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022 最強たる師

「うぅーん、これがこの島の風の臭い香り。確かに鼻が可笑しくなりそうだね」


  夢の中で聞こえた声そのもの、若くて耳にしっとり纏わり付く優しい青年の男性の声。手を伸ばし指先が触れた水晶玉、白い閃光を放ち辺りを光で周囲を包み込み暖かな温もりを発する。

 その温もりは熱の熱さではなく、溢れ満ちる清らかな魔力の温もりだった。

 白光と魔力の温もりが一段落すると、草茂る大地に降りたっていたのは白銀色の長髪の白肌でひょろ長の優男。今の自分は少年への起死回生の攻撃のため、フェレリアス様に巫女の力を体から引き抜かれ力も入らない、地面に伏せた状態なのだ。その突然現れた男を必死で首を持ち上げ、呆然と思考の纏まらない頭で見ることしか出来ない。


「待っていたこの時を、ずっとずっと」 

 両手を広げ幸せいっぱいの満面の笑みで、島に吹き荒れる風を全身で受け立つその男。夢に見たあの映像、あの声の主がこの人ならば彼の言う最愛の弟子……それはフェレリアス様と大鎌の少年ということ。映像が途切れる間際、男は近くの水晶に残された自分の意思・魔力を注ぎ込んでいたのだと、夢で見た記憶を頼りに予想する。


 「千年ぶり。約束信じていたけど……でも、こうして本当にまた二人に会えて僕は……」



「ただいまッ僕!!」

「さぁ、飛び込んでおいで、愛しの我が弟子、最愛の娘達よッ~~さぁさぁ~~さぁ、あははは」

 その男は叫んだ、爽やかに島に通り渡り響く声で。

 回復してきた体を必死に起こし、三人の感動の再会を見てみようとしたのに。


「黙りなさいよ、バカ師匠。今その約束果たしてあげてるのぉーー。邪魔しないで」

チラリと不審な男を見る様に。敬意を示すべき相手の師匠にも関わらず素っ気なくチラリと一瞬視線を送っただけで、そっぽを向いて言い捨てるフェレリアス様。


  この態度、コレは体どういうことなのか?


「戻れたんだね師匠っ、嬉しい。でも安心して今度こそ確実に、フェレリアスと師匠二人この大鎌で裂いて僕が最強になるその約束、果たすからね」

対照的に師匠に気付いた大鎌の少年はご機嫌な様子だが、その言葉と雰囲気からは歪んだ愛情と思いの狂気。その様子のまま、手首から伸び出て枝に絡み接合する触手のような黒い筋を撓らせ、地面に刺さったままの大鎌を自身の手元へと引き寄せた。


「あの二人まさか、またやり合うつもり――」

 渾身の一撃を受けて蹌踉めきながらも大鎌で支え立ち上がる少年に、フェレリアス様はかかってきなさいとばかりに杖と掌を突き出す。再び二人は戦い始めるつもり、どうして。 

 師匠と呼ばれる男の広げた両手には虚しく風が吹き抜けるだけ、そのままの状態で二人を静かに薄ら開く細い目で見るだけ。

何なんだこの人は、最愛なる弟子って……弟子の二人にまったく慕われてないと?

  

「ちょっとねェッ! 貴方は、夢で見た二人の師匠なんですよねッ!? なら止めて下さい、二人を止めて。じゃないとこの島は」

 その師匠と言う優男の足下に飛びつく。

 ようやく思うように力が入るようになった自分の体、全身の筋肉を使って何とか。最愛なる弟子って言う位なのだ、二人が殺し合いなんかして欲しくないに決まっている。自分が止めるのは無理でも、師匠の声にならば耳を傾けてくれるに違いなくて。それしかこの上に希望は無いのだ。


 

「…………」

だが俺の必死の呼びかけに無反応、まったく眼中に無いと言った具合の様子。

 この男も魔女なんだ、どうして魔女とはこんなにも自分勝手ばっかりで。普段は受け流せる小さな苛立ちがこんな状況で胸を染める。

 

「あの、聞いてますか!?」 


「……ッは」

「はッアハハはハハハハっ。人も魔女も元気が一番、それにこんなに立派に成長して、より愛おしく可愛いくなって。僕は……僕は嬉しいっーーーーーーぞっ!!」


「うるさっ。 うぁーーーー!?」 

直ぐ耳元で笑い出す優男の大声に耳を突き刺され、蹌踉めいたその直後。

 

 ゴゴゴゴゴゴッッーーーーーーーーーーーーーーーー!!

