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021 決闘

そこには崇拝し仕える主にして、世のため人のため自身が創り守護する限外島の草木生える大地に立つ『魔女フェレリアス』に対し、求めし力のためならば穢れし『黒き化け物』すら喰らい人並み外れた身体精神で、背丈数倍はある大岩の上より見下ろす『大鎌の少年』の二人。両者の間に吹き抜けるは、この島特有の魚の腐った腐敗し皮膚に纏わり付くような湿った風であり、ここに来てそれは一段と強く吹き荒れる。

 まるで、二人に触発されたこの島が殺気立つかのように、荒れ狂う絶海の孤島。海と魔法の結界で囲まれたこの場所からは、たかだか場の穢れを払う程度の駆け出しの巫女である自分だけでは脱出することは叶わず、ただこの目の前の事態を行く末を見守ることしかできないのであって……。


 だからといって、何もせずに見守って島と共に海の藻屑になるのはイヤだ。力では止めることは出来なくても、普段あんなに優しいフェレならばと。


「ッもう!! ふたりとも止めてくださッいッ!! どうしてこんな事ッ!」

 祓い清める者として、常日頃どんな状況に遭遇しても心を静め、客観的に周囲の状況を理解し、もっとも適切で効果的な行動を求められる巫女のはずではあるが。二人に向かって、なりふり構わず恐怖と心頭する感情という逃避すべき感情を込めて、お腹かから突き上げる叫びを出してしまう。


だが彼女達の心に声は届かないのか、二人は激突する。


  この島の主にして、最強を名乗る魔女フェレリアスの先制攻撃。

 

一度も聞いたことなの無い炎の呪文、普段台所で火種を作るのとは訳が違う、それだけは分かる強大な火力を生み出す呪文。普段彼女から放たれる魔力は制止され穏やかな日差しが指す湖面に満ちる水塊のようなぬるさ、それがマグマで熱せられ突沸し真っ白な湯気を濛々と吹き上げるよう。熱く動的で、そばに居れば具現化するまでもなく感じる力を。


『地を這え蠢け 集えて 湧けよ 炎の身柱 かの者喰らい 灰に煙に無に還せ!』


 大岩の頂を駆ける少年の足下、ちょうど手を広げた全身を包み込む程の無駄の無い正確に魔力・術式をコントロールされた深紅の魔方陣が出現、直後、島の天井結界に向け吹き上げる真っ赤に燃えた炎と岩礫。それは地表を突き破って噴出するマグマそのもの。古く古の魔女とは、この世の自然現象を操る者として恐れ神として祭られていたと古文書に書かれている、その姿を目の前で体現している。 

 まして、唱えたのはたった一度の呪文。それだけで、普段の体たらくからは想像つかない『魔女』の名に相応しい魔法で、相手への攻撃と牽制を同時に行う。人の感情と体を喰らう禍々しい『黒き化け物』とは対照的な研ぎ澄まされた刀剣のような精錬された純粋な強さ。魔法使いの人間が束になってもこんな存在と対等になれる訳はない、だから魔法使いは今は廃れたともいえる。

一方で、その人間離れした身体能力で、空中で体を捻り反転し、岩に大鎌を突き立て火柱が跳ね上がり体を飲み込まれる寸前で交わす少年。その身に纏う布きれが、熱と火の粉でジリジリと黒い煙を上げながら焦げ次第に穴を大きくしていく。たしかに『黒き化け物』を喰らってまで強さを求め、人外の力を得た少年には恐れ入るが。巫女として自分が仕えている者の強さ・偉大さ・恐れの感情が込み上げる。

 

  勝てるわけが無い、島最強のフェレリアス様になんて――。


「っと、よッと。でこの魔法は、これでお終い?」

圧倒的な力を振るうフェレリアス様の勝利と共に、大鎌の少年の骨すら残らない無残な最期の様子が頭に浮かび俯居てしまった時。その全くの焦りや緊張感を感じる様子もまるで無いただの少年の声が聞こえる。

