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3  日記

「レイモンドール綺譚」の外伝です。

一話一話、独立した話になっております。


名前が今と変わっております。紛らわしくて申し訳ありません。


ユリウス・・・ベオーク時代 「カルラ」その後「イーヴァルアイ」


ラドビアス・・ベオーク時代 「サンテラ」その後、「ラドビアス」


 灰色の陰鬱な外観。


 賑やかな噴水のある広場近く、一つ二つ通りを外れただけでこんなにも静かなのか。


 誰もいない通りの前でクロードは廟に入るのを躊躇(ためら)う。


 そこだけ、町の中心から取り残されているような。


 ひっそりと膝をかかえているような日陰の一角。



「ここに入るの?」

 隣で歩いている背の高い男に尋ねると男は不思議そうに少年を見下ろす。

「そうですよ、どうしたんです?」

 クロードは上手く説明できずに頭を横に振る。

 廟は、誰にでも開かれている。

 しかし、その真の姿まで広く開かれているわけでは無い。 ほんの入り口。 口当たりの良いところだけは確かに見せてはいる。

 それは、レイモンドールの廟でもここでも同じなのか。

 門を潜って敷地に入ると微かに魔術の痕跡が感じられる。 押し返すほどの障壁では無いが、顔や体に当たるのは侵入者を知らせるための結界が張ってあるのだ。

 クロードにもそんなことくらいは感じられるようになってきていた。

 建物の大扉は開かれていて、お馴染みの薄暗さが中をいっそう謎めいた空間に見せている。

 クロードのためらいなど関係なく、見知った所のようにラドビアスは廟の中に入って行った。

 レイモンドール国の廟と違っているのは、その廟の中に描いてある文字にレーン文字が無いこと。 ここら辺の大陸の西側は、古代レーン文字を源流とするアーリア語が主流になっている。 各国、地域によって少しづつ訛りや、音の読み方に違いがあるが。

 それでも、ここにレーン文字は一つも無い。 それは魔道教が大陸の東、ベオーク自治国の影響下にあるためだ。

 レイモンドール国の魔道教は、レーン文字を魔道師の祖であるイーヴァルアイが組み込んだために範字とレーン文字の二つの術が混じっている。 つまりこの世界では特異な物なのだ。

