って光は手に持った携帯をいじり出した。
光の言い方にクラスのみんなが笑っていた。
マキ「めずらしいね、西城君。」
夏美「昨日の試合のことかな・・・?でも、それくらいで・・・」
夏美は妙に西城のことを気にしていた。
マキ「決勝戦で負けたらしいね。男子が西城君のせいにしてるわよ。」
夏美「それはおかしいわよ。」
>>急に同情する夏美。
マキ「でしょ、このクラスの男子変な奴の集まりだわ。」
夏美「1人を除いてね。」
マキはその返事のかわりにうなずいていた。
権藤「では始めるぞ。明日から夏休みだから、今日はしっかりやっておきます。」
光「やらなくていいよ・・・」
権藤「光何か言ったか?」
光「いえ別に何でもありません。」
>>いつも一言多いやつ
光はやっとのことでカバンから教科書を出して開いた。
なお後でわかったことだが、西城の調子が悪かったのは試合の4日前、父親が急性胃炎で急遽入院して、西城家がごった返していたからだった。
試合当日も手術するしないでもめていたらしい。
一方B3クラスでは、今年から中野高校から転任してきた英語科の藤森先生がクラス担任になった。
藤森「明日から夏休みに入ります。今日はこれまでの中間経過の成績表を配ります。」
藤森はそう言って成績表を1人ずつに配った。
たまたま松尾美咲と森幸代が隣同士の席になっていた。
生徒はみなそれぞれ自分の成績を覗き込んでいた。
幸代「あー今年も英語だめだぁ・・・」
美咲「そうだね。」
美咲と幸代は1年のときから英語が苦手で成績もよくなかったのだった。
幸代「あ、そうだ。今日クラブ行く?」
美咲「挨拶くらいしとこうか・・・」
幸代「そうね。」
2人はバスケ部の部室に行った。
さおりはまだ来ていなかった。
美咲「あ、ちょっとトイレ行って来る。」
美咲はトイレに行った。
このあと予想もしなかったことが起こった。
たまたま美咲はカバンを置いて行ったのだが、チャックが開いていて、中から成績表の一部が見えていた。好奇心からか幸代が美咲の成績表を覗いてしまった。
幸代「え!英語・・・」
そうなのだ、英語の成績が98点!
幸代「し、信じられない・・・」
幸代が悩むのは無理も無かった。
2人は1年のときから英語の成績ではドベ争いだったからで、勿論2年になってもまったくお互い変わりばえしない成績のはずだったからである。
幸代「何でだろう・・・」
とりあえず、幸代は成績表を元に戻しておいた。
しかしこの悩みが後々大きな問題になっていったのである。
さて、いよいよ夏休みに入った。
女子バスケ部の夏休み練習は人数が少ないのでほとんどやらなかった。
そのためか暇をもてあました幸代は、中学時代の友達とカラオケに来ていた。
が、たまたまそこで担任の藤森先生と美咲の母親が2人でカラオケから出てくるところに出くわせてしまった。
幸代「な、なんで・・・」
幸代はあまりの光景に落ち着きを失ってしまった。
そしてさらに幸代の疑問はどんどん膨れ上がっていったのだった。
幸代は帰宅した。
やがて夜母親が帰宅したときにカラオケでの出来事を話した。
母親はいつものようにTVでサザエさんを見ながら、
母「ああ、松尾さんのお母さんはPTAの副会長だから、担任と話すこともあるでしょう。」
幸代「そうなんだ・・・副会長・・・」
なんだかよくわからない母の説明に幸代は自然と納得させられたような気持ちだった。
>>ほんと、よくわからない説明。
男子バスケ部の練習では、西城と光が参加していたが、めずらしく吉永が練習を覗きに来ていたのだった。
