023 師匠との約束
「じゃぁ自己紹介だけどね『ゲセテリア・フェル・トーレア』それが僕の真字だけどね、長いから二人は略してゲフトって親しみを込めて呼んでくれるのさ!」
「あれ師匠の名前って『ゲーデル・フリッツ・トマス』じゃないっけ?」
「何ふざけてるのよ、海晴に変な事を教えないでっ!」
腕を組み白銀髪を靡かせ片目を閉じる最強師匠、その師匠の両脇に片膝を付き見上げる弟子の魔女と大鎌の少年、その姿は端から見れば様になってるのだろけど。三人の発言は何が本当で本当で何が冗談かさっぱりで、自分だけ完全に蚊帳の外にいるようだ。ただ、今さっきまで殺し合いをしていた二人が、師匠を挟んで親しげに話す様子が妙な感じ。
とにかくこのまま穏便に済むならそれに越したことは無くて――。
「さてさ、別に真名のことはどうでもよくて。自慢じゃないけど、僕はみんなから世界最強の魔女なんて言われてたんだよ、千年も前の話だけど。それに遠慮深い僕は自分から一度も世界最強だなんて一度たりとも言ったことはないからねぇ~」
と当の師匠本人はそうは言っているが満更でもない様子で、そのちょっと自慢げな態度に気分を害したのかフェレは、微かな声で『今自分で言ってるわよ』と突っ込みを入れたのは聞き逃さなかった。一方の大鎌の少年は、何時も見せない幼いまさに男子児童のように、師匠の腕にしがみついて左右に振っている。ひょろ長、長髪で弟子と戯れる目の前のこんな男が本当に世界最強の魔女なのかと、正直信じがたい。
だけれど代々口伝される伝承、大きな漆喰の倉に保管されている古文書によれば、今より千年前とはフェレリアス様や師匠ゲフトがのような魔女達が闊歩した魔女全盛期とされる時代。その数多居る魔女達から一目置かれていたならば、それは確かに世界最強の魔女と言うに相応しいことに違いない。
その世界最強とうたわれ2人の師匠である魔女ゲフトならばこの場を穏便に鎮めてくれるはずだと安堵、したかったのだが。
「んーーでも、千年も経つと外の世界は色々と様変わりしてるよだね~。島の周囲には魔女どころか大した魔力も感じないしさ。あれだけ栄華を極めていた魔女の時代も終わって思うと寂しいねぇ……と僕もこんな姿で他人のことは言えないかぁー」
辺りを見回し過去と現在を見比べ多少なりとも悲壮を思うのか、ケラケラと乾いた笑い声を上げる。
「あぁでも、勘違いしないで? 僕には君たちがいるから幸せさぁっ~~」
「はいはい、能天気お気楽師匠」
親密すぎてうっとしいと不機嫌そうな顔をしても、まったく動じる事はない。既に何度目か分からない程、一つ話す度、一歩その場を動く度に抱擁する師匠である。それは何となく無意味に距離感が近い、島での普段のフェレリアス様が自分に対する接し方を見ているようだった。
「ねぇねぇ師匠、それより見てよー、見て。僕の鎌大きく強くなったでしょ? ねぇ、ねぇ師匠聞いてるー??」
「うん、僕の背中を突き刺した時よりすっごく大きくなったね。でも大きさだけが強さじゃいからな~~ぁ。でも身長も少し伸びたかな、よしよし」
「うぅーーー身長なんかどうでもいいからッ。よぉーく見てよ、僕の方がフェレリアスなんかよりずっと強いんだから」
師匠に褒めて欲しいのだろうか、フェレリアス様に対して対抗意識を燃やす大鎌の少年。もしここ絶海の孤島の外で、二人がただの人間の親子であったらスポーツかテストの点数で競い合っている程度の事なのだろうが、その手に握られた大鎌はすぐその幻想を打ち消してしまう。
暢気に会話を楽しんでいる場合ではないのだ。
黒き化け物を封じるこの島の平穏のため、しいては自分の命の保証のために二人の師匠であるゲフトの協力でも何でもして、無事に明日を迎えなければ。一番良いのはこのまま会話に夢中で戦いの事なんて忘れてくれればそれがいい、このまま師匠の歓迎会でも始めてしまおうか?
