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016 歪み

『ギュギャ゛ァァーーーー゛マァヅ』


 人から生まれし『黒き化け物』の言葉にならない叫喚が雨風降り注ぐ島に響く中、少年はまるで怯むことも躊躇もなく、その大鎌をただ一心不乱振り下ろす。


 相手は身の丈の3倍、5本の足に、4本の槍のように長くとがった腕、折れ曲がった背面の触覚、そして瞼無く白濁の眼球の間に青黒く光る多面体の結晶の化け物。人の心も体も無くした哀れな黒き化け物と哀れみ、一撃必殺、化け物を粉砕できればよいのであろうが、黒き化け物は無論、大鎌の少年、傍らの魔女はそれを許さないのだ。



「あの少年……あの子は、一体何をしているのですか? あれで、黒き化け物を殺そうとしてるなんて言わないですよね?」

 問われたフェレリアスは、おもちゃを目にしいきり立つ小童をあやす様に、頭をそっと撫でてくるだけ。化け物から島を守護する魔女でありながら、その化け物を狩ろうとする少年に対し、全くの興味を示さないのはなぜなのかと。


「ふざけてないで、フェレリアス様ッ。あの子は何を――」


 少年と化け物の戦闘に巻き込まれぬように、転がる大きな岩陰にフェレと身を潜め、緊迫した戦いを見ているはずだが。フェレリアスはまるで、動きの無い退屈なスポーツを観戦しているように、やる気の無い垂れる眉毛でつまらなそうに、前方を見ているだけ。此れでは何も分からない、いや、分かってないのは自分だけ――



「ほら 見てみなさい、あの子」

「えっ?」


 フェレは不意をついて、戦っている少年に指を指す。

 そのとき少年は大鎌で切断した腕の先、それを拾い上げると、赤黒くねっとりと滴る血と鈍い鋼色した骨格に纏う厚い肉塊を戦いの中で貪り始めたのだ。その肉塊を握り、手の白い肌にベッとり染み付いた黒い血を鎌の刃先に塗りたくる。黒き化け物が纏い歩いた後に残る、その霧にさえ普通の人間ならば正気を奪う毒になというのに、少年は顔色一つ変えず、しゃぶり付き残った芯だけを後方へと投げ捨てた。

 

 その瞬間、ほんの一瞬だけ――大鎌の少年は表情を緩ませたように見えた。それは悍ましい笑みで。


 そして、身に纏っていた葉だけ色褪せた布を風に飛ばし、背中から折れ曲がり翼骨の間接がが荒々しく突き出る片翼の翼を広げた。


「メチャクチャって言ったでしょ、海晴ぅ?」



「あの子はね…… 師匠の忠告を破り、あの鎌を奪い手に入れる。化け物と対等になるために、化け物と対話し、化け物と交わり、化け物を喰うらうの。で、その結果ねぇ どうなったと思う?」


「ただ力を得るだけに、寝る事を忘れ 人の体に有るべき物を失い不必要な物を生やし 体に抑えきらない穢れを卵として生み落とし続け 化け物の生き血肉塊を大鎌ともども無くてはならない哀れな子供の姿になったの。何もかもめちゃくちゃな存在によ」


 フェレリアス様は交戦する少年のさらに先の何も無い、真っ暗な海に向けるような遠い視線で、風音にかき消されそうな小さな声で重々しく呟いた。


 その言葉に、なんと返事をしたら良いのか、自分には分からなかった。その話がフェレの言うとおりならば、黒き化け物と同等、いやそれ以上に常軌を逸脱した存在だから。それを納得させられるように、化け物の鋭い攻撃により、時折体を突き刺さる一撃を受けるが、僅かに体が硬直したかと思えば直後また息を吹き返すように大鎌の峰を打ち当て逃れると穴の開いた体は再生していく。それはまた、対峙する黒き化け物も同様、ただ少年の方が早いぐらい。


 その姿は、島最強たる魔女に、勝るとも劣らない力を持った存在に見えた。   

「あの子が、元はただの人間だなんて……冗談です よね?」


 これ以上、興味も好意も無い少年の事に対して、聞いても良いのだろうかと。迷ったが、口が動いてしまう。


「巫女である海晴なら、分かるはずよ。信じたくは無いかもしれないわ…… でもあれは確かに元人間、それも女の子よ? といってもあの体みればね、性別もグチャグチャ。胸はあるけど、男の子のモノはあるし、艶めく髪とと体の中身は女の子、でも心は男の子」


「よく知ってますね……」

 

「本当は、知りたくなんてないの だってあの子は――」


 そこまで言って、フェレは口を固く結び話すのをやめた。それ以上は聞いてはならないのだろうと、こっちも聞くのをやめた。今これ以上聞けば、これから先フェレとこの島で暮らす事はできない気がした。



『ッグギィーーっ゛マァァーーーー ヒギャアアッ』

 今までで一番、化け物の苦痛で歪むような悲壮な呻き声が島じゅうに響き渡った。少年の執拗な大鎌による斬撃と打撃による攻撃に、次第に黒き化け物は後退を迫られ劣勢に、瀬戸際に追い込まれ雌雄を決する頃と思われた時、



「残念、お楽しみはそこまで。もういいでしょ、離れなさいッ」


 あと何度か、いや、あと3度切り裂けば黒き化け物を発症さる核の種子に、一撃を与えることが出来たのではないか。そう無意識に期待してしまった直後、直ぐ隣の岩陰から殺し合いを見ていたはずのフェレリアスは、刃を向け合う二人の間の頭上に浮遊するように割って入ったのだった。いつになく恐々と見下ろすその姿は、魔女というよりは荒れ狂い襲い掛かろうとする人食い鬼か絵巻の中の猛獅子のように見えた。


 その魔女の姿に恐れたというのか?


 黒き化け物と大鎌の少年は、それぞれ自身の矛を収め、化け物は長い手足や触覚を体の中へとちぢ込ませ、まるで小動物のように小走り程度の速さでまっすぐ北、山裾の黒き霧が立ち込めているあの場所へと向かう。戦いの間、体から染み出る穢れも収まり、大鎌の刃先を地面に突き刺し地面に胡坐をかいてすわりこむのであった。


 こうして、島に新たに落ちてきた、黒き化け物と大鎌の少年との戦いは終わった。

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