攻撃は見切ったとでも言いたげに、自慢の大鎌を農作業を終えた農夫が鍬を肩にでも担ぐように軽々と背負う。フェレリアス様はその姿を見てムッと不機嫌そうに頬を膨らまし、火柱が襲う連続攻撃の魔術が確かに止まり、杖を正面に構えながら少年の出方を観察する。


  

「なら次はこっちから行くよー」

 今度はこちらの番と少年、 肩に背負った大鎌を片手で構え直す。

 柄の先の鋭利な刺の装飾、鎌の地金と同じ真っ黒な金属を部を地面に突き刺し手を離す。地表に向いたギロチン刃のような鎌の刃先を、自身の左手第二関節で擦りつける。


「えッ? 一体何をして――」 

 手の隙間から直ぐに滴る、赤黒くドロドロとした鮮血。思わぬ行動に、その光景を直視した自分の手が痛み出す錯覚に襲われる。『滴る血は穢れを呼ぶ』穢れを払う際には決して見せてはならぬと教えられ、巫女の自分としては禁忌なもの。


「さぁ 僕の体に眠る黒き力 僕の血に 痛みに 穢れに その姿を真の形を存在を あらゆる者に勝る超越な力を 僕の手に!!」

 それは呪文と言うより呼びかけのよう。滴り落ちた血の一粒一粒は、生き物のように蠢いたかと思うと瞬きの間に蒸発し、それはよく知る穢れの象徴。黒い霧となって辺りの腐った臭いの空気事、少年を包み込み、口や鼻、目や耳、皮膚や髪あらゆる体の組織に吸い込まれる。


「ぐぎゃああああ」

 黒き化け物と同じ咆哮、少年は高く吼えるのだ。背中から無数に生える化け物と同じ手足と脳天を割り突き出る蜷局巻く角。肌は灰色の鱗に覆われ、目は赤く同好が激しく動く。人間と化け物が融合した姿、棒立ちで背中の手足で地面に体を立たせ歩く。人間的な見た目とはかけ離れたその姿だが、幼い声だけは元のままそれが逆に不気味に際立つ。



「来なさい、相手してあげる」

「なら、遠慮無く」

 にらみ合い硬直した状況から戦闘が再開される。


 無数の手足で人間としての時よりも一層、人離れした読めない動きでフェレリアス様に向かって突進する。牽制する魔法攻撃を放つ魔女に対して、手足がもげ落ちても痛み怯みもせず左右に跳ねて飛んで、こぶし大の岩や穢れの塊を纏った刺や鱗片を投げ飛ばす。


「気持ちわるいの、ほんとに。こないでッ」


 致命打にはないにせよ、直接濃い穢れに触れれば魔女には部が悪いのはお互い十分承知。だからフェレリアスは、飛んできたそれを杖や火柱、隆起させた岩や草でなぎ払う。


 それでも自身が傷つく事をいとわぬ少年の攻撃に、ジリジリと間を詰められる。まさか、島最強の魔女が負けてしまうなんてこと? そんなことになればこの島は、自分はどうなってしまうのか。生きて島を出ることが出来るのか……想像してしまう。


 草原の中で一本生える立ち枯れした木の陰から見守る自分には、どうすることも出来ない。二人を同時に止められる力も言葉もなくて、どうしようもなくて。もう自分になど眼中にない二人に諦めるしか――

 

「ふんッ やるじゃない」

 大丈夫だ、まだフェレリアス様には余裕がある、声にホッとする。

 フェレリアス様が勝つのを願うしかない。勝って下さいフェレ。


「だけどッ。だけどね、コレならどうかしらッ!」

二人の間を遮るように特大の火柱にしてそれが幾重にも連なった赤い線、燃え上がる火の壁が立ち塞がる。仕える主は万の魔法を使いこなす魔女だ、僅かな時間があればいい。そのために必要な壁だった。


 フェレリアス様は詠唱を開始した、願望を叶える魔法を。

 魔女に仕える巫女の自分だからこそ聞き取れたのかもしれない、独特の唄を歌うようなリズムを奏でる美しい詠唱言葉を。

 

