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2  しゃぼん

「レイモンドール綺譚」の外伝です。

一話一話、独立した話になっております。


名前が今と変わっております。紛らわしくて申し訳ありません。


ユリウス・・・ベオーク時代 「カルラ」その後「イーヴァルアイ」


ラドビアス・・ベオーク時代 「サンテラ」その後、「ラドビアス」


 イストニア連邦国の外れ、海に近いところまで山が張り出している山中。

 その山を越えれば、割と大きな港町になっている。すぐに食料などが調達できる。 その利便性をかってクロード達はこの辺にここ数日野宿しながら、結界の張り方などを勉強していた。


 陽が昇り、朝露が蒸発して辺りの空気がみずみずしく潤う朝。


 その中のちょっとした洞窟の中をうめるような大きな塊り。


 一定の調子でわずかに上下しているそれ。 辺りに漂うのは柔らかい眠りで織られた薄い膜のような空気。 上下する塊りに触れて一緒に振れているような。


 顔を湿ったものがべろりとなぞっていくのに驚いて目を開けたクロードは、目の前の大きな牙の隙間から出ている舌を押し返す。

 嬉しそうな、はあはあという声の主はアウントゥエンという魔獣。 見かけはとてつもなく大きな赤い狼だ。 翼があるのが普通と違うといえばそうだが。

 この体温が高い魔獣のおかげでクロードはぐっすりと寝ていたのだ。 丸まって寝ているお腹あたりからもぞもぞと抜け出ると、アウントゥエンも大きく伸びをして立ち上がった。

 辺りを見回したクロードはすでにラドビアスが朝食の用意か何かで居ない事を知る。

「おまえはあったかいし、ふわふわだし。おれ、ずっと野宿でもいいんだけどな」

「グワアッ」

 クロードの言葉にアウントゥエンが、嬉しそうに大きな頭をクロードの脇の下に突っ込んでくる。

「ギュウグワッ」

 しかし、クロードの言葉に抗議の声を上げたのは横で寝ていたサウンティトゥーダだった。 寝心地でいえば仕方ないこととはいえ、寝る時のお供は、黒い鱗で覆われたひんやりした体のサウンティトゥーダより狼の姿のアウントゥエンになる。 なので、この数日サウンティトゥーダはクロードに引っついて眠ることができないでいらいらとしていた。

 それなのにこの言葉。

 収まらないサウンティトゥーダが大きな棘のついた尻尾をアウントゥエンに向けて、なぎ倒すように振る。 それに向けて今まで勝ち誇ったような表情でクロードに撫でられていたアウントゥエンが大きな口を開けて尻尾をくわえ込む。

 にらみ合う二頭の魔獣。 召喚されてから、いつも一緒で結構相性が良いらしい二頭だが。 こと自分の主人の愛情については譲れないらしく、何かと小競り合いも多い。

「うわあ、止めろよ! 何やってんの」

 すかさず間に入ったクロードに気づいて二頭の魔獣も動けない。 少しでも動くと狭い洞窟の中、大好きなクロードが怪我をするのは明らかなのだ。

「もう、喧嘩するなよ。サウンティトゥーダも構ってやるからさ。そーだ、おまえ達体を洗ってやるよ」

 いい事を思いついた、と笑うクロードの言葉に二頭の魔獣はさっきの険悪な雰囲気も忘れて嬉しそうに首を振る。

 体を洗うって何だとその目は期待で輝いている。

 ――それは美味しいのか。

 ――それは楽しいのか。

 まるで分かって無い二頭の魔獣を連れて、クロードは荷物からあるものを取り出して早速近くの川原に降りて行った。


 これは美味しくない――サウンティトゥーダは不満の声を上げる。

 これは楽しくない――同じく体を泡だらけにしたアウントゥエンが体を振ろうと身構える。

「だめ、だめ。まだ、ぶるぶるしちゃあだめだからな」

 クロードの声に仕方無く二頭は従うが、何でこれが良い事なのかは分からない。 今まで体をこんなに泡だらけにして洗ったことなど無かったのだ。 花のような香り。 魔獣の鼻にはいささかきつすぎるようで気持ち悪くなる。 そしてこの泡だ。 ぬるぬるして気持ち悪い上になめたら物凄く不味かったのだ。 先ほどから全身あわだらけに自分もなっているクロードが、がしがしと掴むように長いアウントゥエンの体毛を引っかきまわしている。

