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12  名前

「レイモンドール綺譚」の外伝です。

一話一話、独立した話になっております。


名前が今と変わっております。紛らわしくて申し訳ありません。


ユリウス・・・ベオーク時代 「カルラ」その後「イーヴァルアイ」


ラドビアス・・ベオーク時代 「サンテラ」その後、「ラドビアス」


      (十二)



 昔の話をしよう。 大昔の話を。

 今の話をしよう。

 いつものように。



 少年は、他の歳若い男たちと一緒に何時間も歩かされ、ようやく一つの建物に辿り着いた。少年の生まれは、ここからそんなに地域的には遠くない農村。この島国は、ほんの数十年前には荒廃が酷く、人は生きて行くのも困難な小国の集まりだった。

 そこに、小国の一つモンド国の王、ヴァイロンが一人の魔道師と契約を交わし、島国を統一した。その魔道師による結界に守られた国の歴史が始まった。

 争いの無くなった国は今、ゆっくりとすがたを変えようとしている。だが――。

「今年の麦は、少しも実らなかった。冬を越せるかどうか」

「貯えなど何も無いよ、あんた」

 かさかさに乾いた手を振って中年に差し掛かった女が、一つしかない板間に掛け布を取り合うように丸まって寝ている子どもたちに目を移す。

「どうしよう、あんた」

 まだ、そんな歳でも無いはずが、女は老年に差しかかろうというような容貌に変わっていた。それは、この国の暮らしの過酷さによるものからか。冬の四ヶ月ほどは、一歩も外に出ることもままならないほど、この国の寒さは厳しい。そのため、戦火にまみれていた日々が終わってもなかなか、国土を豊かにするに至らない。

 国家が統一された恩恵など、ここらの農民にとっては、まだまだ絵空事のようだった。

「今日、いい話を隣村の魔道師さまから聞いたんだ」

「いい話?」

 いい話だといいながらも、男は苦い顔を妻に向ける。話の不穏な様子に女は、男に先をねだることも出来ない。

 束の間、沈黙が流れる。

「子どもを引き取ってくれるところがあるんだ」

「……あんた」

「売るんじゃない。魔道師になれば、ひもじい思いをすることも無いんだそうだ。それに読み書きまで教えてくれるっていうじゃないか」

 女の引きつった顔を見ないように、男はどう良いのか早口で先を続ける。

「上等なべべを着て、おらたちのように朝から晩まで働かなくてもいいんだと。おらは、明日一番下のガルを連れて行こうと思ってる」

「ガルを? あんた、あの子はまだ七歳にもなってないんだよ」

 縋りつく女を乱暴に男は引き離す。

「だからだ。この冬をあいつは乗り越えることは出来ない。あんなひょろひょろで小さい体で何日も飢えるんだぞ。春になったって、あいつは畑仕事の一つも出来ない。娘なら、まだ奉公に出せるもんを」

「だ、だって」

 掛け布からはみ出さないように必至で兄や姉の間に潜っている細い体を女は、呆然と眺める。この子が生まれてから、豊作だったことは無い。そのせいか他の兄弟と違って体は少しも大きくならない。病弱で手のかかるこども。そのくせ、ときどき大人が答えに詰まるような質問をする。

