008 宴会
黒き化け物によって穢れた島の土地を祓い清める仕事を終え、フェレリアスがどこからか調達してきた魚や野菜などの食材を、焼いたり煮たり、料理名もない様な簡単な調理方法で料理しテーブルに並べた。穢れを祓った後は、体中になんとも言いがたい倦怠感がまとわり付く感覚、割と好きで得意な料理も作る気になれない程に。
ともあれ辺りはすっかり暗くなり、電気の通っていないこの島でフェレリアス様の魔法で、ある意味もっとも実用的であると思われる光を操る魔法で室内を照らされながら本日の夕食……宴会となった。
「はぁ~~い、今日も~~無事に海晴が祓い終えたのを記念して、乾杯ィ~~」
「いや、だから祓いの度に乾杯しなくて――」
「かんーぱぁい~~グビグビ」
フェレリアスは手に持った湯のみを雄々しく、喉を鳴らしながら一気に飲み干す。
「ウチの神社の水数滴はいってますけど……なんで、ほぼただの水でそこまで酔えるのですか」
お酒のように見えるがその湯飲みの中の透明な液体は、ほぼただの水である。ほんの数滴ばかり祓いの儀式に使うために一升瓶につめ持ってきた、ウチの神社の池から湧いた清水だ。むろん海晴神社より湧く水なので穢れを祓う力はあるが、数滴ほどそこらの水溜まりに落とせば、化け物を逃避させる程度の水に変える事もできる……といっても、飲み水としてはただ水。
飲めば飲んだ者の穢れを祓うことはともかく、味はせいぜい水として雑味の無いまろやかな水という程度。なぜそんな水を数滴含ませたものを飲んで酔えるのか。魔女の味覚・感覚、他全ても正確なところ人間には理解出来ていないのだ。
「ひゃう~~うん~~」
「ひっく、もう海晴ってばぁーー。お酒は理屈じぇ飲むものひゃ、ないですよぉ~~。楽しく雰囲気を味わうものですーーぅ」
「そうですか……とりあえず、飲みすぎですよッ」
ゆらゆらと体全身を左右に揺らし、今にも手にもった湯飲みからお酒……水がこぼれ出そうになるので、強引に取り上げる。実はこっそり本物のお酒に摩り替えているのではないかと思い、フェレリアスに見られないように背中を向いて臭いを嗅いでから、恐る恐る湯のみのなかの液体を飲む――が、やはり、ただの水であった。
「まったく、しょうがない魔女様なんだから」
島に来て以来、穢れた地を祓い清めるたびに、その夜に宴会と称し、俺ととたった二人で宴会を連日のように催すのだ。正直、そんなに毎日宴会しなくていいのにと思うが、フェレはとても楽しそうにするので、嫌というのも忍びないのだった。無邪気で楽しそうなフェレを見ているのは、嫌いではないし。
ただ、その度にこうして酔いつぶれてしまうのは困り者。このまま放置して風邪でも引かれては困るが、幸い、魔女は風邪を引かないらしいが……見てるこっちが風邪になりそうなのだ。なので、酔いつぶれテーブルに突っ伏しているフェレを寝かすため、白く柔らかい両方の二の腕の下から手を回し、色々と細心の注意を払いながら、抱き上げるようにして移動させ、既に準備済みの布団の上に寝かせるのだ。
「うーーみぃーはーるぅ~~むにゃ」
「はいはい、布団かけますよ。寝て下さい」
酔って甘える子供の様なフェレを、布団の上からゆっくりやさしく叩いて、あやし寝かせる。だらしないぐらいに、安心して緩みきった顔の肉をこっそりつまむ。
「おやしゅみーーにゅーー」
「明日はちゃんと、守って下さいね、約束なんですから」
すぅすぅと寝息を立て始めたのを確認して、起こさないようにそっと直ぐ隣に、自分用の布団を並べて、明かりを灯すしている魔女の魔法を晴海神社の水で消火するように消す。月と星の明かりしかない島の夜は不気味なほど真っ暗なので、すばやく布団にもぐりこみ顔まで覆い被さって目を閉じた。
子供っぽいと言っておきながら、外では化け物もいるしこの暗さで夜はかなり怖いのだ。宴会の後はいつもこうして魔女の直ぐ隣で寝られるので、実は安心して助かっていたりする。家の周りは化け物を逃避させる呪符と結界があるけれど、やはり誰かがそばにいる――寝てるとはいえ、島最強の魔女が隣にいると思うと心持ちが違うので。
そんなことを言うとフェレはからかうか、むしろ一つの布団で寝ようとか言い出すにちがいなくて、それはそれで恥ずかしいので言わないが。
「明日も化け物に喰われませんように……」
まぶたを閉じ眠気で薄れ行く意識の中で、そんなことを呟きながら、夜が更けていった。