 地響と共に島全体を襲い追いかけるように縦揺れ、湧き建つ暗黒の雲、化け物達の遠吠え、そして吐き気をもよおす周囲の熱く濃い空気が呼吸を通して肺に流れ込んでくる。穢れに触れたときと同じ、意思に関係なく恐怖と悲しみあらゆる狂気の感情が込み上げる。ウチの社に伝わる伝承の世界の終わり、いや、この島の終わりの予知の記述を思い出す。


  だから止めたのに、止めて下さいって、言わんこっちゃ無い。姉さん兄さん、母さん父さん爺ちゃん婆ちゃん、神社の皆ごめんなさい、魔女に仕える巫女の仕事は自分には無理だったよ……自然とそんな思いが込み上げてくる。


 コレが走馬灯なんだ。

 そう思ったとき、一筋の涙が頬をしたり落ちた。



「バッッカ!!」

声の大きさに、後頭部を棒きれで殴られたような衝撃が走った。

 

「止めなさいッこの能無し師匠ッ。誰のために約束守ったって思ってるの!! それをぶち壊す壊すつもりッ!?」 

「そうだよ師匠、その力は僕の力。それは最強になる僕の役目っ。本当に消されたくないなら大人しく見ててよッ!!」

 フェレリアス様の驚きと怒鳴りの混じった声、己の力を鼓舞する様に胸を張る大鎌少年の声。  

優男の体の内で脈動する膨大魔力が破裂する寸前だった。師匠であるその男に、弟子二人はそう叫び、白い細い両腕にフェレリアスと大鎌の少年はしがみ付く。摘んだ後は恥ずかしそうに頬を紅く染める魔女と、無邪気で澄んだ笑みを見せる少年の姿。この島に来てまだ僅かばかりの時間の自分には見たことの無い、二人の表情で。


 島を包む異様な空気は既に消えていた。



 「やっと捕まえた」 

男は小さく呟いて、腕にしがみついた二人の弟子を自分の胸の中へと抱き込んだ。背が高く白い細い腕の優男は強く、足や顔、全身で包み込んで数分もの間一言も言わずに。その3人の姿は、仲の良い幸せそうな師弟の姿……いや、それ以上に親しく愛する関係にも見えた。その仲に微塵も割り込めるない自分、少し羨ましく思った。


「んッ!  もうそろそろいいでしょ。巫女……海晴が見てるのっ!」 

ぼーっと3人が抱き合う姿を見ていると、こちらに気付いて目線がぶつかったフェレリアス様、ビクッとしてから気まずそうに苦笑い。今のフェレリアス様は何というか、言いようのない位に凄く女の子っぽい気がした。

 

「だって千年ぶりなんだよ? もう少しね、あーこの温もり、甘い匂い、柔らかさ」


「違うよ師匠。千年と一年3ヶ月ぶり、間違えたでしょ?」

少年は大鎌を手にしたまま、冷静な指摘をかまし対照的。


「いっ、いい加減にィッ」

「分った分ったから。もうフェーちゃんは相変わらず素直じゃないね」

 メラメラと纏う魔力が発光し怒りの炎が上がるのを察したのか、師匠は名残惜しそうに二人の弟子を胸の中から解き放つ。扱い慣れている様子だった。

 

 直ぐに2歩ほど師匠から離れるフェレリアス様。再び大鎌を左肩に軽々背負い直す少年背中にマントが付いたコート姿の師匠は視線を中空に送り、島を流れる風に身を任せる。状況が良く分らないけれどともかく二人から、先ほどまでの殺意も魔力も戦意も喪失したようで、何時もの限外島の日常がそこには流れていた。

 


「えっと……落ち着いたところで、あの。自己紹介でもします?」


「うん、そうだね! と言っても、水晶玉を通して君の事はずっと見ていたよ~」

「けど、人は初対面の人には挨拶する生き物だったね。この子達の師匠として、何時も彼女達がお世話にしてもらったし、君とも是非仲良く親密になりたいからねっ!」


  そういって師匠という男は、白い歯を見せ清々しく爽やかな声で笑う。ただ何となく、背中に何も言えない悪寒がした気がするが。


「はぁ……いいわ。私が紹介してあげるわね海晴。まあ、聞かなくてもいいけど」

 

「い、いえそんな。お願いします」

  フェレリアスは一歩前へ躍り出て、間に立ち一呼吸。そして、師匠と呼ぶその男に手を向け面倒くさそうに一言で説明する。


「親馬鹿……師匠バカで、私達二人の師匠で、世界最強の魔女『ゲフト』」


 そう言って魔女フェレリアス様と少年は間合い良く、静かに膝を草原の地面に下ろして頭を垂れ師匠である魔女ゲフトに敬服してみせる。ここ限外島、世界最強と言われし魔女『ゲフト』、島最強を名乗る魔女『フェレリアス』、そして黒き化け物を喰らう大鎌の少年が揃ったのだった。

 

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