026 過ちと願い
「この大樹、見覚えが在ると思ったら夢で……水晶玉を覗き込ん時に貴方が見せた映像の中に生えていた大樹だったんですね」
ここでようやく思い出すこの大樹の姿、既視感に。今朝の悪夢、水晶玉を覗き込んだあの夢の映像は魔女ゲフトの仕業だったということに。朝起きて、最初にあの水晶玉に触れたときだった。
ゲフトと名乗る声(思考)が自分の中に入り込んできて、大まかに今起きている事の顛末を知らされた。魔女とは一体何で『不老不死』と『弟子』、フェレリアスとアオイの禍根、師匠が犯した過ち……優しく語りかける穏やかな声の主は今目の前にいる師匠ゲフトの声だった。その魔女ゲフトと名乗る者が語る話に自分は夢の中で驚きながら、二人の弟子のために協力して欲しいとお願いされたのだった。非現実の夢の中、考えも良く回らず、それでもフェレリアス様とあの少年の為になるならと承諾していたのだったと。
そこで夢の中の声、ゲフトは申し訳なさそうにか細い声で『ありがとう。そして少しの間だけ君の記憶と感情を借りるね』と、一体何の事か分からず聞き返そうとしたのだが。今の今までその前後の記憶が抜け落ちていて、今になってようやく思い出した次第であった。
そんな事があって今現在、魔女の木の下で二人佇むに至っている。
「無理強いはしたくなかったんだ。でも同時に君の純水ピュアな気持ちを大切にしたくて、少しだけ記憶と感情を操作させてもらったんだ。といっても、殆どその必要が無いくらいに君はあの二人に対して真っ直ぐ向き合ってくれていた、ありがとう」
「いえ、俺は何も。ごくごく当たり前の気持ちで」
それでも、もう一度ありがとうとゲフトは大樹を見上げながら横目で言う。
全ての記憶が正しく揃った今、確かめなければならない事がある。こうして風に穏やかに揺らめき、灼熱の日差しから守れ涼しい大樹の木陰の下で穏やかな気持ちの俺達と正反対。島に響き渡る轟音と焼けた臭いを発し続け、フェレリアス様とアオイは何故どうして戦闘を続けているのかを。その理由を聞く権利はこの島を守る巫女であり、師匠ゲフトを手助けした自分にはきっと在るはずだからと思ってーー
「君の気持ちは分かってる、知りたいんだね? 何故今も二人が戦い続け、僕はそれを見守るだけかと」
「はい」
理由を尋ねられるのを待っていたのだろうか。 ゲフトは少し押し黙ってから大樹の幹に背を向け寄りかかるように腰を落とし、俺にも同様に促して緑色の苔と柔らかい土の上に座り込んだ。
「夢の中での話で、ある魔女の師匠は弟子を育て自らの全ての力・記憶を継承すると……でもルールを破って二人の弟子を育ててしまい迷った挙げ句、それでも最後は決意して仕来り通りフェレに自分の魔女としての力を継承すると決めたと、話したよね?
