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1  昔話

「レイモンドール綺譚」の外伝です。

一話一話、独立した話になっております。


名前が今と変わっております。紛らわしくて申し訳ありません。


ユリウス・・・ベオーク時代 「カルラ」その後「イーヴァルアイ」


ラドビアス・・ベオーク時代 「サンテラ」その後、「ラドビアス」


 この道は正しい道に続いているのか。


 だが、正しい道ではなくても俺は進んで行く。


 それが自分の決めた事だから。




「クロード様、あちらをご覧下さい」

 後ろから声をかけられて、振り返る少年。

 斜め後ろから伸ばされた腕が少年の顔を通り過ぎて眼下を指差す。

 足元に見えていた海はいつの間にか広葉樹の割合が多い、緑豊かな土地に変わっていた。 そのあまりにも濃い緑に少年は目を細める。

 匂い立つような柔らかい青葉の絨毯。 クロードは、ここがレイモンドールでは無いと思い知らされて一抹の寂しさを感じた。

「イストニア連邦国ですよ。たくさんの小さな国の集まりです」

「ここで休む?」

「そうですね、クロード様もお疲れになったでしょう」

 二人は深緑の中へ、クロードにとっては初めて生国以外の場所に降り立つ。

「アウントゥエン、サウンティトゥーダ。危険が無いか、辺りを探ってきなさい」

 青年の言葉に、赤い大きな狼の姿とドラゴンのような姿の魔獣が相次いで姿を消す。

「何で海を越えただけなのにこんなに暖かいのかな」

 首を傾げるクロードの横では、早速下生えの草を短剣で掃って火を(おこ)す支度を始めたラドビアスが顔を上げずに応える。

「レイモンドールに吹き降ろす海からの風も、そのレイモンドールの山脈のおかげでここに至るまでには穏やかになっているのですよ。 外海のダルム海からの風を防ぐ役割をレイモンドールが(にな)っているようです」

「ずっるいよな、それ」

「下にこれを敷いてください」

 なんだかなあ、と言いながらその場に座ろうとするクロードに見ているかのようにかかる声。

「はいはい」

 差し出された薄い毛布を受け取ってクロードは、そこに寝転がった。

 見上げる空は、無常なほど青い。 クロードの心情など関係なく晴れている。

 行くなと言って、涙を流してくれた兄の、クライブの切なげな顔。

 また、会えるわね、そう言ったアリスローザの寂しげな顔。

 そして、悪意に満ちた企みを抱いているらしい、コーラルの顔。

「みんな――置いてきてしまった」

 振り切って、利己的な理由のためにレイモンドールを後にした。 それを後悔しているのかとクロードは自問する。

「いや、おれは先にいく。後悔はもっと後で考える」

「何か、仰いましたか」

 沸かした湯で何かを煮込んでいるらしい匂いが漂ってくる。

「ううん、上手そうな匂いだと思ってさ」

「クロード様はこんな旅は初めてでしょうからね。少しきついかもしれません。魔獣を連れての事ですから野宿することもありましょうし」

「野宿?」

 手渡された木の器を受け取りながら、なんとなくうなずいてみたりしたが。 やっぱり知らないのだから感想も無い。

「美味しい。ラドビアスって何でも上手いよな」

「上手くもなりますよ。ユリウス様に長年お仕えしていたんですから。レイモンドールに渡るまでの道中も大変だったんですよ」

 ぶつくさ言いながら、あっという間に食べ終えたクロードの差し出す器を受け取って、新たに煮物をよそう。

「へえ、聞きたいなあ」

「そうですか?」

 だめだと言われるかと思ったがラドビアスは懐かしそうに話を始めた。




 地下の通路から出ると、そこはもう、ハオタイ皇国だった。 急いで古着屋で調達した服に二人とも着替える。 頭に布を被ってはいるが、一刻も早くこの地域から離れたほうがいいのは確かだ。