「さて、話はつきないけど――余り時間も無いし。約束を果たそうか、二人共?」
自分には唐突に思えた。けれどそれが魔女独特の間合いと言われればそれまで、理不尽とも言える。
世界最強の魔女ゲフトは静かに二人に向けて声を発し、二人の頭に手を置いて2度やさしく叩く。フェレリアスと大鎌の少年はゲフトを挟んで顔を突き出し、お互い目と目を見つめ、言葉を交わすこと無く再び背高い師匠ゲフトを見上げ彼は叫んだ。
「さぁ、約束の地、約束の時たり、我が名ゲフトの名の下にッ――」
それは島全土に響く、声高らかに。それは言葉より、魔女が唱える呪文詠唱のように。
「我が最愛の弟子にして我が世界最強の名を継ぐに相応しき優美、気高き、天地統べる魔女の姿その力、我ゲフトの眼下にあれ!!」
それは攻撃魔法のように何か実態を発生させるものではなかった。
けれどその言葉に導かれるように二人の弟子は、風吹き抜け魔法で焼け焦げ地に穴が転々と開いた草原の大地で、再び大鎌の斬撃と魔法の応酬が始まった。止めるどころか、説得する時間も力も自分には何も無かったのだ。
否応なしに目に飛び込む光景、師匠ゲフトの言葉は本当に魔法詠唱の言葉だったと思わせるのだ。その言葉に呼応し二人はさっきより激しく、魔力に穢れし力が荒々しくぶつかるのだった。『約束』とは二人が殺し合うこと、師匠はそれを命令したのだと。
全身全霊で戦う二人、それを見つめる師匠ゲフトの昂奮した不気味な様子をみて、胸から恐怖を押しのけるほどの悲しい感情があふれ出た。
「なんでェッ どうしてまた戦うんですか!? やめて下さいッフェレ、君もッ!!」
「止めて下さいフェレッ! 鎌を下ろしてッ、お願いだからっ!! あ……貴方は二人のっ……ぅ、師匠なんでしょっ!! 何でこんな事させるんですか――」
ほんの数秒前までは師匠を挟んで嬉しげに、子供のように甘えて、やさしげな表情をしていたのに!
それが何故、目の前に広がる爆炎と斬殺の光景が広がってしまうのか? 誰もこんな事態を望んではないはずだ。
でももしかして、そう思っているのはこの絶海の孤島で一人、自分だけ?