「んーまぁ、もう分かるとは思うけど、その魔女の師匠が僕のことなんだけど……ね?」
今この状況でなら即答できる。コクリと縦に首を振って、恐る恐る聞いてみる。
「本当は二人から選ぶことが出来なかった、そうなんですね?」
言葉にこそしなかったが、誰が見ても図星だと理解するには余りに分かりやすい態度のゲフト。初めて額に一滴のしみ出す汗、直ぐに色白の肌を滑るように一筋流れ落ちた。最強の魔女は暑さを感じないのかも知れないが、心に熱い感情は持ち合わせているのだろう。
「いまのこの現状を語る前に一つ、大鎌の少年アオイのことだけどね。巫女であり勘のいい君ならもう薄々感づいてるかもだけどねぇ~~。あの子、実は君たちが恐れる黒き化け物の子供、黒き化け物となった母親から生まれた子……黒き化け物の血が流れる人間の子というのが一番かな」
「信じられない? まぁね~え、無理は無いかな。島に数居る黒き化け物の異形の姿を見れば、あんな化け物から人の形をした物が生まれてくるなんて」
「島の化け物に比べれば、まだまだ人間の様なすがただしね~。黒き化け物の種が発芽したのが出産直前だったらしいんだ。突然魔女の住む森に現れたあの子の事、人間の姿に化けて情報を調べたけどその事実を知ったのが、儀式の直前だったから」
「可愛そうだと思ってね、確かに化け物の穢れと魔女の魔力の相性は悪いと理解してたけど…………何かをあの子に残したくてね」
「だってそうだろう? 未来在る少年少女に夢を託したいと、人間である君は分かってくれるだろう?」
「そう、なのでしょうか……はい」
率直に同意は出来なかった。
だって成人してもおらず、ましては結婚して子供がいるような年齢でもない自分。もし親の立場になっていたならば、そんな考えをしていたかもしれないが。悠久の時間と人間を見守ってきた魔女であるこの人だからこそ、思いが強く止められなくなったのだろうか?
けれどもその結果が一昨日、思いに震えながらフェレが語っていた『アオイが師匠を殺した』という話へと繋がるのだろう。
彼女の中ではきっと、水晶玉の中で見た幼いアオイの姿は限りなく普通の女児の姿に近かった。フェレ様は少なくとも当時はアオイを人間の子だと思っていたし、だから師匠の魔女としての力を継承するのは自分であると信じて疑っていなかったのだろうし。けれども当の師匠ゲフトはアオイの中に流れる黒き化け物の穢れた血と力を見抜き、世界最強たる今の自分さえも穢れと魔力を使う事の出来るアオイなら越えることが、と思ったのに違いない。そこから起きた不慮の事故だったのだ。
一度意識の共有をしたせいだからなのか、お互いの思っていることが自然に分かってしまう。言葉にはしないけれど、最悪な状況に至るまでには色々な出来事や事実があったと。
「そうそう色々あったんだァ~。極めつけが継承の日の前夜、迂闊にアオイにピッタリな大鎌を渡そうとしてあの子が手にした時、眠っていたあの子の穢れの血が覚醒して、無自覚ながらに僕の胸を刺し殺すつもりで僕の殆どの力を奪い取ったんだ」
「実際はこうして死んでないけど、あの時は死んだも同然だったからね」
引き起こすべくして起こった、そう言ったらこの人は怒るだろうか? そうなる事は最強の魔女なら分かっていたのかもしれない。それでも渡そうとしたのは最愛の弟子への愛情だったのだろうか?
「でもフェーちゃんには勘違いさせてアオイを恨むような事になって、今に思うと本当に後悔しているよ」
「で、せめて状況を打開しようと二人に、僕は死にかけの中で言ったんだ」
冗談めいて軽く口をたたく口調から、足下に視線を落とし草木が揺れる地面を向いて。『見ての通り僕はこんな状況、だかこれから千年の眠りに入る。その間によく考え、お互い力を合わせ、切磋琢磨し、本当に僕の弟子として相応しい一人を君達で決めるんだ。世界最強の僕を受け継ぐに相応しい弟子を』.