 それはちょっと……というか、かなり気持ちがいいのだが。

 その直前にはサウンティトゥーダもブラシを使ってごしごしとこすってもらっていた。

「はーっ、おまえ達でかいから大変だよ。でももうすぐ終わりだ」

 そう言うとクロードは自分も服を脱ぐと真っ裸になって川に向かって走り出す。

「よーし、川まで競争!」

 言ったものの、魔獣との競争など勝つはずも無く。 興奮気味で川の中で待っていた魔獣に軽く腕を咥えられてクロードは川の中に放りこまれる。

 初夏とはいえ、朝の川の水は冷たくてクロードは一瞬息が止まる。 ぎゅっと体を絞られたかのような感覚の中。

 落とされたままクロードは、水中をもぐってサウンティトゥーダの尻尾を掴んでひっぱる。 しかし、倍の勢いで引っ張り返されてその勢いで空中へ飛ばされる。

 それをアウントゥエンがまたもや咥えて引き戻す。

 ――これか?

 ――これだ。

 魔獣がお互いに顔を見合わせて笑うように吠える。

 それが何回も繰り返されて。

 その大騒ぎしているクロード達の方へ向かう人影。

「何、やってるんです。まだ、川の水は冷たいんですよ。風邪でもひいたらどうなさるんです。それに」

 冷たいラドビアスの声。 それに、のところがやけに低い声だったが。

「しゃぼんを魔獣に使うとはどういう了見ですか。しゃぼんなんて大きな町に行かないと手に入らない貴重なものなんですよ。さあ、上がってください」

 手を叩くラドビアスにクロードは、ちえっと小さく呟いて後ろの魔獣を見る。

「しゃぼんがそんなに大事なものなんて知らなかったんだ。いつも使ってるしさ」

「クロード様がお使いになるのは良いに決まってるでしょう」

 ラドビアスが手に持った大判の布でクロードを包み込むように拭く。

「わかったよ、今度からは気をつけるよ」

 クロードは殊勝にそう言いながら口笛を吹いた。

 ぶるぶるぶるぶる……。

 それを合図に二頭の魔獣が体を大きく震わせたため、ラドビアスは頭から水に飛び込んだようにびっしょりと濡れてしまう。 大笑いしたクロード、しかし。

「クロード様?」

 語尾を上げたのはこの場合、質問では無い。 やりすぎたかとクロードは上目遣いで顔を伺う。

「なんですか?」

「い、いや。怒ってる?」

「いいえ、もう食事の用意はできております。服に着替えたらさっさと食べてください。で、今日は体術の稽古をつけさせていただきます」

「ええっ? 今日は昨日の続きじゃあ」

 頭を必要以上にがしがしと拭かれながらクロードはしまったと思うが。

 大判の布を体に巻きつけて歩き出したクロードにすっきりした顔の魔獣がぴったりとつく。 クロードの感情の揺れに二頭はすごく敏感なのだ。

 いつもは、ラドビアスの言うことにも従っているがそれはラドビアスがクロードの従者兼、保護者だと分かっているためだ。

 もし、ラドビアスがクロードに危害を加えるような事があったら、たちまち二頭はラドビアスを食い殺しているだろう。 召喚した主人に無条件に懐くのか、クロードだからなのか。 それはわからないが。

「ずっと野宿というわけはいかないですし、もう少し二頭を離すことも考えないと」

 そう言ったラドビアスに向けてすかさず、二頭が威嚇のうなりを上げる。

「なんで?」

「この先、街にずっと出ないわけにもいかないでしょう。別の場所で寝るように躾けてくださいよ、クロード様」

 負けずに二頭にきつい視線を送ってラドビアスはクロードを見る。

「クロード様、お食事が終わったら町へ行ってみましょう」

 体術の練習は? 聞こうとしたがラドビアスはさっさと火が気になるからと背中を向けて足早に斜面を駆け上がって行った。

「町か」

 久しぶりに他の人間と会うのもいいかもしれない。

 ――でも、とクロードは思う。 ここに留まるより早くおれはベオークに行きたい。 体がもつなら、不眠不休でもいいくらいなのに。

 一向にここを出ようとしないラドビアスに不満もたまる。

「今日はおれもきっちり話をつけなきゃ」

 クロードは少し湿った二頭の魔獣の頭をかきながらラドビアスの背中に向けて呟く。

 食事の後、クロードに山から出ないようにきっちり言い聞かされた魔獣は不服そうに鼻をならす。 しかし、山道から街道に出る手前で再度ラドビアスにきつく言われて仕方なく来た道の上を飛び去っていく。