 だがクロードにしてみれば、初めて教わったのがレイモンドールの術だったわけで、範字ばかりの術はかえって不思議な感じがする。

「ここには、何があるのさ」

「入ればわかりますよ」

 さあ、と自分の家のように奥に進むラドビアスの後をしぶしぶクロードも続く。

「どこへ行くのですか。この奥へは一般の方は遠慮してもらっております」

 若い魔道師がやんわりと、だがきっぱり二人の行く手を阻む。

「だってさ、どうするの」

 クロードの声にラドビアスは待ってください、と軽くいうとその若い魔道師に当身をくらわせて脇によける。

「さあ、行きましょう」

 あっさり、不法侵入をする自分の従者にため息をつきながらクロードは奥に向かう。

 奥に見えた祭檀の前に立つとラドビアスは複雑な印を素早く組んで呪文を唱える。

『解呪、解印、解封、在りし物ここに現せ』

 呪文が終わると同時に、祭檀の飾りの一部がゴトリという音と共に落ちて砕ける。

「壊しちゃったの?」

 クロードが誰かが今の音に気づいてやってくるんじゃないかと見回している横で、ラドビアスはすまして壊した所から中に手を突っ込む。

「早く、誰か来ちゃうよ。何が入ってんの?」

 おろおろと見るクロードの前に突き出される本。

「え? 何これ」

「本ですよ」

「そんなの、見ればわかるよ。何の本なのさ。わざわざ取りにくるって」

 ふうと埃を吹き飛ばすと軽く本の表面を一撫でしたラドビアスが、立ち上がる。

「大陸の西側一帯の言語の本ですね。昔、ユリウス様が勉強なさって邪魔になってここに置いて行った物です」

「は?」

 それがどうしたと言わんばかりでクロードはラドビアスの顔を見たが、ラドビアスは嬉しそうに本を捲る。

「ほら、ここに書き込みとかありますよ。お綺麗な字ですねえ、あ、ここには落書きが」

「ちょっとラドビアス、大事な物ってもしかしてこれじゃあ無いよね。おれの勉強になる物って言ってたよね。これが何の勉強になるのさ」

 クロードの抗議にも手を休めないラドビアスに焦れてクロードが体を揺らすとやっと彼がこちらに向く。

「何ですか? クロード様」

「何ですか、じゃないだろう。おれのためとか言って自分が欲しかっただけじゃないか」

 ラドビアスは本をぱたんと閉じるとクロードに再度本を差し出す。

「これでクロード様もお勉強なさるんですよ、言葉を」

「何で?」

 少しの間の後。 ラドビアスは必要だからです、と宣言したがそれは詭弁(きべん)にすぎないのは明らかだった。

「一日潰してこれ取りに来たんだから、こっちの要求を聞いてもらえるかな」

「要求ですか」

「そう、牛の頭買いに行くから」

 クロードに仕方ありませんね、とわがままに付き合った風に言ったラドビアスは、自分でもこれはクロードに関係ないとは思っているみたいだった。

 ラドビアスは不信な音に集まって来た魔道師たちを、全員術で縛ると用は済んだとばかりに出て行く。

「ラドビアス、解除しなくていいのかよ、術」

 後ろから追いついたクロードに彼は前を向いたまま応える。

「あそこの廟主が帰ったら解くんじゃないですか。あの場にいなさそうでしたから」

 ラドビアスが、いつも穏やかで誰にでも優しいなどとは最早クロードも思ってない。 この男が結構自分のこだわり以外には冷淡なことは分かってきていたから。

 賑やかな通りに戻ってクロードは肉屋を捜して走り出す。 肉の塊りが描いてある看板を見つけて入ってみる。 店主らしい親父の背後には何の肉なのか、肉の塊りがずらりと太い金属の針につるされている。

「いらっしゃい、ぼうずお使いかい? 何を頼まれたんだい」

 クロードにはよく聞き取れない訛りのため、二度聞き直してクロードは意味を理解する。 ――つまりお使いを頼まれたがき扱いなんだな。

「じゃあ、牛の頭を二つほど。できれば大牛がいいんだけど」

「ええ?」

 クロードの喋る言葉も分かりにくかっただろうが、大牛の頭を母親に頼まれて買いに来る少年もあまりいないだろう。 普通の牛の二倍はある大牛の頭をを二つも何にするつもりか? 店主は聞き間違いかと首を捻る。 そこへ――。

「普通のでいい。牛の頭だ、それを二つ。それから干し肉を一包み、骨付きのハムを二つほど包んでくれ」

 少年の肩の辺から顔を出した上背のある、少年の保護者らしい男がはっきりと声をかけてきた。

「言葉が通じなかったでしょう? だから勉強は必要なんですよ、クロード様」

「ちぇっ、それを言いたかったんだな。ラドビアス」

 外国人風の身なりだが背の高い男の言葉は流暢で、服さえ同じならここの土地の者とは区別などできないだろう。

「はい、お待たせ。こんな大きな牛の頭を何にするんです?」

「食べるんだよ、勿論」

 少年の返事に店主は驚いて二人を見た。今、食べると言ったか?