時間にすれば1分あるか無いかだけ、その短時間で魔女には十分。

 


  サバンッ


 波飛沫が岸壁で破砕されるような衝撃音がした。

 それまで重力を無視し火柱集合体の火の壁は、見る間に頂点から流れ落ちる流水のように形が崩れ、自立力を失い魔力も蒸発するように失われると火の粉残らず消失。詠唱中の術式に集中するため、魔力供給を絶った火柱を連ねる魔法が消失する時間を逆算し、そのタイミングで切れ間無く最大出力の魔法を組み上げ発動するためにだ。

 

 それが今この時、魔女フェレリアスは詠唱の仕上げ、一気に身に纏う魔力を体の中心へと一気に濃縮圧縮。

 詠唱の最後の言葉、天を貫く叫び声。魔術が組み上がり体内で圧縮濃縮された魔力が膨張し破裂炸裂させるため、体から絞り出すために力を込めて!

   

「溢れよ 沸き立て 我生む魔力 眼前の愚か人 その業全て 焼いて捨て去れ 我が名の下に 滾れ滾れ さぁ 猛火に沈めッ!!」

対峙する大鎌の少年、目の前の生ける動植物、そして島を形作るあらゆる物体全てを焼き払う地獄の業火が目の前には広がっている――――


  そのはずだった…………。

 

「ッはは。予想通り」   

 円の大きさは事態はそれほど大きくは無い。だが幾つもの幾何学模様、魔法文字、回り動く複雑で精細な魔方陣が壁の向こうから出現した大鎌の少年の足下を中心に一つ、取り囲むように三つ組み立てられている。

 確かにフェレリアス様の魔法は確かに成功していた、少年の足下で赤白く光り輝く魔方陣がその証拠。けれど、術式が発動し流れ込む魔力が実体化し攻撃魔法として発動するその直前で止まって……いる?

 フェレリアス様の圧倒的な魔法が発動し少年を倒す姿を思い浮かべ見守っていた自分は愕然としていた。そして気付くのが遅れた。

  

「うッ、くぐッ。貴方まさか……」

 気高く最強を誇る魔女フェレリアスは力なく片膝を草茂る大地に落としていた。お説教で正座させるとき以外、力なく跪く姿なんて見たことが無い。フェレリアス様は大鎌の少年に敗北してしまった?


「ん? 何故って顔してる?」

少年は本当に嬉しそうに、灰色に染まった歯をみせながら笑みを浮かべた。

 

「フェレリアス君は確かに最強の魔法使いの魔女だよ? その攻撃は必ず僕を一撃で仕留めるほどの威力と精度で狙ってくるよね、だけど……」

「それは弱点であり対抗できる方法もある、それに僕には守るべき物も無いから。そうだから、こうしたんだよ?」

 今度の少年の笑みは先ほどとは違った。子供の笑い顔ではなく、獣でもない、辛うじて残った人の顔の姿で卑しく歪める『黒き化け物』の表情そのものだった。そうして少年は、左手で地面に刺した大鎌の柄をグリグリと更に深くねじ込んだ。


 フェレリアス様は苦痛の声を漏らす。


「私の魔方陣を媒介に……して、ッう。穢れを逆流させた……の、ねッ。つッ……」

 

「そう、その通り、大正解だよフェレリアス」

「魔方陣は術式であり同時に、術者と密接に繋がり魔力を召喚し出現させる穴。術式が発動し穴が開く瞬間、その穴に僕の穢れを流し込んだらどうなるか? ご覧の通りになるんだねーー あははッ」

 少年と少年の持つ大鎌の周りには、黒い稲妻と纏わり付くように黒い穢れの霧が渦巻き、それは魔方陣の中央に突き立てられた刃先に吸い込まれるように落ち込まれ消える。だが勿論その穢れは消えたのではなかった。