バスケの練習が終わってから西城と吉永の2人が下駄箱で一緒になった。
西城「どう?仲良くやってるかい?」
吉永「全然。」
西城「そう・・・」
西城はため息まじりでだいぶ残念そうだった。
吉永「あいつ、お前の事が好きなんじゃないか?」
西城「んー?まあそれはないと思うわ。」
吉永「どうしてだ?」
西城「オレにその気がないから。」
吉永「そ、そう・・・」
西城「そう。」
吉永はこの時初めて西城が夏美に興味がなかったことを知ったのである。
吉永「じゃあこの前のカラオケって・・?」
西城「そうだよ。」
吉永「そ、そうだったのか。あ、ありがとう。」
>>どんくさぁ
西城「お礼はいいから・・・頑張れよ。」
西城はそう言って吉永の肩を軽く叩いた。
そのとき吉永のカバンからコーラのペットが顔を出した。
吉永「あ、ああ・・・」
吉永はわざわざ自分のために西城がセッティングしてくれたことに気づき感謝したのである。
そして、この日から西城には一歩譲るようになっていったのであった。
第11話
夏には毎年恒例の花火大会が東中野商店街近くにある中野北公園で今年も行われた。
公園だけでは場所が狭いので、近くの中野神社の境内や広場も縁日や櫓に利用されていた。
また公園がさほど広くなかったために、花火の打ち上げ場所は公園から北に2キロほど山よりにいったところで今年も準備された。
今年もマキは同じ美術部で隣のクラスの小柳昌子といっしょに流行のカラフルな浴衣姿で花火を見に来ていた。
昌子「マキその浴衣にして良かったね。可愛いよ。」
マキ「昌子も可愛いよ。やっぱお揃いにしてよかった。」
昌子「ほんとだね。」
マキ「また今年も人が増えているように思うよね。何なのかな?それほど有名になったようには思わないんだけど。」
昌子「ほんと私もそう思うけど。毎年増えている感じはするよね。」
マキは新しく買った内輪をゆっくりとあおりながら、
マキ「そうだよね、いやな連中に会わなければいいけどね。」
急に何やらやかましい一団がマキたちの近くにゆっくりと近づいていた。
>>やっぱり来たか。
光「いえーい!いえーい!いえーい!おー!おー!おーーー!!」
叫んでいるのは光だけだったが、あまりの大声だったので一緒に来ていた吉永にとっては迷惑千万だったようだ。
吉永「お前と来るんじゃなかったよ、まったくもう2年目だぜ・・・。」
そんな吉永の言葉さえ気にしない光は、通り過ぎる女子中学生や高校生を見つけるたびに話しかけていた。
光「ねえねえ、ちょっとそこのおねえさーん、可愛いねぇ。どこから来たのかな?」
由紀子は急に鳥肌が立ったようで身震いしながら、
由紀子「きゃー!きもい・・・」
光「何それ、オレお化けじゃないよ。」
>>お化けの方がましかも・・・
由紀子のすぐ後ろの方から、
めぐ「ちょっと、何カモってんのよ。私の妹よ!」
光「ひやー!これはこれは・・・」
そこにいたのは同じ高校のバレー部の3年生柏木めぐだった。
めぐ「相手間違えてるんじゃないの?」
光「失礼しました!」
柏木姉妹は関わりたくなかったのでさっさと消えて行った。
呆れているのは一緒に来た吉永だった。大好きな1リットル入りコーラをまた一気に飲み干していた。
吉永「まったく・・・昨年とおんなじことしてやがる・・・」
そう言って、近くのゴミ箱にペットボトルを投げ捨てた。
少しすると、打ち上げ花火が何発か上がり始めた。
光には花火はどうでもよかった。また周りの女の子ばかりを眺めてしつこく声をかけていた。
光「ねえねえ、ちょっと君たちさあ・・・」