黒き化け物、大鎌少年、魔女、最強師匠、覆う臭い風、虫食いの草木や転がる岩の凹凸何かもが、不気味に嘲笑し揺らめきざわめき『戦え』『殺せ』と囁いて見え聞こえる。
きっとそれは、この島に淀む穢れ。この島に生き存在する万象を闇の中へと引きずり込んでいるのだと、巫女としてこの島に来て初めて泣いている自分の脳裏に浮かんだ。穢れは人のざわめく心に群がり、取り憑き、喰らう……穢れが穢れを呼び更に大きく禍々しい黒き穢れとなる。その悍ましさを最も知っているのは、巫女である自分で――その穢れへの知識が自分のもがき考える思考を閉ざした。
「うぅ……うわぁん……」
泣き疲れて手足の感覚がなくなり、雨に濡れ草が茂るその場にへたり込んでいた。
それに自分が気付いたのは何分ぐらいだろうか、気付くまでの意識記憶が無かった。それでも徐々に戻る自身の感覚、もう戦いは終わっているだろうか? それとももう……とゆっくりと前方を見るが、何も変わっていないのだ。
「もう、いい加減に……」
もはや悲しみが枯れ果て唯一残った憎悪で苛立ち、雨で湿った喉が不快で堪らない中で何とか声を絞り出そうとした時。
「うん、二人共すっかり魔法と僕の力をものにしてるようだね」
声の感じからして嬉しげ、決して大喜びでは無いけれど。確かにそんなお気楽な声。
声のした方を見上げる。胸元で腕を組み自分の声に被せるように、暴風雨などまるで気にもとめず仁王立ちで二人をずっと見つめていただろう師匠ゲフトは言った。
どうして喜んでいるのかもさることながら、この人が一体何を考えているのか想像がつかない。そこが世界最強の魔女と、ただの人間の子供の差なのだろうか……分かるはずもないが。せめてこの人、この世界最強魔女がもっとまともな人だったら、弟子同士を殺し合いさせる何て、そんな愚かなことを考えつかなかっただろうに――
その愚かに思える世界最強の魔女ゲフトはお調子よく手を叩く。
「じゃあそろそろ、海晴君に島を案内してもらおうかな~。島の美しい景色もそうだけど、最後ぐらい良い場所でいきたいしね?」
最強魔女はこちらに落胆させる暇も与えず、茂みの上にへたり込んでいる自分に手を差し出してきた。
今更何をとも思ったのだが、笑ってこそいるが悲しさが滲み出た表情を見ると、自然と考えること無くその手を強く握り返していた。手を握らせる魔法、まさかそんな物があるのだろうかと。そんな魔法は聞いたことが無いけれど――。
「いやぁ~~うん。君のお陰でしっかり確かめることが出来たよ、感謝しなくちゃね~」
「え? 何がどういう――??」
「いや、だって、まさに迫真の演技だったよ? 本当に助かったよ。助けてもらったついでに、島の案内お願いできるかな? なにせこの島は、あの二人と君が作り育てた島で、君たち人間の為の島……それこそが僕の求めていた理想郷、楽園なのだからっね!?」
「しっかりと目に焼き付けないと……最後だし。ほら急ごう、立って!」
せめてもの抵抗で意地悪く強く握ってやったと思ったその手は、さらに力強く、けどやさしく暖かかく握り返されていることに気づく。孤島暮らしで忘れかけていた、人と人とのふれあい。
ここでようやく、今更ながら有る事を思いだした。態度の変化から何か察したのだろうか……師匠ゲフトは数度頷いてみせた。
気付いたことに対する師匠ゲフトの満足げなその表情につられ、自分の表情も柔らかくなっていくのが分かり、その背高い師匠の隣に立った。何故忘れたいたのだろうか? この場所へ走って駆けつけるまでの間、しっかり師匠ゲフト約束したのに。
戦っているフェレリアス様と大鎌の少年を見る、そう二人の事を思って。
「フェレリアス様……フェレは何時もこんな風にして見てたんですね――」
「ん? 何か言ったかい?」
上から顔を覗き込まれると何だか妙に恥ずかしくて、思わず左右に大きく首を振り『何でもな……』最後まで言えず口ごもる。何となく似たような記憶――姉さんと兄さんの間に挟まれて、手をつないで歩いたときの事を思い出す。あの時の柔らかく暖かい感覚、対して昔の事でも無いのにひどく懐かしく思えた。
姉さんと兄さん達は今頃どうしているだろう? でも、今はそれは置いておこう。
まさかフェレリアスア様以上に何も知らないはずの師匠ゲフトに、そんな感情を抱いてしまったとは恥ずかしくて言えるはずもなくて。顔を隠すように一歩前へ歩み出し『では行きましょうかゲフトさん、案内します』と声をかけながら彼の後ろ手を引く。
「うん、頼むよ、巫女の少年君」
恥ずかしさを悟られないように戦う二人を背にし、島を案内するために握られたままの手をなるべく離しながらも、ゆっくりと歩み始めたのだった。




