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4  幼い記憶

「レイモンドール綺譚」の外伝です。

一話一話、独立した話になっております。


名前が今と変わっております。紛らわしくて申し訳ありません。


ユリウス・・・ベオーク時代 「カルラ」その後「イーヴァルアイ」


ラドビアス・・ベオーク時代 「サンテラ」その後、「ラドビアス」


 明るい日差しが、細かい粒子になってシャワーのように降り注ぐ午後の街中。


 宿の窓を通して小さいこどもの笑い声が響く。


 楽しげな声に誘われるように窓辺に向かう少年。


 何人かのこどもたちが手に何かを持ちながら鬼ごっこのように追いかけ、追いかけられながら笑う。


 こどもの笑顔に自分の失ってしまった時間に思いをはせて少年の顔に影がさす。

 ――おれは見た目はいつまでもがきなのに。それにしても。

「小さかった頃? なんか覚えてないんだよな」

 クロードは窓の外に目をやる。 覚えているのはモンド州にいた頃からだけだ。 もっと小さかった頃はゴートの廟にいたはずなのに。

その頃のことは何もクロードは覚えてなかった。

 ふいにうぇーんという大きな声とやわらかいものを叩いた湿り気のある音が響く。

 さらに、大人の叱りつける声がして、先ほどとは打って変わった子供の泣き声。


「あんなにおこらなくてもいいじゃんか」

 クロードは出窓に腰をかけてぶつぶつと言う。

「でも、何かわけがあるんですよ。一部分だけじゃなんとも言えませんよ」

 自分の意見に同意してくれるかと思ったクロードは、後ろを振り返る。 やんわりと笑いながらこちらを見るラドビアスは備え付けの椅子に腰掛ける。

「小さいこどもは手がかかりますから」

「小さな子供の面倒なんか見たことがあるの? ゴートの廟にいたルークなら分かるけどさ」

 クロードの言葉にそうですねえ、とラドビアスは話を始めた。





 レイモンドールの魔道教の総本山、ゴート山脈にあるレイモンドール一の標高を持つ霊山ハンゲル山。

 その廟主であるルーク。 彼は急いで忘れ物を取り上げると竜門を開ける。

 次にルークがモンド州の州城の一角に竜門を開けて出た途端、厳しい声が飛ぶ。

「遅い」

 目の前には椅子にふんぞり返っている七歳ほどの子ども。

「申し訳ありません。ちょっと忘れ物を取りにゴートの廟に戻ってました」

「どうでもいいが、がきを置いていくな。さっきから泣いてうるさくてならん」

 亜麻色の髪を肩下に流した驚くほど整った顔の少年が、面白くなさそうに指差した先にいる四歳くらいの子ども。

 泣きつかれたのか床に座り込んでいた。 が、ルークの顔を見つけるとぱっと顔が明るくなって走りよって来る。

「ルーク、どこに行ってたの? 寂しかったのに」

「おやおや、こんなにたくさん人がいるじゃないですか、雛ちゃん」

 ルークは慣れた仕草でひょいと少年を抱き上げると、その体に毛布を巻きつけてやる。

「ほら、これを取りに行ってたんですよ。これが無いと寝られないでしょう?」

「わあー! ありがとう、ルーク」

 しがみつく少年の姿に大きく舌打ちをする亜麻色の髪の少年。

「おい、ルーク。いい加減にそいつを降ろせ。そして、クロード。おまえは今日からここで暮らすんだから何時までも泣いてるとひっぱたくからな」

「ええーっ? 嫌だ。ゴートの廟でルークと一緒がいい」

「だめだ。わたしと一緒にここで暮らすんだ」

「うわーん!」

 大声で泣き出した少年にまわりの大人がおろおろと見下ろす。

「なんとかしろ、ラドビアス」

「と、言いましてもわたしは小さい子供なんて相手にしたことがありませんよ」

「じゃあガリオール、おまえ子だくさんの家出身だろ!」

「いえ、わたしは末っ子でして」

 だんっ、と両足で床を蹴るように椅子から飛び降りた少年。 足音荒くルークの手を握り締めるクロードと呼ばれた少年の手を掴んで自分の方へ引きよせた。

「今日からわたしがおまえの兄だ。甘えていいからな」

「いやだあ! ルークがいい!」