山中「おい光、何やってんだ!」
急に現れたのは担任の山中だった。
昨年と同じジョギング用の深緑色の上下ジャージ姿で、今年も生徒たちを監視するために来たように見えた。
光「うーわ!ここまでオレたちを追いかけてきたのかよ。」
吉永「今年は案外そうかもしれない。」
山中「何言ってんだか、オレの家はこの近所なんだって昨年言っただろうが。」
吉永「うわ、最悪・・・怒ってきたぜ。」
山中「吉永何か言ったか?」
吉永「いえ別に・・・」
2人は担任から離れるべくさっさと群衆の中に消えて行った。
この様子をうかがっていたマキと昌子も、
マキ「またうちの担任じゃん・・・」
昌子「ほんと世間は狭いもんだね。さ、行こう行こう・・・」
この2人も担任から離れるようにさっさと縁日の方に消えて行った。
一方1人で来ていた夏美に綿菓子の店でマキたちに偶然出会った。
マキ「あ、夏美。」
夏美「あ、マキ。」
2人は目を合わせた。
マキ「今年も1人なの?」
夏美「うん。」
マキは心配そうにして、
マキ「一緒に回ろうよ。」
夏美「いいの?」
マキは昌子に夏美を紹介した。
マキ「私のクラスの夏美。」
昌子「覚えているよ。」
マキ「そう。」
昌子「よろしくお願いします。」
夏美「こちらこそよろしくね。」
こうして3人は歩き出した。が、急に・・・
夏美「あ、あれ、あれれ?」
マキ「どうしたの夏美?」
夏美は自分の紺色のブラウスの腰の辺りを両手で触っていた。
夏美「ないわ、ポーチ。」
マキ「ああ、あのショッキングピンクのウエストポーチね。」
夏美「いや、今年は縁起が悪いと思って違うポーチに変えたのよ。そうなんだけど・・・」
マキ「え?もしかしてサイフも・・・」
夏美「いえいえ大丈夫。サイフは別にしたの。ここにあるから。」
マキ「じゃポーチは?」
夏美「ハンカチとティッシュしか入ってないからいいわ。」
マキ「そうなの。」
夏美「うん。大丈夫。」
そうは言いながら3人は夏美が歩いてきた道を少し戻りながら夏美のポーチを探し始めた。
さてこちらは光と吉永の2人。
縁日のお面の店にいた。
光「お前、やっぱ似合うよなあ。」
吉永「それはひどいよ。じゃあ、これ付けてみてよ。」
光がリニューアルした3Dのひょっとこのお面を被った。
吉永「ほら、よく似合うじゃないかオレよりかずっとさ。」
それを聞いて調子に乗った光が踊り出した。周りの客が変な顔で見ていた。
光「なんだかなあ、今ひとつ盛り上がらないけどなあ。」
吉永「踊り方が変なんだよきっと。今年の流行で踊らなきゃ。」
光「お前知ってんのか、それを?」
吉永「ん???知らん。」
光「じゃ言うなよ。」
そして2人が少し歩き出した時、
吉永「ん?」
吉永は足に何かが当たった気がした。
そして、下を見渡した。すると、そこに小さなポーチが落ちていた。
吉永「これは?」
光「おいおい、女もんのサイフかな?」
吉永が拾い上げて中を確認してみると、ハンカチとティッシュが入っていた。
吉永「何だこれ?」
光「もっと明るい所に行かないとわからないよ。」
2人は明るい商店街の方に出た。吉永はもう一度そのポーチを見た。
吉永「なんだ、ただのハンカチかあ。」
光「くだらん・・・その辺に捨てとけ。」
吉永「しかし・・・」
吉永は近くのベンチのそばの石畳にそっと拾ったそのポーチを置いた。
やがて光が3人組と遭遇した。
光「やっほ~い!」
夏美「何何、気持ち悪い奴。」
光「失礼だよな。せっかく会えたのに・・」
夏美「それがキモイって言ってるのよ。」
>>やはり声はでかい!