「カルラ様、馬を調達してまいります。ここでしばらくお待ちを」

 うなづく様子も無くちらりと視線を送っただけの主人を大木の陰に座らせてから、サンテラは街中に消えた。

 何をするわけも無くただ、膝の上に置いた書物を一心に読んでいた少年。 書物の上にかかる影にむっとして顔を上げる。

「何だ?」

「お、おまえ」

 顔を上げた少年のあまりの人離れした美しさに若い男が固まる。 ここ、ハオタイは外国人の流入も多く、白色人種などそこら中にいる。 見慣れているはずだが。

「おまえ、女か」

 つい、口に出た言葉に今まで大人しく座っていた少年の顔色が変わる。

「いてえ!」

 いきなり頬を殴りつけられて後ろに男はのけぞる。

「わたしは男だ。どこに目をつけている、このぼけ!」

 じろりと見上げる少年。

 その睨む顔すらまぶしいほどで男は我知らず、少年の手を掴んでいた。 (あらが)う少年を無理やり立たせて逃げられないように腰に手を回す。

「おまえ、気にいった。おれのところに来い。おれはここ、ガランドの領主の息子だぜ」

 この身分を出すとどんな女でも思いのままのはず。 まあ、こいつは男らしいが。 しかし、どうにも気になって仕方が無い。

「おれのところに来たら贅沢し放題だ。さ、行くぞ」

「嫌だ。その汚い手を離せ。わたしは人を待っている。どこに行くつもりも無い」

 抵抗するわけではなく、声を荒げるわけでも無いがはっきりと、それも尊大に断る少年に男は驚く。

「おまえ、さっきのおれの言った事聞いて無かったのか。おれは……」

「このガランドとかいう田舎街の領主のばか息子だろう。二度も言うな。耳が(けが)れる」

「な、何だと」

 それが何か? と言いたげな顔を男に見せる少年に嗜虐的(しぎゃくてき)な気持ちになって持った腕を背中に捻り上げる。

「ふん、おまえの意向なんかどうでもいい。さあ、来い」

 肩に担ぎ上げると手からどさりと大きな書物が落ちる。

「あっ」

 初めて狼狽したような声を上げた少年に満足そうに男は笑った。



「カルラ様?」

 馬を引いて戻ったサンテラの目に映ったのは大木の根元に落ちているごつい本だけ。

「まったく、どこの誰ですか。殺しますよ」

 恐ろしい事を涼しい顔でそう呟いたサンテラは印を組む。

『逆手、逆用、後を追え』

 呼び出した使い魔にそう命を下すと、黒いぐにゃりとした影がいくつも地面の上を走って行った。



「おい、おまえこれに着替えろ」

 ハオタイ風の瓦をのせた平屋の広大な屋敷の一角で男は、放るように金糸をふんだんに使った女物の衣装を椅子に座っている少年に投げる。

「こんな物。着るいわれがないし。どうやって着るのかも知らない」

 (さら)われて来たはずの少年は、そう言って服を投げ返す。

「ちっ、おい、おまえ一体何様だ。いや、いい。下女に手伝わす」

 手を叩くと頭を低くしてハオ族の妙齢の女たちが三人入って来た。

「こいつにこれを着せろ」

「はい、卿秋様」

 女たちが少年の服を脱がしていくのを男は楽しそうに見ている。 ところが当の本人は他人に世話をされる事に慣れてでもいるのか、恥ずかしがるそぶりも見せない。

「まあ」

 下女の一人が下着姿の少年に堪らず声を上げる。

「何てきれいな肌でしょう。しみ一つないわ。このお肌の色ときたら」

 下女の言葉に興味を抱いて男は近くへ寄ってみる。

「確かに」

 ほんの少しの落胆は、やはりこの者が少年だったと分かったからだが。 薄い薔薇色の肌に流れる亜麻色の髪。 細い鎖骨のラインにごくりと喉が鳴る。

 思わず、手を触れようとした時。

「ここにいらしたんですね、カルラ様。さあ、行きますよ」

 窓枠に足をかけて長身の男が入って来た。

「サンテラ、遅い」

 少年が不服げに言う。

「遅くなったのはあなたがあの場所にいないからです。捜しましたよ」

 こちらも負けずに文句をいう。

「何やってるんです? さあ、風邪ひきますよ。ちゃっちゃっと服着てください」

 驚く下女をしりめにサンテラと呼ばれた青年はさっさと元の服を少年に着せ始める。

「おまえ、何やってるんだ?」

 今まであまりにも普通に入って来て、こちらの事などそっちのけで自分たちの世界にいた二人に驚いていた男が、我に帰って大声を出す。

「警備の兵をどうした? いいかげんにしろよ。こいつはおれの物だ」

 最後の言葉にぴくりと着替えの手を止めて青年は男を見返す。

「誰が誰の物ですって?」

「そいつだ、おれが街で見つけたんだ」

「なるほど、あなたがわたしの主を連れ出しのですか。では、わたしのさっきの気持ちを実行させていただきますね」

 言うが早いか、男の首に突きつけられる短剣。 怯んだところを背中に強烈な肘うちをくらって男は倒れこむ。

 そこへ蹴りこまれる膝。 そして男の右腕の関節を逆に捻りあげると、ごきりと気味の悪い音が響く。

「ぎやあああ」

 青年は、痛みと恐怖で叫ぶ男の腕を、そのまま背中に押し付けながら片膝で男を押さえ込んだ。

「次はどうしましょうか。もう、片方も同じようになりたいですか? それとも耳を削ぐほうがいいでしょうか」

「血を流すのは止めておけ、服が汚れる」

 泣き出した男を前に少年は肌蹴(はだけ)た服を直すことも無く見ている。

「なんです、もう襟元を結ぶだけじゃないですか。ご自分でやってください」

 青年はため息をつくとあっさり男を離す。 この場合、男より、服をちゃんと着ていない主人の方が気になるらしかった。

 きちんと主人に服を着せ付けると青年は手を差し出す。

「さあ、行きましょうか」

「ああ、でもそいつはどうする? 警備の者は?」

 ああそうでしたね、と青年は言うがもう男への関心は失ったようで。 ひょいと主人を抱き上げて肩に担ぐと窓枠に手をかける。

「後どのくらいいるのかは存じませんが、ここら辺に居た者は皆始末しました」

「そうか、じゃあ安心だな。顔を見られていたら足がつくからな」

 主人の言葉にええ、と笑って青年は懐をさぐる。 窓から飛び降りる直前に放った短剣が過たず床の男の胸に刺さった。






「どこに行ってもちょっと目を離すと男女によらず、目につかれて本当に大変でしたよ。でも術を使えば足がつきますからね。 なるべく使わないようには気をつけていました」

 懐かしいですねと笑うラドビアスにクロードはがっくりと肩を落とす。

 術を使わなかったって、ちょっかい出された相手を惨殺してまわったんならさぞかし目立ったはずだ。 ユリウスの事になると有能なラドビアスの思考回路がおかしい方向にいってしまうのは初めからだったらしい。

 陰惨(いんさん)な昔話にすっかり胃酸を逆流させたクロードはげんなりと、それからあんな事もあった……と続けるラドビアスをながめた。



読んでいただいてありがとうございます。

不定期になりますがクロードとラドビアスの珍道中の話をのせていこうと思っております。

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