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14  反抗期

レイモンドール国が出来て間も無い頃の話です。

       (十四)




「どうしたらいいのか分からない」

 あああとため息とも唸り声ともとれるような怪しい声。 さっきから、この国の首都サイトスの王城内、魔導師庁の一室に響いていた。 その声の主である灰色の頭の魔導師が、机に向かっていたこの国の宰相に背後からしな垂れかかる。

「何でも嫌って、何? ナンなの」

「は?」

 来年の税収を見積もっていたガリオールは、いきなり数字の世界から、違う世界に引っ張り出されたようにきょとんと顔を振り上げるように後ろを見た。

「何の話だ、ルーク」

 あのさぁと言いながらこの国の最古参の魔導師三人の内の一人、ルークがガリオールの机にどっかりと座る。

「おいっ、書類の上に座るなっ」

「雛ちゃんのことなんだけど」

「雛ちゃん?」

 そっくりと聞き返すガリオールにルークはぶつぶつと文句を言う。

「えっと、ヴァイロン国王からもらった子供だよ。主がクロードって名前をお付けになったけど、小っちゃくて可愛いから廟では、雛ちゃんって呼んでるんだよ」

「それが?」

「何言っても、嫌嫌って言ってさぁ。怒っていいかな」

 国家規模の思考を中断させられて、相談を受けた内容にガリオールは眉根を寄せた。



 ほんの数十年前まで、この国は小さな貧しい領主国の集まりに過ぎなかった。 その一国の領主、ヴァイロン王が国を統一し、今に至る。 しかし、彼は武力によって国の統一をなしえたのでは無い。

 外国から来た一人の魔導師と、ある契約を結んだのだった。

 魔導師は、この国を魔術の結界で閉じて守る。 その代償として……。

 国は魔導師を保護する。

 王は、即位ごとに彼の子どもの一人を魔道側に引き渡す。

 そして、数年前に廟に連れてこられた王の子供はルークの手で養育されることになったのだが。

「最近、わたしの言うことなんてまるできかなくて」

 それが第一反抗期だなんて、ここにいる誰も分からない。

「朝なんだけどさ、雛ちゃんはいつもパン粥を食べてるんだけど。今日は、ふわふわで甘いパンが良かったって駄々をこねるからさ。急ぎ用意させたら、もう要らないって」

「で?」この話の出口に不安を覚えながらガリオールが続きを促す。

「ローブを着せようとお付きの魔導師が手をかけたら、自分でやりたいって言い出して」

「それは、いい事だ。成長の証ではないのか?」

 違うっと言いながらルークがガリオールの額を弾く。

「まだ、上手く着れないんだよ、雛ちゃんは。結局着れなくてローブを放り出して泣き出して、最後に言うには「ルークが悪い」だぜ。訳が分んないよ」

 うーんとガリオールも顎に手をやる。 幼いとは言え、前は聞き分けが良かったような気がする。 言ってることに整合性が無いということは、何か頭が混乱する病気にでも彼はかかってしまったのだろうか。