吉永「夏美さん。」
吉永はいつもの照れくさそうな表情で言った。夏美は納得したかのように、
夏美「いつも2人一緒なのね。」
急にマキが、
マキ「ねえねえ吉永君、ポーチ見なかった?」
吉永「え!ま、まさか昨年のあのポーチ?」
夏美「ち、違う違う。今年はベージュに変えたのよ。」
光「知らないなあ。そんなの落とした方が悪いんだよ。」
夏美「光に聞いてないし。」
夏美は光を少しにらみつけるようにして言った。
吉永「知らないなあ・・・」
夏美「あ、ありがとう・・・」
マキの手前軽い言葉を吉永に言ったが、特にその気はなかったのだった。
そしてこの日だけは夜遅くまで花火の音が東中野の町全体に響いていた。
やがて5人組が解散する時、
マキ「もしかして夏美は何か・・・」
夏美「やめてよ!」
>>相変わらず大きな声ですね。
9月になって、またいつもの学校が始まった。
夏美はどうしても拭い取れない心の痛みを無くすために、放課後のクラブの練習の時間に西城と2人っきりになるチャンスをようやく見つけて話しかけた。
ここは体育館の裏。
夏美「西城君って一体誰が好きなの?」
西城「さあ・・・」
夏美「?」
夏美はしばらく沈黙していた。やがて夏美は遠くの空を眺めながら、
夏美「ねえ、私観葉植物が好きなんだ。」
西城「そう・・・同じだね。」
夏美は西城の態度や返事のタイミングや顔のわずかな表情の変化を観察しながら、時間の流れと共に彼が自分に対して興味を示していなかった事に気づいたのだった。
翌日の昼休み。
たまたま教室で夏美が古文の暗記練習をしていた。
そこに吉永が入ってきて2人にだけになった。
吉永は丁度夏美の斜め前の席だったので、席に着くなり夏美に向かって言った。
吉永「やるねえ。」
夏美「宿題だからね。」
吉永「オレさ、勉強は何も覚えられないけどさ、1週間の時間割だけは覚えているんだよ。」
夏美「たいした自慢にはならないけど・・・」
吉永「テレビ番組ならバッチリだぜ。」
夏美「悪いけど私用があるから。」
夏美はさっさと教室から出て行った。
吉永「何だよ。話も聞いてくれないのかよ。」
>>話題に乏しい吉永であった。
10月のある日。東中野商店街で夏美は偶然光と出会った。
というか、出会ってしまった。
夏美「あー・・・こんなところで会うなんて・・・」
諦めと衝撃と空しさがそこにあった。
光「やあやあ奇遇ですね、こんなとこで・・・」
笑いながら話す光のお茶目な顔が、夏美には耐えられなかったのだった。
体質から受け付けない夏美は心の中で、「気持ち悪い・・・」と思い続けていた。
光「どう?また4人で・・・」
夏美「それってカラオケのこと?」
光「そうだよ。まあ別にカラオケでなくても映画でもいいけど。」
夏美はまた心の中で、「こいつけっこう窓のない密室やら暗い所が好きなんだな」と思った。
夏美「誰と?」
光「西城とオレとさ。」
夏美「しばらく行かない。」
光「そ、そうか・・・」
しょぼくれた光だった。が、すぐに気を取り直したのか彼は、
光「じゃあ、またね。」
夏美「さよなら。」
こうして夏美はなんとか別れることが出来たのである。
夏美「ふう~・・・」
夏美はホッとした気分になったのだった。
夏美はもんじゃの店の前を通り過ぎた。
もんじゃの店「ももんが」では店のTVでピンクレディのモンスターの曲が流れていた。
>>ちょっと古過ぎません?
もんじゃの店内では、
礼子「どうしたんだろう。最近食欲がまったくないわぁ。」
マチコ「私いつでもこんなもんよ。よかったら食べてあげるよ。」
礼子「ありがとう。」
お客さんはこの2人だけだった。
ここは「リラックス11」。
幸代が母とランチをしていた。
母「あら?壁に写真が増えてるわ。」
幸代「そうなの?いつも気にしないで来るから・・・」
母は壁に数枚の新しい写真を見つけた。
母「あ、これって先週の映画の・・・」
幸代「映画?」
母「TVで一緒に見たでしょ。」
幸代「あああ、あの映画すごかったね。確か国境・・・」
母「そうそう『国境のない町』」
幸代「そう言えば、こんな場所があったような?」
母「そう、ここよ、ここ。」
母は写真をじっと見続けていた。
幸代「女性は損だね。」
母「考えようによってはね。」
このあと2人はリサイクルショップ「利再来」に行って、DVDを借りてきたのであった。
季節は秋。
秋祭りが中野神社で行われた。
神社前の広場ではいくつかの縁日が催されていて、「金魚すくい」、「輪投げ」、「ヨーヨ釣り」などの店に幼稚園児と小学校の1、2年の子供たちがたくさん集まっていたのだった。
ここは「金魚すくい」の店です。
子供「おじさんどいてよ。」
光「何で、オレが先じゃん!」
子供「早く取ってよ。次待ってるんだから。」
光「しょうがないだろ、このアミすぐ破れるんだから。」
子供「何枚でやってるの?」
光「うーん、9枚目だな。」
>>へぼ!