 クロードの言葉の後に殴りかかろうとする少年をラドビアスと呼ばれた長身の男が抱きとめる。

「イーヴァルアイ様、いけません」

「くそっ! ルーク、おまえの育て方が悪い」

「そんなあ、イーヴァルアイ様こそ、今は子どもに擬態なさっているのにそんな態度はないでしょう? 七歳だなんて誰も思いませんよ。だから雛ちゃんが怖がるんです」

「ふん」

 鼻を鳴らしたイーヴァルアイと呼ばれた少年がルークを睨むように見上げる。

「たった今からクロードを雛ちゃんとか言うのを禁じる。こいつはわたしの弟としてここで普通の暮らしを送らせるんだからな」

「はあ、承知しました」

 うなずくルークは、しゃがみ込んでクロードをぎゅっと抱きしめてから離す。

「ようございましたね、クロード様。次王にお仕えになるまでここで幸せにお暮らし下さい」

「ルーク?」

 慇懃(いんぎん)に挨拶をするルークに幼いクロードも別れを感じて手を伸ばしたが、ルークは笑顔のまま竜門をくぐり、ガリオールもサイトスへ帰って行った。

「あの……」

 イーヴァルアイと呼ばれた少年におずおずと声をかけてくる、クロード。

「何だ?」

 もじもじとする小さい少年はなかなかその先を言わない。

「だから何だと言っている!」

「イーヴァルアイ様、そんなふうに仰っては怖がって何も言えませんよ」

 ラドビアスがはらはらと横から声を出す。

 今まで王の半身は次の王が即位するまでゴートの廟で育てられていたのだ。 だが、今度のコーラル王の子どもを主が見たときから扱いが違っていた。

 それはこの国の魔道師の祖であるイーヴァルアイが、半身をモンド州のハーコート公爵の子どもとして預けるように決めた事。

 あまつさえ自分まで公の子どもになると言いだしたのにはラドビアスは驚いたが。

「怒らないから、早く言え!」

 その言い方がすでに怒っているのだが言ってる本人は気付いていない。

「えっと……、おしっこ」

「何?」

「ああ、お手洗いに行きたいのですね。さあ、行きましょう」

「何だ、おしめでも当てているのかと思っていた」

「いくらなんでもクロード様は四歳なんですから、おしめは当ててないですよ」

「そうなのか?」

 少年の手を引きながらラドビアスはため息をつく。 この少年の記憶を消したほうがいいのかもしれない。 ルークに思いを残しすぎていては良くない。

 ――わたしに、こんな小さな子どもの面倒が見れるのか。 いや、それよりも七歳に擬態した主の面倒をみることが出来るだろうか、と。




「結局クロード様は主城の方でお育ちになりましたから、わたしがお相手することもありませんでしたが」

 話を聞いてなるほどとクロードは自分の記憶が無いことに得心がいく。 王の半身は魔道師としてルークに大きくなるまで養育されるはずなのに自分にはその記憶が無かった。

 それは、別れたのが小さかったからもあるが、ラドビアスによって記憶を消されていたと言うことなのか。

 半年くらいしか付き合いが無かったと思っていたルークに四歳まで育てられていたのか。

 彼に親しみを感じていたのは、そのせいなのかと記憶の中のルークを懐かしく思い出し笑みを浮かべた。


「ねえ、ユリウスって小さいこどもの頃はどんなだったの?」

「本当にお小さい頃。べオーク自治国でお暮らしの頃はそれは愛らしいお子様でしたよ」

「へええ、あいつが愛らしいって言われても素直にうなずけないよなあ」

「そうですか? あの後もずっとユリウス様はお可愛いかったと思いますが」

 ええっ? とラドビアスの顔をじっくり見るが、その顔は本当にそう思っている確信の顔だ。 ラドビアスにとってユリウスがドラゴンに変わったとしたって、(お可愛い)としか思わないだろう。

 クロードは大きくため息をついて窓に視線を移す。

 ラドビアスがいかにユリウスが可愛いかったのかを話す声が昼間の穏やかな空気に溶けていく。





 そして――。

「おい、いいかげんにしろよ、ラドビアス」

 半刻たったところでクロードが立ち上がった。


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