 街道を下って行くとだんだん人の往来も賑やかになっていく。 レイモンドールと似ているがやはり、そこはお国柄が出るのだろう。 人種は同じでも着ている物や髪型など少しづつ違っていて見ていて飽きない。

「ねえ、皆襟が高い服が多いね」

「ああ、あれですか。なんでも貴族なんかは襟の飾りだけで顔の三倍はあるらしいですよ。レースや細密な刺繍で飾れば飾るほど良い物らしいです」

 へえぇと感心しながら左右を見回しているクロードはどう見てもただの観光客。 おのぼりさん状態だ。

「あちらで一休みしましょう」

 ラドビアスが噴水のある広場にある休憩用の椅子を指差す。

「ラドビアス、おれさあ」

 座ると同時に話し出したクロードをラドビアスはだめですと一言で黙らせる。

「このままベオークには参りませんよ、クロード様」

「なんでだよ、早くしないとおれじじいになっちゃう」

 分かってますと簡単にいなされて憮然とするクロードにラドビアスは肩に手を置く。

「今のままではクロード様は必ず、死にます。経典を出す、出さない、そんな交渉など受け付けてくれないほど弱い。この西側の大陸一帯に留まり、魔術と剣術、体術の勉強を腰をすえてなさらないと」

「必ず死ぬって。そんなのわからないし、おまえだっているじゃないか。魔獣だっているし」

「わたしだって相手になんかなりませんよ。あっちにはわたしみたいな僕がごろごろしているんですよ。ビカラ様がお元気になられていたなら、わたしや魔獣など何人いたってダメでしょうね」

 ラドビアスはそう言い切ってクロードを見つめた。


「そんなに強いの?」

 ええ、とうなずくラドビアスにそんなにはっきり言うなよとクロードは天を仰いだ。

 眩しい光が矢のようにクロードの目を刺してたちまち目の前が真っ白になる。

「そう、長いことではありません。ベオークには直行しませんが少しづつ東へは行きますし。クロード様、どうしてここへ来たか分かりますか」

 頭に手を置かれて、クロードはゆっくりと横の方へ顔を向けた。

「だって、ちょうど降りるのに都合が良かったから。じゃないの?」

「ここの廟には勉強になるものがあるんですよ」

 偶然かと思っていたのに、ここに初めから来る予定だったとは。 外国のこんな何てことのない港町の廟に何があるのか。 そして、五百年以上も国から出てないのにそんな事を知っている、あるいは覚えているこの男に改めてクロードは驚く。

「そういう事なら。今から行くの?」

「ええ」

「アエントゥエンとサウンティトゥーダにお土産買ってあげたいんだけど」

「いいですよ、何を買われるおつもりです?」

「山羊か羊の頭と臓物。それと馬の舌を何個か。大牛の目玉を二つづつ、あとはねえ……」

「そんなもん持って街をうろつこうと思ってたんですか。だめに決まってるでしょう」

 ええーっと不貞腐れたクロードにラドビアスが冷たく言う。

「だいたい、大牛の目玉なんてそこらで売ってるわけないでしょう」

「そうなの? 飴みたいに美味しそうに舐めてるんだけど」

「それは大牛じゃないと思いますよ」

 クロードがそれじゃあ何だと問いたげな顔を向けると、ラドビアスはにまりと笑った。

「何だと思います?」

 もの凄い悪い顔にクロードはどきりと目玉を舐めている魔獣を頭に思い描く。

 丸くて、ちょうど人間の――。



 聞きたいが聞けない。

 笑っている顔がやけに怖かったのだ。

 何を舐めていたのかより、ラドビアスの方が――。



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