泳いでいる金魚たちが笑っていた。また、「カラアゲ」、「りんごアメ」、「綿菓子」、「フランクフルト」、「たこ焼き」、「広島焼き」、「焼きそば」などの店には、中高生から20代までの若者たちが多く集まっていた。
神社の奥の方では火の見櫓が置かれ、その周りで盆踊りをするために準備がされていた。
第12話
秋の芸術祭は例年通り週末に行われた。
今年のテーマは『協調』だった。
今年も昨年と同じく校門前に大きなコラージュアートが見学者を出迎えていた。
さらに講堂では迷惑なくらいやかましい高校生バンドの生演奏が今年も昨年と同じくらいに校内中にズシンズシンと響いていた。
令「おーい!みんな、のってるかー!」
観客「はーい!!」
令「よっしや、次いくぜ!」
観客「はーい!!」
観客たちはみなサーチライトを手に持って準備していた。
令「音楽はー!」
観客「爆発だーー!!」
一方美術室では、礼子とマチコが今年も見に来ていた。
2人はゆっくりと作品を見て回っていた。
礼子「昨年と変わらん・・・」
マチコ「でも来ちゃうのよね。」
やがて礼子は一瞬立ち止まった。
礼子「ん?この絵いいじゃん。」
マチコはじっとその作品を見て、それから作品の下にある名札をのぞいた。
マチコ「あら、そうね、かなり変わってるわ。小柳さんかぁ・・・」
ところで運動部のバザーのブースの一角ではめぐの手を叩く音が、
めぐ「はいはいはい、よかったらクレープどうですか!」
そこに光が駆け足でやって来て、
光「やっほー!」
めぐ「何光君、ま~た邪魔しに来たの?」
光「ま~さか、手伝いに来たんですよお。」
夏美「ちょっと自分のブースはほっといていいの?」
光「大丈夫大丈夫V!!」
そこに2人組のお客さんが来た。
めぐ「いらっしゃいませ。いかがですか?」
客1「私やっぱりバナナにしようかな?」
光「あ、それおいしいですよ~♪」
夏美「光!邪魔!邪魔!」
光は追い出された。
客2「私和栗で。」
一方こちらはバスケ部。新入生が頑張っていた。
桜井「焼きそばいかがですか~!」
桜井の大きな声が響いていた。
相葉「そう言えば光先輩来ないね。」
松本「さっきクレープのところで見かけたよ。」
裏で椅子に腰掛けていた西城は、
西城「あいつ!昨年の打ち上げでそば作るって言ってたぞ。」
>>相変わらずです。
芸術祭が終わった後、多くの生徒が文化祭の打ち上げを今年もスーパー「ゲキヤス」の向かいにある「リトル・キッチン」に集まっていた。
そして彼らは窓際の一角を再び占拠していた。
令「今日は元気なかったんじゃない、どうかしたの?」
心配そうな菊池令が小さな声で野口に尋ねた。
野口「あ、ああごめん。」
少し間が空いて、
令「何かあったの?」
令は注文したレモンティーを一気に飲み干した。
野口「受験だしさ、オレバンドを抜けようかと・・・」
しばらく菊池令は黙っていたがやがて、
令「そうかあ・・・・残念だけどね。」
野口「悪い。」
野口はアイスコーヒーのブラックをストローでかき回しながら言った。
令「悪くはないよ、お互い同じ大学に進むわけじゃないしさ。」
野口「令は素質あるから、また大学でも頑張って歌いなよ。」
令「好きだからね、きっと続けるつもりだよ。」
野口「来週のライヴを最後にしたいんだ。」
令「わかった。」
隣の静かなテーブルでは、
マキ「今年もやっぱり昨年と変わんないね。」
昌子「ほんと。」
マキ「何か奇抜なアイディアを出さないと駄目だね。」
昌子「うーん、そうね・・・」
マキ「そう言えば、昌子、同人誌のサークル作ってるとか言ってたじゃん。」