力を失い仲直りさせる事も出来なかったその時のゲフトは、自身の継承者を決める儀式を利用して仲直りさせよと考えたのだ。魔女の継承者に相応しい弟子の魔女は、単なる強さだけでなく他者に愛情と思いやりを持てる者を選ぶとして、フェレとアオイを仲直りさせようと目論んで。
しかしながら、ゲフトは最後まで自らの意思で自らの継承者を決められない。弟子を二人取った時点で必ず選択に迫られる問題であり、それを分かった上で二人の弟子を取ったはずなのにと。
おそらく当時の魔女達には決められない魔女として失望され、フェレリアス様もアオイにゲフトの真の願いが正しく伝わったとは言いがたい。
一度に多くの大切な物を失い、その結果が今のこの状況を示している。何処となく憂いや切なさを感じさせる気配はきっと、そんな昔の出来事があったからに違いない。世最強の魔女と言えど、最幸福の魔女ではなかったのだ。
「さて……ん~~と」
突然に両手を挙げて大きく伸びをしジャンプするように軽々と立ち上がる、それに数秒をくれて自分も慌てて立ち上がるのだが、足下が木の根でガタつき急に立ち上がったためかフラつく。するとすかさず、そっと背中に手を回し支えてくれるゲフト。
「あとは見ての通りこの状況、どちらが真の弟子に相応しいか決闘してる」
鳴り止んで欲しいと思っていた轟音は未だ続いているが、最初に感じた恐怖感は収まって今まで話に夢中で聞こえていなかったぐらい。そんな心の変遷を知ってか、さらに宥めるように。
「でも安心していいよ。確かに着実にアオイは穢れの高まりで異形の姿が進んでいるけれど、吸収した僕の魔女の力が完全な穢れ化を阻んでいる。いずれ魔法を使いこなせれば穢れもコントロールし、僕を越える存在になるよ。目指す最強が違うけど、フェーちゃんも独学で頑張ってるネ。この島を維持しながらあんなに戦えるだから。あと一段上を目指すには、もっと自分の感情に素直に何を守りたいのか、誰のために自らの力を使うのかが、今のあの子にはそれが必要」
「どうやら未だ、真の弟子を決め得る時じゃない。それはあの子達自身が、一番良く知ってるさ」
「それにさっき君が必死で二人を。いや特にフェレリアスって叫んでる時の君。間もない島での生活の間に、フェレリアスの事を大切に親愛を抱いてくれた証、とっても嬉しいよ!!」
特に感謝される事でも無いと思うのだが、ゲフトは深々と一礼。そして弟子二人と抱きついた時の様子に戻っているような、軽々しくニヤリと笑う優男の姿。そのつかみ所の無い様子では、何を考えているのか良く分からなくなる。先ほどまでとは対照的。
「それ、納得してない顔だね? 簡単に言うとね、アオイには魔法が得意なフェーちゃんが必要、フェーちゃんには守りたいと思う君が必要、君には黒き化け物を追い払うアオイが必要ってことだね!」
「残念だけど、島最強のフェーちゃんでも相性最悪の黒き化け物には今後も苦戦するよ。守りたい気持ちは力になる、でも守れるかは別の話。魔女であろうと人であろうと、化け物であろうとも一人では生きていけない。最強魔女である僕が言うんだ、いつか気付く時が来るよ~」
魔女ゲフトは自分で言って納得している様子だが、いまいち自分には理解出来そうになかったが。きっと二人の師匠であるこの人が言うのだからそうなのだろうと承知する、しかない。
「大丈夫だよ。僕が水晶玉に戻って眠りにつく頃には、二人の戦闘も収まるさ。きっとね!」
「あんなに止めても止まらなかった二人が、そんなに都合良く――」
半信半疑で疑う俺の背中を、リズム良く二度パンパンと肩を叩かれる。今日一番の満面の笑顔で。
「全てを理解する必要はないのさ。でも全てを知りたいのなら、もう少しこの島で三人仲良く暮らせばきっと何か見えてくるはずさ。僕さえ知らない何もね?」
「君にその役目を僕から託すよ」
そう言ってから、もう一度だけ背中をポンと一度だけ叩いた、そんな気がした。しかし巫女服を通して伝わる肌への感覚はもう殆ど感じられないほど弱々しかった。見上げていた魔女の木の青葉から隣に立っているはずのゲフトへと視線を向ける。消えてしまったあのではないかと、急に不安が過って。
「…………」
夏の強烈な焼ける日差しに魔女の姿は淡く透ける。揺らめき立ち消える炎の様に力ない魔力の気配とった世界最強の魔女は、丘の向こう、二人の弟子達の方を見つめていた。