「それは、不味いな」

「だろ?」

「医者に見せるとして、おまえもすぐにハンゲルの廟に帰れ。クロードさまの看病をして差し上げなくては」

「じゃなくてさ」

 ルークは大げさに両手を上げる。

「子供の世話は大変なんだよ。今日は仕事をわたしと替わってくれ、ガリオール」

「何? 今何と言ったんだ、ルーク」

「おまえがクロードの面倒をみてくれ、ガリオール」

 唖然とするガリオールをよそにルークは、宰相の椅子からガリオールを追い出して満足そうに座るとそこにあった書類をぱらぱらと捲った。

 なんでこんな展開に――とガリオールは思ったが、クロードの様子を自分の目で見ておくのもいいかと思い直す。

「書類にいい加減な数字を書くなよ、ルーク。行ってくる」

 ひらひらと手を振るルークにそう釘を刺してガリオールは竜門をくぐった。


         *


「イヤだぁっ」

 三歳か四歳くらいの幼子がひっくり返って手足をばたつかせていた。 燃えるような赤い髪が特徴のその少年を扱いかねて、魔導師が数人取り囲んでいる。

「クロードさま、お靴を履かないとお寒いですよ」

「ひながじぶんで、はきたかったのにぃ。もうくちゅなんてはかない」

「クロードさま、で、では、ご自分でお履きください」

「もう、イヤだ。ルークがはかしてくれないと、くちゅははかない」

「えええ?」

「何を騒いでおられるんですか、クロードさま。靴ならわたしが履かして差し上げます。泣かずにお座り下さい」

 竜門から出てきたガリオールが、騒ぎを止めようとやんわりしかる。

「おまえなんか、きらいだぁ。ばか、ばか、ばか」

 いきなりのバカ三連発に、手が出そうになるのをぐっと堪えてガリオールは、周りを取り囲んでいた魔導師を見る。 魔導師になるとはいえ、この子供は王子なのだ。 叩くわけにもいかない。

「クロードさまは、いつからこんな事になった。なぜ、医者に診せないのだ?」

「医者でございますか? ええと、ごく最近でございます。さっそく医者を呼びます」

 おたおたと走って行く魔導師を厳しく見ながら、ガリオールは、そういえばルークに一日のお世話表なる物を預かっていたと思い出す。

「これか……」

 開いてみると、朝からのクロードの生活を追って書かれたものらしかった。 そこで、今頃は何をしているのかと文面を指で追う。

『朝の支度を済ませたら、食事。なるだけ本人のしたいようにさせる。終わったら、お手洗いに行かせる。これは重要。今が大事なので忘れないように。いかなる時でも半刻に三回は、お手洗いに誘うこと』

 半刻に三回とは、多いのではないか? とガリオールは首を捻る。 まさか、ここに病気の一端が現れているのではないかと思いながら、クロードを見た。

「クロードさま、お手洗いに行きましょうね」

「いや」

「いや?」

 もう一度ガリオールは、書き付けを捲る。 ここに書いてあるという事は、これが毎日繰り返されているという事ではないのだろうか? なぜ、いやなのかが分らない。

「クロードさま、お食事が終わったら、いつもお手洗いに行かれているのではないですか?」

「いくよ」

「そうですか、では行きましょう」

「いや」

 ぷくっと頬を膨らませて嫌々と首を振るクロードに、ガリオールはどう説得しようかと思案にくれる。

「お手洗いに行かないとお腹の具合が悪くなりますよ。さあ、行きましょう」

「いやだっ、ばかっ」

 どこかで何かがぷっつりと切れた音がした――ように感じた。 いや、ガリオールには、はっきり聞こえた。

「うええええんっ」

 泣き叫ぶクロードを抱きかかえてガリオールは強行手段に出た。 ずっと手洗い場に着くまでクロードは泣き続けて「ばか、ばか」と言い続けていた。

「はい、着きましたよ。わたしたちの手を煩わさないでください。おしっこしてください」

「いや」

「は?」

「いやだ」

 泣きたくなった。 いや、少し泣いていたかもしれないとガリオールは思った。


        *


「それでこの話はどこに行きつくんだっ? ルーク」

 顔を真っ赤にしたリチャードが噛み付くようにルークに喰ってかかる。

「ああ、この後は盛大にお漏らしをしたという事で落ちもつく」

 涼しい顔でルークが口を閉じる。

「大昔の話を持ち出してどうする気なんだと言ってるんだ」

「え? 面白くなかった?」

 ルークがしれっと応じる。

「そういえばあの後、わたしがサイトスに戻ったら、書類にでたらめな数字が書き込まれていて、修正するのにえらく時間がかかった。まったく」

 ガリオールがさっき、あった事のように渋い顔をみせた。

「だけど、書類仕事と子育て、どっちが大変か分っただろう?」

「確かに」

 納得の表情でガリオールは、ルークに頷いてリチャードを見る。

「おまえ、最悪だったぞ。まあ病気じゃ無かったらしいが」

 すぐに医者に診せた結果、「反抗期です」の一言だったのを思い出して、はぁとガリオールはため息をつく。

 かつてのクロード、今のリチャードは苛々しながら話が終わるのを待つ。

「くちゅ、ぐらいで騒ぐなってことだよね」

「ばかを一生分言われた気がする」

「いい加減にしてくれっ。何をさせたいんだ?」

「察しがいいな、リチャード」

 リチャードの言葉に、ガリオールが物分りが良くなって良かったと頷く。

「今日一日、今の雛ちゃんの面倒みてくれ」


 ルークがにこやかに告げた。




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