昌子「ああ、『よつめウナギ』のことか。」
マキ「何そのよつめ・・・?」
昌子「サークルのメンバーの名前を寄せ集めてまとめただけだよ。」
マキ「へえ・・・」
昌子「4人でやってるんだけど、その中でウナギのナギが私。」
マキは不思議そうに聞いていた。
マキ「ふうん?・・・なるほどね。で何頼むの?」
昌子は一瞬躊躇したが、でもすぐに、
昌子「お子様・・・」
昌子・マキ「セット!」
店員がテーブルに来た時、
マキ「すいません、お子様セット2つ!」
昌子「え!いいの?」
マキ「いいよ。」
マキは笑顔で答えた。
さらに隣のテーブルでは、
光「イエーイ!!」
>>今回も1人だけ浮いています。
桜井が隣の松本に小さく小声で、
桜井「にぎやかだよね。」
松本「しょうがないじゃん、先輩なんだし・・・」
光「おーい!そこ何か言ったか?」
光が松本の方をじっと見ていた。
松本「何でこっちを見るんだ?」
松本が小さな声でつぶやいていた。あせった様子で横にいた桜井が、
桜井「いえ、何もありません。何も言ってません。」
それを聞いて光は、さらに元気が出てきて立ち上がり、
光「今日は飲もうぜ!!イエィ!」
自分ではかっこうが決まったと思い込んでいたようだ。
>>それは無理でしょ!
相葉「何でもいいけど、光先輩何か手伝ったかな?」
桜井「バザーだろ・・」
相葉「そうそう。」
松本「全然ブースにいなかったよね。」
相葉「一度確か食べには来たよ。」
桜井「そ、それだけ・・・(^^;;)」
相葉「たぶん・・・」
光「オレ300gステーキ追加!」
松本「まだ食うみたいな・・・」
桜井「聞こえるよ・・・」
西城は呆れた様子でテーブルの隅の方で最初から最後までずっと黙っていたのだった。
こちらはバレー部の打ち上げ。
やはりカラオケ店でやっていた。
めぐ「ファミレスはうるさすぎるからね。あんなところでよくやるよ、まったく・・・」
夏美「ほんとですよね、今年もほとんど1人がはしゃいでるみたいで。」
バレー部は一度リトル・キッチンには行ったのだが、うるさすぎるバスケ部の声に、今年も場所を変えてカラオケ店にしたのであった。
数日後。
ここは校長室。
教頭「呼ばれましたか?」
校長「ああ・・・」
校長は座ったまま右手で机の真ん中を軽く叩いていた。
そのリズムが何となく2拍子から急に4拍子に変わった。
校長「この間の芸術祭で、講堂でやっていたバンドの演奏なんだが・・・」
教頭「ああ、女性ボーカルで最近流行のハードロックをやっていた連中ですね。」
校長「それはいいが、近所の住民から苦情が来てね。」
教頭「え?何と・・・」
校長「やかまし過ぎる。言ってる事が無茶苦茶だと。何やら『音楽は爆発だ』とか言って叫んでいたとか。」
教頭「『音楽は爆発』・・・そのまま演奏で爆発してしまったか・・・」
校長「冗談言ってる場合ではないよ。来年は中止してくれたまえ。」
教頭「はっ、承知しました。」
教頭は部屋から急いで出て行った。校長室の扉を閉めながら、
教頭「『芸術は爆発』だよな・・・まあ音楽も爆発していいか・・・」
教頭は訳の分からない悩みを抱えながら職員室へ戻って行った。
12月に入った。
女子バスケ部の部室では、さおりと幸代の2人だった。
さおり「幸代最近全然元気ないね。どうかしたの?」
幸代「先輩、私・・・」
さおり「どうしたの?何か悩んでるの?」
幸代「ちょっと・・・」
さおり「じゃカラオケ行く?」
幸代「はい。」
2人はスーパー「ゲキヤス」にあるいつものカラオケに行くことにした。