 男は、端からこの末っ子に疎ましいものを感じていたのかもしれない。

「魔道師さまが、試験をするらしい。それに合格したものだけが廟に召し上げてもらえる。そのときに支度金が出るらしい」

「あんた、それで」

「ばかやろう、金は必要だ。綺麗事じゃないだろうが」

 頬を殴られて転がる音が板間に響く。その音に、寝た振りをしていた小さい体がびくりと震えた。

 ――おらは、捨てられるんだ。はした金と引き換えに。

 唇をかんで寝返りを打つ。かまどに細々と残った木切れがゴトリ、と音を立てて落ちた。





 ゴート山脈の麓の廟まで来て、やっと先頭にいた魔道師が止まる。ここでしばらく待つように告げるとを姿を消した。

 他からも連れてこられた少年たちが疲れきって座り込んでいる。冬が近づき、貧しさから子どもを廟に差し出す親が絶えないのだ。その中の一人が話しかけてきた。

「ねえ、君いくつ? ぼくはもうすぐ七歳なんだ。ねえ、お腹すかない? 隣座っていい?」

 灰色の髪のくりりとした目の大きい少年がそう言いながら隣に座る。

「うるさい。おらは、なんにも持ってないぞ。あっちへ行け」

「あはは、ぼくも何も持ってない。正直言うとお腹が痛いんだ」

「お腹がいたい?」

 相手の言葉に、驚いて相手のお腹に手をやると、ふいに手を掴まれて平衡を失って倒れ込んだ。<

「何するんだ?」

「ふふ……ひっかかった」

 圧し掛かってこそばしてくるのに、慌てて体をよじる。だが、執拗に脇に触れる手に思わず笑いが漏れた。そのうちに、二人は大声を上げながら転げまわって遊んでいた。

「そこの二人、静かにしなさい」

 現れた先ほどとは別の魔道師の声に、はっと我に帰る。少年が内緒話をするように小さな声をかけてきた。

「ぼくは、ルーカス・ランバーっていうんだ。君は?」

「お、おらはガルオネラ・ハントだ」

 二人は、顔を見合わせてにっこりと笑って手を振って別れた。



 その後ガルオネラは、勉強をしながら、雑用をゴート山脈にある廟の一つでこなしていた。そんなある日、その小さな廟の廟主に呼ばれる。

「ガルオネラ、今日はわたしについてハンゲルの廟に行ってみるか」

「ハンゲルの廟ですか、廟主さま」

 あまりの嬉しさにガルオネラの声が上ずる。ハンゲル山は、ここゴート山脈の山でも一番標高の高い所にある廟だ。高いのは、標高だけでは無い。この国の魔道教の総本山でもあり、魔道師の祖イーヴァルアイという大魔道師がいるところなのだ。話だけしか聞いた事のない場所に行けると聞いてガルオネラの顔に朱がさす。


 それから、二日の道行きを経て、彼らはやっとハンゲル山に行き着いた。目の前にそびえる大きな巨岩に掘り込まれた廟にガルオネラは、ため息しかでない。

「これが……ハンゲルの廟」

「そうだよ、下で待っていなさい。手続きをしてくるから」

 何の手続きなのか、分からないまま、広い玄関の前に佇んでいると肩をこつんと叩かれる。

「ねえ、久しぶり。ガルオネラだったよね、きみ」

 振り返った先には、あの灰色の髪の少年が悪戯っぽい瞳で笑っていた。

「ああ、きみはルーカス」

「あれ、言葉使いが変わってる」

 ルーカスという少年がにやりと笑う。

「あれから二年も月日がたったんだから当然だろ。きみはなんの用事でこの廟に来たの?」

「あれ、知らないの? イーヴァルアイさまが、竜印という尊いものを授ける者を広く集めていらっしゃるんだ。わたしは、頭がいいから廟主さまに推薦を受けたんだ。きみもてっきりそうだと思ったけど」

「竜印?」

 では、さっきの手続きとはそういう事だったのだろうかとガルオネラは、廟主の消えた場所を振り返る。

「ねえ、手続きってまだまだ時間が掛かるみたいだし、探検しない?」

「探検?」

 うん、とうなずいてルーカスは、手前の階段を上り始める。だめだと言ったが、彼は聞く耳を持たない。放っておけばいいものだが、どうしてもそれも出来ず、ガルオネラは、ルーカスの後を追った。

