012 雨降る夜
結局、大鎌の少年の暮らす洞窟へ来たものの、置手紙が置いてあるだけで会えずじまいの海晴とフェレリアス様は、しぶしぶ草が生い茂る元来た道を40分
かけて居住家へと帰ったのであった。
家につく頃には、いつもどんより曇っている空が一段と雲の厚みをまして、大粒の雨と雷がなり始めたのであった。
「すっかり無駄足でしたね、でも、なんとか雨が降る前に帰ってこれて、それは不幸中の幸いでしたけど」
「ぷんぷん プンッ ププぷんッスカ! 全然よくない、よくなーーいわ、海晴ッ」
ミレは自ら怒りの擬音を発して、腰に手を置き、口を尖らせている。なんとも感情表現が分かりやすい魔女である。普段ならば、このまま放って置いてもよいのだが、今日の様な日に限っては、そうそうに機嫌を直してもらわなければ困るのだ。
〈そう、こんな薄暗く雨が降る日は〉
なぜならこの島に降る雨は、この島の中で循環する間に穢れを吸い濃縮し、化け物の穢れごと掻き乱し気配を分からなくさせる。降り注ぐ雨粒は、島の大地全体を穢し、黒い霧を立ち込めさせる。そして、その黒い霧の中を『黒き化け物』達は闊歩するのだ。
だからこそ、島と身を守るため、島最強の魔女の力が必要なのだ。
「えっと、フェレリアス様、おやつでも食べませんか? これ、送られてきた、ウチの神社で収穫して作った干し柿です。甘くて美味しいですし、なによりウチノの神社境内で取れたものなので、落ち着きますよ」
フェレリアス様の機嫌を直す時の常套手段として、餌付け……ゴホンッ。海晴神社の神様でもあるフェレリス様にお供え物を捧げるのだ、それも神社内で採れた物・作った物が良い。代々海晴家が清め続けた神社の土地、そこで得られる物は魔女の魔力を浄化し強化すると信じられており、実際、フェレリアス様はそれを好まれ摂取・身に付ければ確かに魔力が安定し力が増すと言う。ただし、社に湧く清水や薬草など儀式に用いるような特別な効力を持つものは不可……アレルギーを引き起こす食品とでも思えば良い。
海晴家と海晴神社はまさに魔女のために存在し、魔女に必要とされる存在なのだ。
「もぐもぐ……ふッn、もぅーー もぐ、あの子次に会ったら、おでこにデコピンしてあげる、もぐ、だからーー」
「おいしい、みはるーーもう一個っ」
口に干し柿をほおばりモグモグ噛みながら、行儀悪く不満を言うフェレリアス様。それでも、干し柿の効果か徐々に眉毛が下がって、怒りの感情が無くなっているのは分かる。『魔女の機嫌を取るのも立派なお勤めだぞ』とこの限外島に送り出される前に、兄から言われた言葉の意味が分かってきた。
ともかく、フェレリアス様の機嫌が直って一安心、こんな豪雨の日だけに。
「ねぇ、海晴。あの子の事、聞きたいんじゃない?」
機嫌がよくなったフェレは、下から見上げるように覗き込んできて、大鎌の少年の事を自ら語ろうとする。
「えっと、聞きたいですけど。でも、フェレがあの子の事話すのが嫌ならば、別に無理には」
確かに、あんな大鎌を持ち歩き、フェレと互角に渡り歩くような態度をとる少年の事を、聞きたくないと言えば嘘になる。むしろ聞いておきたいし、ここで生活していく以上、聞いて知っておいたほうが絶対にいいはずだ。だって初めて会った昨日の夜、一歩間違えばあの少年に殺されかけていたのだから。
「いいわ、海晴、貴方には特別に話してあげる。それに、貴方は知っておいた方がいいものね」
「ありがとうございます、フェレ。では早速、彼の名ま――
「それとね。あの『黒き化け物』の事についても、もう少しね」
俺が言い切るのを遮るように、フェレは床を擦り寄るように近づき、そのガラスのように透き通り光り輝く目と、俺の蒼い瞳の視線をぶつけて問いかけてくる。魔女の目が輝く時、その目には人の心を読むと言う力が宿るという。
確かにこの目を見ればそう思うのも納得する、ただならぬ緊張感が周囲を包み、思い出したかのように生唾をゴクリと飲み込む。俺の知りえない、魔女だけが知る何か大事な事があるのだろうかと。
「えっと、それが必要なら……お願いします!」
その瞳に縛られたように視線から逸らさぬまま、コクンと小さくうなずき、フェレはにやっと口元を緩め笑う。
「ふふ、怖くて夜おトイレに行けなくならない様にね、みはーる~~」
「得体の知れないままの大鎌少年と『黒き化け物』よりは、何が怖いのか知っていた方が、対処のしようも心構えもできて、よっぽどいいですよフェレ」
「それもそうね、さっすが~~賢い海晴ぅ~~」
油を燃やしぼんやりと照らす火の照明、強風に乗って窓の戸に打ち付ける雨粒の音と、耳を劈くような轟音を発てる雷の音で荒れ狂う蒸し暑い暗い夜。
フェレの怪談話さながらの、『大鎌の少年』と『黒き化け物』の説明が始まった。