店では数人の男子がたむろしていた。その中に豊もいた。
さおり「ん?あの子は確かバレー部の・・・」
幸代「ああ、今野君よ。」
さおり「そうだよね。でもここでよく見るから。」
幸代「でも他の男の人たち、ちょっと目つきが変ね。2人はタバコ吸ってるし・・・」
さおり「どう見ても学生には見えないね。さ、行こうか。」
元気の無かった幸代は自分の体に溜まっていた何かを、さおりに話すことになったのだった。
幸代「先輩・・・じつは・・・」
幸代はこれまでの話をさおりに話した。
さおり「なんだそんなことか。」
さおりはまったく動じることもなく反り返って、
さおり「あのさ、だいだい成績っていうのは、担任が決めることなんだよ。」
幸代「?」
さおり「できなくたって親がPTAだの、教育委員会の役員だのしてたら、悪い成績つけないよ。」
幸代「それって差別・・・」
さおり「そうだよ、でも現実がそうなんだから。」
幸代「じゃ、何のために試験があるんですか?」
さおり「所詮形式だってことね。勝者はいつも有利に物事を作ってるのね。The winner takes it all って曲もあったなあ・・・」
幸代「・・・それ・・・ABBAですね。」
さおり「幸さ、今年来た藤森担任いるでしょ。」
幸代「ええ・・」
さおり「あいつうちの高校に飛ばされたんだよ。」
幸代「確か中野高校からでしたよね。」
さおり「そう、向こうでさ。いじめにあって、その責任を取らされたんだよ。」
幸代「いじめ・・・」
さおり「そう、かわいそうな奴。悪くは無いのにね、かぶってやんの。」
幸代「いじめって・・・?」
さおり「それはね・・・」
第13話
ではここでさおりに代わって中野高校のいじめ問題を簡単に説明しておこう。
<<<<<<<<<<<<< 詳細はHBに掲載しています >>>>>>>>>>>>>>
このことは大きな問題に発展して、教育委員会も調査に乗り出した。
しかし実態はよくわからないまま、3人の犠牲を出してしまったがうやむやに処理された。
ただ3年生Aの担任だった藤森は転任となったのである。
幸代「それじゃ藤森先生って、いいなりになってるのかな?」
さおり「そういうことだよね。」
幸代「でもさおり先輩、詳しいですね。」
さおり「そりゃそうでしょ、自殺した仲間の1人は私のいとこなんだから。」
幸代「え!」
幸代はこれ以上この複雑な問題についてさおりに聞くことはしなかった。
クリスマスが近づいてきたある日のこと。
夏美は豊にメールを送ったのだが、まったく返事が返って来なかった。
学校も休みに入ったので会うこともなかったし、クリスマスを1人で過ごすのがいやだったのだ。
しかし何度と無く送ったメールだがまったく音信不通になってしまった。
夏美「しかたないなあ。」
自分の部屋の窓の外を1日中眺めている夏美であった。
しばらくすると外では小さな白い粒が空から落ちてきた。
やがてクリスマスの日。
夏美「私って結局ひとりぼっちなのかな・・・」
そんなモヤモヤした気持ちを静めるために、夏美は1人街に出歩くことにした。
そしてどういうわけか東中野商店街のFFバーガーの前で豊に偶然出会ったのであった。
豊はハンバーガーを立ち食いしていた。
豊「やあ。」
夏美は少し驚いた様子で、
夏美「こ、こんなところで・・・」
豊「時々ここに来るんですよ。」
夏美「そうなの? でも今日はやけに丁寧なのね。」
豊「何、何か?」
夏美「言葉が・・・」
豊「いつもこんな感じじゃなかった?」
夏美「全然。全然違うよ。」
豊「そうかなあ。」
なかなか2人の会話が噛み合わなかった。