 何回もくるくると螺旋状の階段を上がる。このままてっぺんまで行くのかと心配だったが、ようやくルーカスは、階段を離れて廊下に足を踏み出した。

「待てよ、ちょっと。もう帰ろう」

「ねえ、声がしない?」

「声?」

 それこそ、見つかって怒られたら大変と、ガルオネラは周りを伺う。シンとした暗い廊下に確かに声がした。

「行ってみよう」

「だめだ、ルーカス」

 ところが、またしてもルーカスは走り出し、ガルオネラはその後を追った。奥の部屋から声がする。

 ――誰かが泣いている。

 思わず、戸を開けると寝台の中から思いもかけず、硬い声が飛んだ。

「誰も入るなと言わなかったかっ。すぐに出て行け」

「あ、あのすみません。どうしたんですか? どこか、痛いんですか?」

 子どもの声に、寝台をきしませてそこにいた人物が起き上がった。

「子ども? おまえ誰だ」

 涙の後が頬に残ったままの顔なのに、その美しさにガルオネラは、出ていくのも忘れて見入ってしまった。

 女の人――? そのくらい、細く、白い儚げな容貌の十六、七歳の少年だった。魔道師に女性はいないのだから、男の人なんだと改めて思う。

「わたしは、ガルオネラ・ハント。あっちは、ルーカス・ランバーです。どうしたんですか? どこか、加減でも良くないんですか?」

 自己紹介をすませると、二人の少年は寝台にいる年長の少年のおでこや、背中をぺたぺたと触った。

「どこが痛いんです?」

「ど、どこって。む、胸が痛いといえば、痛いけど」

「擦ってあげます」

「じゃあ、わたしはお茶を入れますね」

 かいがいしく動く子どもたちに、少年は毒気を抜かれて大人しく世話されていた。

「起きれますか? お茶が入りましたよ。わたしね、お茶を入れるのが上手いらしいんです」

 得意気に茶器を差し向ける子どもから、少年は茶器を受け取り口にする。

「……うん、上手いな。ラドビアスには及ばないが、私の好きな濃さと香りだ」

「おまえ、名前は確かルーカスだったな」

「はい」

「じゃあ、今日からルークにしろ。おまえは、ガルオネラか。では、ガリオールだ。家族になんてもう会わないのだから、苗字は捨てろ」

「ええ?」

 いきなり、名前を変えさせられて二人の子どもは息を呑む。その尊大な態度の少年が魔道師の祖イーヴァルアイだとその後、入って来た魔道師によって告げられた。


「ただいま戻りました。イーヴァルアイ様」

 現在、竜印を持った唯一の魔道師が竜門から姿を現す。そして部屋にいる者の顔を見回して眉を上げた。

「この子どもたちは誰です? お付きの魔道師はどこに行ったんですか」

「こっちの茶色頭は、ガリオール。灰色頭はルーク。おまえがつけた親父は、首にした」

「首に? どうしてですか」

 自分が、首都のサイトスで宰相として国の執務にかかりきりになっている間に、一体何があったのか。そう思って主人を尚も見詰めると、彼の主人は仕方なさそうに言葉を継ぐ。

「あいつ、口が臭かったんだ」

「それだけですか」

「足も臭そうだった……な」

「イーヴァルアイ様」

 うるさい、私が決めたんだからと、イーヴァルアイはあっさりとラドビアスに釈明する気を捨て去って言葉を切った。ふん、と言って手を出す主人に心得た仕草で着替えを出そうとするが、灰色の髪のこどもが足早に衣裳部屋に向かって走っていく。

「イーヴァルアイさま、昨日は群青のリボンだったし、今日は臙脂えんじ色のシャツとリボンにしませんか」

 頭だけこちらに向けて少年が聞いてくる。そんな不遜な態度を咎めようとしたラドビアスの前で主人が腕を組みながらそれに答えた。

「そうだな、でも浅い緑のもいいと思うけど」

「今日は断然、臙脂ですよ。まあ騙されたと思って着てみません?」

 驚くような気安い言葉で、少年は臙脂色のシャツを広げて見せた。イーヴァルアイは、その様子に笑いながら応じる。

「分かった、そうする。ガリオール、サイトスの宰相どのにおまえの草稿した租税についての論文を見せてやれ」

 開いた口が閉まらないラドビアスの後ろにいた少年が、一礼をして部屋を出て行く。そしてわずかの間に戻ってくると書類の束をラドビアスに手渡した。面白くない気持ちをいだきながら彼は書類を読む。

「これをこの子どもが書いたのですか」

「ああ、こいつは使える奴になるぞ」

 そう言って彼の主人は笑い声を立てた。



 その後、何年かの後にラドビアスは、首都サイトスでの宰相の地位をガリオールに継がせてルークにゴートの廟長の座を与える。それから五百年の時が流れた――。


「きっとラドビアス様は、私たちに主を取られたくなかったんだよ。仲良しだったからなあ。私たち」

「まさか。ばかな事を言うもんじゃ無い。何かお考えあってのことだ。クロード様の前で何を言ってる」

 サイトスの王城魔道師庁の一室で、ガリオールの執務室にいたガリオールとクロードの前に現れた灰色頭の青年魔道師は、絶対そうだと一人うなずいている。

「へえ、ユリウスに名前をつけてもらったんだ。でも、前の名前に戻りたいとか思う?」

 クロードの質問にいいえと答える声が二つ重なる。

「主にいただいた名前は、私にとっての宝でございます」

「ガリオールの言うとおり。特にガリオールなんて、ガルオネラなんて酷い名前だったんだからね」

「ルーク」

 笑い転げるこの国の重鎮にガリオールは、厳しい声を上げる。

「おまえをサイトスに出入り禁止にしてやる」

「ガルちゃん、厳しい」

 つられて思わず笑うクロードにガリオールが声をかけた。

「クロードさまは、明日から呪文のおさらいに巻物を一巻づつ、写し書きしてもらいます」

「ええ?」

「ガルちゃん、酷い」

「うるさいっ」

「あははは」

「クロード様っ」



 程なくイーヴァルアイは死んで、結界は消え、竜印を受けていた魔道師はラドビアス以外すべて消えた。



 



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