 目を丸くした店主を置いてクロードとラドビアスは歩きだした。

「あのおやじ、おれたちが食べるかと思ったかな」

「わざと言わなかったでしょう、クロード様」

 うん、と笑うクロードにやれやれとラドビアスは言うが顔には笑みを浮かべていた。

 クロードが山道にさしかかるとがさがさと低木を掻き分ける音が盛大に聞こえて。

「アウントゥエン、サウンティトゥーダ」

 声をかけると、飛び出してきた大型の獣。

 もし山中で知らない人がこの二頭に会ってしまったらもう、自分の命は無いと覚悟しただろう。 暗赤色の見上げる大きさの狼。 黒っぽい物語に出てきそうな鱗を持った獣。

 その二頭が大きな口を目一杯開けてこちらを見ている。

「なんだあ、もうわかっちゃったの? そうだよ、お利巧にしてたからお土産があるんだ」

 クロードの言葉に喜びの雄たけびを上げて二頭の魔獣がクロードを押し倒す。

 知らない人が見たら絶対、少年が恐ろしい動物に襲われているとしか見えない図だ。

「わははは、止めろよ。くすぐったい」

 何とか二頭の魔獣のじゃれつきから逃げ出してクロードはにこりと笑った。

「で、どっちがおれを乗せて帰ってくれるの?」

 あんなことを言うのじゃなかった。 クロードは後々まで後悔する。

 あのクロードの言葉の後、恐ろしい争いが始まってしまう。 辺り一面、アウントゥエンが吐いた炎で焼き尽くされ、残った木々はサウンティトゥーダの強靭な尾によりなぎ倒された。

 にらみ合う二頭の魔獣が距離を取って離れたところで、すかさずクロードが間に飛び込む。

「おまえたち、今すぐにやめないとお土産はおれとラドビアスで食べちゃうからな」

 その声に二頭はピタリと動きを止めてクロードに注目する。

「もう、歩いて帰るよ。喧嘩ばかりするんだから、今日はおまえたち外で寝ろ」

 クロードの言葉に二頭の魔獣は頭をうな垂れる。 その様子に可哀相になって許してやろうと口を開こうとしたが。

「だめですよ、彼らを甘やかしたら。今日は晩御飯抜きですからね」

「う、うん」

 恨めしそうに見る魔獣を見ないように、前だけを見ながらクロードは朝いた洞窟に戻る。

 日が暮れて少し寒くなったが今日はぬくいアウントゥエンもいない。 仕方無く毛布を体に巻きつけていると、昼に持って帰ってきた本が置いてある。

 僅かな明かりを頼りになんの気なしにパラパラと捲っていると、本後半の余白にいろいろ範字で書き込みがある。

 それは、勉強の疑問や、覚えておきたいことだったり。 そして、その日の日記らしい書き込みも――あった。


(○月×日。今日は、サンテラがうるさいからどこにも行けなかった。市が立っていて珍しい宝石とかあるかもしれなかったのに。面白くないからふて寝する)

「へえぇ、ユリウスったらこんな事書いていたんだあ。サンテラってレイモンドールに来る前のラドビアスの名前だよな」

 クロードは笑みを浮かべて次のページを開く。


(○月×日。今日は、サンテラが洗濯してる隙に出かけたら、旅回りの劇団に一緒にこないかと誘われる。面白そうだからついて行ったが、女の格好をさせられそうになったので

術をかけて逃れる。そこでサンテラに見つかってまた、怒られた。最悪。あいつはわたしの母親かっ。口うるさ過ぎ。本当は、中年のおばさんなんじゃないのか。)


「あははっ。そういや、ユリウスもこの頃っておれと同い年くらいか。偉そうだったけど結構思ってることや、やることはおれと変わらないじゃんか」

 面白くなってきて、次々と捲っているとラドビアスが洞窟に入って来た。

「おや、クロード様。お勉強をされているんですか」

「うん、まあ。ねえ、ラドビアスはこれをもう見たの?」

「いいえ、最初の辺くらいですが」

 やっぱりねえとうなづくクロードはにやにやとしながらラドビアスを見あげる。

「一体どうしました? 気味悪いですよ」

 クロードにもう一枚毛布をかけながらラドビアスは眉を上げた。

「見てみる?」

「いいですけど。語学の本ならクロード様にこそ読んでいただきたいものですが」

 いつもの勉強では見せないような楽しそうな顔のクロードに不信感を見せながらも、受け取った本をラドビアスは開く。

 しばしの沈黙の後。

 そのまま置かれる本。

「どう、だった?」

 それには応えず、代わりにラドビアスが厳しくクロードに告げる。

「もうお休みください。明日は早いですよ」

「あ、はい」

 ちらっと見た本の余白にある走り書きは。


(サンテラ。あいつ、むかつく)


 一言だけだった。




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