少し経って、
豊「ここは昔よく母さんが連れてきてくれた場所なんだよ。」
夏美「へえ・・・そうだったんだ。」
周りを見渡しても、さほどムードのある場所でもなかった。
あると言えば近くに神社前の広場があって、ベンチが2つばかあるだけである。
豊「ん、何か変ですか?」
夏美「い、いやそんなことはないけど・・・」
夏美はさっきから豊の話し方が気になって仕方が無かったのだ。
しかし豊はそれにまったく気づくこともなかった。
豊「もし1人なら一緒にデートしませんか?」
夏美「見ての通り。ついてくわ。」
こうして夏美は大切なクリスマスをなんとか1人で過ごすことから開放された。
2人は大通りの方に歩いて行った。
クリスマスとあって街中が鮮やかな装飾で彩られていた。
夏美「き、綺麗だわ・・・」
夏美もこの街の灯りのように、ずっと輝いていたいと思った。
豊「夏、本当にオレだけが好きなのか?」
夏美「何急に・・・びっくりするじゃん。」
2人の会話が普段に戻っていたのだ。
夏美「わ、わからないわ。プロポーズされた訳でもないし。」
豊「じゃ結婚を考えてくれる可能性はあるのか?」
夏美「今はまだ無理よ。学生だし、世の中のことが全然よくわかんない。私ずっと迷ってるのよ。」
豊「迷ってる?」
夏美「そう。男と女って、くっついたり離れたりして、私たちだってそうじゃない。又いつ別れるかもわかんないし。」
豊「だからプロポーズってことか・・・」
夏美「ん・・・よくわかんないけど、そうなのかもしれない。女って守ってくれないと、きっと又どこかへ行っちゃうのよ。たぶん、そう。そう思う・・・」
豊「ん・・・???まだ理解できない。」
夏美「いいんじゃない、まだ10代なんだし。私たちはそれなりには付き合っているじゃん。」
豊「それなり・・・このままってことか?」
夏美「ん・・・どう進展するのかも今のところわからないわ。まずは男は包容力じゃないかしら。私今日まで一度も包まれたことないわ。そんな実感をしたことがないの・・・」
豊「ん・・・よくわからないなあ。別に男が働けば生活はしていけると思うんだけどなあ。」
2人は手をつないだ。
今年もまたこの街には山下達郎の「クリスマスイヴ」が流れていた。
そして2人は明るく眩しいネオンの輝くホテル街の方に歩いて行ったのだった。
>>しばらく音信不通だった訳を聞くの忘れてない?
こちらは少し離れた南高針地区を流れる高針川の河川敷。
今年もイルミネーションが見られることを知った光は吉永と見に行くことにした。
光「オイ、いっぱい女がいるぜ。」
吉永「何を見に来たんだよ。」
光「他に楽しみあるかぁ?」
吉永「イルミネーションってうわさに聞いていたけど、けっこう綺麗だな。」
光「う~ん、今日は不発かァ・・・」
吉永「まったく見てるとこ違うぜ。」
光「イルミも花火と一緒、所詮男の楽しみは女。」
吉永「チョー暗いやつ・・・」
光「何?」
吉永「いや、何も・・・」
<<<<<< 14話以降 後編につづく >>>>>
この小説は「キラキラヒカル」全集の第1巻です。
キラキラヒカルは新しいカテゴリ、「4次元小説」の1冊で、これまでにはない新しい読み手の世界を考えて描いてあります。
なお、「もくじ」は配布している冊誌の表紙裏を入れました。
このシリーズでは、「登場人物一覧」以降は「ハンドブック」に記載しています。そちらをご覧ください。
<公開履歴>
2013.10.20 関西地区にて配布(1-1)
2013.12.10 (1-2)配布
2018.5 「小説家になろう」にて公開(1-3)