 フェレリアスの足下には黒く染まる小さな魔方陣が浮かび、同様に稲妻と湯煙のように湧き上がり立ちこめる穢れの霧が、フェレリアスの白い肌や口や杖に至るまで染みこむようよう触れた部に黒いシミのような湿り気を持たせていた。魔女にとって唯一の弱点である『黒き化け物』が生み出し纏う黒き霧、その化け物を捕食し喰らう少年だからこそ出来る唯一無二の攻撃。 


「ふぇッ フェレリアスさぁ ううッ。フェレッ、大丈夫ッなんで――」

 苦しそうに息をするフェレ、嗚咽と泣き叫ぶような声を上げてしまう。どうしてこんな事になってしまったのか、最強の魔女ではなかったのか。いや、そんなことよりも不老不死というフェレリアスがまさか、こんな諍いで命を――。


 

「ぷッ ふふッ。あははッ」

 駆け寄り後ろから抱きよろうとした寸前のところで、フェレも吹き出して笑う。不気味な笑い声に聞こえた。


「貴方普段は無口なのに、私に勝てそうになって調子にのってねー、おっかしー ふふッ」

「詰めが甘いのはどちらかしら、ねぇみはるーぅ?」


「え? 何がどういう」

そう言うつもりで声が喉から口の中まで込み上げたとき、急に体の力が抜けた。そのまま草が生える地面に倒れ込む。突然自分の体が言うことを聞かなくなっている?

 

「私はこの島、限外島最強の魔女フェレリアスなの。この島に居る限り、私が作ったこの島、そこにある全てが私の物であり、私に力を貸してくれる。独りぼっちの貴方とは違うの!」


「だから、海晴……少し借りるわね。貴方の力」

「な、何を。フェレ、フェレリアスっ」 


「まさか!? やッ、止めろ、やめッ――」  


「流れよ 流転せよ 我 従える此れ此れ 其れ其れ 巫女の気よ 流し流され 祓い清めよ 穢れ消せッ!!」

風が東から西へと吹き抜けた、大鎌の少年へと吹き付けるように清らかな風が。

 

「ツヅッ ヌグッ ギャあああああああああーーーーーア゛ッ」

 化け物の叫び声より遙かに悍ましい声が島に轟く。それは恐怖や恐ろしさとは少し違う、萎縮するような痛みに悶え苦しむ声。フェレがしたことは至極単純なこと、だって今まさに自身がされた事の逆。正確に言えば巫女である自分と大鎌の少年とを魔方陣で接続し、巫女の穢れを払う清き気を了解なしに力ませにありったけ吸い尽くし、注ぎ込んだのだ。それも体の急所という急所、幾ら化け物の姿になったとはいえ化け物は化け物、残る人間部分には人間の急所にめがけて吹き付けた。

 そんな事されれば、男の子ならば想像出来るだろう。あの場所に激痛が走った時に上げる悲鳴、そう表現するのが一番良いのかもしれない、耳を塞ぎたくなる声。


 だがフェレに力を抜かれ、指先すらピクリとも動かす事が出来ない自分には、その悲惨な叫び声を地面に突っ伏してひたすら聞くことしか出来なかった。けどやっぱり、この子は元は男の子なのだと、同じ性別だろう僕にはそれが分かった。


 こうして、大鎌の少年と魔女フェレリスの形勢は見事に逆転した。呻き悶え地面に右に左に転がる少年の姿、そこへ回復した魔女フェレリアスがゆっくりと一歩ずつ近づく。そして、どうすることも出来ない少年を見下ろし、長い杖の先を向け構え最後のトドメの一撃を与える。

 これで、この無益な戦いに終止符が打たれるのだと。震える瞼で目を塞ぐ。

 


「もうその辺で止めてはくれないか。私の愛しく麗しい弟子達よ……頼むよ」

風音の中不意に聞き覚えのある、柔らかく温かみの声が聞こえた。


 再び見開き動けない体で何とか首を動かし、その声が発せられた先を見れば黄金色に輝く草の上。折り重なった葉の上に鎮座するは、夢の中から現れたぼんやりと光輝く水晶玉であった。

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