006 穢れの祓い方
「さて祓うのだけれど」
黒き化け物によって穢れたこの場所だが、幸いにも穢れの度合いは大した事はない。ただこのまま放置し、別の化け物がこの場所で再度暴れれば一気に穢れが強まり、魔女の魔法で作られたこの場所に大穴が開く。その穴から化け物が逃げ出す穢れが漏れ出せば、それこそ一大事なのだ。
そうさせないためにもこの場所を清めるのだが、方法は幾つかある。もっとも強力なのは、封印の布生地に巻かれた足元にある長い得物。それこそ、絵巻や伝承で語り継がれる物、ウチの神社の創建にいたる遥か昔の魔女から授かった武器の形をした神器なのだが。
武器の形を成し、化け物を直接切れるだけあって穢れを祓う力も強力ではあるが。使用すれば体を焼き尽くすような痛みが走ると同時に、止まない声によって意識が失い動けなくなるまで、目に見える周囲全てを祓い清めるというとんでもない代物、いや長物だ。言ってみれば、穢れの黒き化には清浄なる白き化け物で対峙するという、目には目を歯には歯を、毒には毒を持って制すという、なんとも時代錯誤な物騒な考えを体現する物。
島の外ではまず使う機会がないのでまず使った事はない、ただそれほどの物であると伝承で言い伝えられるだけ。そんな代物ゆえ、この閉鎖された島では置いているだけでも発する清め力が強すぎるほど。かえって化け物たちを刺激するらしくフェレの指示で封印の布が巻かれている始末だ。
神器はいざというとき――そんな事はないことを願うばかりだ、なので今回は別の方法を考える。
「いざ清めるってなると迷うな……」
盛り塩なんていうもの無くはない、ただ清めると言うよりは穢れの侵入を防ぐため玄関などに用いるが。そんな何気なく、現代の私生活や慣習に溶け込んだ方法も立派な穢れを祓う行為だ。
ただ、一点重要なことがある。魔女に使える自分達のような巫女が祓う穢れというのは、黒き化け物から発せられる力であり、魔女の魔力が変質したものでもある。故にその変質した魔力を祓えるのは対照的に、魔力を浄化の力として変質させ自身の力として行使できる巫女だ。だから普通の現代社会に暮らす人間が同じ行為をしても、化け物の発する穢れ『黒い霧』に対しては無意味なのだ。
さらに言えば、巫女が使う道具は神器の穢れを祓う力を常に浴び続けていた、神社の社に生える草花岩などの自然物と、巫女が造った祓いの道具が必要とされる。このことが結果的に巫女の一族が、魔女に信頼と珍重され現代に続く繁栄を享受することを許された。
さて、そんなあれこれがあって此処にいるのだ、では具体的にどうするか?
「そうだった。姉さんが祓う方法をまとめてくれっていう、ノートあったんだっけ」
道具を包んだ布を解くと、呪札の束などの和紙をまとめ保管している桐の小箱から、色ペンやイラストを交えて手書きされた『祓い方♥ マニュアル』が同梱されている事を思い出した。ただ姉さんには悪いのだけれど、飲食店のバイトのマニュアルではないし文体が……でも有り難く使わせてもらうけれど。この過剰なまでの気遣いは、心配性の姉さんらしくてホッとする。
カラフルな冊子をぺらぺらとノートを捲る。
そこには具体的方法から心構え、ワンポイントアドバイスなど事細かく書かれていた。
「もう姉さん、何時の間にこんなもの……ん、これは良さそうだ」
捲った十七ページ目、少し変わった方法が書かれているのに目が留まった。
足元の穢れの状態と祓い方相性を考えてみて、このページに書かれた方法が悪くない気がする。祓い方に特に決められた手順はなく巫女の裁量に任されているので、このページ記載の方法『穢れた地に清き種を蒔く』という祓いの儀式を行う事ににする。
「えっと、なになに……」」
やり方!! (『祓い方♥ マニュアル』より抜粋)
①海晴神社境内の家庭菜園で収穫した作物の種を用意しますっ! 絶対に他の場所で収穫した果実や花の種じゃ、ダメだよー みークン
②種を右手(重要!)に持ちって握り、左手の中指と人差し指を右手の甲に当てるようにして構えます! この時点では、気持ち、ココロを静かに静寂にするのがベスト!
③構えた二本の指の間から吹き込むようにして、穢れの強さに応じた、打消しの清めの祝詞を唱えます! みークンの誠意一杯心をコメテネ~
④すると僅かに種子が発光し始めると思うので、その光が消えないうちに、穢れた地の真ん中に埋めてあげてね! 急いで、直ぐにっ。
⑤最後に海晴神社の池の清水を数滴たらすと、なんとお姉ちゃんもびっくり、芽がでます! マジックみたいだよね~~
以上だよ、頑張ったね、みーくん~
とまあ、声に出して読むのは恥ずかしくなる話し言葉で書かれているが、確かにこんな方法もあると習った事を思い出した。この儀式により芽吹く息吹と神社の神気が、蒔いた植物の成長と共に少しずつ放出され、長期間に亘り穢れた地を浄化する。良いことに、神器のように力が強すぎる事も無いので、化け物が荒らす事も無いだろう。実行に移すことに決めた。
丁寧に、神社で育てられた数種の草花の種が紙に包まれ、別の道具箱に入っていた。その中から紫蘇と包みに書かれた種を取り、手順に従って蒔き、小瓶に入った海晴神社の池の水を数滴たらし祓いの儀式を行った。
すると本当にマジックのように、土を持ち上げムクムクと双葉が顔を出した。
「こんな感じで良いだろう……後は自然に成長を待てば良いし、紫蘇は夏には食べられるし」
島での自分の仕事をやり遂げ満足感に浸りながら、そんな事を独り言のように呟いていると、タイミングを計ったかのようにフェレが音も気配も無く直ぐ目の前に居た。来たなら来たと言って欲しい。
「ふふ、さすが由緒正しい海晴神社の巫女ね~~ お疲れ様、海晴」
今日の島での大事な巫女の仕事が終わった。